「おどろきの中国」日本人が中国を理解できない理由 座談会<橋爪大三郎×大澤真幸>

2013-03-11 | 国際/中国/アジア

特別座談会 橋爪大三郎×大澤真幸×本誌中国担当デスク「おどろきの中国」 日本人が中国を理解できない理由
現代ビジネス「経済の死角」2013年03月11日(月)週刊現代
 あの国の人たちは何を考えているのか。中国に関するニュースに接する度に、首を傾げる方も多いだろう。「厄介な隣国」を正しく読み解く方法を、ベストセラー『おどろきの中国』の著者2人に訊いた。
■自己主張が激し過ぎる
 本誌 まずは一番ホットな尖閣問題について伺います。昨年からの度重なる領海侵犯に始まり、昨年12月13日に領空侵犯を行い、今年1月19日と30日には、中国の艦船が海上自衛隊の護衛艦にレーダーを照射する事件まで起こりました。そしていまだに、領海侵犯が止んでいません。なぜ中国はこのように挑発行為を加速化させているのでしょうか。
 橋爪 まず、尖閣諸島は「岩のかたまり」であって、利用価値はない。その下に資源があるとか、領海の問題とか言うが、大したことはない。それより大きいのは中国の「メンツ」の問題です。
 大澤 死活的な利害が絡まっているのではなく、プライドの問題なのですね。「メンツ」が立たないと、中国政府は他国に対してだけでなく、自国民に対しても困る。日本も同様のことはありますが、中国の方がより厳しい状況に立たされている。
  中国政府がなんとか譲歩できる状況を作らないと、尖閣問題はなかなか解決しません。そこを日本は理解し、外交をしなければいけない。
 橋爪 尖閣問題は'72年の日中国交正常化の時からあった。解決が難しいので、棚上げすることで双方合意していたのです。以後それでうまくいっていたものを、野田政権がとんちんかんな対応で事態をこじらせてしまった。
 大澤 わざわざ国有化する必要はなかった。できるだけウヤムヤでいい。東京都が買うなら買うで、その段階で止めておけばよかったのですが、国有化することで中国にとっては抜き差しならない問題になってしまった。
 本誌 安倍政権に変わっても、レーダー照射事件などが起こって、事態は好転するどころかさらに暗転しています。
 橋爪 レーダー問題では中国外交部は「初めて聞いた」などと言っていた。これは、軍を党がコントロールする中国の原則からするととても不可解なことです。党や政府が知らない間に解放軍が現場でレーダー照射するはずがない。
 大澤 しかし、中国政府がレーダー照射を「していない」と言い、「何かの間違い」だと言うのは、「問題を拡大させたくない」というメッセージでしょうね。
橋爪 そうです。それなら日本政府は「ではよく調べてください」と言えばそれで済んだのです。ところが、「こっちには証拠がある、出る所へ出てもいい」みたいに、子どものケンカのようなことを言ってしまった。これでは中国政府は引っ込みがつかなくなるでしょう。
 大澤 中国政府の内部で何が起きているのかという分析が欠けていましたね。
 橋爪 ところで、中国とか中国政府とか言いますが、中国にはそもそも統一した国名がなかった。秦、漢、唐、明、清・・・・・・。なぜ統一した国名がないかと言えば、自分の国は世界の中心だから必要なかったわけです。だから「中央」という国名にならない国名しかない。いわゆる中華思想です。
 大澤 なるほど。中国人の秩序や統一の作り方は、日本人とは全然違いますね。日本人は「場」の雰囲気に合わせますが、中国人は自分が中心です。われわれが中国に行った時も、タクシー運転手の自己主張に辟易しました。それでも、一応統一がとれているところがおどろきです。
 本誌 本当に日本人から見ていると、中国人は自分勝手なところがありますね。そんな自己主張の強い中国人たちは、2月に10億人も春節で帰郷するという「民族大移動」を果たし、いままた深刻な大気汚染に見舞われ、その影響が日本にも出ています。
 橋爪 大気汚染は困ったものだが、あんな状態なのになぜみんなが文句を言わないかというと、所得がみるみる増えていて、将来の希望がある。しかも政府に異議を唱える反対派になっても、1円の得にもならない。
 大澤 凄まじい汚職の問題も同様ですね。汚職や賄賂は伝統的な中国の行動様式からくる面が強いと思いますが、「資本主義」化したために、汚職も深刻化した。
 橋爪 市場経済になってから、腐敗や汚職は桁違いの規模になった。昔の腐敗や汚職はかわいいものでした。「松下の大型カラーテレビが届いた」というレベルです。
  でも、2年前に捕まった劉志軍鉄道部長(鉄道相)の汚職金額は数十億人民元(1元=約15円)だった。桁が違うんですよね。鉄道部長は全国新幹線建設の権限を持っているから、キックバックが数%でも凄い儲けになる。
 本誌 汚職の金額で言うと、温家宝首相夫人の不正蓄財はおよそ24億・(約2000億円)、失脚した元重慶市のトップ・薄熙来の不正蓄財はおよそ500億元(約8000億円)と、上には上がいます。
■昔は恋人だったのに
 橋爪 ただ、腐敗も格差も毛沢東の時代からあったのです。われわれが天津を回った時、「五大道」という場所があったでしょう。租界の真ん中を通っていた5本の目抜き通りで、両側に解放前の資産家や外国人の洋風の戸建て邸宅が並んでいる。解放後は市の共産党幹部がそこに住んだ。誰がどのクラスの幹部か、住所を見れば分かるんです。それに、自動車や運転手、衛兵、料理人などのサービス、さまざまな特別待遇など、金銭に換算できない特権が、幹部にはこれでもかと与えられていた。
 大澤 そんな格差があっても我慢しているのは、将来に対してポジティブな展望を持っているからでしょう。何年か後には、あるいは自分の子供の代になれば、いまより豊かになるはずだという感覚です。逆に言うと、ゼロ成長に近いことになったときには、現状の格差が固定されますから、体制の維持にとってかなり危険な状況が出現するでしょうね。
 本誌 日本人の「中国への親近感」を調べてみると、1980年がピークの78・6%で、昨年は最低の18・0%。もはや・敵国・ですね。
 橋爪 '80年当時の日本人の心理としては、過去の戦争で中国に申し訳ないことをしたという反省の意識があったと思います。
 大澤 本来なら、戦後、国交を回復して協力関係を結ぶべきだったけれど、中国は社会主義になり、日本は資本主義の道を歩いた。互いにやりとりのないままおよそ30年が経過したわけです。その埋め合わせをして、仲良くするなら今だという意識があったわけですね。
 橋爪 戦後、日本は経済大国になって中国は出遅れている。中国の市場は魅力的だ。道徳的な理由と、経済的な理由が合わさって、あたかも昔の恋人に出会ったかのような好意が現れた。
  それが失われたのは、中国が成長して、経済力と軍事力をつけたから。もうひとつは、中国に詫びる、歴史を反省するという気持ちが完全な戦後世代になると薄れてしまったこと。このふたつがあります。
 本誌 中国の日本に対する意識も複雑でしょうね。過去何千年も中華帝国でいばっていたのが、日本に侵攻され、国交回復。
 橋爪 中国が世界の中心というのが基本にある意識です。歴史的にそれはずっと変わらない。そして、その中国を中心とした秩序から日本は外れてきました。
 中国は日本を「理解が難しい国」と思い続けてきたのではないでしょうか。例えば朝鮮半島は、儒学を本格的に取り入れているわけだから、中国の考えで理解できる。けれども日本人は中国の考え方だと理解できないものが多い。武士の存在は最たるものでしょう。軍人なのに、自分たちの政府を作って、天皇をさしおいて全国を統治している。科挙(試験)で選ばれた官僚による文民統治が基本の中国からすれば、考えられない。しかし日本人は、鎌倉時代からずっと、それを続けてきた。
■内部はバラバラな国
 大澤 中国は、日本は「理解できない国」だと思っていれば良かった。それが変わったのが明治時代です。帝国主義の荒波のなか、中国も西欧を標準と見ざるをえなくなり、そうすると日本が妙にうまくやっているように感じられる。
 橋爪 その中で、中国と日本はどちらが近いかという問題が起こったわけです。見ているとどうやら日本の方が速やかに西欧近代に近づいているように見える。それで日本をどう理解するかが、中国にとってのテーマになった。
 大澤 孫文など、日本に渡る知識人も多く現れましたね。
 本誌 ところが相互理解が進まないまま、戦争が始まってしまうわけですね。
 橋爪 現在の中国共産党の父である毛沢東は、マルクス、レーニンに近づくことで、西欧に、世界の先端に行こうと考えた。やがて日本も社会主義革命が起きて、あとから追いついてくるだろうと、無視していたんです。しかし、そうはならないことが明らかになってきた。頳小平の改革開放路線になってからは、もう一回、日本人は説明が難しい人たちという考えになった。
 大澤 日本食とか日本のサブカルチャーを楽しむ人が増える一方、「日本政府はけしからん」という報道とか、表層的な部分で日本に対するイメージを形成している中国人がまだ多いように思いますね。
 橋爪 付け加えれば、中国が一枚岩の国民と想像するのは実態に即していない。
  中国は、日本の25倍の国土と56の民族があって、お互いの意思疎通もままならない状態です。また激烈な競争社会のため、団結したり、連帯したりするのが非常に難しい。そんな状態ですから、国内で中国人同士がしのぎを削るということにエネルギーの大部分を使っていると見たほうがいい。日本人のことなど考えている余裕はないのです。
 本誌 1992年に、頳小平が「社会主義市場経済」というマルクスが草葉の陰から仰天しそうなスローガンを掲げ、翌年には憲法を改正してこの概念を明記しました。この社会主義市場経済の将来をどう見ていますか。
橋爪 それは難しい問題ですね。5年先ならまだしも、20年とか50年先の予測は専門家の誰に聞いてもわからない。
  市場経済と社会主義が共存する、共産党の一党支配という政治体制。こんなものは中国が始めるまで、どんな教科書にも載っていなかった。でも、現にやっている。本来存在するはずのないものが存在しているのですから、将来の予測は本当に困難です。
 大澤 冷戦下、東欧の社会主義体制は永遠には続かないと世界中が考えていた。体制が崩れたら、西側諸国のような国民国家ができると考えていて、実際、そうなりました。
  中国はそういう東欧の国々とは違います。何が現れるかは誰も予測できていない。そして現れたものに絶句するしかない(笑)。
 橋爪 冗談として私がよくいうのは、中国は宝塚を真似しなさい。宝塚には、花組とか星組、月組とかあるでしょう。でもみんな宝塚。中国共産党もいくつかの組に分かれて、共産党内部で政権を交代する。多党制みたいな一党制にしてはどうか。そうして腐敗を防ぎ、安定した政治を行うようにする。昔の自民党の、派閥による政権交代のイメージに近い。
 大澤 それはいいかもしれませんね。これだけ中国が好調だと、中国中心の世界になるという人もいる。歴史上、この100年、200年では西欧が優位に見えますが、千年単位でみると中国が先進国だった時期のほうが長い。西欧が優位の時代のほうが、むしろ例外。中国中心で本来の姿に戻る、というわけですね。
 本誌 確かに、世界第2位の経済大国として、昨年も7・8%経済成長しましたし、中国経済は好調です。経済面で日本は中国とどう向き合うべきでしょうか。
 橋爪 まず、経済の規模を考える必要があります。世界の人口が70億、中国が13億、インドは12億、アメリカが3億、日本が1億なのに、「世界の工場」という'70年代型日本の戦略はもはやありえません。
 大澤 そして中国はあらゆる産業を国内に抱え、フルセットの完全な経済をもっている。
 橋爪 日本は、高い教育、人的資源、科学技術力など、特定の分野に特化して中国に割り込んでいかなければいけません。日本はずっとフルセットでやってきたので、すべての産業がないといけないと思ってきた。でもそれはもう望めない。それを維持しようにも、コストがかかりすぎる。TPPは、贅肉部分をそぎ落として強い分野に特化していくきっかけになるのではないですか。
■中国は日本を呑み込むのか
 本誌 日本企業が管理をし、中国の工場で生産するという、製造業のビジネスモデルはどうなるでしょうか。
 橋爪 もたないです。人件費が上がれば日本企業は中国工場をたたんで、ベトナムとかミャンマーに行くでしょう。当座はよいが、長期の展望がない。
  日本の産業の中で、今後の中国市場で希望があるのは、農業です。中国は水質汚染や化学物質などの不安を抱えていますし、大気汚染も深刻。一方、日本はきれいな水と空気があって、高付加価値の農産物を作ることができる。中国の消費者は安全でおいしい日本の農産物を求めているんです。比較的リッチな層がコメや果物を買うだけでもかなりの市場になる。
 本誌 これだけの成長を見せる中国は、近未来に「覇権国家」になりえるのでしょうか。そして、その中国とどのように付き合っていけばいいのでしょうか。
 大澤 むしろ脅威なのは中国がうまくいったときではなく、中国がうまくいかなくなったときです。
  中国の政情が不安定になれば、日本は大きな影響を受ける。北朝鮮が潰れるどころの話ではない。
 橋爪 なぜ中国と付き合うのかをまず考えたほうがいい。近くにあるからというのが誰でも思いつく理由です。でも近くというのは喧嘩の理由になりやすい。かつてのフランスとドイツなんかがよい例です。
  その対立を乗り越えることができるかどうかは、共同の目標、未来、一緒になったら何ができるのかというビジョンを持てるかどうかだと思います。
 本誌 日本人はそのようなビジョンを見失っているかも知れませんね。
 橋爪 明治以降の日本には、欧米へ追いつこう、追いぬこうという国民的な意識があった。その反動で、中国と一緒に未来を考えるという感覚が希薄になっている。
  しかし、日本の歴史を振り返ってみて下さい。中国が一番、先を走っていて、ただ付いて行くと中国に呑み込まれてしまうので、日本の独自性を守るために適度の距離をおくという姿勢が基本だった。
  江戸時代の約300年で日本の独自性はほぼ証明されました。明治からの150年でますます証明されて、日本が中国に吸収される恐れはなくなったと思います。だからいまさら、中国を畏れる必要はない。これからは、中国と一緒に何ができるのかを考えるべき時期なのです。
 <プロフィール>
おおさわ・まさち/1958年生まれ。社会学者。千葉大学助教授、京都大学教授を歴任。著書に『ナショナリズムの由来』『夢よりも深い覚醒へ』『生権力の思想』など
 はしづめ・だいさぶろう/1948年生まれ。社会学者。東京工業大学教授。『はじめての構造主義』など著書多数。大澤氏との共著に『ふしぎなキリスト教』がある 。
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「神的暴力」とは何か 死刑存置国で問うぎりぎり孤独な闘い(上)/「分かち合い行為」に暴力抑止の原型を見る(下) 
大澤真幸(おおさわ・まさち)京都大学大学院教授
 
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 左翼はなぜ勝てないのか 大澤真幸=社会学者、京都大大学院教授
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◇ 『ふしぎなキリスト教』橋爪大三郎×大澤真幸 講談社現代新書 2012-06-08 |  
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