橋爪大三郎×佐藤優『あぶない一神教』小学館新書 2015年10月6日初版第1刷発行

2015-12-20 | 本/演劇…など

橋爪大三郎×佐藤優 あぶない一神教 小学館新書 2015年10月6日初版第1刷発行
(抜粋)

第2章 迷えるイスラム教
p80~
なぜナショナリズムとそりが合わないのか

橋爪 前章では、イスラムと国家について話しました。
 では、キリスト教はどうでしょう。
 カリフを唯一の正当な統治者と考え、イスラム共同体ウンマの建設を目指すイスラム世界とは違って、キリスト教の場合は、王に服従する文化、国家に従属する文化を持っている。
 それは、新約聖書の『ローマの信徒への手紙』に書いてあります。
佐藤 『ローマの信徒への手紙』の13章ですね。そのなかでパウロは「国家に従うべきだ」と勧めています。国家は神によってつくられて神の行為を代行するからと。
橋爪 そうです。
 キリスト教はローマ帝国に広まっていった。ローマ皇帝は、異教徒だった。ローマの法律は、キリスト教と関係ない世俗法だった。そんななか、キリスト教徒がとった態度はよく知られています。
p81~
 『マタイ福音書』でイエスは「神のものは神に、カエサルのものはカエサルに、返しなさい」と語ったとされています。(略)
 これとパウロの教えを根拠に、キリスト教徒は、ローマの税金を払うし、ローマの法律にも従った。教会は、ローマ皇帝の統治権を承認し、政治に関与しませんでした。関与したくても、初期のキリスト教会は、弱小な少数者のグループだったのです。(略)
p83~
佐藤 キリスト教が国家を前提としているのは間違いないですね。端的に言えば、キリスト教徒は、教会の思惑とは別に現実政治のロジックで動いている。
橋爪 そうですね。
 途中を飛ばして、さらに時代が進むと、絶対君主が登場します。
 絶対君主は、それまで各地を支配していた封建領主を排除して、神のごとく領域一円を支配する、当地権力をつくった。こうして封建社会は、市民社会に移行していきます。これがいわゆる、近代化です。
 さて、近代化に直面したとき、キリスト教社会では何が起きたか。
 ヨーロッパでは、ナショナリズムが生まれました。キリスト教徒だからではなく、フランス人だから、イタリア人だから、ドイツ人だから・・・・こう考えこう行動する。自分たちは自分たちの政権を樹立する権利がある、と考えるようになった。
 これは教会の都合とは別に、現実政治のロジックで動くことができるキリスト教社会だから、起こりえたことです。
 これがイスラム世界には起こらない、あるいは起こりにくいのです。
佐藤 そう見ていくとやはりイスラム教は、ナショナリズムとはそりが合いませんね。
p84~
 アラブ連合がそうでした。「アラブナショナリズム」が盛り上がった1958年にアラブ統一を目指してエジプトとシリアがアラブ連合を作りましたが、結局はまとまらなかった。
 シリアやイラクに関しては、住民たちのなかにシリア国民、イラク国民という意識を作り出せなかった。それが今日の混乱をもたらす一因となった。
橋爪 中世なら、イスラム世界の制度も仕組みも、ヨーロッパとそんなに変わらなかった。しかし、イスラムの法学、神学のなかに、個別の国民国家、主権国家を築くことが正しいという理論がないのです。聖典「クルアーン」には、パウロの手紙に書かれているような、「国家に従うべき」にあたらう文言がみつからない。
 いっぽうキリスト教には、それがあった。
 これを明確に述べたのが、トマス・ホッブズです。(略)
p85~
 さて、ホッブズが行った作業を、イスラムの法学、哲学、神学ができるのか。
 可能ならば、とっくに誰かがやっていると私は思います。
佐藤 私もそう思います。イスラムは、全世界、全人類にイスラムの教えが広まり、カリフが指導する普遍的な人類共同体ウンマ、いわばカリフ帝国の建設を目指している。
 その点で、私は、「イスラム国」は旧ソビエトに非常に似ていると感じているんです。マルクス主義では、国家廃棄を主張しているのに、なぜソビエトという国家ができたのか。
p87~
 後発資本主義国であるロシアで社会主義革命が起きてソビエトは誕生しました。最終的には世界革命を起こして、世界中の国家廃絶を目指した。
 しかし現実的には周囲に帝国主義国家が存在する。共産主義への過渡期だったとはいえ、ソビエトも事実として一つの国家だった。矛盾した存在だったわけです。
 「イスラム国」もそう。ムスリムにとっては唯一無二のカリフ帝国も、第三者的に見れば、周辺国家に囲まれている限りはひとつの国家に過ぎません。

イスラム原理主義とは何か

橋爪 仮に「イスラム国」が事実上の国家になったとしても、その根っこにはウンマがあり、法律もクルアーンに基づくシャーリアだけだから、ヨーロッパの近代国家に対応する制度や仕組みを作ることはできません。
 それは「イスラム国」の問題だけではない。近代以降、キリスト教世界はどんどんバージョンアップしていったのに、イスラム世界はそれに対応するバージョンアップをすることができなかった。
p88~
佐藤 ただし、いま「イスラム国」はバージョンアップしなくても存続できる基盤をインターネットによって手に入れたわけです。(略)

p91~
佐藤 イスラム原理主義を理解する上で、どうしてもスンナ派とシーア派の違いを知っておく必要があります。
 二つの宗派はイスラムが拡大する過程で生まれました。(略)
 ムハンマドの死後、ムスリムはカリフを選挙で選ぶようになりました。
 四代目カリフのアリーは、ムハンマドの従兄弟であり、娘の夫になった人物です。
(p92~)血族としてもっともムハンマドに近い。そこを根拠に真の後継者は、アリーとその子孫だけだと主張するのが、アラビア語で「分派」「党派」を意味するシーア派です。
 シーア派では最高指導者を「イマーム」と呼びます。アリーの子孫が二代目、三代目と地位を継承していきます。
 一方のスンナ派はムハンマドが伝えた慣習「スンナ」に従う者を意味します。合議で選ばれた代々のカリフを正当だとする多数派です。イスラム原理主義やテロ運動のほとんどは、このスンナ派のハンバリー学派から出ています。
 スンナ派は大きく4つの法学派に分かれていますが、
(p93~)ハンバリー学派以外の3つは政治的に大きなトラブルがありません。
 このハンバリー学派のひとつにワッハーブ派があります。創設者のワッハーブは、18世紀半ばにサウジアラビアの王家と力を合わせてワッハーブ王国をつくり、それが現代のサウジアラビアになります。
 ですから、いまもワッハーブ派は、サウジアラビアの国教でムハンマド時代の原始イスラム教への回帰を目指して極端な禁欲主義を掲げています。また過激派ともつながりのあるグループも一部にはいて、アルカイダも「イスラム国」もワッハーブ派の武装組織ですし、アフガニスタンのタリバンやチェチェンのテログループも流れを汲んでいます。
橋爪 ハンバリー学派、またはワッハーブ派は、キリスト教との比較で考えると、どんな宗派に当てはまりますか。
p94~
佐藤 そうですね。キリスト教とのアナロジーで見ると、プロテスタントのカルヴァン派と似ています。カルヴァン主義も禁欲的で復古主義を主張します。ハンバリー学派やワッハーブ派もカルヴァン主義と形は違いますが、世俗世界では禁欲的な態度をとります。

p100~
ムスリムはなぜ欧米を憎むのか

橋爪 ヨーロッパに傷つけられた中東のイスラム世界について考えてみましょう。(略)
 両親がムスリム、親戚もみんなムスリム。国全体も、ムスリムが大部分である。そして昔から、イスラム法に従って、服装も食べ物も日常生活もムスリムの伝統にのっとって、暮らしてきた。そこにキリスト教徒がやってきて、しばらくの間、植民地にされてしまう。
 キリスト教徒は、勝手に学校をつくり、鉄道を建設したりし、さまざまな法律をつくった。
佐藤 シャリーア以外の法律に従うことを強いるわけですね。
橋爪 そうです。やがてキリスト教徒が去っていき、独立しなければならなくなる。(p101~)しかしそもそも「独立」という考えそのものがキリスト教的なのです。(略)
 そして1948年、ユダヤ人たちがイスラエルの独立を宣言した。アメリカを後ろ盾にするイスラエルと、周辺のアラブ諸国の戦争が始まる・・・・。
 イスラム世界の人びとは、強い違和感を抱くはずです。外部のキリスト教の勢力によって、自分たちの世界が浸蝕、汚染されている。そういう感覚を持つに違いありません。
佐藤 ムスリムたちは、実際にその感覚を持っています。私がそう断言できるのは、外交官時代に中央アジアを見たからです。
 ソビエト連邦が成立する1922年まで中央アジアは、トルコ系の人たちが住む土地という意味の「トルキスタン」と呼ばれて、国家はありませんでした。当然、近代的な民族意識はなかった。遊牧民なら血縁による部族意識、農耕民は定住するオアシスを中心とする地縁意識を持っていた。両者に共通するのはスンナ派のムスリムという宗教意識です。
p102~
 しかし1920年代から30年代、中央アジアを傘下におさめたソビエト連邦のレーニンがトルキスタンに「民族境界線確定」と呼ばれる国境線を恣意的に引きます。トルキスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタンというふうに国名に各民族の名前を冠してはいますが、国境線は民族分布と必ずしも合っていません。
 たとえば、現在のキルギス人は1920年代までカラキルギス人と呼ばれていました。彼らに対して「おまえたちの名前はキルギス人だ」とした。そしていままでキルギス人と呼ばれていた人たちに「おまえたちは、カザフ人だ」と強制的に決めつけた。つまりこの時期、ソ連によって人工的な国家と民族がつくられたわけです。
 そして旧トルキスタンでは、ロシアにより無宗教教育を受け、それぞれの国で言語も定められます。ソ連が支配する前のトルキスタンではペルシャ系の言語とトルコ系の言語が使われていましたが、各地域それぞれに文法のルールである「文法規則」と記述ルールである「正書法」を定めた。
 それで70年教育した結果、かつては同じ文化を持つ共同体に属していたのに、言語が通じなくなってしまったのです。
p103~
橋爪 言葉も通じなくなってしまったんですね。
 イスラム教の国のなかでも、イランはペルシャ帝国、トルコはオスマン帝国という独自の歴史を持っている。言語もアラビア語ではない。そんな背景があれば、結束してナショナリズムを作り上げることができる。実際、イランもトルコも独立して国家を作ることに成功したけれど、トルキスタンは、イランやトルコと同じような国家形成をするのは難しそうですね。

p109~
アメリカはなぜ個人主義か

p112~
橋爪 アメリカという国は、すべての市民を平等に扱い、信仰の自由を守ってくれる。しかもほとんどのアメリカ人は、アメリカだけでなく、世界中がそうであるべきだと確信しています。
 端的にいえば、アメリカ人にとって「アメリカ」が最上位のアイデンティティです。では、ムスリムにとって最上位のものは何か。
 それは信仰です。
 イスラム教が目指すウンマは、共同体や政治や安全や幸福な生活や、すべてを保障するものだった。けれど現実には存在しない。
 では、現実に何が存在しているのか。
p113~
 ヨーロッパによって人為的に作られた境界線だった。そしてムスリムたちは、イラク人、エジプト人、シリア人・・・・というアイデンティティを持たされた。しかしそんなものは、ムスリムにとって、偽物に過ぎない。
佐藤 本物のアイデンティティは、イスラム教のなかでのシーア派であり、スンナ派であり、ハンバリー学派であるということですね。
 だからアメリカはイスラム教に脅威を感じ、ムスリムを苛烈に締め付けるわけです。イスラムが「アメリカ」という価値観の上位概念になりうる可能性を秘めているわけですから。

p114~
イスラムはなぜ恐れられるのか
橋爪 そこがとても重要だと思います。アメリカは信仰の自由を掲げているから、表面的にはイスラムと融和をはかると言い続けなければならない。
 しかし現実問題として、イスラムとの対立が先鋭化している。
 原因は、佐藤さんがおっしゃったように「アメリカ」という価値観を崩しかねないイスラムの脅威ですよ。世俗や国家から相対的に独立して動く“生の宗教”であるからこそ、イスラムが怖い。
佐藤 イスラム教が“生の宗教”として存続できる要因としてムスリム、あるいはイスラム世界の歴史認識があるのではないか、と思うんです。
 たとえば、19世紀から20世紀初頭までアフガニスタンで続いたアフガン戦争のことをムスリムはつい最近のような感じで話すでしょう。(略)
p115~
佐藤 キリスト教徒は世俗的な社会にどっぷり浸かっていると思うんです。けれどムスリムは違う。
 シーア派なら敵対するイスラム帝国ウマイヤ王朝に殺害された三代目のイマーム(最高指導者)であるフサインを追悼する「アーシューラー」という行事を行っています。
 いまもムスリムはフサインが殺された1300年以上も前の戦いを「カルバラーの悲劇」と呼んでいる。(略)
p116~
 歴史を体験的に自らの体に叩き込む儀式が、宗教的行事に埋め込まれているわけです。そういった個々の体験がイスラム教を“生の宗教”にしている。
橋爪 アメリカがイスラム教に危機意識を持つ理由はもう一つあります。それはアメリカ人と教会の関係です。 アメリカでは30%から40%の人びとが毎週日曜日に教会に行っていると思われる。キリスト教徒であると自認し、イエス・キリストは“神の子”で、復活し、やがて再臨し、最後の審判はあると信じている。
 ヨーロッパの人びとは、アメリカに比べて、冷めた態度です。ほとんどの人びとが教会に行かない。これが、実証性と理性主義を十分に踏まえた、文化的な人びとの行動様式だと言えます。
佐藤 アメリカでは宗教自体は世俗化しているのに、信徒はまじめだというわけですね。確かにヨーロッパのキリスト教徒はアメリカに比べて、冷めていますね。
p117~
 乱暴に言えば、ヨーロッパの人はカトリックの教えなんて迷信だと捉えていますからね。プロテスタンは、世界の創造主である神の存在は認めるけど、創造後の世界に神は干渉していないと考え、奇蹟や啓示を否定する理神論にかぎりなく近い。
 私はアメリカとヨーロッパの信仰の違いは、教会への献金システムからきていると思うんですよ。(略)

p128~
なぜ死が怖くないのか
橋爪 「イスラム国」には、地上に自分たちが正しいと信じる秩序を作るんだという強い意志がある。そのためには、多くの人々が勇敢に戦って犠牲になる価値があると考えている。
佐藤 とくにイスラム過激派は死の問題を簡単に迂回できますからね。
 私は人間にとって宗教が必要なのは、死の問題を扱うから、と考えています。しかし彼らは死の問題と向き合っているように思えない。
 彼らは、生き残っても死んでも目的を果たしたと考える。テロを行って失敗したらシャヒード(殉教者)になって、天国で72人の処女と楽しく過ごせる。もし生き残って(p129~)戦闘に勝利した場合は地域の支配を任せられて、現実の世界で力を誇示できる。生と死、どう転んでも勝ちが約束されている。
橋爪 (略)しかし見逃せない点は、オウム真理教に行動や考えの根拠となるような仏教のテキストはなかったが、「イスラム国」は正当なイスラムの法学、哲学、神学を踏まえていること。
佐藤 その上、「イスラム国」のやり方は狡猾で、ムスリムに自分たちの正当性を呼びかけて中東での紛争をどんどん拡大しようとしています。
 2015年2月に「イスラム国」がリビアの海岸で21人のエジプト人を殺害しました。処刑されたエジプト人はみなキリスト教の一派であるコプト教徒でした。
 実は、エジプト人はムスリムだけの国ではありません。コプト教徒の肉屋さんに行くと豚肉を売っていますし、トンカツが食べられます。エジプトの人口の10%以上がコプト教徒です。
(p130~)
 湯川遥菜さんが殺されたとき、「イスラム国」側から発表された肩書は「日本人傭兵」でした。しかし、キリスト教徒だった後藤健二さんの場合は「十字軍兵士」。そして、21人のコプト教徒も「十字軍兵士」でした。
 キリスト教世界からすると、後藤さんの死の問題は日本人が殺されたことだけではなく、同胞であるキリスト教徒が殺されたことにあります。これが、「イスラム国」の狙いです。戦いをキリスト教対イスラム教の対立として拡大していきたい。
 エジプトではムスリムとコプト教徒が協力して国家を作りました。ムスリムとコプト教徒が仲良くやっていくことはエジプトを大国たらしめる基盤だったわけです。
 しかし、エジプト国内のイスラム原理主義者から「エジプトはムスリムの国だ。キリスト教を信じるコプト教徒が国家に対する発言をしたり、政治に関わるのはおかしい」と主張が出てきた。そんな状況のなか、「イスラム国」がコプト教徒のエジプト人を殺害した。
 当然エジプト政府は、自国民が殺されたのだから、報復のために「イスラム国」を空爆した。すると「イスラム国」は、エジプトのムスリムに向けて、こんなメッセージを出した。
(p131~)
「エジプト政府は、リビアでムスリムを空爆した。イスラム教よりもキリスト教を大切にしているのではないか。これで本当のムスリムといえるのか?」
 エジプトの一部の人たちは、この言い分に抵抗なくうなずける。「イスラム国」は、ムスリムとキリスト教徒を反目させて、エジプトという国の土台を壊しているわけです。
橋爪 キリスト教徒とムスリムが互いに抱いている潜在的な違和感を煽るわけですね。(略)
p132~
佐藤 身体反応としてでてしまうわけですね。言葉には出さないでしょうけど、違和感は当然内在しているでしょうからね。
橋爪 それを偏見と呼んでいいのかはわかりませんが、アメリカでのキリスト教とイスラムの関係を象徴しているように、私には思えました。
佐藤 それは一般のキリスト教徒だけではすまない問題です。ローマ教皇を元首とするヴァチカンも「対話路線」を掲げるものの、イスラムとの併存、共存には否定的です。
 2006年、前ローマ教皇ベネディクト16世は9・11から続くイスラム国」の聖戦を批判しました。これは個人的な発言ではなく、ヴァチカンの戦略としてイスラムを抑えて、カトリックの巻き返しを図ろうという意図がありました。
橋爪 けれども形だけとは言え、「対話路線」は掲げたわけですよね。ヴァチカンは(p133~)現実的にイスラムとは対話しなかったのですか。いまの国際情勢のなかで、イスラムと対話しない「対話路線」はありえないと思うのですが。
佐藤 対話の相手はイスラムの原理主義や急進派ではなく、穏健派。穏健派を通じて急進派に影響を与えていくという考えです。しかしそれは、自分たちキリスト教の原理や論理、立場を理解し、承認してくれる相手としか対話しないという態度だと思います。
橋爪 それでは、イスラム世界のなかの敵と味方を線引きしているだけではないですか。
佐藤 そう思います。同時に対話可能なイスラムに対しても、自分たちのほうがポジションが上だから、と相手を見下すパターナリズム(父親的干渉主義)の影を感じます。
 対話相手のイスラムの穏健派が「テロ行為をする過激派がいると、私たちのイスラム教が世界から敵視されてしまう。そうならないためにも過激派を抑えなければ」と考えるように誘導していく。ヴァチカンは「イスラムに教を信じるのは勝手だけど、俺たちが許容できる範囲でやってね」と暗に言っているわけです。
p134~
イスラムとの棲み分けは可能か
佐藤 現実政治もヴァチカンと同じ発想で動いています。いま、アメリカやヨーロッパはイスラムとの併存を否定し、棲み分け、封じ込める方向に進んでいます。
 たとえば最近、ジハーディ・ジョンの履歴が明らかになりました。イギリス出身の彼は、機密諜報部・MI・5の監視対象下にありました。しかし出国して「イスラム国」に合流した。MI・5の責任が問われてもおかしくないのに、イギリス国内では批判は全然出ていない。
 そんなイギリスの雰囲気を作り出したのが、2002年から11年まで国策で続けた大河テレビドラマ『SPOOKS』です。陰謀、組織犯罪、テロの危機とともにMI・5の活動が描かれる。
 国を守るためなら、非合法な潜入活動や暗殺も必要だと10年もかけて国民に刷り込んだ。イギリス人は、こういう宣伝戦略がすごい。ヨーロッパの雰囲気を先取りしていると思いますよ。
p135~
橋爪 テロを許してはいけないのはもちろんですが、それで話が終わりではない。アメリカもヨーロッパも、移民も多く受け入れ、社会のなかにイスラム国は深く入っています。、あた多くのキリスト教世界はイスラム国と境界を接しています。国際社会にとってイスラムは重要な、不可欠な構成要素になっています。いえ、それはヨーロッパだけではなく、アフリカにもアジアにもひとつの文化圏として分厚く広がっています。
佐藤 興味深いのがロシアの例です。イスラム系の独立勢力とロシア連邦軍が衝突したチェチェン紛争を教訓として、ロシアは土着のイスラムと外来のイスラムの棲み分けをしました。つまりいいイスラムと悪いイスラムに分けた。
 たとえば、アルカイダにつながるワッハーブ派などの過激派や独立勢力は徹底的に弾圧しますが、そうでなければ信仰を認める。イスラム教だけではなく、仏教もユダヤ教も(p136~)仲間として併存していくのではなく、それぞれの領域で勝手にやってくださいということです。
 移民政策に失敗したヨーロッパもイスラムを封じ込める方向に向かっている。ムスリムの出国は認めるけど、帰国はさせない。ヨーロッパでけでなく、アメリカをはじめとして世界各国は封じ込め、あるいは棲み分けの方向に向かっています。


イスラム国」に忠誠 15カ国29組織、テロ激化懸念 / 残虐行為の裏には“処刑の教科書”
 産経ニュース 2015.1.31 08:32
【イスラム国殺害脅迫】「イスラム国」に忠誠 過激派呼応、拡大の一途

     

15カ国29組織、テロ激化懸念
 【カイロ=大内清】イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」に忠誠を誓ったり支持を表明したりしている過激派のネットワークが、昨年6月にイスラム国が「カリフ制国家」を自称して以来、拡大の一途をたどっている。米国のテロ情報分析会社インテルセンターの調査では少なくとも15カ国29組織に達しており、イスラム国に呼応したテロの危険性も高まっている。
 調査によると、イスラム国系組織は、中東・北アフリカ各地のほか、南アジアのインドやパキスタン、アフガニスタン、東南アジアのフィリピンやインドネシアにも存在。それぞれの組織がどの程度、イスラム国とのつながりを持つかは不明だが、こうした「下部組織」はイスラム国に参加する戦闘員の供給源にもなっているとみられる。
 これらの組織の中には、国際テロ組織アルカーイダから資金提供を受けていると指摘されてきたフィリピンのアブサヤフなど、アルカーイダ系と目されてきた勢力も含まれている。
 そうした組織は豊富な資金を背景に急成長したイスラム国の威を借りることで求心力の強化を狙っているとみられ、今後は各地のアルカーイダ系組織の間でイスラム国への「乗り換え」が進むことも考えられる。
 半面、過激派の“本流”の座を脅かされているアルカーイダ系が、存在感誇示のためにテロ活動をさらに活発化させる懸念もある。
 一方、イスラム国は現代国家の国境を否定し、自分たちに従属する者が活動する土地をバーチャルな“領土”と宣言している。
 29日にはエジプト東部でイスラム国系組織のテロが発生したほか、リビアでも27日、イスラム国支部を名乗るグループによるテロ事件が起きたが、イスラム国がこうした組織の存在を理由に、各地を自らの領土と主張する可能性もある。
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2015.2.18 09:18更新
【イスラム国】残虐行為の裏には“処刑の教科書"
■エジプト人21人斬首に焼殺、市中引き回しまで
 リビアでキリスト教の一派、コプト教徒のエジプト人21人を一斉に斬首する映像をインターネットに公開したイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」。イスラム過激派に伝わる“テロの教典”に基づいて殺戮を繰り返す彼らだが、その戦略が逆効果になっている可能性がある。エスカレートする残虐行為で、「イスラム諸国の反発を招き、逆に追い詰められつつある」(専門家)というのだ。(夕刊フジ)
 地中海沿岸とみられる浜辺で一斉に21人ものエジプト人を虐殺したイスラム国。怒りに震えるエジプト軍は16日、このテロ集団の軍事訓練施設や武器庫など複数の拠点を空爆、報復措置をとった。エジプトはこれまで米国が主導する対イスラム国への軍事作戦に参加していなかったが、堪忍袋の緒が切れた格好だ。
 イスラム国は13日までに、クルド人部隊の兵士17人を檻(おり)に入れて市中を引き回す映像も公開。兵士が入れられた檻は、ヨルダン軍のパイロットが火あぶりにされたものと酷似しており、英紙デーリー・メールは、「全員を焼殺する可能性がある」などと報じている。
 火あぶりに首斬り、引き回し。行為を激化させるイスラム国だが、無軌道にもみえる行動の背景に、イスラム過激派の間で知られる「野蛮の作法」という指南書の存在が指摘されている。
 中東情勢に詳しい世界平和研究所の松本太・主任研究員は「2004年にアブ・バクル・ナージと名乗る人物がネット上に投稿したもので、イスラム過激派が目指すべき戦略を提示している。そこでは、イスラム諸国で民族的・宗教的な復讐心や暴力を恒常的に作り出すことの必要性が説かれている」と解説する。
■エスカレートする残虐戦略に、イスラム諸国反発…逆効果
 “テロの教典”ともいえるその指南書はメディア操作の必要性を説き、人質の扱いについて「恐怖をあおるように処理されなければならない」と言及している。
 「敵を火刑にすることも、7世紀の初期イスラム時代に行われていたとして推奨しており、一連の人質の残虐な殺戮には、この戦略が鮮明に反映されていると言える」(松本氏)
 だが、この戦略がイスラム国を逆に追い詰めているとの指摘もある。イスラム諸国で、神の名をかたり非道を繰り返すテロ集団に怒りの声が次々に挙がっているのだ。
 軍事ジャーナリストの世良光弘氏は「これまでイスラム過激派にシンパシーを抱くムスリムも一部にいたが、イスラム国の登場で、そうしたシンパも離れた。特にムスリム社会でタブー視される火刑への反発が大きい。過激派と一般のムスリムの間には決定的な断絶が生まれ、イスラム国は影響力を急速に失っている」と語る。
 エジプトやヨルダンが報復攻撃に出るなど周辺国の包囲網が強化される一方で、最高指導者とされるアブバクル・バグダーディ容疑者をはじめとする組織中枢の結束も危うくなっている。
 松本氏は「イスラム国はフセイン政権下のイラク・バアス党に所属していたスンニ派のイラク人が中心となって築き上げた組織。中枢を古参のイラク人幹部が牛耳っていて、サウジアラビアや西アフリカ諸国、チェチェンなどから入ってきた新勢力と緊張関係にある。緊張が高まれば、組織が内部崩壊する可能性もある」と話す。
 非道なテロ集団は自壊への道を歩んでいる。

 ◎上記事の著作権は[産経新聞]に帰属します
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