イスラエル建国 難民の「ナクバ(=大惨事)」から70年 2018/5/14

2018-05-14 | 国際

イスラエル建国、難民の「ナクバ(=大惨事)」から70年 私はパレスチナ人でありたい
 2018年5月14日 朝刊

   
   エジプト北部シャルキーヤで、「美しい景色が忘れられない」とパレスチナに思いをはせるシャンマさん
 イスラエルは十四日、建国から七十年を迎える。それは多数のパレスチナ人にとっては、故郷を追われ難民化した「ナクバ(大惨事)」の七十年でもある。エジプト北部シャルキーヤ県には、歴史に翻弄(ほんろう)されたパレスチナ難民の村がある。「夢がかなうなら、故郷に戻りたい」。難民は帰還の夢を抱き続けている。 (シャルキーヤ県で、奥田哲平、写真も)
 首都カイロから車で三時間余りの農村地帯にあるファデル村。一九四八年当時、ベエルシェバ(現在のイスラエル南部)から逃れた約百人がたどり着いた。いまだに泥や赤れんが造りの粗末な家屋が貧しい生活ぶりをうかがわせる。
 「戦闘機が飛び回って近くの集落を爆撃し、炎が上がるのが見えた」。シャンマさん(82)は第一次中東戦争勃発当時の混乱を覚えている。顔にはオリーブの木を描いた入れ墨。パレスチナの証しだ。
 野宿生活を続ける逃避行で、病弱だった母が亡くなり、埋めた。一カ月ほどでエジプトにたどり着いた。パレスチナで有力部族の一員だった生活は一転。初めはテント生活を送り、農家の手伝いをしてためた金で家を建てた。父はマンゴーを食べては種をかばんに詰めた。いつかパレスチナの地に植えたいとの願いからだ。

  

 村の人口は現在五千人。子どもの半数は学校に通っていない状況が、不安定な立場を物語る。住民は国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に登録されず、支援を受けていない。五二年のエジプト革命でナセル大統領のアラブ民族主義が高まり、難民と認めなくともパレスチナ人を手厚く保護したからだ。
 しかし、エジプトは七九年にイスラエルと平和条約を結び、難民の存在はしだいに忘れられていった。一時旅券は取得できるものの、エジプト人なら無料の大学進学は授業料が必要で、貧困家庭への食料支給も受けられない。それでもエジプトに同化せざるを得ないため、パレスチナ人としてのアイデンティティー喪失という深刻な問題が横たわる。
 「エジプトは第二の故郷。でも、自分たちの伝統文化を忘れたくはない」とアイド・ナムリ村長(51)。村の文化センターには故アラファト・パレスチナ解放機構(PLO)前議長の写真が掲げられ、子どもには国歌や歴史を教える。同じ難民と結婚し、子ども八人を育て上げたシャンマさんは「娘にはパレスチナ料理や刺しゅうの方法を伝えた。私の帰還の夢はかなわないかもしれないが、せめて受け継いでほしい」と話し、ナクバへの思いをかみしめた。
<パレスチナ難民> イスラエルの建国宣言により起きた第1次中東戦争を機に、ヨルダンやレバノンなど周辺国に70万人が逃れた。現在は子孫を含む500万人以上とされ、UNRWAが58カ所の難民キャンプで福祉教育支援を行う。国連決議では難民の帰還権が認められているが、イスラエルはアラブ系住民が増えればユダヤ人国家の存亡に関わるため、一貫して拒否する。中東和平交渉の論点の一つ。

 ◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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【社説】イスラエル建国70年 パレスチナを忘れるな
 2018年5月14日
 イスラエルが十四日、建国七十年を迎える。同国びいきを強める米国はエルサレムを首都と認め大使館を移す。パレスチナの悲惨を忘れていいのか。
 パレスチナ自治区ガザでは三月末以来、毎週金曜、デモが続く。イスラエルによる占領反対と難民帰還を訴えている。イスラエル軍は銃撃し、パレスチナ人犠牲者は四十人を超えた。それでもデモは十五日まで続ける。
 七十年前、イスラエルが独立宣言した日の翌日をパレスチナ人は「ナクバ(大惨事)の日」と呼び、心に刻む。イスラエル建国で多くのパレスチナ人が難民となってしまった日だ。
*建国時から火種
 犠牲者は増え続けるのに、事件が大きく報じられることはない。冷淡なままでいいのだろうか。
 アラブ国家建国を約束する一方で、ユダヤ人にパレスチナへの建国を認めた英国の二枚舌外交がきっかけだった。欧州で迫害され移住したユダヤ人らは一九四八年五月十四日、イスラエル建国を宣言したが、当初から矛盾と火種を抱えていた。
 アラブ諸国は四回にわたる中東戦争でイスラエルと戦ったが、逆に占領地を増やしたイスラエルの優勢は進んだ。
 武器を持つイスラエル軍に、パレスチナ人は石を投げて抵抗したが、暴力の応酬と呼ぶには、圧倒的な力の差があった。
*平和共存のチャンスはあった。
 イスラエル、パレスチナ双方が一九九三年、テーブルに着き、ヨルダン川西岸とガザに五年間の暫定自治を認めることで合意した。オスロ合意である。
 しかし、それはイスラエル側の挑発などにより、両者の騒乱へと発展、和平プロセスは崩壊状態となっている。
*広がる絶望感
 イスラエルではネタニヤフ首相らの右派政権が続き、パレスチナへの強硬姿勢は強まるばかりだ。
 ヨルダン川西岸地区では、国連決議を無視する形でユダヤ人による入植が進み、すでに約四十万人のユダヤ人が住む。パレスチナ人住民は分断され、自由な往来もままならない。
 イスラム組織ハマスが実効支配するガザはイスラエルとエジプトによって国境が封鎖され、水道水の汚染や食料不足などが深刻化、若者の失業率は60%に上る。
 パレスチナには絶望感が広がる。ガザでのアンケートでは約八割が自治政府への不信を訴え、45%が「チャンスがあれば外国に移住したい」と答えた。
 窮状に追い打ちをかけるトランプ米大統領の決定だった。
 エルサレムをイスラエルの首都と認定し、建国記念日の十四日にもテルアビブにある大使館を移転する。トランプ氏の支持基盤である、米国内のキリスト教福音派への受けを狙ったものだが、国家独立後、東エルサレムを将来の首都にしたいというパレスチナの希望を踏みにじったものだ。米国による公平な仲介は不可能になった。
 シリア問題や過激派組織「イスラム国」(IS)掃討が優先課題となり、中東情勢も大きく変わっている。イランとの対立が激化するサウジアラビアはイスラエルに接近。「アラブの大義」であったはずのパレスチナ問題の影は薄くなるばかりだ。
 パレスチナ問題の遠因を作り責任を負うはずの欧州諸国も及び腰だ。ホロコーストを起こしたドイツはイスラエル批判を控える。独誌シュピーゲルのコラムは、イスラエル軍によるガザ攻撃を「武器密輸のためのトンネルを破壊した」と正当化した独メディアの報道を引き合いに「われわれはイスラエル化している」と指摘した。
 パレスチナを今月訪問した安倍晋三首相は、一千万ドル(約十一億円)の食料支援を表明し、エルサレムへの大使館移転は考えていないと説明した。この問題ではトランプ氏と一線を画す姿勢は評価したいが、解決策としての「二国家共存」を繰り返すにとどまった。
 現状を見れば、オスロ合意の再生が困難なのは確かだが、パレスチナの悲惨を放置したままでは中東の安定もあり得ない。国際社会の関心の高まりと、諦めない取り組みを求めたい。
 パレスチナの人道危機を和らげるため、さらにできることはないか考えたい。
*ユダヤ人社会も批判
 イスラエル出身のアカデミー賞女優、ナタリー・ポートマンさんは「最近の出来事に心を痛めている」として、ユダヤ人社会に貢献した人物に贈るジェネシス賞授賞式出席を辞退した。
 米国のユダヤ人社会からも、イスラエルの強硬な振る舞いへの批判が相次いでいる。トランプ氏とは違う米国を含めた、国際社会の良識と連携したい。

 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です
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きょうエルサレムへ米大使館移転 2018.5.14 高まる大規模衝突の懸念
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