●濃厚なアレンジと歌唱がちょっと…
実はリアルタイムで、アーティストとしての玉置浩二にも安全地帯にも特に興味をもったことはない。別にキライというわけではなく、たぶんどこかで交じり合うきっかけがなかったんだろうし、もともと「ロック!」というよりちょっと歌謡曲テイストの入った音楽性(あくまで外側から見ただけだけど)が好みではなかったのと、ヒット曲となった「ワインレッド~」などの濃い目などろ~っとした(笑)アレンジがちょっと受け入れがたかったのは確か。歌唱もすごくあとをひく感じで、1曲聴くと「もうおなかいっぱい!」だったのだ。
ただ、ここ何年かのテレビドラマでの玉置浩二は結構好きで、「コーチ」はおもしろかっらし、役者として魅力的なキャラだなあ、とは思っていた。その程度。
●アルバム「カリント工場の煙突の上で」
そんな私が2、3年前に、知り合いから借りたのが、「カリント工場の煙突のうえに」(1993年)。彼が幼い頃や故郷や家族、友人への思いをこめたアルバムなのかな。濃厚なボーカルは相変わらずなんだけど、恋や女を歌っているのではないので、ちょっと気を抜いて聴ける。何よりステキなのは流れるようなメロディーと、そしてそんなに華美ではないのに際立っている歌詞。
とくに「西棟午前六時半」は、私には大事な一曲となりました(たぶん好きな人も多いんじゃないかな)。玉置のボーカルが幾重にも重なり、バックに情景を彷彿とさせる人の声、ラジオ体操の掛け声などが入っているのでちょっと華麗に感じられるかもしれないけれど、演奏はギターが印象的で案外シンプル。そして、玉置の声と重なる女性ボーカルの声のすがすがしさと高音の美しさ。最近知ったのだけれど、このボーカルは当時妻だった薬師丸ひろ子さんとか。絶品の美しさです。テクニックなど駆使せずにすごく自然に流れるように心に入ってくる。
●「欠けたこころのまま 欠けたからだのまま」
すごく具体的な言葉で情景を歌っているので、午前六時半、という早朝の心地よい空気と人々の動きは伝わってくる。でも、曲をはじめて聴いたとき、私は自分に問いかけたのです、「ここはどこ? どこの朝の光景を歌っているの?」。
アルマイトの上に「赤や黄色の山盛りの錠剤」と「ロールパン2つ」、そして六時半から始まるラジオ体操。ああ、ここは病院の入院病棟なのね。「グーテンモーガン」(Good morning.)と言いながら通り過ぎる「ゲンさん」、「思い出のほかにはネコを追いかける裸足の友達」(これ、すごい歌詞ですよね)」、「露に濡れた朝顔と話すマモル」から、大人も子どももいる病棟であること以外に、なんとなくもっと違うものも感じさせる。
昔なら、結核療養のためのサナトリウム?とか思ったかもしれないけれど、私は勝手に、精神科系の開放病棟なのかな、と想像しています。
薬師丸ひろ子が歌う「私」は、いつまでここにいるのだろうかと思いながらも、「欠けたこころのまま 欠けた心のまま」それでも生きて、いつかあの海の向こうへ船をくりだそう、そんなせつない思いを歌う。
そしてラストは、「だから だから もっとがんばろう」そう歌い、彼女のうつくしい声が「がんばろう がんばろう」とつぶやくように繰り返す。何度聴いても、ここで胸がいっぱいになってしまうのです。
子どもの笑い声、ラジオ体操の掛け声、端正なギターソロ、そして「洗面器はじける太陽」…。朝の心地よい空気の中、いつもと同じ一日が始まる予感。その中で、自分の明日に思いを馳せ、不安のなかでそれでも「がんばろう」とつぶやく。外の世界は過酷で、普通に生きていくのだって大変だ。そういうときの人の心の奥深くを、一歩離れたところから見つめる優しささえ感じられる。無用な同情などなしで。
ひょっとしたら、これはあなた自身が経験した光景ですか。あなたが感じた心ですか? そう玉置に問いかけたくなるほどに、鮮やかな心情と光景が伝わってきて、ちょっと心が痛いです。
ちなみにアルバムトップの「花咲く土手で」も好き。とくに大好きだった「じいちゃん」の葬列の様子をうたった箇所は秀逸。
捨てた故郷を懐かしむ「カリント工場の煙突の上に」での「空よ 僕を忘れないでくれ」と歌い上げるサビの部分もなかなかです。
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