久田恵著『母のいる場所 シルバーヴィラ 向山物語』と久田美知歌集「翔ぶものは翔びたたしめて」

2006-09-22 | Life 死と隣合わせ

〈来栖の独白〉
 2年ほども前だったか、確かステファニー神父の葬儀のとき、久しぶりに正平委の仲間だったKさんに会って、その後彼女の妹久田恵さんのお書きになった『母のいる場所』(文芸春秋)とお母上の御本(歌集)をご恵送戴いた。そのときは歌集のみ拝見して、『母の・・・』は積読であった。最近になって読んでいる。
 久田さん(神奈川県)のお母上が有料老人ホームへ入居するに至る経緯。身につまされる。久田さんの場合はお母上が寝たきりで、まさに100パーセントの介護が必要であり、それを久田さんとお父上がなさった。久田さんは仕事を抱えて、である。10年以上その生活を続けて、どうにもならなくなって入所を決断したが、久田さんの兄上(名古屋)は、入所に不服だった。久田さんの息子さんも、了解しなかった。身内の賛同は得られていない。ただ一人、共に介護に努めたお父様のみ了解して、入所となった。
 私(名古屋)の場合は、どうだったか。私の母(岡山)は身体的には自在に動けるので、介護は必要としない。だが、認知症のため、独りの生活は無理になった。家事全般困難となり、家のリフォームや大型買い物に加え、小さな事件を起こした。ささやかだけれど母の名誉を守ってやりたい、と私は思った。母本人の決断と叔父の了解(保証人となってくれた)により、老人施設への入所となった。母が自在に動け、人とちょっとの間話をする分には異状を感じさせないため、入所を知った世間から、「あんなにしっかりしている先生を」と、一人娘である私への非難が少なからずあがった。
 これからの高齢化社会。お年寄りを抱えた家族の苦しみが解るのは、生活(苦しみ)を共にした者のみである。家族であっても、生活を共にしていない者には、理解などできぬ。まして、興味本位の世間様になど、わかりはしない。
 無理解が当事者にとっての一層の苦しみとなることは、どの分野においても同様である。
 久田恵という作家の繊細な神経、人間洞察、表現力も快い。またお母上の凛としたお歌も、心に強く響く。
紫陽花の暗き葉陰に蝸牛 生きるかぎりは殻を背負ひて
むきあへる獣の眼よりさびしきは 人間の持つことばといふもの
悔やむまじ たとへ冬野に吾ひとり 風が枯れ木の枝鳴らすとも
 こんな透徹した歌を詠う人が、失語症を患い、一言も発することが叶わなくなっての長い闘病生活であった。ご本人の苦しみは如何ばかりだったろう。そういうお母上を理解し介護なさった久田さんの苦しみ。人の苦しみは大きいが、私はそこに人間の尊さを感じないではいられない。いとおしまれるのである。
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花げし舎出版の本
久田美知歌集「翔ぶものは翔びたたしめて」1500円

    

翔ぶものは翔びたたしめて落日に翳せば薄しわがたなごごろ
 この歌集は、私の書いた「母のいる場所」の映画化を記念して出版した母、久田美知の遺稿歌集です。映画は現代家族におけるさまざまな課題を含んだ介護物語として好評を得ておりますが、その中では、六十四歳にて倒れて車椅子の生活となり、かつ重い失語症で言葉を失った母の心情を語るものとして、彼女の短歌が使われております。
 はた目には家族を守る平凡な専業主婦であった一人の女性、その胸の内にふつふつとわいてはこぼれおちてきたこれらの歌に共感を抱いてくださった方たちが少なくなく、母の歌集をここに編み多くの方に読んでいただきたく発刊した次第です。
悔やむまじたとえ冬野にわれひとり風が枯木の枝鳴らすとも
紫陽花のくらき葉陰に蝸牛生きるかぎりは殻を背負いて
「のびあがれど吾に届かぬ窓ありて風吹けば風の運びてくるもの」
 と詠った結婚から子育期に至る二、三十代、
「遠ざかるものいまさらに追ふなかれわが行く道の春の逃げ水」
 と詠った中年期の四、五十代、
「明日のわれ何なすべしや春泥にまぎれし銀の鍵さがしいて」
 と詠った晩年の六十代・・・・・
 女性の人生のステージごとに変容していくその思いは、娘の私自身がたどってきた、そしてたどるであろう思いとも重なります。とりわけ、子育て後、孤独の中で自分の人生を振り返る彼女の歌は次第に迫力を増し、これから迎える老いへの覚悟を迫られる思いが致します。
 本著は、「花げし舎」にてお頒けしております。 ご希望の方花げし舎にご注文ください。郵便振替用紙を同封の上、お送りいたします。
 
 ◎上記事の著作権は[花げし舎]に帰属しますします
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[リハビリ・介護を生きる 母がいた場所 ―久田恵] NHK ハートネット 2015年11月18日 
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老後の準備に追われるより 3年プランで今を生き切る 久田恵 2015-02-11 
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