平成9年(少)傷害、暴行、殺人、殺人未遂、死体損壊・遺棄保護事件 家裁審判「決定」全文(所謂事件名;少年A 神戸連続児童殺傷事件)『文藝春秋』 2015年5月号掲載

2016-12-16 | 神戸 連続児童殺傷事件 酒鬼薔薇聖斗

家裁審判「決定」全文

  即日当庁に於いて面前言渡  裁判所書記官 *  
平成9年(少)第*号 傷害、暴行、殺人、殺人未遂、死体損壊・遺棄保護事件

 決定

本籍 *
住所 *
   中学3年生
   昭和57年7月生

    主文
 少年を医療少年院に送致する

    理由
〈非行に至る経緯〉

 少年は、会社員の父と専業主婦の母との間の長男として、待ち望まれて生まれた。1年4月後に二男が、3年2月後に三男が生まれた。近くに住む少年の母方祖母が手助けをしてくれた。
 少年は、母乳で育てられたが、母は生後10月で離乳を強行した。具体的な事は分からないが、鑑定人は、1歳までの母子一体の関係の時期が少年に最低限の満足を与えていなかった疑いがあると言う(少年が決して親に甘えないとか、遊びに熱中できないとか、しつこい弟苛め等から推認)。

 母は、少年が幼稚園に行って恥をかくことのないよう、団体生活で必要な生活習慣や能力をきっちり身に付けさせようと、排尿、排便、食事、着替え、玩具の後片付け等を早め早めに厳しく仕付けた。

 なお、両親の養育方針は、人に迷惑を掛けず人から後ろ指を指されないこと、人に優しく、特に小さい子には譲り、苛めないこと、しかし自分の意見をはっきり言い、苛められたらやり返すこと(後に、やり返すという部分だけが肥大することになった)、親の言うことをよく聞き、親に逆らわず従順であること等であり、長男を仕付ければ弟達は自然と見習うというものであった。

「幼稚園年中組」
 幼稚園年中組に入園した。明るくひょうきん者で、お人よしで大変我慢強い。友達との玩具の取り合いでは、常に我慢して友達に譲っていた。母親がしっかり仕付けをしていると好感が持てた(幼稚園)。親の仕付けが表面上最も功を奏していた時期である。

「幼稚園年長組」
 幼稚園年長組に進んだ。明るく理解力がある。絵本を好み内容もよく知っている。誰とでもは遊ばず、気心の知れた決まった友達と遊ぶ。将来なりたいものは「ボクシングの選手」と言っていた(幼稚園)。

 幼稚園年長組では、他の園児から苛められることもあったが、少年は反撃せず逃げ回っていたので、母は悔しがった。他方、苛められた相手ではない小さい女の子の頭を石で叩いたことがあった。

 少年は、幼稚園での場合と異なり、家庭内では、玩具の取り合い等で毎日のように弟二人と喧嘩をした。弟二人も結束して兄に対抗するので、どちらが加害者か分からない場合もあったが、下が泣くので必然的に兄の少年が叱られることになった。また、両親は、長男は我慢が大切で下の者と争った責任を取らねばならないとの考えであったから、母親が中心となって少年には厳しく叱責を続けた。口で何回も注意して聞かない時はお尻を叩くという体罰を加えた。体罰と言っても、社会常識を逸脱するような程度のものではなかったが、少年は、親の叱責がとても恐ろしく、泣いて見せると親の怒りが収まるのを知って、悲しいという感情がないのに、先回りして泣いて逃げる方法を会得した。このことは、後々、少年がその時々の感情を素直に出し難くしたという意味で悪影響を与えた。

「小学校1年」
 小学校に入学する時に、少年の母方祖母が暮らしていた現住居に家族全員で引っ越した。「サスケ」という犬もいた。

 明るくユーモアもあって友達も多い。普通の子であった(学校)。

 「おっとりしていて、私が小さい時に叱りすぎたせいか、思っていることをはっきり言えないので、積極性を身に付けさせたいと思っています(母の学校宛て文章)。

 一方、少年は、弟らと相変わらず兄弟喧嘩をしていて、親から厳しく叱られ続けていた。同居の祖母は、そんなに厳しく叱り過ぎると子が委縮するとして、母の仕付けの仕方に反対であり、母と祖母はしょっちゅう少年の前で言い争いをしていた。少年は、泣くか、祖母の部屋に逃げ込むことにより、母の叱責を回避していた。

 少年に幼年時代のことを聞くと、幼稚園の頃、祖母の背に負われて目をつぶり暖かさを全身で感覚しているというのが殆ど唯一の良い思い出であり、祖母は優しかったと語るが、少年は祖母の部屋を主に逃げ場として利用していたのであって、祖母との間に楽しいとか嬉しいとかの感情的共感が成立していた訳でもない。

「小学校2年」
 女子を苛めるグループに入っていて、後ろから女子の首をタオルで絞めたという記憶が残っているものの、友達も多く好かれていて、目立たないごく普通の生徒だった。家庭のことでは、「お母さんが厳しいので、宿題を忘れたことや悪戯をしたことは内緒にして」と訴えられた記憶がある(学校)。

「小学校3年」
 根は大変優しいが、超照れ屋。怒られることに過敏で、心を出せない子。本当の情緒が育っていない。母親は「スパルタで育てました」と言っていた。少年の家庭は気取らず下町的な感じで、友人もよく遊びに行っていた(学校)。

少年の作文「お母さんなしで生きてきた犬」
 ぼくのうちのサスケは、うまれてすぐぼくのうちにきてそだてられたから、お母さんのかおもしりません。くもりの日や雨の日には、こやの中で「クーン、クーン」といって、目になみだをためていました。ぼくがにわにでていって、「お母さんがこいしいか」ときいてみたら、「クーン、クーン」とまたいって、ぼくの足にしがみついてきました。ぼくは、「ぜったい、お母さんにあえるで」って、わかてもいないのに、つい口に出してしまった。だって、すごくかわいそうだったからだけどそうゆうことをゆうと、サスケのなみだがおさまって、ぼくの手をなめてくれました。雨がすごくふって、ぼくのかおにあたってもぜんぜんきづきませんでした。サスケとの会わにしんけんになっていたのです。(以下略)

少年の作文「まかい(=魔界)の大ま(=魔)王」
 お母さんは、やさしいときはあまりないけど、しゅくだいをわすれたり、ゆうことをきかなかったりすると、あたまから二本のつのがはえてきて、ふとんたたきをもって、目をひからせて、空がくらくなって、かみなりがびびーとおちる。そして、ひっさつわざの「百たたき」がでます。
 お母さんは、えんま大王でも手がだせない。まかいの大ま王です。
 (注)「百たたき」と言うのは明らかに誇大であり事実ではない。

 少年は3年生頃から物事に対し面倒くさがりになり、母は以前にも増して口やかましく干渉した。少年は、「今からやろうと思っていたところや」と言い返したが、母から「やることをやってから言いなさい」と押さえ込まれ、反抗できなかった。

 そのうち少年が、「お母さんの姿が見えなくなった。以前住んでいた家の台所が見える」等と言い、目の焦点が定まらない等様子がおかしくなって、医師の診断をうけた。母の過干渉による軽いノイローゼと診断され、「親の仕付けが厳しすぎる。早まって口出ししたり、過去のことをくどくどと言わず、子供の性格を理解した上で仕付けをしなさい」と指導を受けた。

 母は、その後、押しつけ教育を改め、少年の意思を尊重しようと心掛けた。
 親は余り叱らなくなったが、少年は親に対し、内心を悟られないように常に気を付けて仮面をかぶって対応するようになり、親に決して甘えようとしなかった。また、ベッドの回りを縫いぐるみで囲んでバリケードを作って眠るようになった。

「小学校4年」
 授業中積極的に発表を行い、休み時間は元気良く遊んでいる(学校)。

 3学期に、祖母が肺炎を予防するため入院した。ところが間もなく意識不明になり、体に管を一杯繋いだ状態になったので、少年らは面会させてもらえなかった。

「小学校5年」
 4月中旬、祖母が死んで帰宅した。最初は誰か分からなかった。触って見ると冷たいのに驚いた。生きているのと死んでいるのとでは、こうも違うのかと驚いた。生まれて初めて「悲しい」という感情を経験した。放心状態だった。

 学校では、明るくひょうきんという印象を与えていた。問題を起こす苛めグループの後ろに付いていたが、他方弱い子を庇ってもいた(学校)。 

 祖母の死との繋がりは不明であるが、ナメクジを待ち針で止めて、刺刀で腹部を裂いたり、カエルを待ち針で机に張り付けにして解剖したりすることが始まった。切ったり割いたり内臓を見るのが楽しかった。ナメクジやカエルは、計10匹位解剖した。身体のうずきを感じ、後に性衝動の始まりとわかった。

 『タンク山』に基地を作り、6人位の友達と遊んでいたが、子供は友達と遊ぶものという常識に従って遊んでいたもので、心から楽しいと思ったことがない。

 空想上の遊び友達『エグリちゃん』を創造し、『エグリちゃん』の絵を書いて、1人会話を楽しむようになった。『エグリちゃん』は醜い小人の少女であった。

 『バモイドオキ神』が夢の中に現れた。光の固まりという映像で、自分だけの守護神であると認識した。
 ヒトラーの「我が闘争」を読み、ヒトラーが情け容赦なく自分の道を進んだことに心酔した。この世は、劣る者は死に、優秀な者は支配するという争いの世界であると認識した。しかし、来世は草食動物に生まれ変わりたい。食われる側のほうが苦しまなくて良いと思った。

「小学校6年」
 友達の気持ちを考えながら行動できる優しさを持っているが、一方、殻を持った寂しい子のようで、心の中に近付けなかった。1回だけ、先生の前で、「何をするかわからん。このままでは人を殺してしまいそうや。お母ちゃんに泣かれるのが一番辛い。お母ちゃんは僕のことを変わっていると思っている。」と泣きじゃくったことがある(学校)。

 友達とエアガンで他の子供を撃つ遊びをした。

 阪神大震災に関し「知人の心配」という作文の中で、首相を非難した。

 ■■君を殴り、少年は教師に連れられて■■君宅へ謝罪に行った。泣いて謝って許してもらった。

 カエルを解剖することに飽き、ネコを殺し始めた。ネコの首を締め、口から脳へナイフを突き刺し、腹を割いて腸を引き出し、首を切り、脚を切る等した。灯油を掛けて焼死させたこともあった。

 ネコの舌を切り取り、塩漬けにし、記念品とした。殺したネコは20匹になるが、親にバレることは一切無かった。

 ネコを虐待しているとき、性的に興奮し、初めての射精を経験した。性衝動と動物殺しとの関係を自覚し、皆も同じと思って友達に話したが、「君は変だ」と言われた。このような自分に対して嫌悪感を覚えるようになり、殺しをする自分に対し酒鬼薔薇聖斗という名前を付けて、切り離したら一時的に気持ちが楽になった。

 学校で、「未来の家」という課題なのに、『死刑台に上る13階段』と名付けて、奇怪な工作を作ったことがある。

「小学校卒業後中学校入学まで」
 グループで万引きが流行った。少年は専らナイフを盗んだ。
 親に見つかって、「万引きと言えども盗みであり、善悪のけじめがわからないのか」と厳しく論されたが、少年は親の説論を聞いている振りをしながら、内心では「ナイフを取り上げられても、また万引きで直ぐ手に入る」と思っていた。両親はそれまで少年を「素直で優しく、隠し事をせず、長男の自覚がある」と評価していたが、万引き事件で「意思が弱い。表と裏がある」とショックを受けた。

「中学校1年」
 少年は、2階の個室を与えられた。

 スプレーの先に火を付け、火炎放射器のようにして遊んだ。注意した小学3年生の児童を蹴った。

 小学生の自転車をわざとバンクさせたり、女子同級生の体育館シューズを隠し、焼却炉で燃やしたことで、学校から児童相談所へ相談に行くよう勧められたが、母親は少年を病院へ連れて行った。診断の結果、医師は母親に対し、「発達障害の一種の注意欠陥(多動)症で、認知能力に歪みがあり、コミュニケーションがうまくいかないので、過度の干渉を止め、少年の自立性を尊重し、叱るよりも褒めたほうが良い」と指導した。

 母がその指導に従った結果、表面上、少年は落ち着きがでて、学校からも、「小学校の頃からの生活から切り替えるのに約1学期かかったが、自分自身で考え方や生活そのものを改善し、よく成長した」と評価された。

 卓球部に入り、部活動と門限の為、ネコ殺しはできなくなったが、同時にネコ殺しでは物足りなくなり、週に何回か自慰行為をする際のイメージはいつも、人間の腹を割き、内臓に噛み付き、貪り食うシーンであった。その人間は胴体と四肢だけで、男でも女でもなかった。友達もそうだろうと思って、殺人のイメージで自慰行為をしていることを話したが、「おかしい」と言われた。

 人間はどのようにすれば死ぬのか、人間を殺せばどんな気持ちになるのだろうということに関心が向かい、学校の授業中でさえ、勝手に、頭の中に白昼夢として、色・音付きの殺人の場面が生々しく現れてきて、学習意欲は無くなった。人の殺し方等を知る為、ホラービデオを見るようになった。

 中学1年の終わりの頃、恐喝未遂の被害を受けてから、護身用にナイフを持ち歩くようになった。

「中学校2年」
 女子同級生を「汚い」と苛めた。

 友達の勧めで、ホラービデオを万引きしたが発覚し、警察に母親が呼ばれて説諭された。
 また、卓球部の練習に全く参加しなくなった。6人いた友達とも殆ど離れていった。

 他方、道で拾ったカメを持ち帰り、自宅で大事に飼育し始めた。

 母親が少年に将来の希望を聞いても、「何もない。しんどい」としか言わず、母親は少年の気持ちがわからなくなった。

 進路希望について学校に出した作文に、葬儀屋の仕事について書き、死体が腐っていく過程をリアルに描写し、先生を悩ませた。

 学校に通ってはいたものの、学習意欲は失せ、先生に心を開かず、友達とも付き合わず、タンク山で1人で遊び、自宅個室では1人で昼間からカーテンを閉めて薄暗くし、雨が降る日を好み(子宮回帰願望であろうか)、殺人妄想に苛まれていた。

 中学校2年生の2月始め、階段で擦れ違う際、3年生の女生徒からまっさらの運動靴の上から足を踏まれ、謝罪をさせようと付け回していたところ、平成9年2月10日午後の授業が終わった後、制服姿でカバンを持ったまま、3年生の女生徒の自宅付近で待ち受けていたが、逆に怒鳴られ追いかけられて逃げたが、屈辱感を覚え、心理的混乱状態に陥った。その直後から、一連の非行が開始された。

 〈一連の非行時における少年の精神状態・心理的状況〉 

1 年齢相応の普通の知能を有する。意識も清明である。

2 精神病ではない。それを疑わせる症状も無く、心理テストの結果もそれを示唆する所見が無い。

3 性衝動の発現時期は正常であるが、最初からネコに対する攻撃(虐待・解剖)と結び付いた。その原因はわからない。自分の中にありながら、自分で押さえられないネコ殺しの欲動を“魔物”と認識し、その人格的イメージに対し『酒鬼薔薇聖斗』と名づけて、責任を分離しようとした。

4 ネコ殺しの欲動が、人に対する攻撃衝動に発展した。現実に他人を攻撃すれば罰せられる為、性衝動は2年近く空想の中で解消されていたが、次第に「現実に人を殺したい」との欲動が膨らんできた。

5 他人と違い、自分は異常であると分かり、落ち込み、生まれてこなければ良かった、自分の人生は無価値だと思ったが、次第に自己の殺人衝動を正当化する理屈を作り上げていった。

6 それは、自分が無価値なら、他人も無価値であるべきである、価値同士なら、お互いに何をするのも自由で、この世は弱肉強食の世界である。自分が強者なら、弱者を殺し支配することも許される」という独善的な理屈であった。

 以上は、鑑定人■■及び鑑定人■■の鑑定の結果に基づき認定した。認定を補足する為、鑑定書(185頁)の鑑定主文1および2を掲げる。

〈鑑定主文1 本件一連の非行時並びに現在の精神状態〉

 非行時・現在共に顕在性の精病状態には無く、意識清明であり、年齢相応の知的判断能力が存在しているものと判定する。

 未分化な性衝動と攻撃性の結合に因り、持続的且つ強固なサディズムが予て成立しており、本件非行の重要な要因となった。

 非行時並びに現在、離人症状・解離傾性が存在する。しかし、本件一連の非行は解離の機制に起因したものではなく、解離された人格に因って実行されたものでもない。

 直観像素質者であって、この顕著な特性は本件非行の成立に寄与した一因子を構成している。また、低い自己価値感情と乏しい共感能力の合理化・知性化としての「他我の否定」すなわち虚無的独我論も本件非行の遂行を容易にする一因子を構成している。

 また、本件非行は、長期に亘り多種多様にして且つ漸増的に重篤化する非行歴の連続線上にあって、その極限的到達点を構成するものである。

〈鑑定主文2 精神医学的に見た本件一連の非行の心理学的状況及び背景〉

 家庭における親密体験の乏しさを背景に、弟苛めと体罰との悪循環の下で「虐待者にして被虐待者」としての幼時を送り、“争う意思”即ち攻撃性を中心に据えた、未熟・硬直的にして歪んだ社会的自己を発達させ、学童期において、狭隘で孤立した世界に閉じこり、生々しい空想に耽るようになった。
 思春期発来前後のある時点で、動物の嗜虐的殺害が性的興奮と結合し、これに続く一時期、殺人幻想の白昼夢に耽り、食人幻想に因って自慰しつつ、現実の殺人の遂行を宿命的に不可避であると思い込むようになった。この間、「空想上の遊び友達」、衝動の化身、守護神、あるいは「良心無き自分」が発生し、内的葛藤の代替物となったが、人格全体を覆う解離或いは人格の全面的解体には至らなかった。また、独自の独我論的哲学が構築され、本件非行の合理化に貢献した。かくして衝動はついに内面の葛藤に打ち勝って自己貫徹し、一連の非行に及んだものである。

〈非行事実第1〉

 平成9年2月10日午後4時35分頃、神戸市須磨区中落合1丁目1番所在の落合第3団地402号棟南側路上において、小学校6年生の女児■■(当12年)の姿を認めるや、突然、カバンの中に持っているショックハンマーで殴ろうと思い立ち、同女に対し、取り出したショックハンマーで、その左後頭部を1回殴打する暴行を加え、因って、同人に対し加療約1週間を要する頭部外傷の傷害を負わせた(刑法204条に該当する)。

〈非行事実第2〉

 前記日時場所において、同様、小学校6年生の女児■■(当12年)に対し、前記ハンマーでその右後頭部を1回殴打する暴行を加えた(刑法208条に該当する)。

(その後の経緯)

 この2月の事件は、少年にとっても思いがけない出来事であったが、これをきっかけに、抑制していた欲動の蓋が開いたのか、平成9年3月15日夜、「鉄のハンマー(発覚玄翁)や小刀を人間に使ったらどうなるか試して見たい」と思い立った。


〈非行事実第3〉

 平成9年3月16日午後0時25分頃、神戸市須磨区竜が台2丁目1番所在の神戸市住宅供給公社35号棟西側路上において、通行中の小学校4年生の女児■■(当10年)に対し、未必の殺意を持って、1.5kgの発覚玄翁で同人の頭部を2回殴打し、因って、同月23日午後7時57分、神戸市中央区港中町丁目6番地所在の神戸中央市民病院において、同人を頭蓋粉砕骨折を伴う高度の脳挫傷に因り死亡させ、以て同人を殺害した(警報199条に該当する)。

〈非行事実第4〉

 前同日午後0時35分頃、神戸市須磨区竜が台5丁目20番所在の竜が丘公園北側路上において、通行中の小学校3年生の女児■■(当9年)に対し、未必の殺意を持って、刃体の長さ約13cmのくり小刀でその腹部を1回突き刺したが、同人に加療約14日間を要する腹部刺創及び外傷性下大静脈損傷等の傷害を負わせたに留まり、殺害の目的を遂げなかった(刑法203条・199条に該当する)。

(その後の経緯)

「 少年の手記・・・『愛する「バモイドオキ神」様へ』・・・3月に作成された3通」

H9、3、16付け

今日人間の「こわれやすさ」をたしかめるための「聖なる実験」を行いました。その記念としてこの日記をつけることを決めたのです。実験の内容は、まず公園に1人であそんでいた女の子に話しかけ、「ここらへんに手を洗う場所はありませんか?」と聞き、「学校にならありますよ」と答えたので案内してもらうことになりました。2人で歩いている時、ぼくはあらかじめ用意していたハンマーかナイフかどちらで実験を行うか迷っていました。最終的にはハンマーでやることに決め、ナイフはこの次にためそうと思ったのです。しばらく歩くと、ぼくは「お礼を言いたいのでこちらを向いて下さい」と言いました。そして女の子がこちらを向いたしゅん間、ぼくはハンマーを取り出し、女の子は悲鳴をあげました。女の子の頭めがけて力いっぱいハンマーをふりおろし、ゴキッという音が聞こえました。2、3回なぐったと思いますが、こうふんしていてよくおぼえていません。そのまま、階だんの下に止めておいた自転車に乗り、走り出しました。走っていると中、またまた小さな男の子を見つけ、あとをつけましたが団地の中に入りこみ、見失ってしまいました。仕方なくもと来た道を自転車で進んでいると中、またまた女の子が道を歩いているのが見えました。その女の子が歩いている道の少し後ろの方に自転車を止め、公園を通って先回りし、道から歩いてくる女の子を通りすがりに今度はナイフをつかってさしました。まるでねん土のようにズボズボっとナイフがめりこんでいきました。女の子をさした後にその後ろの方に止めておいた自転車に乗り、家に向かって走り出しました。家に帰りつくと、急きゅう車(=救急車)やパトカーのサイレンの音がなりひびき、とてもうるさかったです。ひどくつかれていたようなので、そのまま夜までねむりました。今回の「聖なる実験」がうまくいったことを、バモイドオキ神さまに感しゃします。

H9、3、17付け
今日の朝新聞を読むと、昨日の「聖なる実験」の事がのっていたのでおどろきました。内容を読んでみると、どうやらあの2人の女の子は死んでいなかったようです。ハンマーでなぐった女の子の方は、意識不明の重態で入院し、ナイフでさした方の女の子は軽いケガですんだそうです。人間というのは壊れやすいのか壊れにくいのか分からなかったけど、今回の実験で意外とがんじょうだということを知りました。

H9、3、23付け (注)3、24の誤記
今日の朝目が覚め、階段をおりて下に行くと、母が「かわいそうに、通り魔におそわれた子が亡くなったそうよ」と言いました。新聞を読んでみると、死因は頭部の強打による頭蓋骨の陥没だったそうです。頭をハンマーでなぐった方は死に、お中をさした方は順調に回復していったそうです。人間というのは壊れやすいのか壊れにくいのか分からなくなってきました。容疑も傷害から殺人と殺人未遂に変わりましたが、以前(=依然)として捕まる気配はありません。目撃された不審人物もぼくとはかけはなれています。これというのも全てバモイドオキ神様のおかげです。これからもどうかぼくをお守り下さい。

「少年の手記・・・『懲役13年』・・・平成9年4月頃作成」

1 いつの世も…、同じ事の繰り返しである。
 止めようのないものはとめられぬし、
 殺せようのないものは殺せない。
 時にはそれが、自分の中に住んでいることもある…
「魔物」である。
 仮定された「脳内宇宙」の理想卿で、無限に暗く そして深い防(=腐)臭漂う
 心の独房の中…
 死霊の如く立ちつくし、虚空を見っめる魔物の目にはいったい、
“何”が見えているのであろうか。
 俺には、おおよそ予測することすらままならない。
「理解」に苦しまざるをえないのである。

2 魔物は、俺の心の中から、外部からの攻撃を訴え、危機感をあおり、
 あたかも熟練された人形師が、音楽に合わせて人形に踊りをさせているかのように俺を操る。
 それには、かつて自分だったモノの鬼神のごとき「絶対零度の狂気」を感じさせるのである。とうてい、反論こそすれ抵抗などできようもない。
 こうして俺は追いつめられてゆく。「自分の中」に…
 しかし、敗北するわけではない。
 行き詰まりの打開は方策ではなく、心の改革が根本である。

3 大多数の人たちは魔物を、心の中と同じように外見も怪物的だと思いがちであるが、事実は全くそれに反している。
 通常、現実の魔物は、本当に普通な“彼”の兄弟や両親たち以上に普通に見えるし、実際、そのように振る舞う。
 彼は、徳そのものが持っている内容以上の徳を持っているかの如く人に思わせてしまう・・・
 ちょうど、蝋で作ったバラのつぼみや、プラスチックで出来た桃の方が、
 実物は不完全な形であったのに、俺たちの目にはより完璧に見え、
 バラのつぼみや桃はこういう風でなければならないと俺たちが思いこんでしまうように。

4 今まで生きてきた中で、“敵”とはほぼ当たり前の存在のように思える。
 良き敵、悪い敵、愉快な敵、不愉快な敵、破滅させられそうになった敵。
 しかし最近、このような敵はどれもとるに足りぬちっぽけな存在であることに気づいた。
 そして1つの「答え」が俺の脳裏を駆けめぐった。「人生において、最大の敵とは、自分自身なのである。」

5 魔物(自分)と闘う者は、その過程で自分自身も魔物になることがないよう、気をつけねばならない。
 深淵をのぞき込むとき、
 その深淵もこちらを見つめているのである。

   「人の世の旅路の半ば、ふと気がつくと、
俺は真っ直ぐな道を見失い、
暗い森に迷い込んでいた。」

(注)懲役13年とは、少年が生きてきた期間であり、それが懲役のようなものであったとの趣旨である。魔物を具体的に人格で表したものが、酒鬼薔薇聖斗であろうと思われる。

「少年の手記・・・『愛する「バモイドオキ神」様へ』・・・平成9年5月8日付け

 バモイドオキ神様、ぼくは今現在14歳です。もうそろそろ聖名をいただくための聖なる儀式、『アングリ』を行う決意をせねばなりません。ぼくなりに『アングリ』についてよく考えてみました。その結果、『アングリ』を遂行する第1段階として、学校を休む事を決めました。いきなり休んではあやしまれるので、まず自分なりに筋書を考えてみました。その筋書きとはこうです。
 (注)その筋書きの記載はない。

〈非行事実第5、第6に至る経緯〉

 どうしても押さえることのできない「人を殺したい。今度は絞殺して見たい。殺した相手の人格の全てを支配したい。」という欲望は、更に頭の中で広がって行き、学校を休む方法の実践に入った。

 平成9年5月13日  同級生の男子生徒■■に対し、殴る蹴るの暴行を加えた。
 平成9年5月14日  少年は、父親同席の下で中学校の先生から注意を受けた。父親も少年の気持ちがわからなくなり、少年の「明日から学校を休みたい」という希望を両親は受け入れた。
  平成9年5月15日  不登校開始。少年は、事実に反し、「不登校は教師のせい」と言い触らす。
  平成9年5月16日  親に連れられて止むなく児童相談所へ通い始めたが、毎日誰か適当な殺す人間を探して自転車で町内をうろついた。

〈非行事実第5〉

 平成9年5月24日昼過ぎ頃、自宅を出て自転車で走っている時、多井畑小学校の近くの路上で、小学校6年生の■■君(当11年)と偶然出会い、とっさに、「■君ならタンク山頂上付近まで連れて行き、そこで殺せる」と思い、向こうの山に「カメ」がいるから一緒に見にいこう」と誘い、同日午後2時過ぎ頃、神戸市須磨区友が丘9丁目22番地所在の神戸市開発管理事業団ケーブルテレビアンテナ基地局施設(タンク山山頂)の入り口前に連れて行き、同所で、殺意を持って、後ろから右腕を■君の首に巻き、絞め付けながら■君を倒し、次いで仰向けにし、馬乗りになって手袋をした両手で首を絞めた後、自分の履いている運動靴の紐を抜き、その紐で■君の首を絞め、因って、即時同所において、同人を室息に因り死亡させ、以て同人を殺害した(刑法199条に該当する)。

(その後の経緯)

 ■君を殺すことが出来、■君を支配出来て、■君が僕だけのものになったという満足感でいっぱいになった(殺している間、性的に興奮していた)。

 ケーブルテレビアンテナ施設の中の建物の床下に死体を隠そうと思い、ケーブルテレビアンテナ施設の入り口の南京錠を壊す為、山を降りて、近くの商店から金鋸と南京錠を万引きして来、金鋸で南京錠のツルを切断し、施設の中に■君の遺体を運び込み、建物の床下に隠した。鋸も付近の溝の中に隠した。施設の扉を閉めて、新しい南京錠で施錠した。
 帰宅後タ食も食べずに2階の少年用の個室で寝入り、夜中に目が覚めた時、ふと隠してある金鋸で■君の首を切りたい、人間の身体を支配している頭を胴体から切り離してみたい、その時に手に伝わってくる感覚や、切った後の切り口も見たいとの衝動に駆られた。

〈非行事実第6〉

 平成9年5月25日午後1時頃から3時頃までの間に、前記ケーブルテレビアンテナ施設の中で、床下から■君の死体を引き出し、金鋸を用いて前記■君の死体の頸部部分を頭部と胴体部とに切断し(その際性的に興奮していた)、同月27日午前1時頃から3時頃までの間に、その頭部を神戸市須磨区友が丘7丁目283番地の1所在の神戸市立友が丘中学校正門前に投棄し、以て死体を損壊・遺棄した(刑法190条に該当する)。

〈死体損壊と遺棄との間の経緯〉

 少年は、胴体を建物の床下に押し込んでから、首を地面に置いて、この不可思議な映像は僕が作ったのだとの満足感に浸りながら鑑賞した。

 ■君は目を開いたままで、眠たそうな目をして、どこか遠くを眺めているような目をしていた。

 そして、僕の声を借りて、「よくも殺しやがって。苦しかったじゃないか。」と文句を言った。
 (注】幻聴体験だが、一過性のもので分裂病性の幻覚とは異質のもの。
 「君があの時間にあそこにいたから悪いんじゃないか。」と言い返した。

 ■君は更に文句を言うので、魂を取り出そうと思い、ナイフで目を突き、瞼を縦に2~3回切り、口から両耳にかけて切り裂いた。すると■■君は文句を言わなくなった。
 
「殺人をしている時の興奮を後で思い出すための記念品」として持って帰る為、■君の舌を切り取ろうと思ったが、『死後硬直』の為口が開かず、目的を達することが出来なかった。

 少年は、「自分の血は汚れているので、純粋な子供の血を飲めば、その汚れた血が清められる」と思い、ビニール袋に溜まっていた■君の血を口1杯分飲んだ。

 「もっと人目に付かない所へ首を運んで、ゆっくり鑑賞しよう」と考えた。

 別のビニール袋に首を入れ、金鋸は鞄に入れて帰途についた。捜索隊の物音が聞こえたので、裏道から山を降りた。町の中を通り、向畑ノ池・友ヶ丘西公園を経て入角ノ池へ向かった。途中、森の中で機動隊と思う3名の人に出会った。「危ないから帰れ」と言われた(その時は鞄の中に首を入れていた)。入角ノ池の側の木の根元の穴に首を隠した。その前に首を地面において2~3分鑑賞したが、大した感動は無かった。金鋸は、その後向畑ノ池に投げ捨てた。

 翌26日昼、首を持ち帰り、自宅風呂場で丁寧に洗い、タオルで拭き、毛を櫛でといた(性的に興奮していた)。2階の少年用の個室の天井裏に隠した。

 神戸市立友が丘中学校正門前に首を置き、学校に責任をなすりつけようとした。そして、捜査撹乱の為次の文書を作成し、この声明文を口にくわえさせて頭部を遺棄した。

  さあ、ゲームの始まりです
  愚鈍な警察諸君、
  ボクを止めてみたまえ
  ボクは殺しが倫快でたまらない
  人の死が見たくて見たくてしょうがない
  汚い野菜共には死の制裁を!!
  積年の大怨に流血の裁きを!!
                SHOOLL KILL
                学校殺死の酒鬼薔薇
                 酒鬼薔薇 聖斗

〈その後の経緯〉
 
「平成9年5月27日・・・頭部遺棄の当日」
 母と一緒に児童相談所に行った少年は、指示により「木」の絵を書いたが、幹が落雷により折れて千切れている大木を書いた。幹は自分を指すと解釈されており、白分も千切られたという深層心理状態を現しているものと理解される。

「平成9年5月末頃」

 自分が自分に締め殺され、それを横で自分が見ている夢を見た。締め殺されている自分の形相の凄まじさは底無しの恐怖であった。

「平成9年6月4日」
 神戸新聞社への犯行声明文

この前ボクが出ている時にたまたまテレビがついており、それを見ていたところ、報道人がボクの名を読み違えて『鬼薔薇(オニバラ)』と言っているのを聞いた。人の名を読み違えるなどこの上なく愚弄な行為である。表の紙に書いた文字は、暗号でも謎かけでも当て字でもない、嘘偽りないボクの本命(=本名)である。ボクが存在した瞬間からその名がついており、やりたいこともちゃんと決まっていた。しかし悲しいことにぼくには国籍がない。今までに自分の名で人から呼ばれたこともない。もしボクが生まれた時からボクのままであれば、わざわざ切断した頭部を中学校の正門に放置するなどという行動はとらないであろう。やろうと思えば誰にも気づかれずにひっそりと殺人を楽しむ事もできたのである。ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までもそしてこれからも透明な存在であり続けるボクを、せめてあなた達の空想の中でだけでも実在の人間として認めて頂きたいのである。それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育を生み出した社会への復讐も忘れてはいない。
だが単に復讐するだけなら、今まで背負っていた重荷を下ろすだけで、何も得ることができない。そこでぼくは、世界でただ一人ぼくと同じ透明な存在である友人に相談してみたのである。すると彼は、「みじめでなく価値ある復讐をしたいのであれば、君の趣味でもあり存在理由でもありまた目的でもある殺人を交えて復讐をゲームとして楽しみ、君の趣味を殺人から復讐へと変えていけばいいのですよ。そうすれば得るものも失うものもなく、それ以上でもなければそれ以下でもない君だけの新しい世界を作っていけると思いますよ。」その言葉につき動かされるようにしてボクは今回の殺人ゲームを開始した。
しかし今となっても何故ボクが殺しが好きなのかは分からない。持って生まれた自然の性としか言いようがないのである。殺しをしている時だけは日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。人の痛みのみがボクの痛みを和らげる事ができるのである。
   ――最後に一言――
この紙に書いた文でおおよそ理解して頂けたとは思うが、ボクは自分自身の存在に対して人並み以上の執着心を持っている。よって自分の名が読み違えられたり、自分の存在が汚される事には我慢ならないのである。今現在の警察の動きをうかがうと、どう見ても内心では面倒臭がっているのに、わざとらしくそれを誤魔化しているようにしか思えないのである。ボクの存在をもみ消そうとしているのではないのかね。ボクはこのゲームに命をかけている。捕まればおそらく吊るされるであろう。だから警察も命をかけろとまでは言わないが、もっと怒りと執念を持ってぼくを追跡したまえ。今後一度でもボクの名を読み違えたり、またしらけさせるような事があれば1週間に三つの野菜を壊します。ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら大間違いである。

   ――ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている――
(注)殺して魂を抜き取ることを「二度殺す」と表現している。

P、S 頭部の口に銜えさせた手紙の文字が雨かなにかで滲んで読み取りにくかったようなのでそれと全く同じ内容の手紙も一緒に送る事にしました。

                  ボクの名は酒鬼薔薇聖斗
                    夜空を見るたび思い出すがいい
                           酒鬼薔薇 聖斗


(非行事実第3及び第4について、未必の殺意を認めた理由)

 犯行の動機が、1.5kgの鉄のハンマー(八角玄翁)や刃体の長さ約13センチメートルのくり小刀を人間に使ったらどうなるか試して見るということであり、使用した凶器が致命的なものであること、八角玄翁で頭を殴り、くり小刀で腹部を刺すという用い方をしていて、加えた傷害の部位が身体の重要な部所であることを考えると、攻撃回数が少ない為、確定的殺意までは認めることができないが、仮に死の結果が発生しても止むを得ないとの認識であったと認めざるを得ない。

(現在の少年の状況)

 被害者らに済まなかったとは思わない。償いをしたいとも思わない。元々、何時か捕まって、人を殺した自分も殺される(死刑になる)と思っていた。社会復帰なんかしたくない。このまま施設内の静かな所で早く死にたい。殺した2人の魂が体内に入り込んで来ていて、毎日3回位、1回40秒位、腹や胸に食い付く。締め付けるように痛い。今に自分の身体が食い尽くされる。非常にしんどく苦しいが、自分が死ぬまで出て行ってくれないだろう。

 性衝動は全然無い。酒鬼薔薇聖斗もどこかへ消えた。

(証拠排除についての判断)

 兵庫県警察本部科学捜査研究所は、須磨警察署長からの平成9年6月5日付依頼により、「さあ、ゲームの始まりです」で始まる犯行声明文等及び神戸新聞社宛て声明文等(これらは犯人に因る意図的に角張った作り字に因り作成されたことが明らかである)と、少年が自然に作成した、中学校2年時の「ゆらぐ身分制度」との作文及び中学校3年時の「3年生になって」との作文の筆跡は、同一人の筆跡かどうかを、書体の違いの影響を受け難い項目における筆跡個性について比較検査した。

 その結果、犯人が作り字により作成した声明文等の筆跡と少年の自然な作文の筆跡との間には、次の8つの類似点があることがわかった。


1 「わ」、「れ」、「ね」の第2画の第1転折部が第1画よりも右側に食み出している。
2 「は」、「ま」、「な」、「ば」、「ぼ」のループ(輪)の部分が目立って小さい。
3  濁点が著しく低い位置にうたれる傾向がある。
4 「身」の第3画が「丁」のように2筆に分かれる。
5 「達」が「逹」と書かれている。
6 「制」の左下が、「巾」のように真ん中の縦線が左右の縦線より目立って長い。
7 「頭」の「豆」と「頁」の間隔がやや広い。
8 「へ」の転折部の左右がほぼ同じ。

 他方、相違点として次の5つがあることもわかった。

1 「は」に「は」のような点が付されている。
2 「そ」の始筆部が声明文では「ソ」、作文では「フ」
3 声明文では「怒」、作文では「努」の「又」の部分が「攵」。
4 声明文の宛名の郵便番号の「0」の接合部が文字の下であるのに、作文では接合部が文字の上。
5 声明文の「を」の第3画は、転折部の前半より後半が長い傾向があるのに、作文では、転折部の前半より後半が著しく短い。また、少年の作文には初歩的誤字があり、この筆者に「愚弄」「薔薇」「銜え」等の文字が想起できるものかどうか疑わしい。

 そこで、科学捜査研究所は、「声明文の筆跡と少年の作文の筆跡には、類似した筆跡個性が比較的多く含まれているが、同一人の筆跡か否かを判断することは困難である」と判定し、平成9年6月27日に、その旨の検査回答書を提出した。

 平成9年6月28日午前8時前、少年は県警本部の取り調べ室へ任意同行され、取調官とその補助者の2名の警察官から一連の事件について取り調べを受けた。
 2月の事件(非行事実第1・第2)と3月の事件(非行事実第3・第4)については、多少の沈黙の後簡単に自白をしたが、5月の事件(非行事実第5・第6)については、少年は自分だけの宝としておきたいと考えており、取調官に対し「黙秘権はあるのですか?」と尋ね、「ある」という返事を聞くと、20分も獣秘を続けた。取調官が疑惑を指摘しながら種々追及すると、「物的証拠はあるのですか?」と尋ねた。

 集めた全ての状況証拠の中で、筆跡鑑定は最も高い位置にあったところ、科学捜査研究所が、声明文の筆跡と少年の作文の筆跡が同一人の筆跡か否かを判断することは困難であると判定した為、逮捕状も請求できず、任意調べにおける被疑者の自白が最後の頼りであった。

 そうすると、物的証拠はあるのですかとの少年の問いに対し、筆跡鑑定のことを述べるのであれば、検査回答書を示し、5項目の相違点もあるが、8項目もの類似点があり、君が書いたものではないのかと尋ねるのが公正である。

 然るに、取調官は、少年の問いに対し、「物的証拠はここにある」と言って、机の上の捜査資料のファイルをパラパラとめくって、赤い字で書かれた神戸新聞宛て声明文のカラーコピー等を見せ、「この声明文が君が書いた字であることはわかっている。素人にもわかる」と言い、あたかも筆跡鑑定により、声明文の筆跡が少年の筆跡と一致しているとの結果が出ているかのように騙し、その結果、少年は、物的証拠(=筆跡鑑定)があるのなら止むを得ないと考え、泣きながら自白した。

 取調官がこのように少年を騙したことは、もとより違法であり、同一取調官に対する少年の非行事実第5及び第6についての供述調書全部(平成9年6月28日付け、同月29日付け、同月30日付け2通、同年7月1日付け、同月2日付け、同月3日付け、同月6日付け、同月7日付け、同月8日付け、同月10日付2通・同月12日付け、同月14日付け、同月18日付けのうち7枚のもの)を、刑事訴訟法規則207条により本件保護事件の証拠から排除する。

 他方、検察官は、少年に対し、「言いたくなければ言わなくてもよいのは初論、警察で言ったからといって事実と違うことは言わなくてもよい」と明確に告げてから少年の供述を求めているから、毒樹の果実の理論の適用は無い。従って、少年の検察官に対する供述調書(及びその中で触れられている証拠物)は証拠排除の理由がない。

                   処     遇

(再犯の防止)

 少年は、表面上、現在でも自己の犯行を正当化していて、反省の言葉を述べない。しかし、描いた絵の幹が千切れていたこと、恐ろしい夢を見たこと、入り込んできた被害者の魂に因り苦しめられていることからすると、心の深層においては良心の芽生えが始まっているように思える。

 しかし、今後、表面上反省の言動を示し始めても、それだけで即断せず、熟練した精神科医による臨床判定(定期的面接と経過追跡)と並んで、熟練した心理判定員による定期的心理判定を活用すべきである。例えばロールシャッハテストによると、現在は、他者への共感力に乏しく、他者の存在や価値を認めようとせず、対人関係に不安・緊張が強く、人間関係の維持が困難であり、TAT(絵画統覚検査)所見は、現在は、他者に対する被害感が強く、裏腹に強い攻撃性と完全な支配性を持つ(人間関係は、攻撃するかされるか、支配するかされるかの関係である)が、これらに、表面上だけでなく、好ましい方向への根本的変化が現れつつあるかどうかを追跡し、判定の慎重を期すべきである。

(自殺・他殺の防止)

 少年は、現在、「自己の生を無意味である」と思っているので、いつでも自殺の恐れがある。また、良心が目覚めていくとすれば、その過程で自己の非行の重大性・残虐性に直面し、絶望して自殺に走る恐れがある。

 また、少年の犯罪を憎む第三者から“天誅”として殺される恐れがある。

(精神病の予防・治療)

 現状のままでも、精神分裂病・重症の抑うつ、解離性同一性障害(多重人格)等の重篤な精神障害にいつでも陥る可能性がある。これからこれらの疾患の好発年齢に入る。また、良心が目覚めていくとすれば、その過程で自己の非行の重大性・残虐性に直面して絶望し、それを契機として、同様重篤な精神障害に陥る恐れがある。これを予防し、早期に治療する為、熟練した精神科医が概ね週に1回程度は診察する必要がある。

(更生のケアー)

 年齢的に、人格等が尚発展途上にあるから、今後普通の人間のような罪業感や良心が育っていく可能性がある。また、性的嗜好も通常の方向へ発達改善される可能性がある。

 当分の間、落ち着いた、静かな、一人になれる環境に置き、最初は1対1の人間関係の中で、愛情をふんだんに与える必要がある。徐々に複数の他者との人間関係を持たせるようにし、人との交流の中で認知の歪みや価値観の偏りを是正し、同世代の者との共通感覚や知識を持たせるのが良い。

 また、社会的な常識や良識を持たせたり、他人の気持ちを察し相手の立場を配慮して、適切に自己表現できる力を付けさせる等、現実的な対人関係調整能力を身に付けさせる為には、具体的な行動訓練により、一つ一つ教えていく必要がある。

 性的嗜好を改善して性的な発達を促す為の性教育を行うについては、治療スタッフに女性が加わっていることが望まれる。

 尚、両親(特に母親)との関係の改善も重要である。適当な時期に交流を持たせ、面会時には、家族カウンセリングの技法を活用すべきである。

 以上は、主として、鑑定人■■及び鑑定人■■の鑑定の結果と、神戸少年鑑別所長の鑑別結果通知書により認定した。参考のため、鑑定書の鑑定主文3を掲げる。

鑑定主文3 少年の処遇上参考になる事項

 この少年は、本件一連の非行が予後の厳しさを示唆する種類のものであり、また現在まことに恬然としているとはいえ、年齢的に人格が尚発達途上にあることを考慮すれば、罪業感や良心が今後自覚される可能性が全くないとは言えず、その自覚をとおしての更生に希望を託す他は無い。この直面化には熟練した精神科的接近法を要する。しかし、良心あるいは罪業感は両刃の刃であって、直面化の過程で、分裂病・重症の抑うつ状態・解離性同一性障害(多重人格)等の重篤な精神障害が生起する可能性もある。少年は今後これらの疾患の好発年齢に入る。さらに少年に対して法を無視した制裁の危険も否定できない。以上全てを考慮すれば、隔離状況で今後の精神的変化に対応できる環境での処遇が望ましいと思料する。

 ここで、被害感情について触れる。被害感情は、察するに余りある。当然のことながら真に厳しい。

 少年が殺害した小学校6年生の男児の両親とは、少年の両親は未だ直接面会する機会に恵まれないが、小学校4年生の女児の両親とは、最近、双方の弁護士立ち会いのもとで、直接会って謝罪しており、その際、小学校4年生の女児の両親は、「少年を見捨てることなく、少年にその責任を十分自覚させて下さい。再び同様の罪を繰り返さないように、少年を十分指導監督して下さい。」と述べた。少年及び少年の両親は、この言葉に応える責任がある。

 当裁判所は、いつの日か少年が更生し、被害者・被害者の遺族に心から詫びる日の来ることを祈っている。

 結論

 以上によると、医療少年院送致が相当であることが明らかである。

 よって、少年法24条1項3号・少年審判規則37条1項を適用して、主文の通り決定する。


                           平成9年10月17日
                        家庭裁判所
                          裁判官 **


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