「安保は不平等」トランプの持論蒸し返しで鮮明になる日米の主戦場
櫻田淳 2019/07/05 (東洋学園大学教授)
6月25日配信の米ブルームバーグ通信は、米国のドナルド・トランプ大統領が「日本との安全保障条約を破棄する可能性についての考えを側近に漏らしていた」と報じた。これに関連して、同月27日の時事通信の記事によれば、トランプ氏が米FOXビジネステレビの電話インタビューで、日米安全保障体制に関して、「日本が攻撃されれば米国は彼らを守るために戦うが、米国が支援を必要とするとき、彼らにできるのは(米国への)攻撃をソニーのテレビで見ることだけだ」と述べた。
インタビューで、トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)に関しても「米国は(国防負担の)大半を払っているのに、ドイツは必要な額を払っていない」と指摘した。トランプ氏は、大阪での20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)開幕直前に豪州のスコット・モリソン首相と会談した際、「われわれ(米国)は、同盟諸国に善意を示し、同盟諸国と協働し、同盟諸国の面倒を見てきた」と語った。
トランプ氏の「米国が一方的に同盟運営の負荷を担っている」という認識は以前から示されてきたものであり、それ自体は何ら驚くに値しない。もっとも、トランプ氏の同盟認識がどのようなものであれ、それが米国の「国家としての意志」を反映するわけではない。
事実、6月27日、米連邦議会上院は、2020年会計年度の国防予算の大枠を定めた「2020年国防権限法案」を可決した。法案の骨子は「日米同盟への支持を表明する」とした上で、「日本の意義深い負荷分担と費用負担への貢献を認識する」としつつ、「強化された日米防衛協力を促進する」としている。
加えて、法案は「日本政府との協議の上で、インド太平洋地域における米軍部隊の展開配置を再考するように求める」としている。立法府優位の米国の国制を鑑みるに、こうした法案に示された同盟認識の意義は重い。
果たして トランプ氏は大阪G20閉幕後の記者会見で、日米安全保障条約に関して「破棄する考えは全くない」と述べ、前に触れたブルームバーグ通信の報道内容を否定した。
ただし、なぜ、トランプ氏が現時点で持論を蒸し返すような発言を繰り返したのか。一つの仮説は、イラン情勢への対応に際して、米国と他の「西方世界」同盟諸国との温度差が露わになり、そのことに対するトランプ氏の不満が噴出したというものである。
革命体制樹立後のイランに対する米国の敵愾(てきがい)姿勢は、王制期の癒着に対する反動という側面があるかもしれない。それでも、日本や西欧諸国には度を超したものとして映るのは、疑いを容れまい。
しかも、「イスラエルの生存にイランが脅威を与えている」という認識が、米国のイランに対する「過剰敵意」を増幅させているという指摘もある。それは、イスラエルに対する「過剰傾斜」とイランに対する「過剰敵意」が米国において表裏一体であることを意味している。
歴史家、トニー・ジャットの時評集『真実が揺らぐ時:ベルリンの壁崩壊から9・11まで』には、2000年代半ばの時評として、次のような記述がある。
アメリカの未来の世代にしてみれば、帝国主義的な偉大な力とアメリカについての国際的な評価が、なぜ地中海にある小さくも論争を呼びがちな依存国とそれほどに一蓮托生(いちれんたくしょう)になっているかは、自明ではなくなるであろう。ヨーロッパやラテン・アメリカ、アフリカ、あるいはアジアの人びとにとっても、すでにまったくもって自明ではなくなっている。
イスラエルと一蓮托生になろうという傾向は、ジャットの十数年前の展望とは裏腹に、「トランプの米国」において一層、鮮明になっている感がある。大阪での米中首脳会談や板門店での米朝首脳会談の風景は、米国にとっての当面の「主戦場」が、中国や北朝鮮を含む「極東」ではなくイランを含む「中東」であるトランプ氏の判断を示唆しているとも考えられる。トランプ氏が極東情勢に「凪(なぎ)」を欲した事情を慮(おもんばか)れば、そうした評価も決して無理とはいえまい。
筆者は、トランプ氏の登場時点から、彼が日本に提供することになるのは、「難題」ではなく「機会」であると唱えてきた。トランプ氏は、日本の増長を抑える「瓶の蓋(ふた)」論が語られた日米安保体制の永き歳月の後で、「日本の頭を抑えつけない」姿勢を明示した政治指導者である。
そうであるならば、日本の対応としては、トランプ氏の不満や期待に乗じつつ、米国だけではなく、豪印両国を含む他の国々との同盟形成を急ぐのが賢明である。その前提は、「フル・スペックの集団的自衛権の行使」と「対国内総生産(GDP)比2%の防衛費」を認めることである。
米国の安全保障上の関与に安住しないという姿勢こそ、「トランプの米国」を御するには、大事なものであろう。
◎上記事は[IRONNA]からの転載・引用です
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◇トランプ氏、日米安保に不満漏らす 米メディアに 2019/6/26
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