障害のある娘のために裁判所と闘い、命を落とした母親の無念
成年後見制度の深い闇
2018.06.23 長谷川 学 ジャーナリスト
「お母さんが、死んじゃったよ」
「妻が急死したとき、娘は、いつものようにお菓子作りの作業場で働いていました。娘は障害者です。夕方、家に帰った娘に『今日、お母さんが死んじゃったよ』と話すと、娘は押し黙ったまま涙をポロリと流しました」
痛ましい出来事が起きてしまった。
6月8日、知的精神障害者の娘を持つ母親が、路上を歩いているときに心筋梗塞を起こし、急死したのだ。
私は、2017年9月6日の現代ビジネスで、この母娘のことを取り上げている。(参考:<障害者と家族からカネを奪う「悪質後見人」その卑劣 ~成年後見制度の深い闇 第5回>http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52743)
亡くなったのは埼玉県在住の竹田房子さん(享年69・仮名:以下、家族の名前はすべて仮名です)。房子さんは夫の誠二さん(75歳)、一人娘の陽子さん(34歳)と仲睦まじく暮らしていた。
母親の房子さんは、娘・陽子さんのために、良かれと思い成年後見制度を利用したところ、予想もしない後見トラブルに次々に巻き込まれ、疲労困憊していた。
「成年後見制度を利用して良いことは一つもありません。不安と怒りが募って夜もよく眠れません。ストレスが溜まる一方で、このままではストレス死しそうです」
取材メモを読み返すと、房子さんは、私にそう話していた。亡くなる2日前も友人に、「成年後見制度のせいで寿命が縮む一方だ」と疲れた様子で語っていたそうだ。
私が房子さんと知り合ったのは昨年6月。「サンデー毎日」(2017年6月18日号)に私が書いた<成年後見制度の”落とし穴”>という記事を読んで、房子さんが連絡をくれたのがきっかけだった。それ以来、互いの自宅が近いこともあり、私は一家と親しく付き合うようになった。
*突然、裁判所から届いた通知で「運命が暗転」
房子さんが陽子さんの成年後見人になったのは2012年6月。東日本大震災がきっかけだった。房子さんは私にこう話していた。
「もし今後、首都直下型地震が起きても、私が後見人についていれば、私の命のある間は、娘の生活を見守って財産も管理して増やしてあげられる。誰かに騙されて高額な商品を買わされても、私が代理になって取り返すこともできる。後見人に選任されてやれやれと思いました」
成年後見制度は、認知症などで判断能力が不十分な人の経済活動を手助けするために2000年にスタートした。
家庭裁判所が選んだ後見人が、被後見人(認知症の人など後見を受ける人のこと)の意思を尊重し、生活や健康状態に配慮しつつ、被後見人の代わりに(1)財産管理、(2)身上監護(医療介護の契約など)を行う。
房子さんは後見人として、娘を見守り、さいたま家裁から一度も問題を指摘されたことはなかった。
ところが後見人就任から5年経った昨年3月、突然、さいたま家裁から1通の連絡通知書が自宅に届いた。このときから一家の運命は暗転する。
それまで、房子さんは家裁から、上述の通り娘の陽子さんの財産を管理し、身上監護を代理する権限を与えられていた。
ところが通知書によると、家裁は、房子さんから財産管理の権限を剥奪し、代わりに、房子さんが名前も知らない弁護士を財産管理担当の後見人に選任したというのだ。
寝耳に水の事態に房子さん一家は驚愕した。房子さんは当時のことを、私にこう語っていた。
「家裁は、こちらの意見も聞かずに一方的に私から権限を取り上げて、有無を言わせませんでした。過去に財産管理を巡るトラブルを起こしたことも、家裁から問題を指摘されたことも一度もないので、納得できず、家裁に何度も問い合わせましたが『裁判官が決めたことだから』と門前払いでした」
*娘のために貯めたお金を取り上げられて…
その後、弁護士後見人から「弁護士事務所に娘さんの通帳をすべて持ってくるように」と電話があり、房子さんは、娘さん名義の通帳(郵便貯金など二種類)を弁護士に渡した。預貯金の合計額は1600万円だった。
「このお金の大半は、娘の将来のために、私たち夫婦のお金を節約して、娘の名義でコツコツ積み立てたものです。つまり元はといえば夫婦のお金でした。ところが自分たちのお金にもかかわらず、通帳を取り上げられて使えなくなってしまったのです」
房子さんによると、陽子さんの生活費は毎月、最低でも15万円かかっていた。
「でも弁護士は月10万円しか私に手渡ししてくれません。娘と家族旅行したいと旅費の支出を頼んでも『旅行なんて必要ない』と出してもらえませんでした」
房子さんは、毎月、不足分を夫婦の預貯金から補てんせざるを得なくなった。
房子さん夫婦の例と同じく、障害のある子供を持つ親は、子供の将来を案じて、自分たちのお金を子供名義で、できるだけ多く預貯金しようとするのが一般的だ。両親の死後、お金がなければ、子供は路頭に迷う恐れがある。それで、自分たちのお金を子供名義でコツコツ貯めるのである。
だがそうした両親の心情は、家裁と弁護士後見人にはまったく通じなかった。弁護士後見人は、通帳を取り上げただけでなく、さらに「家裁の指示」と称して、こう通告した。
「1600万円のうち1400万円は信託銀行に預けることになる。このお金は家裁の承諾がない限り、誰も使えない。銀行に信託を設定する手続きは私が行う。設定手続きの報酬は娘さんの預貯金から支払ってもらう」
つまり、一方的に信託銀行に預けるよう取り計らい、その手続きの費用を、その財産から取るというのである。
*親族は信じず、弁護士らの独占を推進する司法
念のために付け加えると、これは専門職後見人としては、制度上、許された行為であり、違法行為というわけではない。だが、いかなる制度も、それを作り、運用するのは人間だ。このような制度が、本当に望ましいものと言えるのだろうか。
ここ数年、全国の家裁は、1000万円以上の預貯金(東京は500万円以上)を持つ認知症高齢者ら被後見人の資産のうち、日常生活に使わない部分を半ば強制的に信託銀行に預けさせ、家裁の承諾なしに使えなくする運用を推進している(「後見制度支援信託」と呼ばれる)。
弁護士や司法書士など「専門職後見人」による被後見人の財産の横領事件も、折に触れてメディアを騒がせているのだが、全国の家裁は「親族後見人」による横領防止を重視し、親族後見人に対してのみ、この運用を適用している。これは、全国の家裁を統括する最高裁事務総局家庭局の指示を受けてのことだ。
後見制度支援信託は、金銭信託の一種である。実は、金銭信託設定の手続きは、銀行側がアドバイスすれば、誰にでもできる。信託銀行は、一般顧客相手にもサービスを提供しているのだから、当然といえば当然のことだ。
にもかかわらず、最高裁家庭局と全国の家裁は、後見信託設定手続きを被後見人自身や親族が行うことを認めず、弁護士、司法書士、税理士に独占的に請け負わせている。
そして、この設定手続きを行った場合の報酬は、1回につき30万円程度が相場とされている。むろん報酬を支払わされるのは認知症高齢者や知的精神障害者本人である。本人や家族が設定すればタダなのに、わざわざ30万円もの報酬を払って、弁護士らに儲けさせる仕組みになっているのだ。
*「守る」べき相手に一度も会わない弁護士後見人
どうしても納得できない房子さんは、さいたま家裁の裁判官に次のような手紙を送った。
「(娘は)1076グラムで生まれて、死ぬか生きるかでスタートして以来、33年間、頑張り続けてきました。やっとの思いで生きてきたのに!! 急に何の説明もなく信託だと言われても、とても納得できません。あれは私たちのお金だからです。将来安心して生きていけません」
房子さんは後見信託の利用を断固拒否する一方、後見人にもかかわらず、一度も被後見人である娘の陽子さんに会おうとしなかった弁護士に対して不信感を募らせ、埼玉県弁護士会に懲戒請求を申し立てた。
後見人の在り方を定めた民法858条では、後見人は被後見人の意思を尊重しなければならないとされている。当然、後見人は被後見人に会って、その意思を確認しなければならないはずだが、くだんの弁護士は娘の陽子さんと会おうとすらしてこなかったのだ。
どのような力学が働いたかは不明だが、この弁護士は懲戒を免れた。だが結局、後見信託を利用させることを断念して後見人を辞任。家裁は、娘・陽子さんの財産権を再び房子さんに戻した。ところが今度は、家裁は房子さんを監視するため、別の弁護士を後見監督人に選任したのである。
「このときも家裁から、私たちに事前に何の説明もありませんでした」(夫の誠二さん)
なお後見監督人弁護士にも年間20万円程度の報酬が支払われることになっている。むろん支払わされるのは娘の陽子さんだ。房子さんは生前、私に繰り返し、こう話していた。
「娘のお金を横領したことがあるというなら、家裁が、後見信託の利用をうながしたり、監督人をつけるのも納得します。しかし、そんなことを一度もしたことがなく、真面目に後見人をやってきたのに、頭ごなしに『従え』と言われても到底納得できません」
*巨大権力である司法と闘った母を襲った「悲劇」
その後も房子さんは、監督人から後見信託の利用を繰り返し勧められたが拒否していた。
家裁が後見信託を執拗に利用させようとするのは、陽子さん名義の預貯金額が1000万円をこえているためだと知って、一計を案じた房子さんは、預貯金の一部を陽子さん名義の保険に移し、預貯金額が1000万円を下回るようにするなど、合法的な抵抗を続けた。
ところが、これに業を煮やした家裁は、房子さんが急死する2週間ほど前、再び房子さんから財産管理権を剥奪。3人目の弁護士を財産管理のための後見人に選任するという挙に出た。
そうした渦中に、房子さんは心筋梗塞を起こして亡くなったのだ。
読者は、この一連の顛末を知って、どう感じられただろうか。付け加えれば、母親の房子さんは、もともと心臓に持病などを抱えていたわけでもなく、普通に暮らしていたのである。
一市民が国家(家裁)や弁護士といった法律専門家と対峙し続けるのは、大変なストレスだろう。司法が、自らの定めた制度に固執し、その権威が脅かされることに過敏に反応して、個人を抑圧する。そんなことが、この21世紀の日本において、現実に起こっているのである。
成年後見制度は、超高齢化社会になだれこむ日本にとって、とくに認知症高齢者の財産権を守るために設計された、「弱者のため」の崇高な使命を持つ制度としてスタートしたはずだった。ところが、その実態を見ると、むしろ「弱者を食いものにする」と呼んでもよい出来事が、全国で発生している。
しかし、制度改革の機運は、制度を運用する司法の側には、まったく見られない。その姿勢はまるで、制度への冷静な反省を行うことが、自分たちの権威を傷つけると思っているかのようだ。
制度の不合理さと闘い続けた妻・房子さんを失った夫の誠二さんは、私に、「妻は家裁と弁護士を相手に闘いをやり切った。戦死したようなものです。私は妻の意思を引き継ぎ、今後も家裁と弁護士の理不尽な横暴と闘います」と話していた。
私の取材では、同じような悲劇は全国で起きていることがわかっている。家裁と弁護士後見人らは、人を救うための制度が、逆に人を苦しめている実態を真摯に受け止め、強引な運用をあらためるべきだろう。
◎上記事は[現代ビジネス]からの転載・引用です *強調(=太字)は来栖
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