「小沢vs検察」はゴジラ級の権力闘争と英米メディア、「壊し屋」への勧告も
2010年1月20日(水)17:00
■本日の言葉「status quo」(現状、現体制)■
英語メディアが伝える「JAPAN」をご紹介する水曜コラム、今週は陸山会問題についてです。米英主要紙で日本政治をウォッチしてきた特派員たちが詳しい解説記事を書いていて、「これは単なるありきたりな汚職事件ではない、新旧権力の闘いだ」と総評しているのが印象的です。しかしその上で「壊し屋・小沢がせっかくの民主党政権を壊してはならない」という「辞任勧告」も。(gooニュース 加藤祐子)
○米紙は「新旧権力闘争」という見方
米ニューヨーク・タイムズ紙のマーティン・ファクラー特派員は、「日本のスキャンダルで新旧体制が衝突」という見出しの記事で、建設会社からの金や怪しい土地取り引き、まるで親分の身代わりのように深夜に逮捕されていく政治家側近逮捕というお約束の舞台装置が揃った「典型的な政治スキャンダル」でありながら、小沢一郎氏の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる東京地検特捜部の捜査は、「今までとはがらりと違う理由から、日本中の関心を集めている」と解説。それは、このいかにも典型的な政治スキャンダルが、「恐れ知らずな改革派指導者」対「日本戦後に確立された権力機構の中でも最も強力な組織のひとつ=検察庁」との白昼の闘いと化しているからだと。
政治スキャンダルを取り巻く世論も変化しており、小沢氏批判が噴出するだけでなく、巨大な自由裁量権(discretionary power)を振るう検察に対する批判もかつてないほど多いのがその証だと。
東京地検特捜部という「エリート捜査官集団」は従来、「腐敗した政財界トップ」を懲らしめてくれる存在として国民から喝采される立場だったのだが、今回はむしろ国民は「小沢氏の民主党が服従させると約束した、責任説明をほとんど負わない強力な官僚機構を、つまりこの国の鈍重な権力体制(status quo)を、検察は守ろうとしているのではないか」と疑問視しているのだと。これがニューヨーク・タイムズ記事の論調です。
記事はさらに「検察vs小沢」の構図は、「小沢氏の自民党時代の師匠、田中角栄元総理の逮捕」に遡るのではないかという意見を紹介し、さらには小沢氏が党内で、総理大臣の検察庁に対する指揮監督権限強化を検討する委員会を設けたことを、検察は懸念しているのではないかと指摘しています。
複数メディアで検察庁の捜査手法を批判している元検察官の郷原信郎氏はこの記事で、これでは日本の民主主義は危うい、有権者に選ばれた改革勢力に既存の官僚組織が反撃しているのに等しいと持論を展開。検察の動きは、新政権がいかに波風を起こしているかの証でもあると同時に、旧体制はこうして反撃するのだという表れでもあると。
つまり日本では今、激しい権力闘争が繰り広げられているのだという解説が、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたわけです。
○英紙は「ゴジラの闘い」だと
日本を長年ウオッチしてきた英タイムズ紙のリチャード・ロイド=パリー特派員は19日付の記事で、「小沢vs検察」の戦いは「ゴジラvs○○」のようなもので(○○には巨大怪獣の名前、小沢氏=ゴジラというわけではありません、順不同)、これほどの激突から生還できるのはどちらか片方のみだと描写。検察庁は「日本のエリート官僚組織の中でも最も誇り高く、最も強力な組織」で、対する小沢氏は「政界の人形遣い(puppet-master)、血なまぐさい対決を数限りなくくぐり抜けてきた強者、そして日本で最も恐れられている政治家」だと解説しています。まさに「世紀の対決!」的様相です。
「日本は面白みのある政治家に乏しい国だが、その中にあって小沢氏はとても目立つ存在だ」と書くロイド=パリー記者は、「意志がさほど強くない男なら、やむなく思える事態を最早これまでと受け入れて辞任するところだが、小沢氏は罪状を否認。逆に検察は政治的思惑で動いていると批判し、側近たちの逮捕を宣戦布告のように受け止めている」と書くロイド=パリー記者は、東京地検が恣意的に情報をリークしていると指摘しつつも、石川知裕衆院議員の逮捕理由について東京地検幹部が「逮捕する緊急性、必要性があった」として自殺の可能性を示唆したことを説明。小沢氏問題の影響で、鳩山政権の支持率が下がり続けていることも解説しています。
アメリカに戻り、米ワシントン・ポスト紙のブレイン・ハーデン特派員はすでに9日付の記事で、陸山会の土地購入が「民主党の将軍(DPJ Shogun)」にとって障害になっていると説明しつつ、「自民党との間に長年の忠誠関係があるため東京地検特捜部の政治的動機に対する疑問もある」と紹介。一方で18日付の記事では検察批判には言及せず、「就任から4カ月の鳩山政権は、複数人の逮捕と疑惑、支持率の下落で揺らいでいる。政権は今、世界第2位の経済大国の景気が二番底を打たないよう、景気刺激策を可決しようとしている最中なのだが」として、「この大事な時に何をやってるんだ」感をにじませています。
○また壊さないでと勧告
英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙は19日付の社説で「小沢の破壊(Ozawa destruction)」と題し、小沢氏の辞任を呼びかけています。「小沢氏は理由もなく『壊し屋』と呼ばれてきたわけではない。20年近くかけてきた目論み通りに自由民主党を選挙で破壊した男は、このままでいけば自分の民主党をも壊してしまいかねない」という書き出しで、「選挙の神様」とも呼ばれた小沢氏が今では民主党にとって「お荷物(liability)」だと批判。
同紙は「検察がマスコミを使って小沢氏に不利な情報をリークしているやり方は、実にみっともない(disgraceful)し、日本で真の権力を握っているのは有権者に選ばれたわけでもない官僚たちだと言う民主党の主張を裏付けるものだ」と批判した上で、「しかし民主党が撤廃を主張する従来型の金権政治に、小沢氏自身も関わっているとされてきた」とやはり小沢氏を批判しています。
「小沢氏の周りに立ちこめる臭気は、政策主導のクリーンな政府を掲げてきた民主党の足を引っ張っている。だからこそ小沢氏は、身の潔白を証明するか、さもなければ舞台から降りなくてはならない。小沢氏が辞任すれば(あるいは決断力に欠ける鳩山由紀夫首相に更迭された方がもっといい)、民主党は復活するかもしれない」と手厳しいFTは、民主党政権のこれまでを批判。対米外交はのらりくらりとはっきりせず、国内では財政問題でもめにもめて藤井裕久前財務相の辞任を速めてしまった。また金融規制問題では国民新党の言いなりになってしまっているとも。
1993年に自民党が政権を失った時、非自民党政権の連立を時期尚早に壊してしまったのは、ほかならぬ小沢氏だったというFTは「昨年の選挙で民主党が勝ったのは、日本にとっていいことだった。歴史を繰り返させてはならない」と締めくくり、「壊し屋」小沢氏に釘を刺しています。
歴史は繰り返させてはならないのですが、繰り返すのが歴史の基本属性でもあります。革命やクーデター後にしばらくして新勢力と保守反動勢力のリターンマッチが起きるのは、歴史の法則です。各紙の言うように陸山会問題を「権力闘争」と位置づけるとするならば、これもまた歴史法則の一環(革命後10年を待たずしてわずか4カ月後にこうなっているのは、フランス革命や大坂の陣、明治維新に西南戦争の頃とは違う、現代社会のスピードゆえでしょうか)。ただワシントン・ポストが言うように、その一方でまだ来年度の予算すら成立していないわけで、権力闘争の当事者には権力のみが大事で国の行く末や国民のことなど眼中にないのも、これまた歴史の法則と言ってしまうには、あまりに困った状態です。
◇本日の言葉いろいろ
・status quo = 現状、現体制
・discretionary power = 自由裁量権
・puppet-master = 人形遣い、傀儡師、糸を引く黒幕
・liability = お荷物、法的責任を伴うもの
・disgraceful = 恥ずべき、みっともない
◇筆者について…
加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学、全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。
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小沢氏、政治資金問題の捜査でしぶとい対局
2010年1月19日(火)12:26(フィナンシャル・タイムズ 2010年1月18日初出 gooニュース) ミュア・ディッキー東京支局長
日本与党の大物、小沢一郎幹事長は囲碁が得意なだけに、囲碁ならではの大逆転について百も承知しているはずだ。古代中国発祥の囲碁では、難攻不落としか思えない戦況が、優れた相手の攻めで一気に崩れ落ちることもあるし、しぶとい粘りの守りで思わぬ勝ちを拾うこともある。
日本戦後最大の政治変革を操ってきたとされる小沢氏は、日に日に拡大する政治資金問題の検察捜査にも今のところ臆する様子はない。元・現秘書が3人逮捕され、与党・民主党の支持率は不安なほど下落しているのだが。
週末に開かれた民主党の党大会で、67歳になるこの選挙の名手は、検察捜査と「全面的に対決していく」と宣言。「これがまかり通るなら、日本の民主主義は暗たんたるものになってしまう」とも述べた。
しかし一部アナリストは、そもそも検察は昨年夏の民主党による歴史的な衆院選大勝に先立ち、すでに小沢氏の政治資金を標的にしていたのだし、日本の強力な検察組織に小沢氏が立ち向かっていったとしても、それはとても勝ち目のない対局だと見ている。民主党は景気回復と二番底回避に努力しながらも、政権獲得からわずか4カ月の間に次々と問題に巻き込まれている。
大手新聞各社がこのほど発表した世論調査結果は、ただでさえ閣内不一致や揺れる政策ゆえに支持率を下げていた民主党が、現職衆議院議員を含む小沢氏側近たちの逮捕でさらに打撃をこうむったことを示していた。
読売新聞の世論調査によると、鳩山内閣の支持率は前の週から11ポイント下げて45%どまり。回答者の70%が、「選挙の神様」と呼ばれる小沢氏について、幹事長職を辞職すべきと答えている。
こうした世論調査結果を見ていると、7月に予定される参院選で民主党多数を確保し、自民党に対する勝利を決定的なものにしようという小沢氏の計画が、小沢氏の政治資金団体による2004年の土地購入をめぐるとされる検察の捜査によって頓挫しかねないことが分かる。
しかし政党政治に対する小沢氏の好戦的な姿勢は民主党にとってプラスであると同じくらいマイナスなのではないかと、そういう懸念が民主党内にかねてからあったのは事実だ。
1993年に自民党を離党した小沢氏は、自民党の長い権力独占を終わらせようとする勢力の中でも、最も影響力の強い実力者だったと言える。しかし小沢氏は同時に、戦後初の非自民党政府を1994年に壊した張本人と周りの政治家たちから見られている。自らの影響力拡大のために次々と政党を作っては解散させるその独断的な手法は、野党不一致の原因だと後から指摘されるようになった。
小沢氏の政治スタイルは「相談せず説明せず説得せず」だと、国際政治経済情報誌「インサイドライン」編集長の歳川隆雄氏は話す。
小沢氏が自分の政治資金に対する検察捜査に公然と反発し批判してみせたことが、現在のより大がかりな捜査の呼び水となったのではないかと、歳川氏は見ている。大物・小沢氏の立場は危ういとも歳川氏は言う。
一方で、ここ数週間にわたり国内メディアをにぎわせてきた捜査情報のおびただしいリークに憤り、既存権力の仕組みを変えようとする民主党の脅威を無力化するのが検察の狙いではないかと批判する声もある。
それでも小沢氏の問題は、よろよろつまづく鳩山政権にいくばくかの恩恵をもたらす可能性もないわけではない。
「小沢氏が自分の問題に忙殺されている間、鳩山政権は小沢氏の言いなりというイメージを払拭しやすくなるかもしれない」 親・民主党の政治アナリスト、トバイアス・ハリス氏は先週、ブログ「Observing Japan」にこう書いているのだ。(翻訳・加藤祐子)
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「壊し屋」「大物」…小沢氏を世界メディアも注目
小沢一郎・民主党幹事長の資金管理団体による土地購入を巡る政治資金規正法違反事件は、日本政界最大の実力者の命運にもかかわる事態として、海外メディアも強い関心を寄せている。
中国各紙は今回の事件を、小沢氏本人と鳩山政権の危機として大々的に報じている。昨年末に国会議員143人を含む大型訪問団を引き連れて訪中した小沢氏のことを「中国を理解している大物政治家」(中国外交筋)として期待する胡錦濤政権の関心も反映しているとみられる。
19日付「中国国防報」は、「小沢氏は12月の訪中で、(夏の参院選について)『日本全国を解放し、最後に全面的な勝利を勝ち取る』と自信満々で語っていた。だが今となってはその言葉を実現できるかどうか、疑問を抱かざるを得ない」と、事件の進展次第で小沢氏の影響力が大きくそがれる可能性があると指摘した。
ある中国紙記者は、「対中傾斜を図る日本の政治家は失脚することが多いのではないか。田中角栄元首相もロッキード事件で足をすくわれた」と述べ、「小沢氏が失脚するようなことがあれば、日中接近の流れにブレーキがかかるかもしれない」との見方を示した。
一方、21日付「参考消息」は、「小沢氏が行くところカネがついて回る」などと指摘し、抜群の資金力を背景に影響力を拡大してきた政治家と解説している。(北京 関泰晴)
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20日付台湾有力紙「自由時報」は「高慢な小沢氏は第二の田中角栄になるか」と題する記事を掲載。「親中国路線で米国をいらだたせている」など、小沢氏が内外で批判を浴び苦境に立たされていると報じた。(台北 源一秀)
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韓国では、在日韓国人などへの地方参政権付与に積極的な小沢氏への関心が高く、事件の影響が国会での法案審議に及ぶことを懸念する論調が見られる。
15日付「東亜日報」は、「小沢氏の政局掌握力が落ちれば、彼が主導する(参政権付与のための)法案の通常国会通過が影響を受ける恐れも出ている」と指摘。19日付「京郷新聞」も、今や法案成立に向けた最大の懸案は「小沢氏が政治的苦境に置かれた事実」だと論評した。(ソウル 竹腰雅彦)
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19日付米「ウォール・ストリート・ジャーナル」は、事件の影響で、国会での補正予算案や来年度予算案の成立がずれ込む可能性を挙げた。さらに、「小沢氏はいつまで持ちこたえることができるかわからない。(辞任すれば)7月の参院選で民主党が低迷しかねない」と指摘した。
20日付「ニューヨーク・タイムズ」は、「小沢氏は、従順に謝罪する代わりに、検察当局との全面対決を求めた」として、事態が民主党政権と検察当局の「闘い」に発展していることを紹介。「もっと驚いたことに、鳩山首相がそれ(検察との闘い)を支持した」と論評した。(ワシントン 小川聡)
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英「フィナンシャル・タイムズ」は20日付の社説で、「壊し屋」の異名を取る小沢氏が、昨年の総選挙で自民党を「破壊」したのと同じことを「自身の党に対して行いかねない」との表現で民主党政権が危機に直面していると強調。「民主党が消滅させたいと願っているはずの古い金権政治とのかかわりを常に指摘されてきた」と小沢氏を批判したほか、「身の潔白を証明するか、舞台から身を引くべきだ」と述べ、疑惑を晴らせないなら幹事長を辞任するべきだと主張している。(ロンドン 大内佐紀)(2010年1月22日07時00分 読売新聞)