年24万円の支出に、本人の意思叶わず…成年後見制度で後悔した理由
2019.3.12 07:00 週刊朝日#終活#遺産相続
親の介護や相続に直面した人の多くが聞く、「成年後見制度の利用を」との言葉。ただ、実際に使うと「こんなはずじゃなかった」と感じることも多い。「70歳をすぎた親が元気なうちに読んでおく本」などの著書があるフリーライターの永峰英太郎氏が、父の成年後見人となり、最初はホッとし、のちに大きく後悔した体験談をお伝えする。
* * *
2013年秋、母が末期がんだとわかり、母から父の認知症についても知らされた。翌14年1月には母が危篤状態に陥り、父は腰の圧迫骨折で倒れて入院。そのとき私に突然襲いかかってきたこと、それが「お金の問題」だった。
親の入院費や生活費、葬式費、父の介護施設への入所費……。これらを工面する必要があるのに、親の預金口座の暗証番号がわからず、お金をおろせない。それらの費用を自分の預貯金から切り崩す事態に陥った。
14年2月、母が息を引き取った後も、お金の問題は私の生活に立ちはだかる。父の認知症が理由となり、母の預貯金を相続できなくなったのだ。
金融機関への提出書類は相続人それぞれの署名が必要だが、父は署名できなかった。銀行に問い合わせると、案の定、「相続人の署名は必須」との回答。ただ、続けて「成年後見人を立てれば、相続できます」という言葉も返ってきた。
すぐ専門書を買って調べると、「子ども自身が成年後見人になれる」「親の預貯金を自由におろせる」などと書かれていた。成年後見人になれば、私の直面するお金の問題はすべて解決できる──。そう確信し、私は成年後見人になると決意したのだった。
その結果、お金の問題はすべて解決でき、「よかったね」と多くの人が喜んでくれた。しかし、私の思いは違った。「成年後見人にならなければよかった」。そう後悔の念を抱き続けることになったのである。
認知症になると判断能力が低下し、預貯金の管理や各種契約が難しくなる。家庭裁判所の監督のもと、こうした人を支援するのが成年後見制度だ。「後見」「保佐」「補助」の三つにわかれ、判断能力の程度でいずれかになる。認知症がある程度進んでいる場合、財産に関するすべての法律行為を代理できる後見を選ぶことになる。その人を支えるのが成年後見人だ。
なぜ、私はこの制度を利用して大きく後悔したのか。第一に、大きな費用が発生するからだ。
子が親の成年後見人になろうと思っても、必ずしもなれるとは限らない。家庭裁判所の判断で、司法書士などの専門家が選ばれるケースもあるからだ。子が選ばれても、子をサポートする成年後見監督人がつくケースもある。
こうした家裁の判断を、「ノー」と断ることはできない。専門家が後見人や後見監督人になった場合、当然ながら報酬が発生する。私は自ら成年後見人になれたものの、司法書士が監督人に就き、報酬を払うことになった。その額は実に年24万円だ。
「監督人がつくとわかった時点で、やめればよかったのでは?」
そんな声も聞こえてきそうだが、それは無理なのだ。この制度を使う際は家庭裁判所の担当者と面談し、「利用します」とその場で署名する必要がある。一方で、面談の時点ではだれが成年後見人に選ばれるかわからない。通知が後日届き、初めて知ることになる。
つまり、だれが成年後見人になるかわからない状態で、利用を決めないといけない。私の面談時、成年後見監督人などがつくことは手渡された確認書に書かれていたが、詳しく説明されなかった。
この制度では、親のお金の利用も大きく制限される。例えば、私は父から毎年110万円の暦年贈与を受けることを話し合っていたが、できなくなった。また、家族で外食に行って、父から「俺がおごるよ」と言われても、父の口座のお金を使うことは許されなかった。
成年後見制度の基本理念の一つは、本人の意思を生かす自己決定権の尊重。父の「俺がおごるよ」の言葉は彼の本心だと今も確信する。しかし、裁判所は「認知症の人は正常に判断できない」と考え、認めない。当事者の私からみれば、裁判所は制度の基本理念を無視しているとさえ思える。
母の死の際も、父は「俺はいらない」と言ったが、相続放棄が認められず、法定相続に従うよう指示された。なお、専門家が成年後見人に選ばれると、親の預貯金はすべて彼らが管理する。親のお金が必要な場合、いちいちお伺いを立て、認めてもらう必要が生じる。
肝に銘じるべきは、この制度は途中でやめられず、本人が亡くなるまで続くということ。遺産相続のために使い、それでおしまいとはいかない。だから、慎重に考える必要があるのだ。
では、どうしたらこの制度を使わずに乗り切れるのか。一番重要なことは、親が元気なうちに対策を講じておくこと。私を襲ったお金の問題も、事前に対処することができた。
親の口座からお金をおろせない事態は、親に暗証番号を聞いておけば避けられた。遺産分割は両親が遺言書を作っておけば、その意思に従って相続できた。遺言による相続は法定相続に優先する原則があるからだ。
では、こうした対策を講じずに親が認知症になった場合は、あきらめなくてはいけないのか。
答えはノーだ。例えば、口座の暗証番号がわからなくても、銀行に事情を説明して“直談判”すれば、当面の費用の引き出しを認めてもらえる可能性がある。認知症が初期段階であれば、遺産相続も自分で署名できるかもしれない。
あらゆる手段を尽くし、それでもダメなときに初めて、制度利用を考えたい。その場合は、できる限り、専門家が成年後見人や成年後見監督人に選ばれないようにしたい。
それが可能になるしくみが一つある。「後見制度支援信託」だ。この制度だと、本人の財産のうち定期的な出費分だけをこれまでの金融機関の口座に残し、残りをすべて信託銀行などに預ける。成年後見人が簡単にお金を引き出せないようにするためだ。これを使えば、司法書士などは選ばれず、報酬が発生しない。私も家庭裁判所に打診され、今はこのしくみを使っている。
最近では、家裁との面談の場で「後見制度支援信託を使うか、あるいは専門職後見人(監督人)を立てるか」を聞かれるケースも増えたようだ。迷わず、支援信託を選ぶといい。ただ、この手続きは専門家に委ねる必要があり、約20万円の費用がかかる。
5人に1人が認知症になる時代、成年後見制度のニーズはますます高まるだろう。しかし、慌てて利用すれば、必ず後悔する。お金の問題に必要な事前の対策を、今から講じることをお勧めしたい。
「成年後見や遺言より使い勝手がいい」。ここ数年、そう話題になっている制度が家族信託。元気なうちに、自分の財産を自分の目的に沿って、家族など信頼できる人に運用・管理してもらうことを決めるしくみだ。
財産を持つ側の委託者が、受託者に運用・管理を任せ、財産から入る収益を受益者に渡す。託す財産は信託財産と呼ばれ、委託者と受託者が公正証書で信託契約を結ぶことで始まる。大きな特徴は契約内容の決め方の自由度が高い点だ。
一つの利用法は、遺言では記せない「次の次の財産の行き先」を指定すること。例えば、子がおらず妻が認知症の男性がいて、男性は妹の娘(めい)の手助けを何かと受けているとする。「自分の死後、まず妻に預貯金を相続させ、妻の死後は残るお金をめいに相続させたい」。そんな思いの遺言を書こうとする。
しかし、それは認められない。遺言は財産の継承先を一代限りしか指定できない。男性の死後、妻の相続財産は、妻のきょうだいに流れる。めいと男性の妻は血族ではなく、めいは法定相続人になれないからだ。
ところが、家族信託を使えば、男性の意図どおりの内容での相続も可能になる。
信託契約の内容は「委託者が男性、受託者がめい、預貯金はめいに託す。男性が亡くなれば、預貯金は妻のために使い、妻の死後はめいに譲る」となる。委託者と受託者の間でその旨を盛り込んだ信託契約書を作って公正証書で契約を結べば、信託がスタートする。
家族信託を使えば、親の不動産を子が売却することもできる。本来、親が認知症になれば、財産の処分は難しい。「親の家を売って、介護施設の入所費用に充てる」といったことができなくなる。成年後見制度を使って売ることも可能だが、専門家が成年後見人や成年後見監督人に選ばれる可能性が高い。すると、報酬の支払いが発生する。
家族信託を使う際には、親が元気なうちにまず不動産売却の旨を盛り込んだ信託契約書を作る。不動産の名義を法務局で委託者から受託者に変更することで、受託者は不動産を売却できるようになる。成年後見制度の場合、不動産売却という目的を遂げても、途中でやめられない。家族信託ならば、目的が達成されると受託者はお役ご免となる。
では、問題点はないのか。今の大きなネックは、信託契約の書類作り(信託契約書)を信託業務に詳しい司法書士ら専門家に頼る必要があることだ。家族信託はまだ普及しておらず、契約内容のひな型が少ない。
作成費用は、5千万円以下の財産で50万円程度。私は不動産売却の信託契約書を見たことがあるが、自分でも作れる内容だった。家族信託の知名度が今後上がれば、ひな型も多く出回るだろう。そうすれば、家族信託のハードルは下がり、親を守る有効なしくみになる可能性は高いと感じている。
※週刊朝日 2019年3月15日号
◎上記事は[dot.]からの転載・引用です
※ 成年後見人には「親族が望ましい」最高裁、考え方示す 2019/3/18
――――――――――――――――――――――――
◇ 成年後見取り組み、自治体で差 2018/12/16 「成年後見制度の深い闇」
◇ 成年後見制度のあくどい被害実態 職業後見人は何もしなくても時給72万円! 長谷川 学 2018/11/8
◇ 成年後見制度、第三者関与に難点 家族、支援しにくく 2018.7.4
◇ 86歳女性に勝手に後見人をつけて連れ去った冷酷な裁判所 成年後見制度の深い闇⑬ 2017/11/26
◇ 「重度認知症と勝手に判定され、財産権を奪われた」母娘の涙の訴え 成年後見制度の深い闇⑫ 2017/11/16
◇ 裁判所がうっかりホンネを公表?後見人制度で露骨な利益誘導か 成年後見制度の深すぎる闇⑪
◇ まるで生き地獄 「家族が死んでも面会させない」後見人の驚愕実態 成年後見人制度の深すぎる闇⑩ 2017/10/25
◇ 「悪夢のような成年後見制度」役所を訴えた、ある娘の告白 全国初の賠償請求訴訟へ 成年後見制度の深い闇⑨ 2017/10/13
■ 「本人の精神鑑定を経ておらず、手続きに違法がある」後見開始を決めた津家裁四日市支部の審判を取り消し 名高裁 2017/1/10付け
◇ 91歳おばあちゃんの「失踪・財産消滅事件」戦慄の真相 成年後見制度の深い闇⑧ 2017/10/07
◇ 突然失踪、財産も消滅---91歳女性が語る「お家は役所にとられたの」 成年後見制度の深い闇⑦ 2017/9/29
◇ 91歳のおばあちゃんが突然失踪、そして財産消滅…何が起こった? 成年後見制度の深い闇⑥ 2017/9/20
◇ 障害者と家族からカネを奪う「悪質後見人」その醜態 成年後見制度の深い闇⑤ 2017/9/6
◇ 司法書士にあり得ない暴力を振るわれた、被後見人の悲劇 成年後見制度の深い闇④ 2017/08/18
◇ 後見人が親子の面会を禁止 そんな権限ないのに・・・ 成年後見人制度の知られざる闇③ 2017/8/11
◇ 「後見人」の高額請求に「強制力」はなかった 成年後見人制度の知られざる闇② 2017.7.29
◇ 裁判所が決めた「監督人」に高額請求される家族急増 市民が泣き寝入り 成年後見制度の深い闇① 2017.7.21
...........................