“真実”聞き出し冤罪防ぐ「障害者刑事弁護人」軌道に 大阪弁護士会
産経ニュース2012.9.8 00:57
知的・精神障害がある容疑者を対象に、大阪弁護士会が全国で初めて導入した「障害者刑事弁護人」の名簿登録者が、スタートから約10カ月で150人を超えた。障害者らは取調官に迎合して虚偽自白をする恐れが強く、名簿には社会福祉士らによる研修を通じて“真実”を聞き出す会話手法を習得した弁護士が登録。すでに約80件の事件に派遣されるなど軌道に乗っており、同弁護士会は「全国的に広げていきたい」とアピールしている。
知的障害などを持つ容疑者は、刑事司法の専門用語や手続きを理解していない可能性が高く、コミュニケーション能力に問題がある場合も多い。このため、取調官への迎合や自白の誘導・強要で冤罪(えんざい)に巻き込まれることもあるという。
平成22年には、大阪地検堺支部が現住建造物等放火罪などで起訴した知的障害のある男性について「表現能力に問題があり、自白の信用性の立証が困難」として公判前に起訴を取り消したケースもあった。
障害者の特性を理解した専門弁護士を育てるため、大阪弁護士会の高齢者・障害者総合支援センターは18年、「知的障害者刑事弁護マニュアル」を作成。裁判員裁判が導入された21年から、希望する弁護士を対象にマニュアルなどに基づく研修を始めた。
弁護士が毎月1回の計3回受講し、社会福祉士らの講義に加え、障害者の協力を得て模擬接見を実施。主語を明確にして質問する▽分かりやすい言葉に置き換える▽「はい」「いいえ」だけの答えにつながる尋ね方は避ける-といったコミュニケーションの取り方を学ぶという。
昨年11月、同センターは専門弁護士がある程度育ったとして、研修を終えた弁護士を名簿に登録。大阪地裁や捜査機関に対し、知的障害者に交付される療育手帳を所持するなど、逮捕・勾留した容疑者の障害を把握すれば弁護士会側に連絡するよう依頼し、名簿に記載した弁護士を当番弁護士や国選弁護人として派遣する制度を始めた。
さっそく同月下旬、通院先の精神病院のドアを壊したとして器物損壊容疑で逮捕された容疑者の連絡を受け、弁護士を派遣。この弁護士は、接見で容疑者が目線を合わせないことに気付いた。「慎重な対応が必要だ」と考え、担当検事に取り調べで誘導や強迫をしないよう配慮を求め、容疑者の主治医への面会も要望した。容疑者は不起訴(起訴猶予)処分となり、強制的な措置入院となった。
その後も窃盗や無銭飲食の詐欺などさまざまな事件で弁護士が派遣されているという。
法務省の矯正統計年報によると、昨年の新規受刑者約2万5千人のうち、知的・精神障害がある受刑者は約2割に上る。知的障害者らの取り調べでは録音・録画(可視化)が試行されているが、弁護側も専門家の育成が急務となっている。
知的障害者の弁護に詳しい辻川圭乃(たまの)弁護士(大阪弁護士会)は「犯した罪は償うことが大前提だが、障害者だからといって不利に扱われてはいけない。捜査段階から専門知識を持つ弁護士がつけば、冤罪を防ぐとともに、再犯防止のための適切な支援を行うこともできる」と話している。
*知的障害者の取り調べの録音・録画(可視化)
大阪地検特捜部による押収資料改竄・犯人隠避事件を受けた検察改革の一環として、昨年4月から各地検で全面的な録音・録画を試行。取り調べで誘導されることなどを防ぐのが目的で、最高検によると、今年4月までの1年間で延べ540人の取り調べで実施された。精神障害を持つ容疑者の取り調べの可視化も試行する方針。警察でも5月から、知的障害を持つ容疑者の取り調べで可視化を実施している。
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〈来栖の独白〉
喜ばしい記事だ。
ただ、一点、気になった。“容疑者は不起訴(起訴猶予)処分となり、強制的な措置入院となった。”との文脈だ。恐らくは精神科への入院だろうが、“強制的な”とあり、些か不安を覚えた。山本譲司著『累犯障害者』のなかに、以下のような記述があったのを思い出した。
閉鎖病棟での隔離生活
p94~
そして1986(昭和61)年、祖母が死去する。居場所を失った正さんは、親族の要望によって、宇都宮市内のある精神科病院へと入院させられてしまう。その入院先は、一般病棟ではなく閉鎖病棟だった。
結局、その後正さんは、35歳から48歳までの13年間を、この精神科病院の閉鎖病棟内で過ごすこととなった。
p95~
医師の案内のもと、閉鎖病棟の隅々にまで足を踏み入れたが、コンクリートと鉄に囲繞された保護室など、内部の造作は、驚くほど刑務所と似ている。医師や看護師の指示に従わない患者は、すぐに保護室に収容し、外から鍵を掛けられてしまうらしい。これも、刑務所での受刑者処遇と類同性がある。いや、矯正施設では使用厳禁となっている拘束具によって、いまだに多くの患者の肉体的自由が奪い取られている現状からすると、刑務所以上に人権侵害は甚だしいのかもしれない。ベッドに両手両足を固定され、下半身にはオムツが巻かれている患者たち。彼らの叫び声が病棟内に響くが、誰一人として気に留めているふうではなかった。きっと、それが閉鎖病棟内における日常風景であるからだろう。
「俺たちゃ、無期懲役刑を受けているようなもんさ。俺は14年以上ここにいるんだがね、その間に18回脱走したよ。全部連れ戻されちゃってさ、保護室にぶち込まれて酷い目にあった」
初老の男性のこの発言が引き金となり、「俺も」「俺も」と入院患者たちが、次々に脱走自慢と病院批判を口にする。
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◆山本譲司著『累犯障害者』獄の中の不条理 新潮社刊