隠れ家-かけらの世界-

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安らかに~絵門ゆう子さん死去

2006年04月07日 00時52分19秒 | 手紙

■連載に感謝~絵門ゆう子さんへ

 今朝の新聞であなたが亡くなられたことを知りました。先週の『朝日新聞』の連載「がんとゆっくり日記」の最後に「経過報告は次回も続きます」と書いてあるのを見て、少しイヤな予感もしました。どちらにしても、かなりつらい状況になっていることが正直に書いてあったし。
 
「今まであまり経過報告はしてこなかったので、これからは…」という文章には、あなたの決意がこめられていたのでしょうか。いやおうなく訪れる時がさほど遠くはないことを察していたのかもしれませんね。
 
あなたのNHK時代は記憶にないし、その後のキャスター、女優としての活動にもあまり興味がありませんでした。ただ、この連載を毎週読みながら、この人はどんな思いで毎日を暮らしているのだろうと、精力的な講演活動や執筆活動のようすを想像していました。
 あなたは残り少ないと思われる自分の時間を決して悟ったりせずに生きていましたね。それがとても新鮮でした。同じ病の仲間の心境や状況を私たちに知らせながら、世の中のこと、理不尽なこと、がん患者への誤解・安っぽい同情をいつも怒っていましたね。私たちはついつい大ざっぱな括りで、いろんなことを判断したり、わかったような気になったりしてしまう。それに対して、あなたは「違うのよ、みんなそれぞれなの」そう言い続けていたように思います。そして、どうやって死んでいくか、ではなく、たとえ短くても「どうやって生きていくか」を大事にしていたのでしょうか。
 
あなたは見事なほどに強かったし明るかったし、そういうご自分を表現してきました。その陰でどんなふうに震えていたのか、脅えていたのか…、残酷だけど、私はそういうことが知りたくて、あなたの文章の行間を探っていましたが、それは見つかりませんでした。隠していたのでしょうか、それとも本当に強くて前向きな女性だったのでしょうか。
 
実はあなたの闘病生活を想像しながら、私は時々ある人物を思い出していました。がんが見つかったときにはすでに遅く、告知されてから半年足らずで亡くなった人のことです。彼は入院までの4カ月の間に自分の身のまわりのこと、そして仕事をすべてきれいに整理して、そして誰にも迷惑をかけないようにしてから、病院に入りました。苦しかっただろうと思うけど、とても穏やかに、たぶん今までの人生でいちばん穏やかに暮らしたあと、静かに去っていきました。彼の優しく穏やかな表情の陰にどんな苦しみや憤りや悲しみがあったのか、それを私は想像するしかないので、それであなたの文章に答えを見つけようとしたのかもしれません。「人はそれぞれよ」とあなたは言うかもしれないけれど。
 
強いことがよくて、弱いのは恥ずかしいことだなんて思わないから、あなたの最後を見事だ、と賞賛はしません。あなたにはこの生き方しかできなかったし、きっとそれが最上だったのでしょうが。
 
でも、人の死を考えたり、自分はどうなんだろうかと振り返ったり…、そういう機会を与えてくれたあなたに感謝しています。体調がどんなにきつくても、連載を続けてくれたことに感謝しています。
 
そして、あなたの願いどおりに、あの大らかなご主人にみとられ、信頼していた主治医の中村先生(聖路加国際病院)の「ご臨終です」という声で旅立てたこと、よかったですね。
 
今朝、光あふれる電車の車内で、若い母親の胸に抱かれて眠っている小さな女の子のかわいい寝顔を見ながら、あなたが生まれて生きて旅立っていったことの軌跡を、勝手に感じていました。
 
そして、iPod からエレファント・カシマシの「悲しみの果て」が流れてきたとき、私は不覚にもちょっと涙ぐんでしまいました。とくに思い入れがあるわけでもなく、また知り合いでもないあなたを偲んで流した涙ではありません。でも、心からご冥福をお祈りします。


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