<罪人の肖像>第6部・依存 (2)虐待 2022.3.23

2022-03-23 | 社会

<罪人の肖像>第6部・依存 (2)虐待
 2022年3月23日 中日新聞
 昨年七月末。愛知県地域生活定着支援センター(名古屋市)の女性職員(50)は、名古屋拘置所の駐車場にいた。程なくしてTシャツ姿の女性(30)が不安げな様子で出てきた。自暴自棄になって覚醒剤を使い、この直前に執行猶予付きの判決を受けた。
 出所者らの社会復帰を支援している職員は、女性が身を寄せるシェルターを手配していた。荷物整理のため、薬物常習者の夫と暮らしていたアパートに向かう車の中。「ねえ、お母ちゃん」。女性の呼び掛けに、職員は耳を疑った。
 拘置所で最初に面会した時はこちらを警戒していた。それが、甘えた声で「お母ちゃん、もうすぐ誕生日だから何か買ってよ」とねだってくる。「親の愛情に飢えて育ったのだろうな」。本人から生い立ちの話を聞いて、そう感じた。
 「ずっと母親に暴力を振るわれていた。お姉ちゃんをかわいがって、私には『おまえは産んでない』って」
 女性の話では、自分を身ごもっている時に母親は離婚。物心ついたころには、むしゃくしゃすると、すぐに手を上げられていた。二人姉妹の姉は誕生日にお人形をもらい、クリスマスにはプレゼントが枕元に置かれた。女性には、どちらもなかった。
 母親はパート以外の時間、パチンコ店に入り浸っていた。家に食べる物がなく、ティッシュにマヨネーズをつけて、空腹をしのいだこともあった。授業参観に親が来てくれている同級生がうらやましかった。
 小学校の高学年で不登校になった。「あなたも働きなさい」。母親に言われた仕事は、キャバクラのホステス。まだ14歳だった。お酒を流し込み、トイレで吐いた。体重は25㌔まで減った。「何でこんな思いをしなきゃいけないの」。そんな思いで給与袋を母親に渡していた。
 「でも、店のナンバーワンだったんだよ」。つらい記憶のはずなのに、女性はあっけらかんと当時の写真を見せてくる。体中に彫られている入れ墨は中学時代のもの。知り合いに紹介された彫師の練習台になった。幼いころ、母親に熱いコーヒーをかけられたときのやけどの痕隠すためでもあった。母親も娘の変化に気付いた。「『もう、好きにしなさい』とだけ。さすがに寂しかった」
 覚醒剤を知ったのも同じ時期。友人に「いいのあるよ」と誘われ、注射をしてもらった。「断ったら関係が切れちゃう」。薬よりも、孤独になる方が怖かった。当時の居場所は「レディース」と呼ばれる暴走族。「虐待されている同世代が多かった」。けんかに原付バイクの窃盗、万引き…。17歳で少年院に送られた。

 親の愛情を知らずに大人になった女性。拘置所に迎えに行ってから8か月近くがたっても、職員を「お母ちゃん」と呼んで頼ってくる。でも、本来は女性自身も2児の母親だ。初めて覚醒剤で捕まった2017年以降、小学生になる子どもは、ひどい仕打ちをした実母が引き取っている。
 「同じ目に遭っていないか心配」。そう話す女性の本心を、職員は測りかねている。覚醒剤事件を繰り返し、子どもと暮らしたいという思いが伝わってこない。「親に大事にされた経験がない。子どもの思いも想像できていないのではないか」
 職員はこれまで違法薬物に手を出した多くの女性を支援してきた。共通するのは幼少期の虐待やドメスティックバイオレンス(DV)による心の傷。そして、もう一つある。「薬物だけじゃない。みんな、男に依存している

 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です
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* <罪人の肖像>第6部・依存 (1)孤立 2022.3.22. 


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