隠れ家-かけらの世界-

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「国境まで500メートルだ。走れ!」~『ヒトラーの忘れもの』

2020年11月02日 01時01分32秒 | 映画レビュー

2015年 デンマーク・ドイツ映画
『ヒトラーの忘れもの』


 http://hitler-wasuremono.jp/


監督・脚本 マーチン・サントフリート
出演 ローランド・ムーラー(ラスムスン軍曹)
   ルイス・ホフマン(セバスチャン・シューマン)
   エミール・ベルトン(エルンスト・レスナー(双子の弟))
   オスカー・ベルトン(ヴェルナー・レスナー(双子の兄) )

 

 史実のよると、ナチス・ドイツの占領から解放されたデンマークでは、多くの兵は祖国ドイツへ移送されたが、残る1万人以上の兵は、傷病兵の移送や収容所での労働のためにデンマークに残された。
 そこには少年兵も含まれ、なかにはこの映画の少年たちのように、地雷除去の労働を強制的にさせられ、死亡した者も多く、その事実は、デンマークでも長い間、明らかにはされていなかったという。


 映画の冒頭、移送されるドイツ兵の行進のバックに流れる、不穏な音。それが少しずつ大きくなって、映画の先にわれわれを待ち構えるであろう、過酷で悲惨な悲劇を予想させる。
 そして、それが、行進を見張るデンマーク兵の荒い息だとわかる。ドイツ兵への異常なほどの憎しみに満ちた行為に、彼の中のナチス・ドイツへの深い感情が見える。これが、連合軍の上陸を阻止するためにドイツ軍がデンマークの海岸線に埋め尽くした地雷の除去の監督をする、デンマーク人のラスムスン軍曹。
 彼の監督のもと、地雷除去の作業を命じられたのは、まだ10代の少年たち十数名。幼い少年たちを見て動揺する軍曹だが、彼はそんな戸惑いをものともせずに、少年たちに暴力と罵声で容赦なく接する。

 広い浜辺に這いつくばりながら長い棒を砂に突き刺して地雷を見つけ、信管を抜き取る作業は、見ているほうの心さえひりひりさせるような、死と背中合わせの時間だ。
 少年たちは浜の近くの民家の小屋に収容され、ろくな食料も与えられずに作業を続ける。最初のうち、軍曹は、なぜこんな幼い少年たちに?と思わせるような冷酷非情は表情と言葉で彼らを統率し締め上げて、有無も言わせずに従わせる。
 そんな中、少年たちは飢えから、民家の納屋から食べ物を盗み食中毒に苦しんだりする。民家の女性は、あんなものを食べたら食中毒になるのは当たり前、ネズミの糞だらけだもの、と言って笑う、「ドイツ兵がいい気味だ」と。そういう言葉に、軍曹が「笑うのか?」と問いかける中に、ほんの少しだけ彼の少年たちへの見方が変化してきたことを感じさせる。
 (のちに、この女性の幼い娘は、地雷の残る砂浜に足を踏み入れて、セバスチャンに命を救われる)
 作業中に地雷が爆発して負傷した少年は救護所に運び込まれるが、のちに軍曹が訪ねたとき、すでに死亡していたことを知らされる。少年たちには、「彼は回復して祖国に帰されるだろう」と嘘の報告をする軍曹はすでに以前の彼ではない。
 とくに冷静で素直なセバスチャンとは、心を通わせ、会話をかわし、つかの間の時間を過ごすようにもなる。「必ず国に帰れる」、軍曹はそう言って彼を励ます。
 軍曹は労働の合間に休日を設け、地雷を撤去した砂浜でサッカーをしたり競走をしたりして、笑い声もあがるようになる。
 そんな中でも、悲劇は繰り返される。
 双子の兄弟の兄が暴発で亡くなる。帰国したら会社を作り、左官として祖国を再建するのだと語っていた二人。残された弟は、地雷の残る砂浜を進み、自ら地雷の犠牲になる。

 撤去された地雷をトラックに積み込む作業をしながら、祖国に帰ったら何をする?と明るく話す少年たち。
 「母の作った料理を食べたい、ベルリンでいちばんうまいんだ」と話す少年もいる。
 ところが信管の抜かれていない地雷が残っていたのだろう。爆発して、そこにいた少年たちはあっけなく亡くなってしまう。楽しそうに未来に思いをはせ、帰国も間近に控えて前向きに語り合う笑顔を思い出すと、胸が締め付けられる。

 残った4名の少年たちは担当だった海岸の地雷の撤去を終える。ところが、祖国に帰れるはずの少年たちを、「地雷撤去の経験があるから」という理由で帰国させずに違う海岸に送り込ませるという軍の命令。
 ラスムスン軍曹は4名をトラックで移動させ、あるところで下ろすと、こう言う。
 「国境まで500メートルだ、走れ!」
 と。
 セバスチャンら4名の少年は戸惑いつつも、促されて走る。ときどき立ち止まって振り返るセバスチャン。
 そこでエンドロールが流れる。
 
 優れた映画は、むやみに涙を誘わない。言葉を駆使して解説したりもしない。
 軍曹と少年たちの別れもあっけないほどに淡々と進み、それだからよけいに想像を巡らせることになる。
 軍曹は処罰を受けたであろうか。少年たちは無事に祖国の土を踏んだだろうか。ここでの年月をどのように振り返ることになるのだろう、などなど。
 
 戦争はいつだって同じ悲劇を浮き上がらせる。被害者も加害者も、裏返せば同じ顔を見せたりする。
 そして、大人の後始末を年端もいかない少年たちに担わせて、命を奪う。
 彼らはどこに怒りをぶつけたのだろう。ぶつける術も知らずに、未来を明るく語り合う彼らに、大人は何を語れるのだろう。

 「国境まで500メートルだ」
 その言葉が希望でもあり、大いなる悲しみにも聞こえる。
 地続きの、こんな近いところに祖国との境があったのに、たどり着けなかった10名あまりの少年兵の命。
 救いといえば、軍曹を中心に、短いけれど憩いの時間があったということか。だけど、それはあまりに都合のよすぎる結論だろう。

 2015年の「東京国際映画祭」のコンペティション部門に出品され、軍曹役のローランド・ムーラーと少年兵役のルイス・ホフマンは、最優秀男優賞を受賞したそうだ。
 そのときの映画タイトルは、『地雷と少年兵』。そして原題は『砂の下 Under Sand』。どちらもとてもシンプルでわかりやすい。
 英語タイトルの『Land of Mine』のmineは、「私のもの」と「地雷」の2つを意味するのか。
 どちらにしても、邦題の『ヒトラーの忘れもの』は意味もなく呑気で、情緒的なものを連想させ、この硬質な映画のタイトルにはそぐわない。
 (ただし、極めて軽薄で感情に流されやすいワタシは、このタイトルにひかれてこの映画を選んだことを、正直に告白しよう。こういう輩を一本釣りするには、優れたネーミングと言うしかないのか)


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