命の償い 獄中で芽生えた「反省」 第3部 米死刑囚の声(下)

2023-05-05 | 死刑/重刑(国際)

 命の償い  第3部 米死刑囚の声

真実は…揺れる心の声 <命の償い>(下)
 2023年5月5日 中日新聞朝刊 4面

 二十七年前に米テキサス州で起こした宝石店での強盗殺人を認めながら、死刑制度には反対するレイナルド・デネス(67)。一方、事件を記憶する人々は今も強い処罰感情を持っていた。
 果たしてデネスは処刑されるべき人間なのか。死刑判決が下った一九九七年の一審の弁護士ウェンデル・オドム(73)に連絡すると、州内で会うことができた。
 「私は彼が嫌いではなかった」。案内された事務所で、オドムはデネスとの思い出を語り始めた。訴訟に集中するため「被告に近づきすぎない」という信条があったが、デネスと接見するうちに「口数は少ないが、温かい面もある」と思うようになったという。
 幼かったオドムの娘が夏の宿泊キャンプに行っていることを知ると、デネスはオドムが娘に送ろうとしている手紙に、ミッキーマウスのような漫画を描いてくれたこともあった。
 裁判当時、テキサス州には仮釈放のない終身刑がなかった。地元の治安を心配する市民からなる陪審員にとって、「凶悪犯」を確実に社会へ戻さない選択肢は死刑だけ。「彼の人間性の良い部分を強調し、より軽い罪を狙えばよかったかもしれない」とオドム。
 キューバ出身でヒスパニック系のデネスに対し、陪審員は大半が白人というのも不利だった。「生きる権利を奪われていい人間などいるのか」と死刑を強く疑問視するオドムだが、死刑判決という敗北を「線路上の小石が、電車に踏みつぶされるようなものだった」と振り返った。
 もっとも、オドムに情状面を訴える余裕がなかったのは、犠牲者に銃の引き金を引いたのは自分ではないと、デネスが無罪を主張したからだ。一方、ともに犯行に及んだ兄は、司法取引で裁判を回避。自身が銃撃者だと認めることで、有期刑となり死刑を免れた。
 米国の司法取引では、捜査に協力して罪を軽減してもらうため、被告が実際にしてはいない行為を認めることもあるとされ、兄弟のどちらが引き金を引いたか断じるのは難しい。真の銃撃者がどちらでも、共謀があれば罪を認める州法により、デネスの有罪と死刑判決は基本的に揺るがない。
 それでも、目の前の人間をその手で撃ち殺したかどうかは、法解釈を超え、今も重い問いであるはずだ。
 「事件について教えてください」。死刑囚棟での会話でそう尋ねても、デネスは「計画を主導した私は有罪だ」と語るだけだった。自身の判決後は、仮釈放の希望がある兄に注目を集めまいと、銃撃行為について沈黙を守ってきたという。
 だが、模範囚だった兄はすでに出所し、真実をもう一度口にしたいという思いが生まれたのだろうか。ガラス窓を挟み、互いに別れを告げた数日後、デネスから一通のメールが届いた。
 「私は撃っていない。もしかすると、神は私がこことは違う場所にいるのを望んでいるのかもしれない」。事件から27年。なお揺れる死刑囚の心の声だった。
 (ニューヨーク・杉藤貴浩、写真も)=敬称略  写真略(=来栖))

 ◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)

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* <命の償い>「罪滅ぼし」より極刑を  第3部 米死刑囚の声(中) 
* 命の償い 獄中で芽生えた「反省」 第3部 米死刑囚の声(上)


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