<正義のかたち>重い選択 7 執行猶予にじむ苦悩

2009-10-19 | 死刑/重刑/生命犯

正義のかたち:重い選択・日米の現場から/7 被害者感情とのはざまで
 ◇執行猶予にじむ苦悩
 娘を交通事故で奪われた両親がうなだれたまま傍聴席から立ち上がれないでいた。両親が実刑を望んだのに被告に執行猶予付きの禁固刑を言い渡した直後の法廷。神戸地裁の裁判官だった江藤正也・北陸大教授(67)が10年たった今も忘れられない光景だ。「遺族の気持ちを考えると、量刑が軽い事件の方がつらいです」
 業務上過失致死罪に問われたのは、40代の女性会社員。自動車を運転中、青信号で交差点を右折した際に安全確認を怠り、横断中の小学生の女児をはねて死亡させた。「人間、みんな完ぺきじゃない。ミスをすることはあります」。被告には前科もなく、厳罰は言えなかった。
 99年4月には、公判中のボランティア活動を情状として考慮し、強姦(ごうかん)罪などで起訴された20代の男性被告に執行猶予を付けたこともある。
 被害女性は2人。1人とは示談が成立し、もう1人の被害者の母親は「金銭的解決ではなく、社会的弱者に触れることで人の痛みを理解してほしい」と求めた。被告は知的障害者の施設で掃除やシーツの取り換えなどをし、弁護人も活動を続けると強調した。
 だが、懲役3年、執行猶予5年を告げた時、被告の表情が緩んだような気がした。判決理由を述べた後、「裁判所も悩んだ結果です。しっかり更生するように」と強い口調で諭した。検察側は控訴せず、判決は確定した。
    ■
 その2カ月前。大津地裁でも、ボランティア活動を理由の一つにして、強姦致傷罪に問われた20代の男性被告2人に執行猶予付きの判決が言い渡されている。
 示談が成立し、被害者側からは厳罰を望まないという書面が提出されていた。執行猶予も想定されるケースではあったが、裁判長だった安原浩弁護士(66)は「被害者と被告、社会の三者を納得させられる量刑」を目指し、判決前の被告にボランティアを勧めた。
 しかし、その訴訟指揮に女性団体が反発した。「清掃などの行為で情状酌量するのはおかしい。女性の精神的、肉体的衝撃をあまりに軽視している」。判決直後、抗議文が地裁に届く。「社会的な納得は単純ではない」と安原さんは痛感した。
 それでも、判決を悔いてはいない。「心の底から謝っているということだけで刑を軽くするよりは、非難は和らげられると思う。実際に社会に役立つんですから」
    ■
 今年5月に定年退官した伊東武是(たけよし)さん(65)は、02~06年に勤務していた神戸地裁姫路支部で、かつて窃盗罪で執行猶予にした男と法廷で再会し、実刑を言い渡したことがある。覚せい剤取締法違反で刑務所に送った男が出所後に同じ罪を犯し、再び実刑にしたこともあった。
 「僕らがどんなに反省を促しても一瞬のこと。裁判所でやれることには限界があるんですよ」。再犯を繰り返す被告と何度も対峙(たいじ)して無力感を味わった経験から、刑事施設での矯正教育をもっと充実させるべきだと強く願う。国民が犯罪と向き合う裁判員制度にも期待する。「みんなが刑罰を考える流れが出て来ると思う」【松本光央】=つづく
==============
 裁判員制度についてのご意見や、連載へのご感想をお寄せください。
 〒100-8051(住所不要)毎日新聞社会部「裁判員取材班」係。メールt.shakaibu@mainichi.co.jpまたは、ファクス03・3212・0635。
==============
 ■ことば
 ◇刑の執行猶予
 3年以下の懲役・禁固、50万円以下の罰金の刑を科す場合、情状によって刑の執行を猶予することができる。猶予期間は1年以上5年以下。その間に再び罪を犯さなければ、刑を受けずに済む。08年に1審で懲役刑が確定した6万3463人のうち、4万624人に執行猶予が付いた。
毎日新聞 2009年10月19日 東京朝刊

 ◎上記事の著作権は[毎日新聞]に帰属します
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
正義のかたち「重い選択・日米の現場から」「死刑・日米家族の選択」「裁判官の告白」


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。