2019.10.29 # 人生100年時代
60歳を過ぎたら、「勉強」よりも「アウトプット」が脳に良い 知識はこれ以上いらない
和田 秀樹 神科医
人生100年時代、身体と心の健康を保ったまま、寿命をまっとうするにはどうすればよいのか?
誰もが気になる問いに答えるのは、老年医学の専門家で、著書『「人生100年」老年格差』がある和田秀樹氏だ。巷でよく聞かれる、「何歳になっても学び続けるべき」という言葉。和田氏は、この言葉に疑問を投げかける。「学び」より大切なものとは何なのか、脳科学の観点から答えを出す。
■定年後の起業は可能か?
これまでの人生設計は、生まれてから就職するまでの学びのステージと、就職してからの仕事のステージ、そして仕事を引退してからの老後のステージの3つに分けることができますが、人生100年時代になることで、人はより多くのステージを経験するようになると言われています。
長い老後に向けた資金を確保するためにも、働く期間は必然的に長くなります。
1つの職種を務めあげるのではなく、さまざまに職を替え、そのためにはときには仕事を休み、スキルアップのための学びの期間を過ごしたり、会社を起業したりするなどのマルチなステージを生きる人生設計が提示されることもあります。
私はこういった意見には、少なからず違和感を持っています。このような主張は、たいてい老人を見ていない人の意見である場合が多いものです。
50代後半、60代になってから、新しい分野に活動の場を広げるということは、脳機能の面からは、なかなか難しいものなのです。
以前、定年後の起業志願者へのコンサルタントをやっている方と対談したことがありました。その方も、定年後に釣りのサイトを起業して成功しているのですが、定年退職する20年も前から計画を立てていたといいます。
定年後の起業塾にきても、実際にビジネスを興して成功する人というのは少なく、うまくいく人は、だいたい40代から計画を立てていた人だといいます。
■「前頭葉」の衰えは防げない
つまり、なぜそうなるかというと、前頭葉の機能が50代後半、60代になると衰えてしまうからです。前頭葉が元気だと、新しいことにも柔軟性をもって対処できますし、発想力、アイデアもひらめくことができます。また、物事に対する「意欲」も旺盛でいられるという面があります。
よく、60歳になって、定年退職して暇ができてから起業のことは考えればいいなどと甘く考えている人もいますが、もうその年になったら、新しい仕事に適応することも難しく、柔軟な発想もなかなか出てこないのでうまくいかないのが現実です。
会社勤めをしているときは、50代後半でもまだ側頭葉と頭頂葉はまったく衰えていませんから、これまでやってきた仕事であれば難易度の高いことも簡単にできます。そのため、自分はまだまだ大丈夫だと思ってしまうのです。
しかし、前頭葉の衰えは40代からすでに進んでいるのです。中高年になっても新しいステージに次々移り、活躍の場を変えていくということをするのであれば、前頭葉の能力が衰えないように鍛えるという準備をしておく必要があるのです。
それほど、マルチなステージに人が対応していくという生き方は、脳機能的にみて高齢になればなるほど難しいものなのです。
■知識を増やしても意味がない
これからは長い老後生活の資金を得るため働き続けることが必要で、そのためには年齢に関係なく、一生学び続けなければならないと説かれることがよくあります。
しかし、歳を取ってからも常に勉強し続けなければならないという主張には、私は脳機能の面からみても賛同しかねます。
確かに、IT技術が目まぐるしく進歩していくなかで、新しい技術をうまく使うための実用的な勉強は非常に大切で、必要なことだと思います。
これまでの定説とは違う新しい考え方などが出てきたときも、そういうものを学ぶことは大切でしょう。
たとえば、これまではコレステロール値が高いことが身体にはよくないという常識でしたが、実は、意外にそうではない。むしろ人が長生きするために、とてもいい影響を及ぼしているというふうに言われるようになってきていますが、そういう新常識も積極的に学び、自分のものにするべきでしょう。
しかし、高齢になってから、古典と言われるようなものを読んで、知識を吸収するような勉強をすることは、ほとんど意味がないと私は思います。
これは外山滋比古さんも主張なさっていることですが、60歳を過ぎたら何かを学び、知識を習得していくような勉強はやめたほうがいいと私も思います。
定年をしても、常に知識をリニューアルしなければならないといった強迫観念を持った人がいますが、いくら知識を蓄積していくことを続けても、脳の老化、つまり前頭葉の老化を遅らせることにはほとんど効果がありません。
■歳を取ったらアウトプットを
それよりも、歳を取ったら、これまで集積してきた知識を、どうアウトプットするかに頭を使うことが高齢者の本当の学びだと私は信じています。
いままで得てきた知識を、組み立てながら、自分の考えを練っていく作業です。新聞を読んだり、テレビを見たり、人の話を聞いたりしても、ただ鵜呑みにするのではなく、自分なりの考え、意見を持つことです。
長年、生きてきたなかで、必ずその人の強い部分はあるはずですし、そういった分野ではその人なりの独創的な視点、考えが構築できるはずです。自分の人生経験を踏まえた強みで勝負することで、若い人たちにも勝つことができるのです。新しい知識の豊富さを競っても、若い人には勝てないでしょう。
自分の蓄積してきた知識を抽出、組み合わせ、ひとつの考えを練るという創造のプロセスこそ、前頭葉を鍛えるものなのです。また、こうして構築した自分の考えや意見を、誰か別の人に話すという行為も非常に前頭葉にはいいことです。
前頭葉はルーティンだけの生活をしていると衰えてしまいます。想定外のこと、いつもと違うことを積極的に生活に取り入れることで活性化します。その意味では、自分とは違う考え方の人、想定外の考え方に接し、自分なりの考えも披露するような場に参加することはとてもいいことです。
何かの資格取得を目指すなど独学で本と向き合い、「なるほど、なるほど」と言って読んでいるだけでは、勉強がボケ防止になるどころか、結果的にボケの道にまっしぐらの事態になりかねません。
ある程度歳を取ったら、インプット型の勉強は捨て、アウトプット型の勉強に変えることが、脳機能にとっては大切なことなのです。
<筆者プロフィール>和田 秀樹
1960年、大阪市生まれ。1985年、東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、同老人科、同神経内科にて研修。国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科医師を経て、現在、国際医療福祉大学心理学科教授、川崎幸病院精神科顧問、和田秀樹こころと体のクリニック院長。 著書多数。近刊に『年代別 医学的に正しい生き方』(講談社)、『人生100年」老年格差』(詩想社)など。
◎上記事は[現代ビジネス]からの転載・引用です