政治の「正統性」が揺らぐ 週のはじめに考える
中日新聞 社説 2012年6月3日
消費税率引き上げと関西電力・大飯原発の再稼働問題がヤマ場を迎えています。野田佳彦政権の姿勢には、そもそも「正統性」があるのでしょうか。
まず消費税から。
よく知られているように、野田首相は二〇〇九年の総選挙で「消費税を上げる前に天下り法人に巣くったシロアリ退治が必要」と訴えていました。インターネットで「野田、シロアリ」と検索すれば、街頭演説でそう力説する姿が出てきます。
天下り根絶は首相に限らず、民主党の国民に対する政権公約(マニフェスト)でもありました。
■形を変えて続く天下り
その後、鳩山由紀夫氏と菅直人氏の政権が一年ずつで倒れた後、野田氏が昨年の代表選で増税を訴えて当選し、首相に就任します。この間、シロアリ退治は進んだでしょうか。官僚の天下りは現役のまま独立行政法人に出向するなど形を変えて続いています。
いま野田政権は「増税実施は衆院議員の任期が切れた後になるから公約違反ではない」と言っていますが、こんな説明で納得する国民は少ないでしょう。
野田政権は増税に自民党の賛成を得るために、最低保障年金の創設や後期高齢者医療制度の廃止問題でも妥協して、実質的に棚上げしようとする気配がうかがえます。もしそうなら、これまた公約違反になります。
ふりかえれば、民主党政権が最初に公約を破ったのは、鳩山政権がガソリン税暫定税率の廃止を取り下げたときからでした。廃止見送りを主導したのは当時、幹事長だった小沢一郎氏です。
いま小沢氏は「マニフェストを守れ」と叫んでいますが、実は最初に破ったのは小沢氏ではなかったか。しかも幹事長室という舞台裏で決めたまま、政策変更について本人から国民に対して十分な説明はありませんでした。
■安全基準をコロコロと
いま野田政権が消費税引き上げに加えて、目玉だったはずの社会保障政策も捨てるなら、民主党という政党はいったい何を目指すのでしょうか。自民党と何が違うのか、よく分かりません。
それから大飯原発の再稼働。
福島事故の後、国民がもっとも心配したのは「同じような事故が他でも起きないか」という点でした。事故は地震と津波が直接の引き金でしたが、実は原子力安全・保安院という規制するはずの組織が原発推進の経済産業省と一体だった。それが遠因です。
原発のストレステスト(安全評価)導入に際して、枝野幸男官房長官ら菅政権当時の三閣僚は文書で「保安院による安全性の確認について疑問を呈する声も多く…」と認めていました。
そうであれば、保安院ではない独立機関が安全を確認するまで原発は動かせないはずです。実際には何が起きたか。
原子力安全委員会の班目春樹委員長が「(簡易版の)一次評価だけでは不十分」と語ると、野田政権は新たな安全基準づくりを保安院に指示する。完全な逆戻りです。それでも関係自治体が納得しないと「いまの基準は暫定的」と言いだしました。安全基準をコロコロともてあそんでいると言っても過言でないでしょう。
国民の気持ちに沿って考えるなら、まず完全独立の規制機関を立ち上げる。専門家による透明な議論を経て安全基準をつくる。客観的検査で安全を確かめた後、稼働を政治判断する手順ではないでしょうか。使用済み核燃料の最終処理方法が見つからない以上、それでも動かさないという選択肢は当然、残ります。
そもそも安全に関する規制や政策は現行の法律上、原子力安全委員会が「企画し審議し、および決定する」と定められています。国会で審議中の原子力規制庁法案には安全委の衣替えが盛り込まれていますが、政権が勝手に決められるような性格のものではないのです。「再稼働ありき」で基準をいじるのではなく、しっかりした基準をつくって安全を判断する。それが基本です。
政権が国民に対して「正統性」を主張するには、まず公約を守ることが大前提です。増税のような重大な路線変更をするなら、衆院解散か内閣総辞職によってけじめをつけてほしい。
福島事故の重大さを考えれば、原発再稼働問題の扱いも国民が納得できる筋道を示す必要がある。野田政権の扱い方は、いかにも場当たりで乱暴です。
■政権の言葉に「曇り」が
財政・税制や社会保障、エネルギー政策はいずれも国家と国民生活の基盤に関わる重要課題です。だからこそ、政権は政策を語るとき言葉に曇りがあってはならない。残念ながら、野田政権は正統性が揺らいでいます。
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