「大阪母子殺害事件」事実認定の点で抑制的と言われていた最高裁は変わっても、依然変わらぬ検察

2011-01-28 | 死刑/重刑/生命犯

検察、有罪「決め手」実験で補強 大阪の母子殺害事件
 大阪の母子殺害放火事件で殺人と放火の罪に問われた大阪刑務所刑務官森健充被告(53)=休職中=の差し戻し審で、検察側が、有罪の決め手の証拠としていたたばこの吸い殻について「事件当日、現場に捨てられた可能性がある」とする実験結果を大阪地裁に証拠請求したことが28日、検察関係者への取材で分かった。
 昨年4月の最高裁判決は二審の死刑判決を「事実誤認の疑いがある」と破棄しており、差し戻し審は無罪となる可能性がある。検察側は実験結果を補強材料に、再び吸い殻を有罪立証の「柱」として巻き返しを図る方針だが、最高裁は、状況証拠での立証は困難としており、ハードルは高そうだ。
 検察側はこれまで、現場マンションの灰皿で見つかった吸い殻に付着した唾液のDNA型が森被告と一致したとして、「森被告が当日現場を訪れた」と主張。一、二審では認められたが、最高裁判決は「フィルターが茶色に変色し、かなり以前に捨てられた可能性がある。最も重要な証拠なのに審理が不十分」として退けた。
 このため検察側は、同種のたばこの吸い殻を自然に捨てる実験で変色の状況を調査。「当日でも同様に変色する」との結果を得て、公判前整理手続きで証拠請求した。2011/01/28 08:22 共同通信
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<大阪母子殺害>被告側「無罪判決に向け全力」(毎日新聞 2010年4月27日)
 「『疑わしきは被告の利益に』という刑事裁判の原則にかなった判決。差し戻し審では無罪判決に向け全力で頑張りたい」。大阪市の母子殺害事件で殺人罪などに問われた刑務官、森健充(たけみつ)被告(52)の死刑判決を破棄した27日の最高裁判決について、弁護側は高く評価した。今後、大阪地裁で審理がやり直されるが、判決は改めて直接証拠がない事件捜査の難しさを示した。
 午後3時、最高裁第3小法廷。藤田宙靖(ときやす)裁判長の退官により、堀籠幸男裁判官が判決主文を代読すると、後藤貞人弁護士はじっと前を見つめ、弁護活動の実務を担った陳愛弁護士は、うっすらと涙を浮かべた。
 1、2審とも有罪とされた森被告だが、陳弁護士らの接見に、いつも「裁判所は分かってくれる」と語り、無罪判決しか頭にない様子だったという。後藤弁護士は法廷を出ると事務所に電話し、森被告に判決を伝える電報を打つよう指示した。
 その後、後藤弁護士は「最高裁はこれまで事実誤認の主張に扉を閉ざしてきたが、最近は痴漢冤罪(えんざい)や再審など変化が見られる。裁判員制度開始の影響が大きい」と興奮を隠せない様子で語った。大阪府警の捜査については「あまりに早い段階で容疑者を絞り、必要な捜査を怠った。無理な取り調べもあった」と批判。「検証のため取り調べの可視化が必要」と語気を強めた。【伊藤直孝】
◇事件の経緯◇
 02年4月14日夜、大阪市平野区のマンション一室から出火し、焼け跡から主婦の森まゆみさん(当時28歳)と長男瞳真(とうま)ちゃん(同1歳)の他殺体が見つかった。まゆみさんは森被告の妻の連れ子と結婚して暮らしており、検察側は、まゆみさんに恋愛感情を募らせた森被告が思いを拒まれるなどしたため憤って絞殺し、瞳真ちゃんを浴槽につけて水死させたうえ、室内に放火したとして、殺人、現住建造物等放火罪で起訴した。1審・大阪地裁は05年8月、状況証拠から有罪認定して無期懲役を言い渡し、2審・大阪高裁(06年12月)も有罪として「被告は反省しておらず、更生の可能性はない」と死刑を言い渡した。
◇解説…状況証拠評価、裁判官も割れる
 死刑判決を破棄した最高裁判決だが、裁判官5人の見解は割れた。小法廷の考え方となる多数意見は3人にとどまり、那須弘平裁判官は「有罪の余地あり」と意見を述べ、堀籠幸男裁判官は「被告の関与は十分立証されている」と反対意見で1、2審の有罪認定を支持した。裁判員制度導入で市民が死刑判決に関与するかもしれない中、状況証拠のみで有罪・無罪を判断する困難さが改めて浮き彫りになった。
 判決は「直接証拠がある事件でも、状況証拠のみの事件でも有罪認定の基準は変わらない」とした07年の最高裁判例を引用し、状況証拠のみの事件では「被告が犯人でなければ合理的に説明できない事実関係が必要」と基準を示した。そのうえで現場に残された吸い殻を立証の柱とした検察側の主張について、捜査の不十分さを指摘し「有罪認定のレベルに達していない」と批判した。裁判員制度を念頭に慎重な捜査、審理を促したと言える。
 しかし堀籠裁判官は、国民の健全な良識を刑事裁判に反映させることが裁判員制度の目的として「今回の基準は不明確。裁判官の認定手法を裁判員に求めることは避けるべきだ」と指摘した。一方、藤田宙靖裁判長は「手放しで『国民の健全な良識』を求めることが制度の趣旨と言えるかは疑問。基準を明示することは法律家の責務」と反論。基準に対する見解も分かれた。
 和歌山毒物カレー事件(98年)や仙台・筋弛緩(しかん)剤混入点滴事件(00年)でも状況証拠による立証が争われたが、被告の有罪が確定した。今後、直接証拠がないとされる埼玉・千葉と鳥取の連続不審死事件などが裁判員裁判で審理される。裁判員が判断に迷う場面が予想され、捜査当局は従来以上に十分な証拠集めと説得力のある立証活動が求められ、裁判官も評議の工夫を迫られている。【伊藤一郎】(毎日新聞 2010年4月27日 22時1分)
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『年報・死刑廃止2010』 /大阪母子殺害事件/堀籠幸男裁判官/後藤貞人弁護士2010-11-13 
裁判員法=最高裁や法務省が言う「国民の常識を裁判に反映させる」とは書いていない2010-11-27 
 ◇生涯悩みを抱えるのでは--元最高検検事・田辺信好氏
 死刑制度は存続させるべきだが、裁判員裁判については反対だ。死刑も裁判員が判断すべきではないと考える。
 被害者やその遺族は、犯人に対し応報できないから国が代わりをする。被害者の命が重いからこそ、加害者も命をもって償うしかない。もちろん冤罪はあってはならない。プロの裁判官、検察官、弁護人とも実力を磨いて冤罪防止に全力を注ぐべきだ。無実のものを死刑で殺してはならないのは当たり前のことだ。
 裁判員裁判は問題が多い。例えば、裁判は、被告が罪を認めている場合、自白を信用できるか、自白に身代わりの可能性がないかの判断が必要だ。否認の場合は、目撃者や指紋、DNA、いろんな証拠を総合して有罪と言えるのかを判断する。一般市民である裁判員には、有罪無罪だけではなく量刑について判断することも難しいと思う。中にはできる人もいるかもしれないが、今の裁判員は能力に関係なく無作為に抽出されている。裁判員が「疑わしきは無罪」に徹すれば、冤罪を防げるといわれるが、米国の陪審制では有罪判決後、無罪と分かったケースが多数ある。
 死刑も同じ理由で裁判員が判断すべきではない。横浜地裁で16日に出された死刑判決は、死刑選択の基準「永山基準」から見ても妥当といえるが、裁判長が「控訴を勧めたい」としたのは解せない。判決に自信がなかったのか、無期懲役の意見を出した裁判員に気を使ったのか。いずれにせよ、裁判員は今後「あれでよかったのか」と幾度も振り返り、守秘義務にも生涯悩まされるだろう。正常な精神を保てない人が出るかもしれない。
 死刑判決をめぐり、裁判官と裁判員の間で、意見が分かれたとも推測されるが裁判官と裁判員の多数決は、憲法76条第3項「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」の「裁判官の独立」を害する疑いがある。例えば、現行では裁判官3人のうち2人は死刑、1人は無期懲役で、裁判員6人のうち4人が無期の判断なら無期になる。つまり裁判官3人だけだと死刑だが、裁判員が加わると無期。裁判官3人で決めた場合と、裁判員が加わった場合では結論が異なるのでは憲法違反の疑いがある。
 裁判員裁判で死刑を求刑されて11月1日に無期懲役の判決を出した「耳かきエステ」の裁判員は、報道によると「永山基準は裁判官による裁判のもの」と述べていた。しかし似た事実、犯情、情状なのに、死刑と無期に分かれるならば、公平な裁判を受ける権利を保障している憲法37条第1項「すべての刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」にも反する。
 裁判員の目的は裁判員法1条で「国民の理解の増進と信頼の向上」と定めている。最高裁や法務省が言う「国民の常識を裁判に反映させる」とは書いていない。国民に裁判への深い関心を持たせた意味は認めるが、逆を言えば、制度の目的はすでに達成されたといえ、この際廃止すべきだ。


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