■ゼロから分かる安倍政権の統計不正問題
Newsweek(ニューズウィーク) 2019年03月06日
https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2019/03/post-67.php
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統計不正は国家の基盤を揺るがす大問題であり、多くの人がその重大性に気付いているはずだが、専門性が高く「よく分からない」のが正直なところだろう。
不正の中身が分からなければ、それを評価できないのは当然である。
本稿では統計不正の中身について可能な限り平易に解説したい。
今回、不正が発覚したのは厚生労働省の「毎月勤労統計調査」である。
これは賃金や労働時間に関する統計で、調査結果はGDPの算出にも用いられるなど、基幹統計の1つに位置付けられている。
アベノミクスに関する争点の1つは雇用と賃金なので、この統計はまさにアベノミクスの主役といってよい。
そうであるからこそ「忖度」の有無が問われているともいえる。
・勝手にサンプル調査に切り替えた
不正の根幹部分は、調査対象となっている従業員500人以上の事業所について、全数調査すべきところを一部で勝手にサンプル調査に切り替え、しかもデータを補正せずに放置したことである。
サンプル調査そのものは統計の世界では一般的に行われる手法であり、サンプル調査を行ったからといって、それだけでデータがおかしくなるわけではない。
今回のケースでは東京都における500人以上の事業所は約1500カ所だったが、実際には500カ所しか調査していなかった。
ここで得られた数字に約3を掛けるという補正作業を行えば、1500カ所に近い数字が得られる。
・補正作業を忘れていた
毎月勤労統計調査については、全てに全数調査が義務付けられているので、サンプル調査に変更した段階でルール違反なのだが、数字がおかしくなったのはサンプル調査そのものが原因ではなく、この数字の補正作業を忘れていたからである。
1500カ所分の数字が必要であるにもかかわらず、500カ所分の数字しかなかったので、東京都における賃金総額が実際よりも小さくなり、結果として全国の賃金総額も減ってしまった。
現実の補正作業はシステム上で行われるので、外注しているシステム会社への業務連絡を怠ったのが実態と考えられる。
・2018年以降のデータだけを訂正した
このミスは2004年からずっと続いており、十数年間、賃金が低く算出されていたことになるが、本当の問題はここからである。
作業ミスが発覚した場合、本来であれば、2004年までさかのぼって全てのデータを訂正しなければならない。
ところが厚労省はこうした訂正作業を行わず、どういうわけか2018年以降のデータだけを訂正するという意味不明の対応を行い、その結果、2018年から急激に賃金が上昇したように見えてしまった。
・「現実に近い数字になった」では済まない
この対応が、賃金がなかなか上がらないことにいら立ちを強めていた安倍政権への忖度だと批判されている。
2018年以降の数字を訂正したことで、同年以降の賃金総額が増加し、より現実に近い数字になったとの見方もできる。
だが多くの国民にとって重要なのは、勤労者全員が受け取った賃金総額がいくらかではなく、賃金が前年より上がったのか下がったのかである。
これに加えて統計には連続性が不可欠であり、途中で基準が変わることはあってはならない。
もしこの訂正がなければ2018年の賃金は前年比で下がっていた可能性が高く、景気に対する国民の認識は違ったものになっていただろう。
整理すると、厚労省は、①全数調査すべき調査をサンプル調査に勝手に切り替える、②サンプル調査の場合に必要となる補正作業を忘れる、③全データを訂正せず2018年からの訂正のみにとどめる、④一連の対応について外部から指摘されるまで明らかにしない、という4つの不正を行ったことになる。
・忖度した可能性は高い
同省が2018年以降だけの訂正にとどめた本当の理由については明確でない。
意図的にこうした訂正を行った可能性もあるし、データの管理がずさんで、2004年までさかのぼった訂正ができなかったことも考えられる。
ただ、2018年のデータから調査対象の事業所を大幅に入れ替えており、これも賃金を大きく上昇させる要因となった。
調査対象の事業所入れ替えも定期的に必要な措置ではあるが、ミスが発覚し訂正するタイミングで実施するのは不適切である。
一連の対応を総合的に考えると、政権の意向をある程度、反映させた可能性は高いとみてよいだろう。
なぜこのように推測できるかというと、霞が関では不正にならないギリギリのところで、統計の数字を政権が望む形に微修正することはよくある話だからである。
一方で、中央官庁の職員には公務員としてのプライドもあるので、修正はあくまでも職業倫理の範囲内にとどめるのが暗黙のルールとなっていた。
今回の不正はこれを著しく逸脱しており、統計データとしての連続性を消失させるなど、従来では考えられない対応を行っている。
忖度の度合いはともかくとして、同省の組織劣化がかなり進んでいるのは間違いない。
・他の統計でも不正が明るみに
今回の不正発覚をきっかけに、同省の賃金構造基本統計調査や、あるいは総務省の小売物価統計調査など他の統計でも不正が明るみに出ており、問題をさらに複雑にしている。
賃金構造基本統計調査は調査員による調査を実施すべきところを郵送に切り替えていた。
小売物価統計調査については、調査員が調査を怠り、過去のデータを提出していたことが明らかとなっている。
どちらのケースも許されることではないが、従事者による「手抜き」を100%防ぐことはできない。
統計学的な信頼性という観点からすれば、想定された範囲内のトラブルとみてよいだろう。
・日本の国家統計は貧弱
では、深刻な統計不正は毎月勤労統計だけなのかというと必ずしもそうとは言い切れない。
実はあらゆる統計の集大成ともいえるGDPの正確性についても疑問視する声が少なからず上がっている。
日本銀行は非公式ながらもGDPの算出方法について疑義があるとするペーパーを公表したし、一部の専門家はGDPの数字が上向くように修正されていると批判している。
GDPは最もマクロ的な統計なので、それ自体にある程度の曖昧さがあり、現時点において日本のGDP推計に問題があると断言することはできない。
だが、先進諸外国と比較して、GDPを中心とした日本の国家統計が貧弱であり、改善の余地が大きいことは紛れもない事実となっている。
統計というのは近代民主国家における礎であり、これが信用できなくなったら民主国家としては終わりである。
国家が持つ対外的パワーというのは、経済力や軍事力などハード面だけにとどまるものではなく、統計の信頼性や情報公開などソフト面の影響が極めて大きい。
こうしたソフト面でのレベルの違いが国際交渉力に大きく関係していることを、私たちはもっと認識すべきである。
<2019年3月12日号掲載>
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https://gendai.ismedia.jp/articles/-/80853