「私な、死刑判決を受けたやんか。いつ頃執行されるの?」近畿連続青酸死事件  『連続殺人犯』小野 一光著

2021-08-10 | 死刑/重刑/生命犯

《近畿連続青酸死事件》「私な、死刑判決を受けたやんか。いつ頃執行されるの?」8億円もの遺産を相続した筧千佐子の“素顔”
『連続殺人犯』より#1
 小野 一光 
 source : 文春文庫 
 genre : 読書, 社会 
 2021/8/9(月) 11:12配信 文春オンライン
「蚊も人も俺にとっては変わりない」「私の裁判はね、司法の暴走ですよ。魔女裁判です」。そう語るのは、とある“連続殺人犯”である。
 “連続殺人犯”は、なぜ幾度も人を殺害したのか。数多の殺人事件を取材してきたノンフィクションライター・小野一光氏による『 連続殺人犯 』(文藝春秋)から一部を抜粋し、“連続殺人犯”の足跡を紹介する。(全2回の1回目/ 後編 を読む)

  ◆ ◆ ◆

近畿連続青酸死事件
 京都南西部、向日市の住宅地で、事件記者が熱を帯びたように取材する姿が見られたのは2014年3月。“熱源”である筧千佐子(68)のまわりでは、20年間に10人以上の高齢男性が死亡していた。夫や内縁関係になった男たちの死を見届けると、配偶者の立場や「公正証書遺言」を最大限に利用し、遺された財産を手に入れていた千佐子。人の死を金に換える、その「プロの仕業」と言える手法が、「後妻業の女」として話題を呼ぶ。17年11月に京都地裁で死刑判決が下され、彼女は即日控訴した。

「はい、質問。私な、死刑判決を受けたやんか。いつ頃執行されるの?」
 2日前に死刑判決を下された彼女は、その日初めて会った私にいきなり尋ねてきた。
 2017年11月9日、京都拘置所の面会室でのことだ。
 私は過去に、最高裁で死刑が確定するのはほぼ確実という、殺人事件の被告5人と面会したことがあった。だが、いずれも面会に際して「死刑」という言葉をこちらから使ったことはなく、先方が使うこともほとんどなかった。それほどにセンシティブな単語であると考えている。だが彼女、筧千佐子(かけひちさこ)はその壁を軽々と超えてきた。
 心中の驚きを顔に出さないようにして、あっさり言葉を返す。
「まだまだ先ですよ」
 しかし彼女はよほど答えが知りたいのか、間髪を容れずに質問を継ぐ。
「具体的には?」
「いやいや、高裁や最高裁がまだあるでしょ。刑の確定までに2年近くかかると思いますよ。しかも、確定したってすぐに執行されるわけじゃないです……」
 その言葉に続けて、自分がこれまでに会った死刑囚の全員が、最高裁で死刑が確定して6年以上経っているにもかかわらず、1人としていまだに刑が執行されていないことを告げた。
「私いま70でしょう。75まで生きられるんかなあ?」
 この月に誕生日を迎える彼女は、20日も経たずして71歳になる。これからも数年は裁判が続き、さらに数年は執行されないことが予想されるため、「そら生きてるでしょう」と口にした。
 あらためて目の前の千佐子に目をやる。
 派手な赤いセーターを着た彼女のショートヘアーはほとんど白髪で、年相応に頰はたるみ、伸びた眉毛が左右に垂れている。しかし滑舌(かつぜつ)は良く、やや早口で遠慮のない物言いは、いかにもお喋り好きのおばちゃんといった印象だ。
 被告人との面会は、相手がもう会わないとなった時点で終わってしまう。千佐子と対峙(たいじ)する私の頭のなかは、これから先、いかにして彼女との面会を打ち切られないようにするかということで、占められていた。

遺産総額は8億円から10億円とも
 彼女が関わったとされる一連の事件は、京都府向日(むこう)市に住む筧康雄さん(仮名、当時75)が、13年12月28日に自宅で死亡したことに端を発する。千佐子は筧さんとその約2カ月前の11月1日に入籍したばかり。彼女にとっては4度目の結婚だった。
 筧さんの死亡状況に不審を抱いた京都府警が司法解剖を行ったところ、胃に毒物が直接触れたとみられる“ただれ”が2カ所確認され、血液からは致死量を上回る青酸成分が検出されたのである。
 そこで、妻であり第一発見者の千佐子について調べを進めたところ、これまでに彼女が、結婚相談所を通じて出会った数多くの男性と交際や結婚を繰り返し、相手の死亡によって多額の遺産を相続していたことが判明したのだった。その総額は8億円から10億円と見られている。京都府警担当の記者は捜査の状況について説明する。
「逮捕前、京都府警による千佐子への任意の事情聴取が何度も行われましたが、彼女は飄々(ひょうひょう)とかわし続け、『私はやっていません』と一切認めようとしない。ポリグラフ検査も行いましたが、そこでも完全にシロ(無実)との結果が出たそうです。そこで、『このタマ(千佐子)は絶対に自供しないだろう』との前提のうえで、まずは証拠固めに力を入れて、公判を維持できるようにする方針に転換されました」
 京都府警が千佐子に疑惑を抱き、内偵捜査をしていることが一部のマスコミに伝わったのは14年3月のこと。私自身もすぐに現場へと向かったが、逮捕前ということで、表立った報道こそないものの、20人近い記者が筧家の周辺で聞き込み取材をしていた。
 その時期、千佐子は向日市の筧家と、以前に購入していた大阪府堺市のマンションを行き来する二重生活を送っていた。向日市の近隣住民は、筧さんの死亡後に見かけた千佐子の姿に違和感を抱いていたことを私に語った。
「旦那さんが死んでから1月も経ってないのに、朝とか夕方とかに、化粧をばっちりとキメて、おしゃれをして出かけている姿を見かけています。なんでこの時期にあんな派手な格好を、と不思議に思っていました」

「私はそんなアホな女じゃないです」
 じつはこの時期、警察による事情聴取の合間にも、千佐子は次なる出会いを求めて、ふたたび結婚相談所に出入りし、見合いを繰り返していたのである。
 私が取材を始めて間もなくのこと、千佐子は堺市で記者たちの囲み取材に応じている。そこで彼女は、「私は一切、自分が犯罪者になりたくないし、そこまでアホじゃないから……。あえてその人を殺すようなことをするほど、私はそんなアホな女じゃないです」と、犯行を真っ向から否定。「なんでこうなるのって、もうその一言です」と自身の置かれた状況について嘆いていた。
 また、結婚についてどのように考えているかを問われ、平然と次のように答えている。
「生活の安定というか、まあ、どこかに一緒に遊びに行ったり、楽しくするっていう? そんかわり相手の健康管理は私がするし、美味しいもの食べさせたり……、互いに楽しく暮らすということでしょうね」
 あえて記者の取材を受け、自身の潔白を訴える彼女は言い放つ。
「私みたいな普通のおばちゃんが、どこでどうやって毒(青酸化合物)を入手できんの?」
 だが、やがてその顔から笑顔が消える出来事が起きる。同年夏になり、千佐子が不用品回収業者に家財道具などを引き渡したとの情報を得た京都府警は、それらの任意提出を業者に依頼して、中身を調べた。すると園芸用品のプランターの土のなかから、微量の青酸が付着した小袋を発見したのである。逮捕前の千佐子を直接取材した大阪府警担当記者は話す。
「彼女は次第に自分が追い詰められているのを感じていたようです。犯行については『絶対にやってない』と言い張りながらも、『自分の運命を恨みたい』と洩らすなど、不安を口にするようになっていました」
 14年11月19日、千佐子は筧さんへの殺人容疑で京都府警に逮捕された。その際の状況について同記者は続ける。
「18日に千佐子が自殺をほのめかしていることを聞いた関係者が、警察に通報したのです。京都府警はまず向日市の筧家に向かいましたが、不在だった。そのため千佐子が二重生活を送っている堺市のマンションに急行したところ、19日の早朝に彼女が外出する姿を確認。最寄駅から電車に乗って、大阪府熊取(くまとり)町内の駅で下車した際に任意同行を求め、午前8時過ぎに逮捕状を執行しました」

「子供たちに迷惑がかかる」
 また、逮捕と同時に家宅捜索が行われ、千佐子が逮捕前にいた堺市のマンションの部屋からは、青酸が付着していた小袋と同じ製品が押収された。
 当初は頑なに犯行を否認していた千佐子が、筧さん死亡への関与を認めたのは、翌12月10日の起訴の直前だとされる。だが自供後もその内容は揺れ動いていたと、前出の京都府警担当記者は語る。
「千佐子は基本的に饒舌(じょうぜつ)で、世間話や雑談には積極的に応じるのですが、肝心の事件の話になると、頑なに否認していました。ただ、青酸が発見されたことと、供述の矛盾点を突かれるなかで、次第に関与を認めるようになったのです。とはいえ、彼女には最初の夫との間に成人した息子と娘がいるのですが、『子供たちに迷惑がかかる』と、いったん口にした供述を取り消すなど、その内容はあやふやな点が多かった」
 しかし、捜査は徐々に千佐子を追い詰めていく。12年3月に大阪府泉佐野(いずみさの)市で死亡した彼女の交際相手で、同府貝塚市の太田義和さん(仮名、当時71)の血液が、近畿大学の法医学教室に残されており、改めて鑑定した結果、致死量を上回る青酸化合物が検出されたのである。そのため15年1月28日、大阪府警が千佐子を太田さんへの殺人容疑で再逮捕した。
 大阪府警の取り調べを受けることになった彼女は、2月にはすでに、筧さんと太田さんの2人に青酸入りのカプセルを飲ませたことを自供。また、自身の犯行がそれだけではないことも明かし、捜査はさらに拡大された。
 その結果、3月23日には被害者が死亡した地域にあたる大阪、京都、兵庫の三府県警による合同捜査本部が設置され、4月17日にはそこに奈良県警も加わり、四府県警による合同捜査本部となった。前出の大阪府警担当記者は説明する。
「この時点で千佐子は、殺人で起訴された2人を含む8人について、青酸化合物で殺害したことを認めていました。青酸の入手ルートについては、二十数年前に貝塚市で衣類のプリント工場を営んでいるときに、出入りの業者から『印刷を失敗したときに(青酸を)使うと色を落とせるからと貰った』と話していますが、それから時間が経ちすぎていることもあり、裏付けが取れていないと聞いています」
 いずれにせよ、合同捜査本部は6月11日に、09年5月に死亡した兵庫県神戸市の末松清人さん(仮名、当時79)への強盗殺人未遂容疑で千佐子を再逮捕した。さらに9月9日には、13年9月に死亡した兵庫県伊丹市の沢木豊さん(仮名、当時75)への殺人容疑での再逮捕がなされたことで、結果的に彼女は3件の殺人罪と1件の強盗殺人未遂罪を問われることになった。

千佐子との交際や結婚後に死亡したことが確認されている11人の男性
 この時点で私は、親しくしている記者たちの協力を得て、千佐子との交際や結婚後に死亡したことが確認されている11人の男性をリストアップしていた。彼らを死亡時期順に並べると以下のようになる(起訴された事件は*で表示)。

 (1)1994年9月に死亡(以下同)、最初の夫である大阪府貝塚市の印刷業・矢野正一さん(仮名・当時54)

 (2)2002年4月、交際相手の大阪府大阪市のマンション、ビル経営・北山義人さん(仮名)

 (3)05年3月、交際相手の兵庫県南あわじ市の酪農家・笹井幸則さん(仮名・当時68)

 (4)06年8月、2番目の夫である兵庫県西宮市の薬品卸売業・宮田靖さん(仮名・当時69)

 (5)08年3月、交際相手の奈良県奈良市の元衣料品販売業・大仁田隆之さん(仮名・当時75)

 (6)08年5月、3番目の夫である大阪府松原市の農業・山口俊哉さん(仮名・当時75)

 (7)*09年5月(青酸化合物の服用は07年12月)、交際相手(裁判時は「知人」との表現)の兵庫県神戸市の元兵庫県職員・末松清人さん(当時79)

 (8)*12年3月、交際相手の大阪府貝塚市の元海運業・太田義和さん(当時71)

 (9)13年5月、交際相手の大阪府堺市の造園業・木内義雄さん(仮名・当時68)

 (10)*13年9月、交際相手の兵庫県伊丹市の元内装業・沢木豊さん(当時75)

 (11)*13年12月、4番目の夫である京都府向日市の元電機メーカー勤務・筧勇夫康雄さん(当時75)

 ここで名前の挙がった11人のうち、千佐子は(7)の末松さんへは強盗殺人未遂罪で、(8)の太田さんと(10)の沢木さん、(11)の筧さんの3人に対しては、殺人罪で起訴された。また、15年10月207日には(5)の大仁田さんと(6)の山口さんについて殺人罪で追送検され、11月6日には(3)の笹井さんと(9)の木内さんについても、強盗殺人罪などで追送検された。ただし、大阪地検はこれら4件については物証が乏しく、刑事責任の追及は困難ということで、不起訴処分とした。
 最初の夫を亡くしたときに彼女は47歳で、自身の逮捕に繫がる4番目の夫を殺害したときは67歳である。その20年の間に、千佐子はいかに殺意を醸成させていったのか。無機質な記号のように並ぶ被害者たちの名前に、彼らが生きてきた証を肉付けする作業が必要だった。

 なぜ高齢者男性たちは筧千佐子に「後妻」を求めたのか 「“健康にいいから”と青酸入りのカプセルを勧め、死亡後に保険金を…」  へ続く
 小野 一光/文春文庫

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 ◎上記事は[文春オンライン]からの転載・引用です
――――――
〈来栖の独白〉
>「はい、質問。私な、死刑判決を受けたやんか。いつ頃執行されるの?」
 あっけらかんとした人柄のようだが、そうではないだろう。いきなりそのように尋ねたい、それほど切実な重大事ということだろう。犯した罪は罪だが、苦しいことだ。
 女性死刑囚の場合、確定してからでも長く生きている人が多いように思うが。

なぜ高齢者男性たちは筧千佐子に「後妻」を求めたのか  小野 一光著『連続殺人犯』より #2


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