元厚生次官ら連続殺傷事件〈小泉毅被告〉判決 死刑 さいたま地裁 2010.3.30

2010-03-31 | 死刑/重刑/生命犯

元厚生次官ら連続殺傷事件〈小泉毅被告〉判決要旨 さいたま地裁
産経ニュース2010.3.30 18:23

 【主文
 被告を死刑に処する
 【犯罪事実
 (1)元厚生次官である山口剛彦さんや吉原健二さん、さらにはその殺害の妨げになるなどした場合には、家族らも殺害しようと計画し、平成20年11月17日午後7時ごろ、さいたま市南区の山口さん方で山口さんと妻、美知子さんの胸部を包丁で複数回突き刺し殺害。翌18日午後6時半ごろ、東京都中野区の吉原さん方で、吉原さんの妻、靖子さんの胸を包丁で数回突き刺して殺害しようとし、全治3カ月の重傷を負わせた。
 (2)元社会保険庁長官で元最高裁判所判事の横尾和子さんならびに、その殺害の妨げになるなどした場合にはその家族も殺害しようと計画し、国会図書館で住所などを調べ、刃物10本を積んだ車で横尾さん方近くの駐車場まで行くなどした。
 【弁護人の主張に対する判断など
 弁護人は、小泉被告が実行行為の途中で吉原靖子さんの命ごいにあって逡巡(しゅんじゅん)し、結果としてとどめを刺すことを止めたとして、「中止犯」が成立すると主張する。
 関係証拠によれば、小泉被告は靖子さんに対して重篤な傷害を負わせ、生命侵害の高い危険性を生じさせたことが認められる。
 靖子さんの胸部には5カ所の刺創が認められる。そのうちの1つは傷口の長さ約3センチ強、深さが少なくとも約10センチ以上で二股に分かれている。一方は軟骨を切断して胸腔内に達して、心膜をかすめ左肺に刺さっており、他方は肋骨にあたり、かろうじて心膜までで止まっていた。医師によれば、刺創が心膜内部に達しなかったのは奇跡であり、極めて危険な刺し傷である。
 横隔膜の運動を規律する神経が切断され、靖子さんの胸腔内には血液の約30%に相当する出血があり、治療を施されなければ、近いうちに失血死していた。
 以上のような負傷状況や、その生命侵害の高度な危険性からすれば、小泉被告が「犯罪を中止した」というためには、さらなる実行行為を伴わないという不作為にとどまらず、既遂結果が発生しないよう、積極的な防止措置を講じることが必要になるが、そうした措置は全く行われてない。
 小泉被告は捜査段階や当公判廷で、実行行為の最中に靖子さんに命ごいをされて混乱して逡巡した、あるいは玄関ドアから逃げようとする靖子さんに追いついて肩をつかんだ際も逡巡があり、とどめは刺さなかったと述べているが、実行行為に着手して結果発生の重大な危険を生じさせた後、単にとどめを刺さないことは中止犯とはいわない。
 このことから弁護人の主張は採用できない。
 また、弁護人は、小泉被告は各犯行時、妄想性傷害に罹患していた疑いが濃厚であり、心神喪失または心神耗弱の状態にあったと主張しているので、この点についても検討する。
 小泉被告は平成19年7月下旬ごろから本格的に襲撃対象の選定に入り、犯行直前まで厚生省名鑑や住宅地図などでその住所を調べ、実際に下見をした。
 そして、自宅との距離などを検討し、短い時間で最も多くの厚生事務次官経験者を殺害できるように対象者などを検討。最終的に、初日は自宅に最も近い山口元次官宅を襲撃して殺害し、強盗による犯行と装うこと、2日目は各対象者の家が近接している吉原元次官ら2人の元次官宅を順次襲撃して各人らを殺害すること、元次官宅への警戒が強まる3日目は、横尾和子元社会保険庁長官を襲撃することを計画した。
 小泉被告は宅配便の配達員を装って襲撃することを思いつき、人目につかないよう暗くなってから襲撃するため、さいたま市の日没時間を調べるなどして、元次官が在宅していそうな時期を選び、計画を立てた。
 小泉被告は、刃物合計10本やアイスピック1本を凶器として用意。衣類を巻き付けた腹筋台で切れ味を試し、最も刺さり具合のいい包丁を犯行に使用することに決め、グリップに滑り止めの包帯を巻くなどして加工した。
 段ボールや着衣など宅配便の配達員を装うための道具も購入した。
 そして、平成20年11月上旬から中旬ごろまでの間、段ボールを組み立て、隠し入れた包丁を取り出すための穴を開け、宅配便伝票用紙の「お届け先」欄に襲撃予定の4人の氏名や住所を記入。送り主を「日本赤十字社本社企画広報室」などと記載して、段ボールに張り付けるなどした。
 犯行後はすべての証拠品を持参して警察に出頭することも計画し、身の回りの物を処分した。
 以上のように、小泉被告は長期間にわたり、周到かつ綿密に犯行の計画を立て、その計画の下に準備を行ったことが認められる。
 小泉被告は計画および準備に従って各犯行を行ったが、横尾さんの警備がかたくなり、襲撃が困難となったため、計画を断念せざるを得なくなり、横尾さんに対する殺人は予備にとどめた。
 小泉被告は、山口剛彦さんを殺害した際、その体の一部がドアの外からはみ出しているのを見ると、犯行がすぐに発覚しないよう、その体を玄関内に引きずり入れた。翌日以降の犯行を容易にするため、初日の犯行を強盗の仕業に見せかけるとの計画どおり、食器棚などの引き出しを開け、室内にあった財布内の現金を抜き取った。そして計画どおり脱いだ服や包丁などをリュックサックにしまうなどして逃走した。
 吉原靖子さんが大きな声を出して家の外に逃げたときは、それを聞き、「やばい」と思い逃走した。
 以上の行動は、いずれも、犯行の発覚を遅らせ、逃走を容易にするなど小泉被告が自らの行為の違法性を十分認識し、合理的に行動していたことの現われである。
 小泉被告は、中学・高校を卒業した後、国立大学理工学部に入学。大学中退後、複数のコンピューター関連会社などで勤務したり、株取引をして暮らすなど、普段の生活状況において、精神疾患を疑わせるような事情はみられない。
 捜査段階や当公判廷で、各犯行状況について、一部分に記憶の曖味さがあるとはいえ、そのほとんどを具体的かつ詳細に供述しており、大きな記憶の欠損もみられない。精神疾患が疑われるような事情はみられない。
 小泉被告は事件の動機について、捜査段階から一貫して「34年前に行方不明になった愛犬チロのあだ討ちで歴代厚生事務次官を殺害することとなった」「横尾和子については、どうせ死刑になるから一番腹の立つ奴を殺してやろうと思った」などと述べている。
 動機は、これを聞いた被害者や遺族らが納得できないと供述するのも無理からぬところではある。しかし、小泉被告の語る「愛犬チロが狂犬病予防法による殺処分にあったので、子供心にあだ討ちをしてやろうと思った。狂犬病予防法を所管しているのは厚生省で、その実質的トップの元厚生事務次官を殺す」という論理自体は、特段の飛躍はみられず、了解は可能。刑事責任能力に問題をきたものではない。
 捜査段階で、小泉被告の精神鑑定を行った獨協医科大学越谷病院精神科、井原裕医師も、当公判廷で、被告は今回強い思いこみに従って事件を起こしたが、妄想性障害を疑う必要はなく、精神疾患に罹患していないと述べている。
 弁護人は、井原鑑定が不完全なものであったと主張するが、精神鑑定の鑑定人として十分な資質を備えており、公判における小泉被告とのやりとりを含むその証言内容からしても、診断や結論について疑う余地はない。
 小泉被告は犯行当時、行為の是非善悪を弁識し、その弁識に従って行動する能力を欠いていたり、その能力が著しく減退した状態にあったとは到底認められず、完全責任能力を有していたことは明らかだ。弁護人の主張は採用できない。
 小泉被告は当公判廷において、「私が殺したのは、人ではなく、心の中が邪悪な『マモノ』である」などと述べ、無罪を主張しているが、小泉被告独自の見解であって、採用の限りではない。
 【量刑の理由
 小泉被告は、長期間かけて下調べをし、襲撃対象者を確実に効率的に殺害するため、その対象者の選別に始まって日時や場所、方法、凶器、逃走方法に至るまで念入りに計画を立て、準備した上で犯行に及んだ。
 殺害された山口剛彦さんは、厚生事務次官を最後に厚生省を退職し、その後、独立行政法人などに勤務し、平成20年3月、仕事の一線を引いた。妻である美知子さんは、思いやりのある温和な人柄で、夫を支え、2人で息子たちを育て上げた。息子たちがそれぞれ独立し、同年2月には2人目の孫に恵まれ、夫婦でゆとりのある穏やかな老後を始めた矢先に凶行に遭った。その間、美知子さんが病に倒れたものの、約半年間の闘病生活を終え、本件直前ごろには夫婦2人で外出することができるようにまでなっていた。
 ようやく落ち着いた生活を送ろうという矢先に凶行により、最も安全であるはずの自宅の玄関で生命を絶たれた。その肉体的苦痛や無念、悲しみは察するに余りある。
 突如としてかけがえのない両親を失った遺族の悲嘆は大きい。子供らは両親が本当に「犬のあだ討ち」などという納得しがたい理由によって殺害されたのかとの強い疑念を持ち、やるせない怒りを抱き、苦悩を深めているなど、悲痛な思いは深刻である。遺族はそろって小泉被告の極刑を望んでいる。
 吉原靖子さんは、自宅の玄関で訳も分からぬまま繰り返し突き刺され、やっとの思いで逃げだし、幸い一命を取り留めた。被害後も日常生活に支障を来す後遺症に苦しみ続け、小泉被告に対して極刑を望むと証言している。靖子さんの夫で、小泉被告の本来の襲撃対象だった吉原健二さんも、身代わりとなった妻を思い、深く悲しみ、極刑を求める証言をしている。
 事件の中心的動機について小泉被告は「34年前に行方不明になった愛犬チロのあだ討ちで歴代厚生事務次官を殺害することを決意した」「横尾和子については、死刑になるから最後は一番腹の立つやつを殺してやろうと思った」などと述べている。
 愛犬のあだ討ちが真の動機であるとして、小泉被告が愛犬チロを家族の一員としてかわいがっていたにせよ、このような動機・目的が重大事件を起こすことを正当化できるはずもない。
 事件は、元厚生事務次官およびその家族らが連続して殺害、重傷を負わされた連続殺人・殺人未遂事件として社会に大きな衝撃を与えた。
 小泉被告は、靖子さんを殺害できなかったことで、襲撃計画の変更を余儀なくされたものの、横尾さん宅の襲撃をあきらめず、いったん自宅に戻っても犯行の機会をうかがっていた。
 その後、自らの行為を喧伝(けんでん)するかのようなメールをマスコミに送り、出頭を予告した上で、警視庁に出頭した。
 公判でも、小泉被告は行為の正当性を主張し続け、反省の色は見られない。被害者らを「1匹、2匹」と数えたり、「マモノ」であって人ではない、あるいは「ザコ」であると述べるなど被害者らを冒涜(ぼうとく)し、遺族や被害者、その家族らの思いを逆なでするようなことを平然と述べている。
 また、「34年間思い続けてきたことをやっと実現できて満足しています」「次に生まれ変わったら、もっと多くのマモノを殺したいと思います」と述べるなど、現段階でも元厚生事務次官らに対し殺意を持っていることを表明している。刑務所における矯正教育を受けて更生する意欲も見せていない。
 犯行の罪質や計画性、犯行態様の悪質性、重大かつ深刻な結果、その犯行動機が小泉被告が述べる通りだとしても、強く非難されなければならないこと、社会的影響の大きさや犯行後の情状などからすれば、犯行の評価としては、小泉被告の刑事責任は誠に重大で、罪刑の均衡、同種事件の抑止の点からしても、死刑選択はやむを得ないものといわざるを得ない。
 もっとも、死刑は国家によって個人の生命を奪う究極の峻厳(しゅんげん)な刑罰であり、慎重に適用すべきものであることは疑いがない。そこで、死刑を選択することが真にやむを得ないものかどうか、死刑を回避すべき特段の事情があるか、弁護人の主張も踏まえて検討する。
 自首減刑の主な根拠には、刑の裁量的減刑という恩典を与えることで、犯罪捜査や処罰を容易にするとともに無実の者の処罰の危険を避け、特異重大事犯の予備などについて犯行の着手を防止するという政策的理由がある。この捜査機関の負担の軽減という観点からすれば、形式的には小泉被告の行為は、まさに捜査および処罰を容易にしたものとも言い得る。
 しかし、当初から犯罪遂行の上、自首することが計画されていた場合、捜査機関の負担軽減に寄与したと評価し、減刑理由とするのはあまりに形式的だ。たとえ捜査機関の負担が軽減することがあるとしても、そもそも犯罪行為に及ばなければ無用な社会不安や無用な捜査の必要性も生じない。自首減刑を認めるべきではない。
 弁護人は、小泉被告が犬を家族同然にかわいがっており、犬のこととなると攻撃性が一瞬にしてなえてしまうこと、小泉被告が無理に「極悪非道」のふりをしていること、自ら親族に対する親愛の情を有していることなどの事情から、十分な人間性があり、これからの人生において、自らの行為がもたらした意味、すなわち突如として命を絶たれた者の悲しみ、残された遺族のやりきれなさに気付くはずだから、死刑選択の最後の一歩を踏みとどまらせるに足りる事情があると主張する。
 しかし、いかなる事件を起こした被告でも、およそ人である以上、人間性のない人間はいない。「死刑しかあり得ない」「出たらまたやる」などと述べ、刑務所における矯正教育を受けて更生する意欲をみじんも見せていない現段階においては、およそ矯正・更生の可能性はないといわざるを得ず、死刑選択を躊躇(ちゅうちょ)させる事情にはならない。
 小泉被告にさしたる前科が見あたらないこと、自首減刑すべきではないが多数の証拠を持参して警視庁に出頭したことなど、斟酌(しんしゃく)し得る事情もあるが、これらもまた、死刑を回避すべき事情とはならない。以上検討したように、罪責は誠に重大であって、死刑を回避すべき特段の事情も認めることができないから、極刑は真にやむを得ない。
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【元厚生次官ら連続殺傷事件 死刑判決の小泉被告が控訴
産経ニュース2010.3.30 16:56
 元厚生次官ら連続殺傷事件で殺人や殺人未遂などの罪に問われ、さいたま地裁(伝田喜久裁判長)で死刑判決を言い渡された無職、小泉毅被告(48)は30日午後、判決を不服として控訴した。

 ◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です


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