元スパイの重体事件でジョンソン英外相がロシアに警告
2018年03月7日
画像;セルゲイ・スクリパリ氏(左)と娘のユリアさん
今月3日にイングランド南西部ソールズベリーのショッピングセンターで倒れているのが見つかり、意識不明に陥ったロシアの元スパイ、セルゲイ・スクリパリ氏(66)について、ボリス・ジョンソン英外相は6日、ロシアの関与を示すいかなる証拠も「断固として処理する」と述べた。この事件では、スクリパリ氏と一緒にいた娘のユリアさん(33)も意識不明となっているが、ロシアは関与を全面否定している。
ジョンソン外相はロシアを名指しこそしなかったものの、「悪意があり、破壊的な国家だ」とコメントした。この件に関しては、アンバー・ラッド内相も危機管理委員会(COBRA)の会合を開く予定。
ロンドン警視庁の対テロ捜査隊が地元警察から捜査を引き継いでいる。ただし、対テロ捜査隊は、この事件はテロではなく、市民への危険はないと声明を出した。
*原因はなお不明
スクリパリ氏とユリアさんは3日午後、ソールズベリーのショッピングセンターのベンチで意識不明で倒れているのを発見された。何らかの物質に触れたことが原因かもしれないとされている。
事件目撃者のジェイミー・ペインさんによると、女性は口から泡を吹き、目を「大きく開いて白目になって」気絶していた。男性は「体が硬直し、腕も動かなくなったが、それでもまっすぐ前を見据えていた」という。
警察が公表した監視カメラの映像によると、2人は倒れる直前、現場近くのレストラン「ジッジ」の前の歩道を歩いていた。警察はこのことからこのレストランと近隣のパブを閉鎖したほか、近くの橋にも非常線を張った。
また、現場に駆けつけた警察官2人が目のかゆみや息苦しさを訴えて手当を受けたが、別状はなかった。また、救急隊員1人も病院で治療を受けている。
BBC報道番組「ニュースナイト」のマーク・アーバン外交担当記者は、スクリパリ氏とユリアさんの容体は今後悪化する可能性があると指摘する。
現場で採取された「不明物質」については、地元ウィルトシャーにある秘密兵器研究所ポートン・ダウンが調査を進めているが、特定には至っていない。研究員のひとりはアーバン記者の取材に対して「原因究明より治療に注力している」と話した。
ジョンソン外相は6日の下院での答弁で「議員の皆さんには、2006年の(ロシアの元情報将校)アレクサンドル・リトビネンコ氏の死を思い出してほしい」と発言。「各国政府に対しては、英国内で無垢の命を奪おうとするいかなる策略も、制裁や懲罰を免れることはできないと告げたい」と続けた。その上で、ロシアの「悪意のある活動」に対し、英国は「世界をリードして」対応すると述べた。
一方、ロシア側はこの事件に関して「情報を全く持っていない」としつつ、英国警察から要請があれば協力する用意はあるとしている。在英ロシア大使館は声明で「報道によってロシアの特殊部隊による計画という印象を作り出されているが、そこに真実はない」と強調した。また、ジョンソン外相の発言については「新たな反ロシア運動のプロットが既に書かれていたようだ」と揶揄している。
「ニュースナイト」のアーバン記者は、ジョンソン外相の強い語調は英政府が「何らかの情報を得ている」可能性を示していると指摘。「政府がこの事件に関する情報を得ていなければ、外相もここまで踏み込んだ発言はしないはずだ」と分析している。
また、元駐露英国大使のトニー・ブレントン氏は、スクリパリ氏にはかつての同僚を含む多くの敵がいただろうとコメントした。「彼がロシアのあらゆるスパイ情報を暴露した事実から考えれば、個人的な恨みを持つ者もいるかもしれない」、「多くのロシア人にとってスクリパリ氏は裏切り者と映るだろう。彼の死を喜ぶ人は少なくないはずだ」と指摘した。
*リトビネンコ氏事件との類似性
何らかの物質に触れたのが原因かもしれない点については、2006年にリトビネンコ氏が、ロンドンのホテルで茶を飲んだ後に放射性物質ポロニウム210の被曝で死亡した事件との類似性が指摘されている。
英内務省の公開調査委員会は2016年1月、リトビネンコ氏の暗殺はロシアのウラジーミル・プーチン大統領の了承の下で行われた可能性が高いと結論付けた。
一方、リトビネンコ氏の殺害に関わったとされるアンドレイ・ルゴボイ容疑者はBBCの取材に対し、2010年にスクリパリ氏がスパイ交換で釈放され英国に渡った時点で、同氏はプーチン大統領から赦されており、ロシア側は同氏の件が終わったとみているだろうと述べた。
同じくスパイ交換で釈放され、現在は英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)の研究員となったイゴール・スチャーギン氏は、BBC番組「ワールド・トゥナイト」でのインタビューで自身の安全について懸念はないとコメント。スクリパリ氏についても「恩赦されたのだから標的になることはないだろう」としている。
しかし、リトビネンコ氏の妻マリーナさんは「ワールド・トゥナイト」に対し、スクリパリ氏の事件に「既視感をおぼえる」と述べ、英国政府に対し政治亡命者の保護を求めた。
内務省は先に、異常性がないとして処理された14件の殺人事件について、ロシアが関与した疑いがあるとして再調査を求めている。
*セルゲイ・スクリパリ氏とは?
スクリパリ元大佐は、ロシアの退役情報将校。ロシアのスパイに関する情報をMI6に渡していたとして、2006年にロシアで禁錮13年の実刑判決を受けた。2010年7月に米連邦捜査局(FBI)が拘束していたロシア側スパイ10人との交換で釈放された4人のうちの1人で、その後、英国に渡っていた。
スクリパリ氏の親類がBBCに語ったところによると、同氏はいつロシア当局に狙われてもおかしくはないと考えていた。過去2年の間に妻と兄、そして息子を亡くしており、説明できない状況で死亡した例もあった。
スクリパリ氏はモスクワに居住しているが、ここ数年は英国に住む父親の元をよく訪れていたという。
「ニュースナイト」のアーバン記者によると、スクリパリ氏は近年、英軍学校などでロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)について講義していた。
*ロシアでの反応は?――BBCモニタリング
スクリパリ氏に関するロシア国営テレビの報道ぶりは、控えめに言ってもエキセントリックなものになっている。ロシアでは今でも国営テレビが、ほとんどの国民の主な情報源だ。
主要テレビ局ロシア1はいち早くこの事件を報道したものの、英国メディアとは対照的にリトビネンコ氏との比較をまったく取り上げていない。夕方のニュース番組では、ロシア1を含む主要3チャンネルがこの問題に触れなかった。
一方、ロシア1の姉妹チャンネルであるロシア24は、夕方にもこのニュースを取り上げ、英国当局やメディアがロシアを悪者扱いしていることを非難。キャスターは「英国の新たな陰謀論」と批判した。また、ロシアのタブロイド紙コムソモリスカヤ・プラウダは事件を「新たな反露スキャンダル」と説明した。
ジョンソン外相の批判に対するロシア政府関係者の批判を取り上げる通信社も相次いだ。ロシア大使館は「ロシアを悪魔化している」と述べたほか、外務省の報道官は「ばかげている」と一蹴。ロシア連邦院のコンスタンチン・コサチョフ国際問題委員長はジョンソン氏の発言は「受け入れがたいもの」で「悪意に満ちている」と非難した。
<解説>ノーマン・スミス・BBC政治担当副編集長
ジョンソン外相が注意深く捜査は継続中だと強調したものの、英国政府がこの事件へのロシアの関与を強く疑っていることは明白だ。
となると、政府がどのように対応するかが次の焦点となる。
リトビネンコ氏毒殺事件に関して政府が妥協したという批判があるだけに、政府がどう対応するかは、切迫した問題だ。
ジョンソン外相はプーチン露大統領の側近に対する制裁を示唆している。だが注目すべきは、英政府がロシアへの圧力を強めるため国際社会の支援を求めていく可能性だ。ジョンソン氏は北大西洋条約機構(NATO)との協力もあり得るとしている。
もしロシアの関与が証明された場合、政府がどのような措置を取ることになったとしても、英露関係は新たな溝に突入することは必至だ。
(英語記事 Russian spy: Boris Johnson warns Kremlin over Salisbury incident)
◎上記事は[BBC NEWS JAPAN]からの転載・引用です
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◇ 【元露スパイ毒殺事件】猛毒ポロニウムはロシアの核閉鎖都市で製造されていた…戦慄の英報告書 2016/1/21
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