子は母だけでなく、社会に抱かれて生くる〈中日春秋〉  『死刑弁護人』安田好弘著

2009-07-17 | 死刑/重刑/生命犯

中日春秋 2009年7月17日
 子は、どうやって生きていくものか。河野愛子さんが歌う。<子は抱かれみな子は抱かれ子は抱かれ人の子は抱かれて生くるもの>
▼生後四カ月の子を敷布団にたたきつけて死なせたとして、傷害致死罪に問われた母親への判決が一昨日、名古屋地裁であった。優しく抱いてくれたのと同じ母の手にかけられ、<抱かれて生くる>ことなく消えた命を思えば胸がつぶれる
▼だが、その過酷な育児環境を知れば、また別の思いにとらわれる。双子だからか、一人が泣きだすともう一人も泣きだす。近所に苦情も言われ、慢性的な睡眠不足。子が泣くのを「怖い」とさえ思うように
▼成育の不安もあったが、保健師は「神経質だ」。精神の不安定化を自覚して「産後うつかも」と夫に訴えたが、忙しい身で真剣に受け止めてくれず…。「誰かに助けてもらいたかった」。法廷での言葉は、この母の叫びだろう。裁判長は「被告一人に責任を負わせるのは酷」と懲役三年に執行猶予四年を付ける判決を選択した
▼昨年度の児童虐待相談件数はまた過去最多を更新した。死亡例の半数近くは、ゼロ歳児というデータもある。わが子を手にかけるなど非道の極み。だが、そこには、孤立無援の母たちの姿も見え隠れしていないだろうか
▼<子は抱かれて生くるもの>。だが、誰に、とは決まっていない。母一人でないことは確かだろう。
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乳児死なせた母に猶予判決 双子「過酷な育児背景」と名地裁
2009年7月16日 朝刊
 4カ月の双子の一人を敷布団にたたきつけて死なせたとして、傷害致死罪に問われた福祉施設職員北川育子被告(28)に、名古屋地裁は15日、「背景に過酷な育児環境があり、被告1人に犯行の原因があるわけではない」と懲役3年執行猶予4年(求刑懲役5年)を言い渡した。
 判決理由で佐々木一夫裁判長は、死亡した次女は誕生時約1800グラムの未熟児で、不安や焦燥感が重なったと指摘。「双子の育児に対する周囲の理解や協力が得られず、孤立感を募らせ、泣かれることに恐怖感を持つに至った」と犯行に至る経緯を述べた。
 精神的に追い詰められて衝動的な行動を取らないよう、身内の支援を頼むなど「自分だけで育児しないように取り得る方策を取っていた」と認定。それまで虐待行為が一切なかった点も考慮し、執行猶予付き判決とした。
 判決によると、北川被告は昨年12月22日、愛知県日進市の自宅アパートで、泣きやまない次女を抱き上げ、ひざ立ちの姿勢で少なくとも2回布団に頭を打ち付け、急性くも膜下血腫などで死なせた。
◆2人の夜泣き眠れず、孤立感も
 この事件は、双子など多胎児を持つ家庭が陥りがちな過酷な育児環境を際立たせた。
 北川被告の弁護側は公判で、事件に至る窮状をこう主張した。一人が泣きだすと、もう一人も泣きだす。近所から「うるさい」と怒られたこともあり、断片的に1日3時間しか寝られなかった。「早く大きくなって」。そんな願いと裏腹に、次女は母乳もミルクも飲まず、なかなか体重が増えない。乳児健診で成育の遅れを訴えると、保健師は「神経質だよ」。「産後うつかも」と切り出しても、夫は「そうか」と取り合ってくれなかった-。
 北川被告は公判で打ち明けた。「誰かに助けてもらいたかった」
 今回のように死に至る例は少ないが、双子など多胎児への虐待は単胎児の10倍以上とする研究結果もある。
 国立成育医療センター研究所(東京)の谷村雅子・成育社会医学研究部長は「双子の場合、発育の遅い方が対象になりやすい」と指摘。多胎児を抱えた家族への支援策について、経済的援助に加え「退院直後から育児について助言を得やすい環境を整えることが特に求められる」と訴えている。
 生殖医療の普及などで多胎児は増加傾向にあり、国の人口動態統計によると、出産件数に対する多胎率は2007年に1・14%と10年間で2割増えた。
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刑法犯、愛知が増加数最多 上半期、全国は減少
2009年7月17日 中日新聞朝刊
◆「金銭目的」大幅増
 ことし1~6月に全国の警察が認知した刑法犯のうち、「強盗」や「ひったくり」など金銭目的の犯罪が昨年同期より大幅に増えたことが16日、警察庁のまとめで分かった。刑法犯全体は前年同期比4・6%減の83万8355件と7年連続減ったが、警察庁は「金銭欲しさに手掛けやすい犯罪。経済環境の悪化が要因では」としている。
 強盗は2399件で17・5%増加。うち「侵入強盗」は19・6%増の970件。中でもコンビニ強盗が65・6%増の487件だった。ひったくりは、14・8%増の1万189件。振り込め詐欺対策の強化で、「詐欺」は1万621件(31・0%)減の2万3660件だった。
 件数の4分の3を占める窃盗犯は3・4%減の63万4669件。殺人は86件(13・3%)減り、561件。全体の検挙率は0・2ポイントマイナスの31・4%だった。
◆“トヨタショック”雇用悪化が影
 刑法犯の認知件数が全国的に減少傾向となる中、前年同期より4107件増え都道府県別の増加数で全国ワーストとなった愛知県。増加した11県の中でも突出する結果となった。“トヨタショック”の直撃などで雇用情勢が悪化、県警は「一部の犯罪は不況の影響も否定できない」と分析。あの手この手の対策に乗り出している。
 同県の上半期の認知件数は7万4114件。前年同期比6%増で増加率は全国3位。地域別にみると名古屋市は横ばいだが、自動車産業の盛んな西三河地区が15%も増えた。
 愛知県警によると内訳で増加が目立つのが自動車関連の窃盗。自動車盗は2495件あり、前年比52%の大幅増。県内で複数の窃盗団が暗躍しているとみられるという。
 カーナビなど車の部品狙いも685件(12%)増。車上狙いは400件(5%)増えた。このほか強盗が71%増の282件。ひったくり(4%増)、万引(13%増)、自転車盗(8%増)と軒並み増え、治安悪化を印象づけている。強盗や横領など金銭目的の財産犯の摘発事件を分析したところ、動機の2割が「生活困窮」だったという。
 県警はひったくり対策などのため各署単位でプロジェクトチームを結成。年間で前年比6%減を目標に取り組んでいる。
 増加数全国2位は三重県で、502件増の1万2528件。岐阜県は467件減の1万4055件だった。
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コンビニ強盗・ひったくり激増…景気悪化一因
(読売新聞 - 07月17日 05:09)
 今年上半期(1~6月)の全国の刑法犯総数が昨年同期比4・6%減の83万8355件と7年連続で減少した一方、強盗やひったくりについては大幅に増加したことが16日、警察庁のまとめでわかった。同庁は「景気悪化も一因では」とみて、失業率など経済情勢と犯罪発生との関係を分析している。
 強盗は昨年同期より17・5%増の2399件で、2003年以来、6年ぶりに増加。特に目立つのはコンビニ強盗で、65・6%増の487件。通行人らを脅して現金を奪う路上強盗も752件で、12・1%増えた。
 都道府県別の強盗認知件数は東京が331件(7・8%増)、大阪330件(26・4%増)、愛知282件(70・9%増)、千葉171件(43・7%増)の順で、都市部での増加が顕著。
 ひったくりも14・8%増の1万189件で、7年ぶりに増加。東京が54%増の1289件、神奈川が78・8%増の1373件など都市部を中心に増加し、最も多い大阪は2・3%増の1767件だった。
 万引き(6・4%増)やオートバイ盗(11・6%増)も増えたが、すりは11・9%減。同庁は「素人でもできる犯罪が増えている」という。全刑法犯の検挙率は0・2ポイント低下し、31・4%だった。
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〈来栖の独白〉
“<子は抱かれて生くるもの>。だが、誰に、とは決まっていない。母一人でないことは確かだろう。”と、「中日春秋」編集子は言う。まことに、そうである。
 五木寛之氏は新聞小説『親鸞』のなかで、繰り返し言う。

“「これまで世間に信じられている善行とは、たとえば、大きな塔を建てることや、立派な仏像を造らせることや、そして金銀錦などで美しく装飾された経典などを寄進することや、豪華な法会を催すことなどが善行とされてきたのだよ。身分の高い人びと、ありあまる財産をもつ人びとや富める者たちは、きそってそんな善行にはげんできた。しかし、そんな余裕のあるのは、選ばれた小数の人たちだ。いまさらわたしがいうまでもない。天災や、凶作や、疫病がくるたびに、どれほど多くの人びとが道や河原にうちすてられ死んでいくことか。かつて養和の大飢饉のときには、赤子を食うた母親さえいたときいている。世にいう善行をつとめられる者など、ほんのひとにぎりしかいない。その日をすごすことで精一杯の人びとがほとんどなのだ。そんな人たちを見捨てて、なんの仏の道だろう。法然上人は、仏の願いはそんな多くの人びとに向けられるのだ、と説かれた。たぶん、世間でいう善行などいらぬ、一向に信じて念仏するだけでよい、とおっしゃっているのだ」
 選択(せんちゃく)本願念仏集の書写にとりかかる前に、綽空は繰り返し、声に出してその文章を読んだ。
 読みすすむうちに、綽空は総毛だつような戦慄をおぼえた。
〈あのおだやかな法然上人が---〉
 そこにしるされているのは、春の風のような師の温顔から発せられる柔和な声とは、まったく別な、厳しくも鋭利な言葉である。
 権門や貴族たちからも慕われている聖僧法然上人の、おだやかな優しさはどこにも見られないのがおどろきだった。
 物事をきっぱりと二つに峻別する。
 その二つの、どちらが正しく、どちらが優れているかを言下に断定する。そして、迷うことなく一方を選びとる。
 これまでの尊いとされてきた聖行(しょうぎょう)が、片端から切り捨てられていく。
 既存の諸宗のすべてが否定され、最後に仏の本願によって選びとられた念仏ただ一つがのこる。
 その分別の激しさ、厳しさには、息をのむような仮借のなさがあった。
 読みすすむ綽空の膝の上の手が、ぶるぶると震えてくる。目のなかに、強い言葉が突き刺さる。つきるところは、声にだして念仏すること、ただそれだけを説きつづけているのだ。われらは末世の凡夫である。罪悪の軽重をとわず、煩悩の大小によらず、ただ仏の本願による念仏によってのみ救われるのだ、と、一分の迷いもなく語られていた。
 往生之業(おうじょうしごう)、念仏為本(ねんぶついほん) 。
 念仏門以外の多くの宗派にとって、その大胆な切り捨てられかたには、耐えがたいものがあるにちがいない。だからこそ、この書は秘められなければならなかったのだ。
 綽空は世俗と上手につきあっているかのように見える法然上人の、氷のように厳しい信念の裸の姿を見た、と思った。”

 イエスは、次のように神の憐れみを説く。
“ ある人が羊を100匹持っていて、その1匹が迷い出たとすれば、99匹を山に残しておいて、迷い出た1匹を捜しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた99匹より、その1匹のことを喜ぶだろう。そのように、これらの小さな者が一人でも滅ぶことは、あなたがたの天の父の御心ではない。(マタイ18,12-14 ルカ15,3-7)
 お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。(マタイ25,35-36)”

 これらは、弱き人への慈愛に溢れている。人は、母だけに抱かれて生きるのではない。この社会に抱かれて生きる。社会の、人の中で生きる。そのことが身に沁みてならない昨今だ。
 安田好弘さんの著書『死刑弁護人』の「まえがき」の一節が思い起こされた。次のように言っている。
 “ひとりの「極悪人」を指定してその人にすべての罪を着せてしまうだけでは、同じような犯罪が繰り返されるばかりだと思う。犯罪は、それを生み出す社会的・個人的背景に目を凝らさなければ、本当のところはみえてこない。その意味で、1個人を罰する刑罰、とりわけ死刑は、事件を抑止するより、むしろ拡大させていくと思う。”
 報復感情の席捲する今の時代、生き難さもひとしおだ。

「勝田事件に観る更生」


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