大分強盗殺人に無罪 「密室の誘導」供述は不合理、他の証拠とも整合しておらず疑問

2010-02-24 | 死刑/重刑/生命犯

裁判:調書に「疑問」と無罪 大分・旧清川村強盗殺人判決 裁判長「令状主義逸脱も」
 大分県の旧清川村(現豊後大野市)で女性(当時61歳)を殺害し乗用車などを奪ったとして、強盗殺人などの罪に問われた無職、伊東順一被告(58)に無罪を言い渡した23日の大分地裁判決は、捜査段階で関与を認めた調書の信用性を否定した。宮本孝文裁判長は、任意性を認める一方で「供述には不合理な変遷があり、他の証拠とも整合しておらず疑問が残る」と指摘。伊東被告は閉廷後、釈放された。
 さらに、別件の窃盗事件の起訴後の拘置を利用して、強盗殺人事件を取り調べたことについて「令状主義を逸脱する違法なものであった可能性を否定できない」と、捜査手法を批判した。
 伊東被告は05年3月8日、顔見知りで一人暮らしの山口範子さん方に侵入し現金13万円を盗んだほか、3月14日にも山口さん方に入り込んだところを山口さんに発見され、コンクリート片で頭を殴るなどして殺害したとして、起訴された。被告は捜査段階で自白と否認を繰り返し、公判では一貫して無罪を主張した。
 判決は、供述調書以外の状況証拠について「被告の犯行と認定、推認できない」した上で、調書の信用性、任意性の有無を検討した。
 信用性について、殺害現場にあった血痕の付着状況が供述した殺害態様と食い違う▽盗んだとされる車のキーが、供述した遺棄現場から発見されなかった--などを挙げ、「自白に不自然な部分がある」と述べた。このほか伊東被告が奪ったとされた車と、被告本人が事件後に映っていたとされる現場近くのパチンコ店の防犯カメラについて「画像の精度が高くなく、似ているという域を出ない」と述べた。
 判決は、別件の窃盗事件の拘置を利用した取り調べについて、「警察官から関与を相当厳しく追及された可能性がある」と批判した。
 今回の裁判では弁護側は公判前整理手続きで、伊東被告を取り調べた警察官らが作ったメモの開示を請求。地裁が08年5月に警察官5人に直接尋問後、検察側が任意提出する異例の展開をたどっていた。
 伊東被告は事件後の05年12月、別の窃盗事件で逮捕され、06年7月、福岡高裁で懲役2年の判決が確定し服役していた。大分県警は07年2月、服役中の伊東被告を強盗殺人容疑などで逮捕した。
 ◇自白偏重に警鐘◇
 この日の判決は、これまでともすれば自白偏重になりがちだった事件捜査のあり方に警鐘を鳴らしたものだ。別件逮捕についても検討していることと合わせると、科学捜査の必要性が叫ばれる現代でもえん罪が生まれる恐れがあることを指摘するとともに「疑わしきは被告人の利益に」という刑事司法の鉄則を厳格に当てはめたものと言うことができる。
 今回の事件で、捜査当局は伊東被告と事件を直接結びつける物証を得られないまま起訴に踏み切り、公判は自白調書の任意性と信用性が争点となった。
 捜査段階で変遷した自白に疑問をもった弁護側は公判前整理手続きで警察官の取り調べメモを開示するよう求めた。検察側は当初、メモの存在を否定したが、その後出てきたメモには取調官が伊東被告に「無期か死刑しかない。死刑より無期のほうがいいだろう」と迫ったことなど、調書作成に至るやりとりも記載されていた。
 最高裁は07年に、備忘録に近いこうしたメモ類も証拠開示の対象となり得るとの判断を示している。別の観点に立てば、こうした開示は、形態を変えた「取り調べの可視化」(捜査の録音・録画)と見ることもできる。
 今回の事件は、自白に頼りがちとされる汚職や選挙違反などの事件だけでなく、物証重視とされる強行犯事件でも「密室の誘導」が起こりがちであることを示した。捜査当局がこうした手法を改めない限り、全面可視化に向けた議論はさらに加速することになるだろう。【高芝菜穂子】毎日新聞2010年2月24日

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