再び“入院”する少年・少女を減らしたい――非行少年の人生を変える、少年院出院後の学習支援事業とは
#こどもをまもる
犯罪行為に手を染めてしまった少年が送られる少年院。その目的は非行少年の更生と社会復帰支援だ。中卒や高校中退の子が多い。出院後の生活に困難を抱える場合も少なくなく、進学や就職ができないと再犯率が上がることがわかっている。
再犯率を下げるために法務省が導入したのが、民間資金を活用した出院後の学習支援だ。支援対象となった少年は「進路の相談に乗ってもらえたのがありがたかった」と話す。どんな取り組みなのか、取材した。(取材・文:神田憲行/撮影:鈴木愛子/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
都内のあるビルの一室。パーティションで区切られた一角、取材に訪れた時間は3人の生徒が机に向かっていた。ある生徒は先生がホワイトボードで説明する世界史について熱心に耳を傾けている。ある生徒は先生が語る「ゼミ」「サークル」というバラ色の大学生活に目を輝かせて質問攻めにしている。ある生徒はひとり、机の上に広げた英語の問題集に取り組んでいた。
ここは株式会社キズキが運営する学習塾の一室。キズキは不登校などさまざまな理由で学校に通えなくなった児童・生徒の学習サポートをする。 だがここにいる生徒たちは不登校生徒ではない。少年院を出た出院少年である。そのひとりに話を聞いた。 彼は少年院を出たあと大学を受験して今は大学1年生だ。それでも毎週1回、ここに通って10時から16時まで勉強することが「ルーティンになっています」という。 「少年院入院中に高卒認定試験に合格しました。もともとは中学生になったときに勉強を押しつけられた気がして、学校には中1か中2から行かなくなりました。でも少年院で勉強をしていると楽しくなって、ここでも続けています」
プライバシー保護の観点から、名前も年齢も、入院の経緯も確認できない。目の前のハキハキと答える青年への「なにをして少年院に?」という疑問をのみ込んだ。 この少年は法務省が実施する《SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)による非行少年への学習支援事業》の支援対象者だ。2021年から始まったこの事業は、これまで少年・少女合わせて20人程度の出院者が支援を受けている。年齢は15歳から20歳。学習は非行少年の更生にどれぐらい役立つのか。
元少年が語る、「自分のことを気にかけてくれる人」がいる大切さ
この事業の支援を受けてはいないが、出院後も学習を続けている元少年のAさんは、「とても良い制度だと思います」とうなずく。
「僕がいちばんいいなと思ったのは、毎週1回、自分のことを気にかけてくれている人と話をするということですね。少年院を出たあと、孤独と不安で苦しむと思いますから。気持ちが安定すればおのずと勉強につながっていくと思います」
Aさんは20代の男性。10代後半に無免許で自動車を運転、事故で同乗していた友人が亡くなった。
少年院に入り、出院後のいまはアルバイトをしながら建築士になるための学校に通っている。 Aさんが学校の授業についていけなくなったのは小学校3、4年生のときだった。中学に進むと生活も荒れて、万引きや他の非行グループとのけんかに明け暮れた。たまに通学すると授業を妨害し、教師から「帰ってくれ」と学校から弾かれた。「当然なんですけれどね」とAさんは苦笑いする。
少年院に入った当初は、毎日、死ぬことばかり考えたという。 「自分の将来に先行きが見えなくて。5年後10年後には自分は今度は刑務所に行くような犯罪者になるんじゃないかとか、自分より後から少年院に入ってきた人が先に出ていくと置いてけぼりにされたように感じてました」 勉強するきっかけは、「亡くなった友人がいま生きていたら、どうしていただろう」と考えたことだった。 「高校ぐらいは出ているんじゃないか。だったら自分も高卒認定試験を受けてみよう」
小学校の分野から始めてなかなかはかどらなかった。だが途中で入っている少年院が変更になり、改めて勉強に身を入れることができたという。 「新しい担当の法務教官の先生からは『お前、そんなにだらだらしていると、ここを出てもまた犯罪行為を繰り返すぞ』とか、けっこうキツイことも言われました。最初は反発もしたんですが、勉強や悩み相談のフォローをすごくやってくれました。言いっぱなしでなくて、ちゃんと行動もしてくれるので、信じていいのかなと思うようになりました」 数学の問題の解き方を教わっているとき、「こんな解き方もある」と別解を教えてくれた。パッと解けたやり方を見て、「武術の技を見せられているみたい。勉強って面白いな」と初めて思ったという。
Aさんは少年院にいる間、いくつもの資格を取得している。最初は危険物取扱者乙種4類。これに一発で合格して面白くなった。そのあとは同甲種。少年院でも取得した少年はごく少数という。パソコン関係の資格では、他の少年たちに教える体験もした。そして高卒認定試験も全9科目に一発で合格した。 「自分は少年院で勉強に出会いました。勉強して、それを利用してなにかをする。そうして積んだ体験は貴重で、それを捨てるような悪いことはもうできません」 現在のアルバイトも、取得した資格を生かした仕事だ。勉強する→資格を取る→それで仕事に就く、という成功体験のサイクルが彼の生活を確かなものにしている。
「再犯する子には進学も就職もしていない子が多い」 出院後のフォローが課題に
「少年院出院後、進学や就職をしている者と比べ、無職状態の者のほうが再犯をしてしまうことが多いということが判明しています。また少年院にいる者たちは中卒や高校中退という場合が多く、そのことが進学や就職のしづらさにつながることも少なくありません。さりとて出院後にひとりで勉強を継続するのは難しい」
法務省の統計によると、少年院入院者のうち中学校を出て高校に進学していない者が24.4%、高校中退者が56.9%という。また少年院仮退院中に再犯してしまった者を調査すると、学生・生徒であった者が17.4%だったのに対し、無職者が30.2%だった。
少年院内でもこれまで外部講師を招いた学習支援は行われてきた。しかし「加害少年の学習に税金を支出することに社会的理解が得られにくい」「学力も入・出院時期もバラバラの少年たちを教室で一斉に指導するのは難しい」「出院後も学習意欲がある少年たちの希望に応えられない」という悩みがあった。
今回の事業で採用されるSIBとは、社会的課題を解決するための事業を役所がプロの民間事業者に委託し、民間事業者がその資金を銀行など外部から調達してくる。そして課題解決の成果に応じて、役所が税金から委託費を支払う仕組みである。
では受託した民間事業者の思惑はなんだろうか。今回の事業を受託した公文教育研究会は、かつて認知症予防・改善分野での学習療法の効果を実証するSIB調査事業に参加した経験がある。同社ライセンス事業推進部調査企画チームリーダーの鈴木麻里子さんはこう言う。 「今回の再犯防止での学習支援でも、公文の学習効果を示して社会的便益があることを示せれば、公文式学習法がより広く使われるのではないか、という期待があります」 とはいえ、「社内では相当、葛藤がありました」と鈴木さんは打ち明ける。 「加害少年を支援することに社会的な理解が得られるだろうか、ということです。そこは社の上層部ともかなり話し合いました。しかし過去に公文式教室の先生が、地元の少年院を訪問して在院中の少年たちへの公文式学習支援に取り組まれていたケースがありました。また創業者は創業間もない時期から全国の児童養護施設などに教材を提供していました。なんらかの事情で十分な基礎学力を身につける機会に恵まれなかった子どものサポートをするのが、私たちの理念でもあります。結果的に加害する可能性がある人を減らして、被害者の数を減らすことができる社会貢献だと踏み切りました」
事業は2021年8月からスタートした。まず全国の少年院に入院している少年・少女たちから希望者を募る。支援対象者が決まると、公文教育研究会の中島英俊さん、実際の学習支援に当たる担当者、心理学の専門家が少年院に赴き、少年の面談に入る。そこで少年の学習目標を聞き、テストで現在の学力を測定する。
「面接した少年たちは、ちょっと見ただけでは私の子どもとなにも変わらないですね。どうしてここ(少年院)にいるんだろうと思う。やはり子どものときに親や教師から適切な手助けが得られていなかったのではないか。まず彼らの更生には学習のための環境が必要だと思います」(中島さん) キズキの先生のひとり、河波圭一朗さん(33)はこう言う。 「少年院を出た子たちの特徴は、大人びていて意外とコミュニケーションのハードルが高くないことですね。もちろん、いろんな意味で『社会の縮図』を体験しているので、最初は『この大人は信用できるのかな』という目で見る子もいますけれど」
河波さん自身、現在は大学で数学を専攻しているが、高校時代にネットゲームにハマって留年と中退を経験している。「自分の経験があるので、不登校とか少年院を出た子のやり直し学習に協力したい」と、この事業にやりがいを感じている。 これまでに実際に支援対象となった少年は東京と大阪を合わせて20人程度。事業は2023年度末でいったん終了予定だ。関係者の間では、SIBを利用した再犯防止の事業が今度は地方自治体に広がることが期待されている。
--- 神田憲行(かんだ・のりゆき) 1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。師匠はジャーナリストの故・黒田清氏。昭和からフリーライターの仕事を始めて現在に至る。主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』、『横浜vs.PL学園』(共著)、『「謎」の進学校 麻布の教え』、『一門 “冴えん師匠”がなぜ強い棋士を育てられたのか?』など。 「子どもをめぐる課題(#こどもをまもる)」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。 子どもの安全や、子どもを育てる環境の諸問題のために、私たちができることは何か。対策や解説などの情報を発信しています。