2019年5月14日 朝刊
過酷な多胎育児、減刑求め1万人嘆願書 愛知の虐待死実刑
愛知県豊田市で昨年一月、生後十一カ月の三つ子の次男を暴行し死なせたとして、傷害致死罪に問われた松下園理(えり)被告(30)に対して、名古屋地裁岡崎支部が懲役三年六月の実刑判決を出した裁判員裁判を巡り、双子や三つ子などを育てる多胎家庭の支援団体が十三日、減刑と執行猶予を求める嘆願書を名古屋高裁に提出した。署名は一万一千二百八十六人分に上り「多胎育児への理解がない」と訴えている。
提出したのは、この裁判を傍聴してきた「日本多胎支援協会」(神戸市)。同協会は実刑判決を「多胎育児の過酷さと支援制度の不備を正しく評価していない」と批判。「同様の事件を予防するために、育児の実態や支援制度の問題点などを十分考慮した裁判を求める」などとして、三月十五日の判決後から嘆願書の署名活動を始めた。
全国の支援団体などを通じ、多胎家庭を中心に署名が集まった。三つ子や双子の子育ての苦しさを吐露する声や、行政の支援不足を指摘するメッセージなども寄せられた。
この日、同協会の支援団体の一つ「ぎふ多胎ネット」(岐阜県多治見市)のメンバー四人が名古屋高裁を訪れ、箱に入り束となった嘆願書を提出。理事長の糸井川誠子さん(59)は「予想以上の署名数に驚いた。過酷で孤独な子育て環境に共感し、それを変えることに期待する声だと思う」と話した。
一方、こうした動きに反対の声も上がっている。ネットによる署名サイトでは「実刑判決は妥当という意見を示そう」という呼び掛けがあり、三百四十人以上の賛同を集めている。
父親からの虐待経験のある名古屋市の女性(20)は「泣くことしかできない赤ちゃんをケアするのが親だ」と主張。幼少期から父親に殴られ、包丁で顔を傷つけられた。父親は傷害罪で起訴されたが、体にはやけどの痕が残り、時に暴力的になる自分に苦しむ。「理由次第で虐待が許されるという社会の流れになるのはすごく嫌だ」と訴える。
■高いリスク、支援も不足
愛知県豊田市の事件が注目される背景に、多胎育児家庭の過酷な育児環境がある。「おかしくなりそうな時はあった」と話すのは、東海地方で三つ子を育てる女性(29)。産後の数カ月は夜中に交互に泣く三つ子をあやし続け、授乳しながら朝を迎えた。細切れの睡眠時間は一日合計一~二時間。一人が泣くと、他の子がつられて泣き始め「うるさい」と叫んだことも。自治体の有償ボランティアを利用するが経済負担は重い。
大阪市立大の横山美江教授(公衆衛生看護学)は、一歳半健診の母子約一万八千組と児童虐待相談を分析。多胎家庭の虐待発生率は単胎より13ポイント以上高い16・46%。多胎は低体重で生まれる子が多く、吸う力が弱いため授乳時間が長くなり、睡眠時間が削られる傾向がある。母親の平均睡眠時間は双子は単胎より四十六分短く、ゼロ歳児の双子と三つ子を比べた場合、三つ子は三十七分短く、平均五時間二十八分だった。
不妊治療が広がった一九八〇年代後半から多胎児の出生割合は高まり、全出生数に占める割合は八〇年が1・21%だったが二〇一七年は2・01%。「日本多胎支援協会」によると、多胎向けサービスを行う自治体は、タクシー料金を一部負担する東京都荒川区や佐賀県、ホームヘルパー派遣の大津市など。
横山教授は「全ての多胎家庭で虐待リスクが高いわけではない。低体重や母親の健康悪化などリスク要因を複数抱えがちなのが問題」と強調。「親の支援が虐待を防ぎ、子どもを救うことにつながる」と話した。(今村節、鎌田旭昇)
<豊田の虐待死事件> 愛知県豊田市内の自宅マンションで2018年1月、生後11カ月の次男を畳に投げ落とし死なせたとして、三つ子の母親松下園理被告が傷害致死罪に問われた。3月15日、名古屋地裁岡崎支部の裁判員裁判では「うつ病が犯行に及ぼした影響は限定的。行政などの対応に非難の程度を軽減できる事情は認められない」などとして、被告に懲役3年6月(求刑懲役6年)の実刑判決を下した。被告側が名古屋高裁に控訴し、7月2日に控訴審が開かれる。
◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です