
文化 芸能 2019年2月23日
岐路に立つ名古屋能楽界 相次ぐ名手訃報、大きな打撃
写真;けがから回復して翁を舞う久田勘鴎=名古屋能楽堂で
ここ数年、主役であるシテ方の減少が問題となっている名古屋の能楽界。さらに昨年来、舞台をけん引してきた名手の逝去が相次ぎ、弱体化が危惧される現状が浮き彫りとなった。
昨年八月、能楽界に衝撃が走った。名古屋を拠点にしていた笛方藤田流の十一世宗家、藤田六郎兵衛(ろくろびょうえ)さんが急逝した。病気はごく一部にしか知らされていなかったため、関係者たちは六十四歳という早すぎる死にショックを受けた。世界をまたにかけ、プロデューサー的な役割も担っていた六郎兵衛さんの死は、名古屋にとって、笛方の名手の喪失にとどまらない、あまりにも大きな打撃となった。
椙山女学園大の飯塚恵理人教授は「あと二十年はやってほしかった」と悼み「異業種とのコラボレーション、新作も多く手掛けた。能の技術を生かし演劇として見せるなど、能楽界での名古屋の地位を上げた」と語る。その手腕があるからこそ、東京の能楽界でも一目置かれる存在として「地方の立場を物申すことができた人」と評価した。
六郎兵衛さんは能楽界の退潮を切に危惧し、裾野を広げるための活動を続けた。その目は国内にとどまらず、海外にも向けられていた。本紙で執筆したコラム「エンタ目」(二〇一六年十月十三日付)の中でこう書いている。「残された私のわずかな時間に、未来に伝えられる工夫がどれだけできるか、模索する日々である」と。能楽師は舞台でマイクを持つことをよしとしないが、六郎兵衛さんは公演の前後に自ら解説することもいとわなかった。
◆途絶えた宗家継承
六郎兵衛さんの死により、藤田流は血縁による宗家継承が途絶えた。生前、後継の宗家を指名せず、その地位は二十六世観世宗家の観世清和が保持する「宗家預かり」となった。流派の運営は観世宗家に託され、六郎兵衛さんの妻貞枝さんとの話し合いで物事を決めていく。貞枝さんと一門の弟子四人で「職分会」を新たに組織し、今後の体制を整えた。
また、六郎兵衛さん愛用の「万歳楽(まんざいらく)」という、藤田家に代々伝わる能管(笛)は徳川美術館(名古屋市)へ当面寄託することとなった。飯塚教授は「名管は毎日吹いていないと…」と楽器のコンディションを心配するが、生前の六郎兵衛さんとともに今後の準備をしていた貞枝さんは「万歳楽は、家元しか吹いてはいけないという決まりがあり、管理が行き届いている美術館で保管していただくのは最善の選択」と語る。
貞枝さんは、観世宗家の補佐で、六月に名古屋能楽堂で「藤田六郎兵衛一周忌追善会」を開く。観世清和をはじめ、生前ゆかりの深かった梅若実、大槻文蔵、大倉源次郎、観世銕之丞、福王茂十郎、野村萬斎らが出演する。
◆この10年で30人減
六郎兵衛さんだけでなく、昨年は、幸清流小鼓方の福井四郎兵衛さん、和泉流狂言方の井上菊次郎さん、今年に入って観世流シテ方の泉嘉夫さんの訃報も相次ぎ、名手を立て続けに失った名古屋の能楽界。能楽協会名古屋支部の構成員の推移を追うと、特にシテ方ではこの十年余で三十人以上が減り、ここ三年に限っても五人減という状況だ=表。
名古屋能楽堂定例公演でも二〇一八年度は年間の能の上演数が通常より三番組減少。こうした退潮傾向を飯塚教授は「ステータスとして能を習う、という時代が終わった」と、外から支援してきた素人衆、旦那衆の減少が要因に挙げられると分析。その上で「旦那衆らの支援に頼らない、より小規模な公演を開いていくのが、これからの時代は必要なのでは」と提言する。
昨年十一月には、観世流シテ方の久田勘鴎(かんおう)が脚を骨折。予定していた公演には代演を依頼するなどして、約二カ月間治療に専念。今年一月の名古屋能楽堂での特別公演で、能楽の中でもひときわ神聖視される演目「翁」を舞って舞台に復帰した。結果的には間に合ったものの、「勘鴎に続く中堅の世代で(主役級の)能を舞えるだけの訓練をしている人が少ない」と飯塚教授が指摘していた、勘鴎以外に「翁」を務められるシテ方が地元にいない現状が露呈した。
勘鴎は現在七十一歳。長男勘吉郎(24)は観世清和の下、東京で内弟子修業中で「引退する考えもあったが、まだ辞められない。あと十年は続けたい」と語る。
道半ばで逝った六郎兵衛さんの志をどうつなげていくのか。名古屋の能楽界は岐路に立たされている。
◆ARめがねで解説字幕
能楽人口の減少は全国共通の課題。要因の一つとして、鑑賞者にとって詞章(歌詞とせりふ)が難しいと言われており、能楽界でも新技術を取り入れるなどして対策に乗り出している。
宝生流が東京で開催する「夜能」では、AR(拡張現実)技術を導入し、視野に詞章や解説を表示するめがね形の機器=写真=を貸し出す。宝生流と大日本印刷(DNP)、ソニーの三者で2016年から実証実験を行った。利用者アンケートでは、分かりやすくなったという回答が9割を占めた。
こうした動き以外にも、大鼓方の河村真之介ら名古屋の囃子(はやし)方と観世喜正が組んだユニット「能の旅人」は、鑑賞補助のタブレット端末を貸し出す試みも。また歌舞伎などで普及している音声ガイドを貸し出す公演は、名古屋能楽堂定例公演をはじめ多数ある。 (栗山真寛)
◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です
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〈来栖の独白2019.2.23 Sat〉
確かに詞章は難しい。能楽堂を埋めた鑑賞者、そのどれだけの人が詞章を分かっているだろう、と思うときがある。私自身、鑑賞予定の演目を小学館の日本古典文学全集『謡曲集』(実家の蔵書)からコピーして鑑賞日までに読み込む。慣れれば、左程苦労ではないが、しかし「決まり文句」は別として、詞章を諳んじるところまではいかない。
文科省は、2020年から小学校での「プログラミング教育の必修化」を発表。日本の古典の授業時間などは減らされるだろう。こんなことでは、日本の伝統芸能は消滅してしまう。
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◇ 新年のお慶びを申し上げます 平成31年1月3日 名古屋能楽堂正月特別公演
◇ 能「俊寛」 シテ:久田勘鷗 狂言「入間川」 シテ:井上松次郎
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