英国人の死刑執行 中国、異例の早さ 世論支持、干渉を拒絶
産経ニュース2009年12月30日(水)08:05
【北京=矢板明夫】麻薬密輸の罪に問われた英国人男性に対する中国当局の死刑執行は、外国人としては刑が確定してからわずか2カ月余りという異例の早さだった。死刑執行の回避を求める英国の圧力にもかかわらず、中国側が強気な姿勢を貫いた背景には、歴史的な経緯から今回の死刑執行を圧倒的に支持する世論がある。近年、チベット問題など中国の人権問題を批判し続ける欧米に対する反発の意思表示でもある。
英国の人権団体によると、アクマル・シャイフ死刑囚はこれまで「資金がないのに会社を設立しようとしたり、音楽の経験がほとんどないのに歌手としてデビューしようとしたり」と、奇行を繰り返していた。英国が求めてきた精神鑑定をすれば、責任能力が認められず無罪になる可能性もあったという。
しかし、ヘロイン50グラム以上の所持で死刑となる中国では毎年、多くの中国人密輸者の死刑が執行されている。今回、英国の要求を受け入れ、4キロのヘロインを所持していたとされる同死刑囚に精神鑑定を施し、その結果、寛大な措置をとることになれば、「外国に弱腰だ」という世論の反発を招くのは必至だった。
とりわけ今回の事件は、英国人が麻薬を中国に持ち込もうとしたうえ、英政府が中国の司法に口を出そうとしたとの印象を多くの国民に与えていた。
19世紀半ばに起こったアヘン戦争と関連づけて報道するメディアすらあった。中国が歴史上受けた屈辱を引き合いに「中国はもはや英国の植民地ではない」といった感情論がそれだ。国際情報紙「環球時報」の世論調査では、98・8%が死刑を支持し、中国の司法が干渉されていると回答した者は96・7%にものぼる。
中国では、日本人男性4人を含むアジア、アフリカ国籍の十数人が麻薬密輸の罪で死刑判決を受けているとされる。3年前に死刑が確定したものの、刑が執行されていない例もある。
今回、英国人の死刑囚が異例の早さで執行されたのは、昨年春のチベット騒乱以後、ブラウン英首相が中国の反対にもかかわらずチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世と会見するなど、中国の人権問題を批判したことへの反発もあるとみられる。昨年の金融危機以後、国際社会における中国の影響力が増す中で、「中国は外国の指図を受けない」との強気の姿勢もうかがえる。
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英国人の死刑執行 27回の嘆願“黙殺” 英中関係、悪化に拍車
12月30日7時56分配信 産経新聞
■EU・人権団体も非難
【ロンドン=木村正人】アクマル・シャイフ死刑囚の死刑執行を受け、英国のブラウン首相とミリバンド外相は中国政府を激しく非難した。先の国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)でも英政府は、数値目標の設定を妨害したとして中国を名指しで批判しており、死刑執行は両国の「対立」に拍車をかけた。批判は英国以外からもあがっている。
英外務省は29日、中国側の発表より早く「現地時間午前10時半(英国時間同2時半)に死刑が執行された」と発表した。英側は27回にわたり「寛大な措置」を求めてきた。COP15の場でも、ブラウン首相は温家宝首相に直訴した。だが、完全に“黙殺”されただけに、怒りは大きい。
ブラウン首相は「英政府の嘆願が考慮されなかったことに驚きと失望を覚える。死刑囚の精神鑑定が行われなかったことを特に憂慮する」と述べた。ミリバンド外相も「英国はどんな状況であっても死刑には反対する」と強く抗議した。
英紙ガーディアン(電子版)によると、中国駐在の英領事が28日、シャイフ死刑囚に彼の親類2人を伴い面会。同死刑囚はこのとき初めて、死刑になることを知らされたという。領事は「彼は非常に動転していて、理性的には見えなかった」と語っている。
28日夜にはルイス外務担当閣外相が、駐英中国大使に電話で死刑執行の停止を求めた。大使は「中国の司法制度は政府から独立している。麻薬所持は50グラムでも死刑だ」と、死刑は妥当との見解を繰り返した。
英側は死刑執行について、中国は「内政干渉」を排斥することで、国際社会に中国の「主権」を示す狙いもあったとみている。
一方、欧州連合(EU)の議長国、スウェーデンのビルト外相は「いかなる理由であれ、EUは死刑に断固反対する」と指摘。国連人権特別報告者のフィリップ・オールストン氏も「死刑判決は30分間の聞き取りをもとに下され、公正な手続き、十分な弁護と証拠開示が保障されたようにはみえない」と批判した。
米人権団体デュイ・フア財団によると、中国最高人民法院(最高裁)は2007年1月、死刑執行が適切か判断する制度を導入、死刑を取り消した例は全体の15%としている。だが(1)公訴事実が不明確(2)証拠が不十分(3)量刑が不当(4)通訳が適切ではない-など、公正さを疑問視する声は強い。