「ハイブリッド車」普及元年

2009-06-08 | 社会

新聞案内人 安井至 (独)製品評価技術基盤機構理事長、東大名誉教授
2009年06月08日
「ハイブリッド車」普及元年
 日本自動車販売協会がまとめた5月の国内新車販売ランキング(軽自動車を除く)によれば、トヨタ・プリウスが初の1位となった。4月は、ホンダ・インサイトが1位であった。5月のハイブリッド車販売台数は、軽自動車を含めた販売総台数の12%を占めた。
 どうやらハイブリッド車への流れが本物になったようだ。しかし、なぜ急に、このような流れになったのだろうか。エコ車減税のためだろうか。
 減税額の差であるが、75%減税の普通車と100%減税のハイブリッド車では、200万円級の車で5万円程度である。この5万円の差がハイブリッド車の販売を加速したのだろうか。
 最近のハイブリッド車の値下げのお陰で、新車価格に燃料代を加えた総費用が、普通車とトントンにはなったと言えるだろう。加えて5万円でも減税追加分があれば、損になることはない状況になっている。
 しかし、経済的なメリットだけを考えてのエコ車にしたということでは、「エコノミカル」車であって、「エコロジカル」車ではない。果たして、どんな理由で多くの人々がハイブリッド車を選択したのだろうか。
日本が失った「コモン・グッド」の考え方
 今後の地球と人類の関わり方を考えると、経済的な利益追求だけではない行動規範が必要であるように思う。オバマ大統領の就任演説を思い起こす。「自らの繁栄を追求するだけでは、その社会の繁栄は長続きしない」。
 今年の12月、デンマークにおいて気候変動防止のための締約国会議が開催され、2013年以降の枠組、いわゆるポスト京都が決まる。
 国益のぶつかり合う厳しい国際交渉になるものと思われるが、それ以上に重要なことは、国益を主張しあうだけではなく、オバマ大統領の言う「コモン・グッド=common good」を人類レベルに拡大できるかどうかである。
 もしもそのような美しい合意が形成されれば、日本の削減義務量は恐らく大きなものになるに違いない。個人が地球環境のために、何かをすることが明確に求められる時代になるだろう。
 このところの日本社会は、「コモン・グッド」という考え方を失っている。政治・経済・雇用・資源・食料などの様々な要因によって、個人そしてあらゆる組織が余裕を失っていることがその大きな原因だろう。
 ハイブリッド車に戻るが、単に経済的に有利だからという理由で選択されたのか、それとも「コモン・グッド」を考えた選択なのか、しばらく様子を見たい。
GMの“ハイブリッド”シボレー・ボルトに注目
 ここからやや技術的な話題である。ハイブリッド車技術の位置づけとは何なのか。あわせて、自動車技術の今後の動向を予測してみたい。
 日本ではすでに、ハイブリッドの次の段階が進み始めている。6月4日には富士重工が、そして5日には三菱自動車が電気自動車を発表した。価格的にはまだまだ高価である。三菱のアイミーブは、459万9千円だという。
 ハイブリッド車が売れ、電気自動車が発売される日本。このような動きとは対照的に、米国では、GMがとうとう国営企業になってしまった。しかも、その将来が明るいとは思えない。
 しかし、GMが提案しているシボレー・ボルトには、もう少々注目をしておく必要がある。電気自動車だと紹介されることが多いボルトではあるが、実は、ハイブリッド車なのである。
 ハイブリッド車といっても技術は多種多様である。インサイトはエンジンとモーターが直結していて単独では動作しない「パラレル型」、プリウスは、モーター単独でも、またエンジンとモーターが協調しつつ効率的に走ることもできる「ストロング型」、そして、ボルトは、エンジンは発電のみを行う「シリーズ型」なのである。
 この3種類のシステムは同じハイブリッド車という名称で呼ぶには、燃費にしても特性にしても、違いすぎるぐらい違うのである。
 個人の話で恐縮だが、4月早々に発注していた3代目プリウスが納車された。まだ、400km余り乗ってみただけだが、これまで初代、2代と乗り継いでみた経験を元に感触を述べると、2代目までは、まだ「エンジンで走る車」だったが、3代目は「70%以上電気自動車」になった。
 この進化を未来に延長し、他の技術の動向を展望して見ると、今後10年間程度の車の展開はこうなる。
 まずは家庭・職場・ショッピングセンターなどで充電できる「プラグイン・ハイブリッド車」が普及し、その後しばらくしてから、都市内交通用の「電気自動車」との2種類共存になることが確実だ。しかも、その状態がかなり長期にわたり、恐らく2030年頃まで続くのではないだろうか。
電気自動車のコストの8割は電池
 その主な理由は電池のコストである。電気自動車を駆動できるような電池のコストは、そう簡単に下がらない。しかも、寿命という大きな技術課題を抱えている。現時点で、電気自動車を買えば、そのコストの80%以上が電池の値段だということになりかねない。もしも電池が寿命を迎えると、ほぼ新車を買える金額を電池のために払わなければならない。
 となると、搭載する電池の量が車の価格を決める。すなわち、電気自動車もプラグイン・ハイブリッド車も、そのグレードは、搭載する電池の量で決まることになる。電気で10km走れるグレード、30km、50kmのグレード、といった形である。
 日常的な目的に応じて、電池の量をオーダーすることが合理的である。通勤距離が片道10km未満ならせいぜい20km分の電池を搭載したプラグイン・ハイブリッド車を購入すれば、ほぼ電気だけで走ることになって、環境性・経済性抜群だろう。
目的に応じた車選びが必要
 買い物用ということならば、いつでも行く買い物ルートを走れる電池を搭載すれば良い。何かあれば買い物中に充電できるからである。
 都市内コミュータ専用なら、本来、純電気自動車のカーシェアリングが合理的である。いつでも充電された車を使えるからである。
 都市内用の電気自動車を所有したい場合には、GMボルトのような「シリーズ型」のハイブリッド車を電気自動車とエンジンによる発電ユニット部分に分離できるモデルを購入して、普段は純粋な電気自動車だけを運転するが、必要に応じてエンジン発電ユニットをリアカーのように連結するといった考え方が合理的である。
 それでは、もしも週末や休日の長距離ドライブが主要な用途ならば、どうか。 
週末ドライブ派に電気自動車は向かない
 その場合、電気自動車という選択肢はない。プラグイン・ハイブリッド車にして、せいぜい10km走行分の電池を搭載すれば良いのではないか。あるいは、普通のハイブリッド車でも良いのかもしれない。電池を必要以上に搭載すれば、重量も増加して燃費に悪影響を与えるからである。
 これ以外の選択肢は無いのか。かつて言われていたような、水素燃料電池車は結局実現しないだろう。水素供給インフラが整備されるとは思えないからである。そして、2030年以降の状況は、全く新型の燃料電池の開発次第ということになるだろう。すなわち、ハイブリッド車は今後、相当長い間、車の主流の座を占めそうである。
 ハイブリッド車の普及は、今後の車社会の大幅な変革の第一歩にすぎないが、それが今年起きたことに注目し、社会全体の未来動向を見つめたい。


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