23年を経て「尊師」から「麻原」へ “側近”中川智正と新実智光 「オウム死刑囚」13人の罪と罰(3)

2018-03-30 | オウム真理教事件

23年を経て「尊師」から「麻原」へ “側近”たちの罪と罰
社会 週刊新潮 2018年3月29日号掲載
 画像;3大事件に関与した3人(左から新実智光、麻原彰晃、中川智正)
「オウム死刑囚」13人の罪と罰(3)
  死刑執行までの秒読みが始まった、「オウム真理教」13名の死刑囚。坂本堤弁護士一家殺害事件(1989年)、松本サリン事件(1994年)、地下鉄サリン事件(1995年)は、「三大事件」と呼ばれ、凶悪性の象徴と語られている。13名中、三大事件すべてに関わり、死刑判決を受けた死刑囚は3名のみ。ひとりはもちろん麻原彰晃、そして残り2人が、中川智正と新実智光である。
 * * *
 3月14日に行われた東京拘置所からの移送で、中川は故郷に近い、広島拘置所に送られた。
 教団では「法皇内庁長官」の地位にあった。これは「宮内庁長官」のような位置付けであり、麻原一家の「主治医」も務めるなど、まさに「側近」の名にふさわしい人物である。
 中川は1962年、岡山生まれ。地元の高校から、京都府立医科大に進み、卒業後、医師としてのキャリアをスタートさせる。
 一方で、大学時代にオウム真理教のコンサートに誘われ、「神秘体験」を経験。これが忘れられず、1年少しで退職し、恋人と共にオウムに入信したのだ。柔道の経験者でもあった。
 入信わずか2カ月後、坂本弁護士一家の殺害を命じられ、弁護士の妻・都子(さとこ)さんの首を絞めて殺害。長男・龍彦ちゃんの口にタオルケットを押し付けたのも中川である。松本、地下鉄両サリン事件でも、サリンの製造に携わっている。
 医師でありながら、殺害人数は25名。関わった事件の数は11件と麻原に次ぐ数字だ。
 しかし、元オウム真理教の「車両省大臣」であった野田成人氏が、
「典型的な、大人しくてマジメな男でした」
 と言う、その人物と犯行内容は結びつかない。
「中川は、麻原の霊的隷属者と言えると思います」
 とは、オウム事件に詳しい、フォトジャーナリストの藤田庄市氏である。
「もちろん他の幹部も『霊的体験』を語っています。しかし、中川の場合はそのありようが決定的に異なる。私は『巫病(ふびょう)』と呼んでいますが、沖縄のユタがユタになる時に一種の精神病を起こす。神様の言うことを聞かないと苦しくて身体も動かなくなる。それと同じような体験を起こしていたのです。他のメンバーが修行をすることで『神秘体験』を得るところ、中川の場合は、言わば先天的に麻原の霊性にぴたりと掴まれてしまった。彼自身の誠実さが麻原に利用され、重大犯罪に手を染めざるをえなくなってしまったのです」
 「尊師」から「麻原」へ
 逮捕後の彼の公判は、その呪縛との戦いだった。法廷では罪について詳細に語ることもあれば、途端に沈黙することも。怒りや苛立ちを見せることもあれば、証言台に突っ伏し、涙を流すこともあった。当初、麻原のことを「尊師」と呼んでいたものの、途中からは「麻原氏」。2011年、死刑が確定した。
 その後の中川の状況を知るのが、米コロラド州立大学のアンソニー・トゥー名誉教授。毒性学の世界的権威の同氏は、2011年以来、中川と面会を重ねること14回。手紙のやり取りも数多くある。
「化学の内容をよくやり取りします。一昨年には、化学雑誌に、サリン事件の回想の手記を投稿しましたし、昨年は、金正男がVXで殺された件について、彼なりの見解をレターにして送ってきました。また、獄中で俳句もやっていて、同人誌にも投稿しています」
 その作品が、
〈独房のほそき隙間の月は友ぞ〉〈獄の虫コンクリートに棲みて鳴く〉
 現況への、痛切な思いをかき立てる句が多いそうだ。
 トゥー教授は、移送前日の3月13日、中川に面会している。
「笑顔で出迎えてくれました。“移送は近日中にある”などと言っていましたね。それに備えて、いつ移されても良いように、倉庫にあった書類を自分の部屋に置いていたそうです。印象的だったのは、坂本弁護士事件について話した時に“麻原ははじめから殺すつもりだったのだろう”と言っていたこと。聞き間違えかもしれませんが、いつもは『麻原氏』と言っていたので驚きました」
 23年の月日が経ち、ようやくかつての「尊師」を呼び捨てに――。中川は従容として死刑台に臨む覚悟が出来ているのかもしれない。
■“ドーベルマン”新実
 他方、その中川に対し、今でも麻原への帰依が抜けないのが、新実智光である。今回の移送で、大阪拘置所に移された。
 新実は2012年、当時アレフの信者だった女性と獄中結婚している。移送の翌日、新実に面会したその妻が言う。
「疲れていると思ったけど、とても元気でした。移送は前日の夕方5時にいきなり言われたそうです。大阪拘置所は現在建て替え中。“メチャクチャ新しいなあ”と感心していました」
 教団での地位は、自治省大臣。麻原の秘書役に加えて、信徒の強化や警備、軍事訓練、スパイ任務などに携わっていた。「帰依のミラレパ」と呼ばれるほど、教祖への忠誠心が強い人物であった。
 新実は1964年、愛知県に生まれた。地元の大学を卒業後、就職するが、やはりオウムのセミナーに参加。「神秘体験」を経て、退職、入信する。空手の経験者でもあった。
 坂本事件では長男・龍彦ちゃんを絶命させ、松本サリン事件では実行犯。地下鉄サリン事件でも、散布者を送迎する運転手役を務めた。教団最初の殺人事件では、信徒の首をボキッと折り、その他の信徒殺害事件でも、凄惨なリンチを加えている。死者数は26人と、麻原に続く人数を殺めているから、「もっとも血なまぐさい男」「ドーベルマン」などと言われたのも当然であろう。
 前出・野田氏が言う。
「新実は普段は気さくで明るい男でしたが、ノリの軽さがあった。そのノリの延長でスイッチを入れ替えることなく、凶行に及べるような一面を持ち合わせていました。だからこそ麻原も彼を重用したのでしょう。麻原に対して絶対的な忠誠心を抱いており、殺人の指令についても、ねっとり悩むことのない男でした。その点が中川とは異なります。新実がいなければ、教団はこれだけの凶行に及ぶことが出来なかったのではないかと思います」
 前出の藤田庄市氏も言う。
「月に1度ほどは面会に行っていましたが、事件や麻原についての質問は“さあどうですかね”とはぐらかし続けていました」
*遺骨はガンジス川へ
 実際の公判では堂々と麻原への帰依を語っている。
 曰く、
「麻原尊師は閻魔大王の化身、私たちはその使者」
「(事件の被害者は)最大多数の幸福のためのやむをえぬ犠牲」
「もう少し冷静に、そして寛容になって下さるよう日本国民に願います」
「この『死』の知恵を得たときに初めて、死刑は廃止されるに至るでしょう。この『死』の知恵を得ることを、特に被害者の方々に望みます」
 2010年、死刑が確定。
 月日が流れた現在でも、その心境は変らないようで、前出の妻が言う。
「拘置所では、ヨガや瞑想など、一日中修行に明け暮れているそうです。手紙も1週間に1度は来る。健康オタクなので、私の健康法について、いろいろアドバイスをしたり、朝、昼、晩それぞれ何を食べたか、メニュー表を送ってきたりもします。死刑についても、恐れてはいない様子。澄んだ気持ちでいるようです。死んだら遺骨は、ガンジス川に流してくれ、と言われています」
 現実と妄想の判別が付かない教祖と、それに付き従い、数多の人を殺めた2人の高弟。奇しくも今回の移送で、場所を分かつことになったが、さて、近づく13階段を、彼らはどのような心境で上ることになるのだろうか。それぞれの「罪と罰」を背負ったまま――。 (4)へつづく
 短期集中連載「13階段に足をかけた『オウム死刑囚』13人の罪と罰」より

 ◎上記事は[デイリー新潮]からの転載・引用です
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* 恐ろしき 事なす時の 我が顔を 見たはずの月 今夜も静(さや)けし / 中川智正被告 2011.11.18上告審判決
* オウム 中川智正死刑囚が俳句同人誌 独房の内省詠む
* オウム裁判終結 2011/11/18 中川智正被告の母「わが子を(死刑で)失い、少しでもご遺族の気持ちに近づくことができれば」
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* オウム 新実智光死刑囚、獄中から妻の不倫相手を提訴 (『週刊新潮』2017/5/18号)
* オウム真理教 新実智光死刑囚の妻に逮捕状、強要未遂容疑 / 法廷で「W不倫」を告白 
元オウム真理教幹部・新実智光被告上告棄却 2010/1/19 死刑が確定する 
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