教育と臨床心理のおもちゃ箱

歳を重ねるとは経験知が増える。知が統合し、また新たな知恵となる。教育と臨床心理を軸に思いを伝えたい。

しいちゃん

2016年01月06日 | 道徳
 「しいちゃん」
 私の呼びかけに、ふとんの中の妹はにっこりします。でも、「ハイ。」の返事は返ってきません。
 妹は3年前、○○の国立病院から帰ってきて、晴れてわが家の一員となりました。
 7才になる妹は、生まれたときから内臓が弱いうえに高熱を出し、そのために目も見えず、しゃべることも、座ることもできません。でも天気の良い日などは、母にかかえられて、乳母車で外に出ます。すると陽の光を感じてか、しいちゃんの顔が、晴れやかになります。ときには家族みんなで買物に行ったりもします。
 目も口も身体も不自由な妹ですが、耳はきこえます。妹のいる部屋に西陽が深くさすころ、仕事から帰ってきた父の声を聞きつけて、妹はごきげんになり「キャ-、キャ-」笑い声を上げるのです。
 家族の声は妹の最大の喜びですが、その他にもとても気にいっている音があります。例えば、唇をふるわせて出す音です。私がブルル、ブルルと音を出すと、妹は大喜び。本当に息がつまるのではないかと心配するほど笑います。しいちゃんの笑いにつられて、家族全員がいつも大笑いになってしまいます。
 妹が自分の感情を表すもうひとつの方法は、泣くことです。いったいどこにそんなエネルギ-があるのだろうと思うほどの、ものすごく大きな声をあげて泣くのです。痛さや、悲しみで泣くのはわかりますが、私達が電話していると泣きだしてしまうのです。「どうしたの?」と聞いても、もちろん、しいちゃんは答えてくれません。

 3月のある日、買物の帰りに、母と食事をしました。イスに腰をおろし、しばらくぼんやりしていましたが、ふと、母が静かに話しだしました。「しいちゃんが元気やったら、4月から1年生で、お姉ちゃんといっしょに学校に行けるのにねえ。」
 毎日、妹の看護にあけくれている母の苦労と、自分の子どもをよその子と同じように、学校にあげたいという母の気持ちに、私はジ-ンときました。母の目には、涙が光っていました。
 そんな妹にも、「○○養護学校」の先生が、週に2回来るようになりました。ときには、ス-プを作ってきたり、服や人形まで買ってきたりして、たいへん熱心に、妹をかわいがってくださいます。それが妹にもわかるのか、先生の声をすぐ覚えたようでした。
 こんな、妹をとりかこんだ毎日の中で、私は初めて本当の『しいちゃん』が見えてきたような気がします。泣いているときでも声をかけると笑い声に変わってしまう妹。でもそれは、ただその声が聞こえたからだけではないように思えます。いえ、きっと、(あっ、この痛さはがまんしなくちゃいけないな)とか、(みんなを笑わせよう)だとか、私たちと同じように考えているからこそ、あの笑顔が生まれるのです。いつも笑顔が絶えない妹は、なんにでもたえぬく強い心の持ち主なのです。

 世の中には、妹と同じように身体の不自由な人達がたくさんいます。しかし、その重荷を背負いながら、その人なりに力の限り生きているのです。妹も、精一杯息を吸い、大声で笑い、大声で泣いて、自分の意志を表わそうとがんばっているのです。妹は妹なりに、一生懸命生きています。
 でも、私はどうでしょう。妹が奪われた条件を、全部与えられている私なのに、私の一日は実に情けないものです。何をするにも中途半端、勉強でも運動でも、死にもの狂いにしたことはありません。私は妹に恥ずかしいです。妹のぶんまでがんばらなければならない私なのに……。
 私達家族は、妹のおかげで、障害者の問題について、興味深く見たり、熱心に聞いたりするようになりました。体験談やいろいろな話を人一倍知りました。その度に感動し、いろんなことを考えさせられました。そして、たくさんの、人間としてとても大切なことを学びました。おそらくこれからさきももっともっと教えられることでしょう。
 しいちゃん、おねえちゃんはがんばります。あなたが教えてくれた強い心を持ち、あなたの心が見えるようになるまでがんばります。
 「しいちゃん。あなたはいつも、わたしといっしょです。」
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