役所が虐待と決めつけた86歳女性が連れ去られるまで  成年後見制度の深い闇⑭ 「この現状はおかしい」という声を行政・司法はいつまで無視できるだろうか

2017-12-18 | Life 死と隣合わせ

2017/12/11
役所が虐待と決めつけた86歳女性が連れ去られるまで  成年後見制度の深い闇 第14回
 長谷川 学 ジャーナリスト

「えっ、あなた私を虐待してるの?」
三女・光代さん「私、お母さんのこと虐待してるってずっと言われてたし」
母・晶子さん「えっ、虐待してるって?(注・当惑して)……あなた、虐待したことあるの?」
三女・光代さん「知らないよ(笑)。私はないと思うけど」
母・晶子さん「私、虐待してるとは思わないよ?(光代は私の介護を)一生懸命やっている」

 これは自分の知らないうちに成年後見人(弁護士2名)をつけられ、財産権を奪われた東京・目黒区在住の澤田晶子さん(86歳・仮名)と、三女の光代さん(50歳・仮名)の会話である。
 この母娘を襲った理不尽すぎる状況について、私はこのところ連続して取り上げてきたのだが、あらためて彼女たちの状況を簡単にご説明したい。
 次の動画は、母・晶子さんが、勝手に後見人をつけられたことへのやり場のない憤りを切々と語ったものだ。見ているこちらもつらくなってくる映像だが、ぜひ一度ご覧いただきたい。YouTubeでは右のURLになる(https://youtu.be/pdbaCp7m0ZA)。
 三女の光代さんは、両親を在宅介護するため、仕事を辞めた。結婚して別世帯に暮らす二人の姉は、当初から「介護が必要になったら施設に入れるべき」と主張していたが、両親も在宅介護を強く望んだため、渋々同意していた。
 不幸な家族内での意見対立の芽が、一家の中にはあったと言っていい。
 2016年暮れに父親が大動脈瘤破裂で急死したのを受け、長女は「実家で三女・光代さんと暮らしたい」という母・晶子さんの意向を無視して、晶子さん本人にも、三女・光代さんにも相談することもなく、東京家庭裁判所に母・晶子さんに後見人をつけたいと勝手に申し立ててしまった。
 繰り返すが、ここまでは家族間のトラブルだったとみてよいだろう。
 ところが、である。東京家裁は2017年2月21日、母・晶子さんの状況を調査することもなく、また法に定められた精神鑑定や陳述を聞く機会を設けることもせず、後見人をつける審判(後見開始の審判)を出してしまった。
 母・晶子さん本人も、同居して世話を続けてきた三女・光代さんも、そんな審判が行われていることすら、知らなかったのである。
 この後見開始の審判は、3月9日に正式に確定した。晶子さん・光代さん母娘がそのことを知ったのは3月27日になってからだ。後見人に選任された弁護士から、唐突に就任挨拶を受けたのがきっかけだった。
 この一連の経緯は、裁判所が本来必要な手続きを次々とスキップして、手早く後見審判を済ませてしまおうとする「手続き飛ばし」という根深い問題と、成年後見制度の「制度欠陥」といってもいい抜け穴の存在を示している。
 この「手続き飛ばし」については、こちらの記事で詳述したので、ぜひご一読いただきたい。現代ビジネス<86歳女性に勝手に後見人をつけて連れ去った冷酷な裁判所>http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53606
 おかしいのは裁判所だけではなかった
 冒頭のやり取りは、3月28日夜、勝手に後見人をつけられたことを知って涙する母・晶子さんの様子である。
 晶子さんは、長女や家裁が、自分の意見すら聞かずに、頭越しに後見人をつけたことに「裁判所がなんで、ねえ? 片方だけ(の意見)しか聞かないで。私のことも何も聞かないで、そういう勝手なことしたかね?」と涙ながらに話していた。
 だが、今回お伝えしたい出来事が起きたのは、この半年後のことだ。
 9月21日、母・晶子さんは三女・光代さんの前から忽然と姿を消してしまう。
 なんと、成年後見人である弁護士2名と、親族間のトラブルで意見の対立している長女・次女が、三女・光代さんの知らないうちに、母・晶子さんをどこかに連れ去ってしまったのである。
 そして、その「連れ去り」を支援したのが、晶子さん・光代さん母娘が住む、東京・目黒区の区役所だったのだ。
 なぜ、役所は「後見人など必要なく、自分は三女と生活したい」と涙ながらに訴えてきた86歳の女性を連れ去るお膳立てに協力したのか。連れ去りの具体的な経緯を見てみよう。
 冒頭の映像にも収録されていたように、三女・光代さんによると、長女と次女は「光代さんが母親を虐待している」と主張、そのことを後見人や目黒区にも伝えているようだったという。
 だが一方で、動画を見れば明らかなように、母・晶子さんは自分が虐待を受けていると言われたことについて、驚き、戸惑っていた。
 しかし、裁判所同様、母・晶子さんの状況を詳しく調査したわけでもない後見人と目黒区は、虐待という話をあたまから信じてしまったのだと考えられる。
 問題の9月12日。母・晶子さんは自宅から、いつも通っているデイサービスに出かけた。デイサービスの職員は、その日の模様を次のように説明している(筆者は三女・光代さんが聞き取りをしたデイサービス職員の証言音声を確認した)。
 この日の朝、デイサービスの事務所には一本の電話がかかってきた。
 発信者は、目黒区役所・高齢福祉課の職員だった。用件のようなものだ。
 「(本日)そちらに、後見人と姉二人(晶子さんの長女・次女)が行くので、母親と面会させてほしい。これは区からの要望なので拒否しないでほしい。また三女には、このことを伝えないでほしい」
 このあと、念を押すように、同様の内容の電話が再びかかってきたという。計2回も区役所が事前連絡をしてきたわけだ。
■家族間のトラブルに調査もせず肩入れする役所
 実は、このデイサービスの職員は、母・晶子さんの生活を巡って、娘たちの間に対立があることを知っていた。また、長女・次女が、三女・光代さんが母親を「虐待している」と主張していることも聞き知っていたという。
 しかし、実際に日々の生活をまじかに見ているこのデイサービス職員は、暮らしぶりや母・晶子さんと三女・光代さんの様子をよく知っていたために、「虐待などない」と判断していた。
 トラブルを抱えた家族の、一方の側が施設に押しかけてくるのでは、母・晶子さんを預かっている身としては困ってしまう。
 デイサービスの職員は区役所の担当者に対して、「母親とは自宅でも会えるのだから、ここではなく自宅で会うようにしてほしい」「そういう場に使われるのは困る」と抵抗した。
 だが、これは「区役所から」のことなのだと念を押す相手の要請を、無下にも断れなかった。
 こうして、この日、後見人弁護士2名と長女・次女が施設を訪れた。そして、彼らとともにデイサービスを出た母・晶子さんは、長年暮らしてきた自宅に一度も立ち寄ることもないまま、同居してきた三女・光代さんの前から、完全に姿を消してしまったのである。
 以来、トラブルを抱えた長女・次女からはもちろん、本来、母・晶子さんの財産権だけを預かっているはずの後見人弁護士からも、目黒区役所からも、三女・光代さんが納得できる説明のないまま、時間だけが過ぎている。
 すでに3ヵ月、三女・光代さんは、突然、連れ去れらた母親の居場所を探し求める日々を送っているのである。
■あとは「後見人に聞いてください」
 いったいなぜ、どのような判断を重ねた結果、このような事態に至ったのか。私は、目黒区健康福祉部・高齢福祉課長の田辺俊子氏に電話で話を聞いた。以下が、そのときのインタビューの結果である。
――澤田晶子さんの件ですが、区は、三女の光代さんが母親の晶子さんを虐待していると判断しているのですか?
田辺課長「プライバシーの関係があり、区としてはお答えできません」
――区は、澤田晶子さんの居場所を知っていると思いますが、なぜ、それを三女に教えないのですか?
田辺課長「一般論として、虐待を受けていて(自宅から)他に移ると、区としては(移った先を虐待が疑われる家族に)教えることができません」
――澤田晶子さんには後見人がついています。区は後見人と連絡を取り合っているのですか?
田辺課長「後見人とは連絡を取り合っています。しかし(このケースでは)区が(母親の晶子さんを)保護したり、匿っているわけではありません。後見人がついているので後見人と話してください」
 あくまで、区が虐待の疑いに対して積極的に対処した事案ではなく、後見人と家族の判断によるものだとして、区の関与の詳細や責任の所在は明確にしようとしなかった。
 しかし、デイサービスの職員が証言しているように、当日の朝、「これは区からの要望なので拒否しないでほしい」と念を押し、2回も電話してきたのは、まぎれもない区の職員なのである。
 連れ去りの舞台回しまでしておいて、あとは「後見人に聞いてください」で済ませられる問題だろうか。
 なぜ、彼らは独善的になってしまうのか
 私はこれまで、成年後見人の制度的問題や、行政・司法の抱える矛盾について、具体的な事例をもとに、このままでよいのかという疑問を世に問うてきた。
 記事にできたのは、いま全国で起きている成年後見制度を巡るトラブルの中では、ごくわずかな例に過ぎない。だがその中ですでに、今回の「連れ去り問題」と非常に密接にかかわる事例が、2件あった。
 ひとつは、「目黒区役所高齢福祉課」というキーワードである。
 現代ビジネスでは、次の2記事で取り上げた事案でも、目黒区の対応が問題になった。
●「突然失踪、財産も消滅…91歳女性が語る「お家は役所に取られたの」」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53004
●「91歳おばあちゃんの『失踪・財産消滅事件』戦慄の真相」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53096
 そこでは、知人男性に騙され、資産を奪われていた91歳の女性を、区役所が「一時保護」し、成年後見人をつけた上で、知人・友人にも連絡を取らせずに高齢者福祉施設に入れていた。
 そして、後見人は91歳の女性が所有していた空き家不動産を突然、売却。女性の行方を探していた友人たちを驚かせる結果となった。
 目黒区としては、積極的に高齢者の保護に取り組もうという方針を持っているのかもしれない。だが、そのやり方には問題が多いと言わざるを得ない。高齢者本人や家族の意向を丁寧に聞き取ることもせず、独善的にことを進めているのではないか。
 そして、その独善的な行政の行動を正当化し、あるいは行政にとって都合よく便利に物事を動かす「道具」として、成年後見制度が機能してしまっている。
 これは、後見を受ける本人のためになることを目指した、制度本来の目的とはかけ離れたものだ。
 行政・司法の「病」は全国に蔓延している
 さらに、こうした行政・司法の独善性は、特定の役所だけでなく、全国に蔓延している「病」であるということは、別の事例からも感じ取れる。
 それが2点目、過去には以下の記事でご紹介した、三重・桑名市の例だ。
●「悪夢のような成年後見制度」役所を訴えた、ある娘の告白(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53160
●まるで生き地獄…「家族が死んでも面会させない」後見人の驚愕実態(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53284
 このケースでも、自宅で母親と同居している次女が、母親を虐待していると桑名市の職員が決めつけ、市職員が直接、デイサービスを利用中の母親を連れ去り、「一時保護」を名目として施設に閉じ込めた。
 そればかりか、家族にも本人にも同意も得ることなく、市役所から津家裁に母親への後見開始の審判を求め、津家裁は「母親には認知症があり後見が必要だ」という役所の主張を丸飲みして、後見人をつけてしまった。
 この桑名市の例では、その後、家族からの即時抗告を受けた名古屋高裁が、津家裁の審判には「手続きに違法がある」と断じてこれを取り消し、母親の後見人は外れることとなった。
 役所から一方的に「認知症で判断能力がない」と言われた、その当人である母親は11月12日、私の電話取材に応じて、理路整然とこう話してくれた。
 「本当につらい毎日でした。桑名市役所と後見人、家庭裁判所に『私の人生を返して』と言いたいです。
 (一連の騒動の間は)つらかったですよ……。娘は、この一件のせいで職を失いましたしね。
 娘は、私のいる施設に面会に来ることもNGでした。私は施設から自宅に帰りたくて、職員に『帰してくれ』『タクシーを呼んでくれ』といつも言っていたけど無視されました。(施設に閉じ込められた期間の)私の人生を返してほしいです」
 そして、この女性は、桑名市が「連れ去り」を正当化した「虐待の疑い」についてもキッパリとこう言ったのである。
 「娘が虐待したことは一切ありません。私は、この自宅で、娘と暮らしていることが一番の幸せなんです」
 「この状況はおかしい」と国民が声をあげるしかない
 この桑名市のケースでは、11月6日、母親と娘二人が、桑名市と国を相手取り、津家庭裁判所に損害賠償請求訴訟を起こしている。成年後見制度を巡る自治体への損害賠償請求訴訟としては、全国初のものだ。
 桑名市から不当な虐待の濡れ衣を着せられた次女は、私の取材にこう話している。
 「一時保護や後見申し立てをした行政側の方々は、どなたも母と私、そして家族に、介護の実際の状況を聞くことをしませんでした。
 私たちの生活のことを何も知らないまま、勝手な思い込みによる誤った情報をもとに、母を連れ去り、後見人までつけてしまったのです。
 (行政の対応はどこも同じようなものなのかと)姉が住んでいる別の市の老人福祉課の担当者に経緯を話したところ、『桑名市の対応は異常だ』と驚いていました」
 成年後見制度については、その運用が適切に行われているかチェックする第三者機関もない。
 だが制度の旗振り役である司法は、積極的な制度の利用を推進。行政は今回の虐待の疑いへの対応や、いわゆる「空き家問題」など、認知症の高齢者がかかわる問題に対処するための「便利なツール」としての活用法を検討しつづけている。
 私は、何も高齢者を守るための制度が不要だと言っているのではない。
 認知症のお年寄りが判断能力を失い、財産を誰かに騙し取られたり、意図せず失ってしまう危険性があることは、厳然たる事実だ。
 さらには、世の中には実際に家族から虐待を受け、苦しんでいるお年寄りも存在するだろう。
 だが、行政・司法が、法や制度の抜け穴をみずから利用するような方法で、独善的な運用を行ってしまっている現状は、明らかにおかしい。
 行政・司法には、成年後見制度に関して、市民オンブズマンのような第三者機関がチェックする仕組みを作ることを積極的に議論する様子は見られない。
 行政・司法にかかわる人々は、社会のヒエラルキーでは、一種のエリート層に属すると言っていい。だが、だからといって間違いをおかさないわけではない。
 自分自身の仕事をチェックする仕組みを取り入れることは、間違いを予防することにも通じ、彼ら自身の職務のためになる試みであるはずだ。もっと前向きに議論してよいのではないか。
 世間では、専門職後見人として後見人業務を「食つなぐ方法」と見るような悪質な弁護士や司法書士の実例も続発している。
 それでもなお、こうした対応が続くなら、苦しい道のりではあっても、トラブルに巻き込まれた国民の側が、桑名市の例のように裁判などを通じて巨大な国家権力、専門職の職能団体と対決していく他、ないのかもしれない。
 よく日本人は、何事も「お上のすることだから」とあきらめて、声を上げない国民性だと言われる。しかし、いくらなんでも我慢の限界というものがあるだろう。
 高齢化が進み、成年後見制度の深い闇にからめとられる高齢者やその家族は、今後、急激に増加していく。それにつれて高まるはずの、「この現状はおかしい」という声を、行政・司法はいつまで無視できるだろうか。
 「私の人生を返してほしい」――。こうした声に、行政・司法は真摯に向き合うことが求められている。

 ◎上記事は[現代ビジネス]からの転載・引用です
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86歳女性に勝手に後見人をつけて連れ去った冷酷な裁判所 成年後見制度の深い闇⑬ 2017/11/26
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