国母騒動で気になったプロ選手にとっての五輪の価値 相沢光一(スポーツライター)
DIAMOND online 2010年02月23日
バンクーバーオリンピックで一躍有名になったのがスノーボード・ハーフパイプの国母和宏だ。当コラムでは競技力を注目したが、世間には「問題児」ぶりで時の人になってしまった。
現地入りする時の制服の着くずしに始まり、その後の言動が物議をかもした。会見での「反省してま~す」や競技後の報道陣の問いかけに対する横柄な反応「あぁ~ん?」は流行語になりそうな勢いだ。
このように突っ込みどころ満載だったため、あまり目立たなかったが、他にも注目すべき発言があった。「自分にとって五輪はスノーボードの一部であって特別なものではない」である。
世間には、五輪はアスリートにとって最高の舞台だというイメージがある。この一瞬のために選手たちは4年間、苦しいトレーニングの日々を重ね、競技人生を賭けて臨むとメディアも伝える。実際、多くの選手がそうなのだが、競技によっては「特別なもの」と受け止めていない選手もいるのだ。
スノーボードはその代表格といえるだろう。
プロの大会には国を背負うという感覚はない
国母はプロのスノーボーダーだ。東海大学に在籍しているが、アメリカで行われる賞金総額100万ドル(約1億円)のXゲームズや世界を転戦するTTRワールドスノーボードツアーなどに参戦している。
プロの大会は賞金の奪い合いである。出場する選手は上位に入って高額賞金を得るために練習を重ね、技量の向上を図る。個と個の戦いであり、国の名誉を背負って戦うという発想はない。
これは国母に限ったことではない。スノーボードがオリンピックの正式競技になったのは98年の長野大会からだが、トッププロの中には「国のために出場する意識は持てない」、「五輪に出るには行儀よくしなきゃいけないらしいが、そんなの無理」といった理由で出場をボイコットした者もいたほどだ。
ハーフパイプはもともとスケートボードで行われていた遊びから派生した競技だ。権威とか折り目正しさなどとは対極にある「ストリート系」の感覚も受け継いでいる。その意味で、ハーフパイプは五輪にはあまりそぐわない競技なのだ。国母もその辺は自覚しているようで、JOCから月額20万円の補助金が出る強化選手エリートAに指定されたが辞退している。
ではなぜ今回、国母は出場したのだろうか。
メディアが報じた国母の数少ない真面目なコメントに「五輪で活躍して、ハーフパイプの魅力をアピールしたい」がある。ハーフパイプは一部に熱狂的なファンがいるとはいえマイナー競技だ。テレビ中継される五輪は、どんな競技かを世間に知らしめる絶好の機会。自分がメダルを獲るような活躍を見せれば普及・発展、競技のメジャー化につながると考えたのだ。
だが、五輪の日本代表になるという意味を深く考えず、いつもの「目立ったもん勝ち」のプロの大会と同じ感覚で出て行ってしまった。それが顰蹙を買いバッシングの嵐につながったのだ。皮肉なことにこの騒動のおかげで、ハーフパイプは注目され、多くの人に知られるようになったが。
世間は「選手は国の代表として送り出された以上、恥ずかしくない態度と競技成績を見せてほしい」と思っている。一方、選手の中には「全力は尽くすが五輪も数ある大会と同じで特別視はしない」という者が出てきた。その温度差が生んだ騒動といえるだろう。
海外では出場辞退するプロ選手も珍しくない
今回は国母のキャラクターも絡んだ特殊なケースだが、選手の側に「五輪は特別なものではない」という感覚が出てきていることは確かである。
代表例をあげればサッカー。サッカーの国別対抗の最高峰はFIFAワールドカップだけであり、五輪は「23歳以下」の代表対決に過ぎない。日本選手の場合は「U23」であっても召集されれば喜んで出場するが、ヨーロッパでは辞退する選手もいる。五輪は最大の目標ではないのだ。
こうした傾向は五輪にプロが出場するようになって目立ってきた。夏季五輪ならバスケットボールやテニス、冬季五輪ならアイスホッケーがそうだ。これらの競技の選手の主戦場はプロのリーグ戦であり賞金がかかるツアー大会。五輪で国の代表に選ばれるのは名誉だが、そこでケガでもしたら元も子もないという意識もあり、辞退する選手が出ることがある。今は正式競技から外されたが、野球のアメリカチームがそうだった。
今大会注目のフィギュアスケートもそうした問題をはらんでいる競技だ。フィギュアは人気が高く、トップスケーターはプロになればアイスショーに出演して大金を稼ぐことができる。が、それでは大会にベストメンバーが集まらなくなるため、統括する国際スケート連盟(ISU)はオリンピックや世界選手権にプロは参加できないという規定を作った。そのうえで世界選手権やグランプリシリーズで上位に入った選手には賞金を出すようにしたのだ。だから選手は純粋なアマチュアとはいえず、フィギュア界ではエリジブル(資格者=ISUの大会に出る資格がある者という意味)と呼んでいる。
今回、欧米人以外で初めてメダルを獲る快挙を成し遂げた高橋大輔や織田信成、小塚崇彦、そしてこれから登場する浅田真央、安藤美姫、鈴木明子の日本勢は五輪を最大の目標にしているが、外国の選手の中にはプロに転向して大金を稼ぐか、エリジブルのままで五輪に出て名誉を取るか、天秤にかけている者もいるのだ。また、五輪で好成績を収めることでスケーターとしての価値を高め、プロに転向する選手もいる。
五輪と選手を必要以上に美化するメディアも問題
その一方でスピードスケートやジャンプなどに出場するアマチュア選手たちは見返りを考えず、最高の舞台で戦い勝つことをモチベーションにして競技に臨む(男子500mで銀メダルを獲った長島圭一郎は所属の日本電産サンキョーやJOC、日本スケート連盟から総額千400万円、銅メダルの加藤条治は同じく800万円の報奨金がもらえることになったが)。
競技や選手によって五輪に対する思いはさまざま。出場する選手全員が五輪を至上の目標と定め国の名誉を背負って戦っているとは限らないのである。
今回の国母騒動は、五輪には真摯であるべきと思っている国民と、そこまで考えていない選手の食い違いから起こったものともいえる。だからといって国母を擁護するつもりはない。選手派遣に税金が使われている以上、国民を不快にさせる言動は問題だ。最低限のルールは守るべきだった。
ただ、競技をよりドラマチックにするため、五輪と選手を必要以上に美化し、それに反するといっせいに叩くメディアの側にも問題があるような気がしてならない。
DIAMOND online 2010年02月23日
バンクーバーオリンピックで一躍有名になったのがスノーボード・ハーフパイプの国母和宏だ。当コラムでは競技力を注目したが、世間には「問題児」ぶりで時の人になってしまった。
現地入りする時の制服の着くずしに始まり、その後の言動が物議をかもした。会見での「反省してま~す」や競技後の報道陣の問いかけに対する横柄な反応「あぁ~ん?」は流行語になりそうな勢いだ。
このように突っ込みどころ満載だったため、あまり目立たなかったが、他にも注目すべき発言があった。「自分にとって五輪はスノーボードの一部であって特別なものではない」である。
世間には、五輪はアスリートにとって最高の舞台だというイメージがある。この一瞬のために選手たちは4年間、苦しいトレーニングの日々を重ね、競技人生を賭けて臨むとメディアも伝える。実際、多くの選手がそうなのだが、競技によっては「特別なもの」と受け止めていない選手もいるのだ。
スノーボードはその代表格といえるだろう。
プロの大会には国を背負うという感覚はない
国母はプロのスノーボーダーだ。東海大学に在籍しているが、アメリカで行われる賞金総額100万ドル(約1億円)のXゲームズや世界を転戦するTTRワールドスノーボードツアーなどに参戦している。
プロの大会は賞金の奪い合いである。出場する選手は上位に入って高額賞金を得るために練習を重ね、技量の向上を図る。個と個の戦いであり、国の名誉を背負って戦うという発想はない。
これは国母に限ったことではない。スノーボードがオリンピックの正式競技になったのは98年の長野大会からだが、トッププロの中には「国のために出場する意識は持てない」、「五輪に出るには行儀よくしなきゃいけないらしいが、そんなの無理」といった理由で出場をボイコットした者もいたほどだ。
ハーフパイプはもともとスケートボードで行われていた遊びから派生した競技だ。権威とか折り目正しさなどとは対極にある「ストリート系」の感覚も受け継いでいる。その意味で、ハーフパイプは五輪にはあまりそぐわない競技なのだ。国母もその辺は自覚しているようで、JOCから月額20万円の補助金が出る強化選手エリートAに指定されたが辞退している。
ではなぜ今回、国母は出場したのだろうか。
メディアが報じた国母の数少ない真面目なコメントに「五輪で活躍して、ハーフパイプの魅力をアピールしたい」がある。ハーフパイプは一部に熱狂的なファンがいるとはいえマイナー競技だ。テレビ中継される五輪は、どんな競技かを世間に知らしめる絶好の機会。自分がメダルを獲るような活躍を見せれば普及・発展、競技のメジャー化につながると考えたのだ。
だが、五輪の日本代表になるという意味を深く考えず、いつもの「目立ったもん勝ち」のプロの大会と同じ感覚で出て行ってしまった。それが顰蹙を買いバッシングの嵐につながったのだ。皮肉なことにこの騒動のおかげで、ハーフパイプは注目され、多くの人に知られるようになったが。
世間は「選手は国の代表として送り出された以上、恥ずかしくない態度と競技成績を見せてほしい」と思っている。一方、選手の中には「全力は尽くすが五輪も数ある大会と同じで特別視はしない」という者が出てきた。その温度差が生んだ騒動といえるだろう。
海外では出場辞退するプロ選手も珍しくない
今回は国母のキャラクターも絡んだ特殊なケースだが、選手の側に「五輪は特別なものではない」という感覚が出てきていることは確かである。
代表例をあげればサッカー。サッカーの国別対抗の最高峰はFIFAワールドカップだけであり、五輪は「23歳以下」の代表対決に過ぎない。日本選手の場合は「U23」であっても召集されれば喜んで出場するが、ヨーロッパでは辞退する選手もいる。五輪は最大の目標ではないのだ。
こうした傾向は五輪にプロが出場するようになって目立ってきた。夏季五輪ならバスケットボールやテニス、冬季五輪ならアイスホッケーがそうだ。これらの競技の選手の主戦場はプロのリーグ戦であり賞金がかかるツアー大会。五輪で国の代表に選ばれるのは名誉だが、そこでケガでもしたら元も子もないという意識もあり、辞退する選手が出ることがある。今は正式競技から外されたが、野球のアメリカチームがそうだった。
今大会注目のフィギュアスケートもそうした問題をはらんでいる競技だ。フィギュアは人気が高く、トップスケーターはプロになればアイスショーに出演して大金を稼ぐことができる。が、それでは大会にベストメンバーが集まらなくなるため、統括する国際スケート連盟(ISU)はオリンピックや世界選手権にプロは参加できないという規定を作った。そのうえで世界選手権やグランプリシリーズで上位に入った選手には賞金を出すようにしたのだ。だから選手は純粋なアマチュアとはいえず、フィギュア界ではエリジブル(資格者=ISUの大会に出る資格がある者という意味)と呼んでいる。
今回、欧米人以外で初めてメダルを獲る快挙を成し遂げた高橋大輔や織田信成、小塚崇彦、そしてこれから登場する浅田真央、安藤美姫、鈴木明子の日本勢は五輪を最大の目標にしているが、外国の選手の中にはプロに転向して大金を稼ぐか、エリジブルのままで五輪に出て名誉を取るか、天秤にかけている者もいるのだ。また、五輪で好成績を収めることでスケーターとしての価値を高め、プロに転向する選手もいる。
五輪と選手を必要以上に美化するメディアも問題
その一方でスピードスケートやジャンプなどに出場するアマチュア選手たちは見返りを考えず、最高の舞台で戦い勝つことをモチベーションにして競技に臨む(男子500mで銀メダルを獲った長島圭一郎は所属の日本電産サンキョーやJOC、日本スケート連盟から総額千400万円、銅メダルの加藤条治は同じく800万円の報奨金がもらえることになったが)。
競技や選手によって五輪に対する思いはさまざま。出場する選手全員が五輪を至上の目標と定め国の名誉を背負って戦っているとは限らないのである。
今回の国母騒動は、五輪には真摯であるべきと思っている国民と、そこまで考えていない選手の食い違いから起こったものともいえる。だからといって国母を擁護するつもりはない。選手派遣に税金が使われている以上、国民を不快にさせる言動は問題だ。最低限のルールは守るべきだった。
ただ、競技をよりドラマチックにするため、五輪と選手を必要以上に美化し、それに反するといっせいに叩くメディアの側にも問題があるような気がしてならない。