<容疑者救命 京アニ事件主治医の記録> 決死の医療チーム 容疑者を変えた

2020-05-30 | 死刑/重刑/生命犯

<容疑者救命 京アニ事件主治医の記録>上 助けねば真相は闇
 東京新聞 2020年5月28日 07時13分
 顔面はすすで真っ黒になり、人の顔と判別できないほど丸々と腫れ上がっていた。昨年七月に発生した京都アニメーション放火殺人事件の二日後、重いやけどで瀕死(ひんし)の青葉真司容疑者は、高度な治療を受けるため大阪府内の病院にドクターヘリで搬送された。「すぐ絶命するだろう」。長年の経験から、担当した男性医師は直感した。 
 青葉容疑者の症状は重く、当時、捜査関係者も「かなりまずい。全身が包帯でぐるぐる巻きで、人工呼吸器を付けている。死亡する可能性はかなり高い」と危機感をあらわにしていた。 
 医師は当初、被害者を治療して一人でも救いたいと希望したが、目の前に横たわるのは、罪のない多くの人々が犠牲になった放火殺人事件の容疑者。救命しなければ、真相究明の道は閉ざされる。「医師の職務として、生かすことが被害者や遺族のためになる」と自分に言い聞かせ、複数の主治医で結成された担当チームに加わった。 
 命の危機を脱し、声が出るようになったのは、約一カ月半後の昨年九月九日。気管切開した部分に取り付ける管を発声できるものに交換すると、青葉容疑者は「こ、声が出る」と驚き「もう二度と出せないと思っていた」と言って涙を流した。 
 顔をくしゃくしゃにして泣く様子に戸惑って「とにかくリハビリを頑張ろう」と促すと「世の中には自分に優しくしてくれる人もいるんだ」と言ってさらに泣いた。 
 発声できるようになってから日々揺れ動く青葉容疑者の思いを何度も聞いていた。九月下旬のある日の朝は心を閉ざした様子で、目を開けようともしなかった。「生きている喜びから少し冷静になって、絶望や恐怖に気付いたのかもしれない」 
 「どうせ死刑になるのに、リハビリを頑張る気が起こらない」とつぶやいたのはさらに約一カ月後の十月下旬だった。「死刑になるのかどうかは分からないけど、やってしまった罪には向き合うべきじゃないのか」。自分から事件を話題にしないようにしていたが、唐突な青葉容疑者の言葉に思わず本音が出た。 
 それがどこまで届いたのだろうか。青葉容疑者は「先生に言われると、そうするべきだと思えてくる」と答え、黙々とリハビリを始めた。 
         × × ×  
 三十六人が死亡し、三十三人が重軽傷を負った京都アニメーション放火殺人事件。「生きて事件に向き合えるように」。医師は容疑者を救命する意義を自ら問い続け、苦悩しながら職務に当たった。今回、事件の重大性と公益性に鑑みて取材に応じた。

<容疑者救命 京アニ事件主治医の記録>中 決死の医療チーム 容疑者を変えた 
 東京新聞 2020年5月29日 07時33分  
 「長年培った技術を被害者の治療に生かしたかった」。京都アニメーション放火殺人事件で青葉真司容疑者(42)の主治医を務めた男性医師は昨年七月十八日、事件発生を知ってすぐ医師仲間と連絡を取り合い、被害者多数の場合、勤務する大阪府内の病院で受け入れられると伝えた。 
 いつ受け入れ要請があるかと身構えていたが、医療現場は混乱しているようだった。結局、要請はなかった。翌朝から、やけど治療の専門医として関西の複数の病院を回り、被害者の治療方針を話し合うミーティングに加わった。 
 最後に京都の病院で対面したのが、全身やけどで意識を失った青葉容疑者だった。専門家として客観的に見て「今日か明日で絶命する可能性が高い」という状況だった。 
 重傷のやけど患者を治療できる近隣の病院は限られ、既に被害者で満床。「医療に携わる者として、容疑者でも受け入れなければ」。緊急で結成された「容疑者治療チーム」の他の主治医や看護師も、同じ決意だった。 
 青葉容疑者は皮下組織まで傷が達する重いやけどを全身の約90%に負っており、早速、緊急手術に臨んだ。室温を二八度に設定した手術室内は、医師と看護師でごった返して蒸し風呂のようだった。手術は朝から深夜まで及び、何とかその日は延命することができた。 
 その後、大きな手術は昨年十一月までに十回以上に及んだ。全身やけどの場合、ドナーから皮膚の提供を受けるのが通常だが、今回は負傷した被害者が提供皮膚を必要として供給不足に陥る可能性が高かった。そこで、本人のわずかな皮膚組織から皮膚を培養して移植する手法だけを採用した。 
 提供皮膚を使わずに広範囲の重いやけどを治療するのは世界でも例のないケース。「亡くなった被害者が真相解明を求めていると信じた。重圧で押しつぶされそうになった」。病院に何度も泊まり込み、一時は緊張から体調に異変を感じながら治療に当たった。 
 回復した青葉容疑者が見せたのは意外な一面だった。医療スタッフに「胸が熱くなる」と感謝の言葉を口にしたのだ。感情に起伏はあるが、尋ねもしないのに事件についても話し始めるようになっていった。

<容疑者救命 京アニ事件種地位の記録>下 「患者の回復、胸が痛んだ」
 2020年5月30日 07時08分  
 「おかゆ、うめー」。昨年十月、ゼリー状の栄養剤から初めて食事をかゆに切り替えた日の言葉だ。京都アニメーション放火殺人事件の青葉真司容疑者(42)は、回復が進むにつれて無邪気な言動が増えていった。そのたびに、主治医を務めた男性医師は「これで良かったのか」と苦悶(くもん)した。
 青葉容疑者の治療を続けながら、亡くなった被害者に関する報道にも触れていた。「本来はうれしいはずの患者の回復に胸が痛んだ」。青葉容疑者は車いすに座れるようになり、順調に回復し「痛い」とリハビリを嫌がることもあった。被害者の無念が頭に浮かんで思わず厳しくたしなめると、青葉容疑者はしゅんとした様子で「頑張ります」と答えた。
 容体が安定したため、京都府警が昨年十一月八日、病院内で青葉容疑者を任意聴取した。約三時間で終了し、ジュースを差し出すと「きょうは疲れました」と漏らした。
 大阪から京都の病院へ移送されたのは、その六日後の十一月十四日。青葉容疑者には前日の夜に伝えた。「いきなり言われても…。せっかく慣れてきたところなのに」。一瞬、目を大きく見開き、少し寂しそうに話した。
 朝になって青葉容疑者を乗せたストレッチャーをドクターカーに運び込み、容体の急変に備えて主治医らも同乗した。治療は翌日以降、転院先の医師が担うことになる。「僕なんか底辺の人間。生きる価値がない」。青葉容疑者は最後まで問わず語りに胸の内を吐露していた。
 「意識が戻って治療を受ける中で、考えに変化はあったか」。ずっと聞いてみたかったことを尋ねてみた。「それは当たり前です。今までのことを考え直さないといけないと思っています」
 約三十分かけてドクターカーは京都の病院に到着した。「(容疑が事実なら)彼のやったことは許されるはずがない」。だから、最後にどんな言葉を掛けたらいいのか迷った。「もう、自暴自棄になったらあかんで」「分かりました。すみませんでした」
 ドクターカー後部の扉が開き、待ち構える報道陣のカメラのシャッター音が響いた。「もう少し早く、誰かが手を差し伸べることはできなかったのか」。そう考えながら、ストレッチャーを院内に運び込んだ。
 
 ◎上記事は[東京新聞]からの転載・引用です
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京アニ放火・青葉真司容疑者「こんなに優しくされたことなかった」医療スタッフに感謝 2019/11/14
京都アニメーション放火事件 京都府警の任意の事情聴取に青葉真司容疑者「どうせ死刑になる」 2019/11/9
京アニ放火殺人事件 「こんなに優しくしてもらったことはなかった」放火犯を反省させた女性看護師


京アニ事件 青葉容疑者の治療費は1000万円 全額が税金から支給か 
 東京新聞 2020年5月28日 14時08分
 京都アニメーション放火殺人事件で、自身も重いやけどを負った青葉真司容疑者(42)の治療費は少なくとも一千万円に上り、生活保護受給者だったため全額が国や自治体から支出されるとみられる。 
 青葉容疑者は全身の九割にやけどを負い、焼けていない皮膚を培養して張り付ける治療を継続してきた。医療機関向けに培養表皮を製造している国内の会社は、表皮一枚(長さ十センチ、幅八センチ)当たり十五万四千円で提供している。加えて、患者の細胞採取と培養などに約四百五十万円かかる。同様の処置を行った青葉容疑者の治療費は、少なくとも一千万円に上るとみられる。 
 厚生労働省によると、健康保険に加入している七十歳未満の人は、治療費の三割が自己負担になる。負担が重くなり過ぎないようにする「高額療養費制度」もあるが、生活保護受給者の青葉容疑者の治療費は全額保護費で賄われる。逮捕後の治療費は警察の負担となる。 
 保護費の四分の三を国、残りを受給者が居住する都道府県や市町村が負担する。生活保護法は、資力があるのに保護を申請するなど不正があれば行政が返還請求できるとしているが、事件の容疑者となった場合の規定はない。厚労省の担当者は「他の制度で手当てできない以上、保護の対象になる」としている。 
 
 ◎上記事は[東京新聞]からの転載・引用です


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