【新世界事情】市民も裁く アメリカ 韓国 ドイツ フィリピン

2008-08-24 | 裁判員裁判/被害者参加/強制起訴

中日新聞 2008年8月20日

 裁判に市民が関与する取り組みは、司法と民主主義の関係上大きな意味があるといわれます。一方、陪審員の務めを避ける市民や、制度の悪用を狙う組織などの存在は、各国の司法関係者を悩ませています。

米国 陪審制 セレブも市長も義務
「マライアもデニーロも陪審員を務めた」と、市民の義務を強調するホメニク陪審部長=米ニューヨーク郡地裁で

 ウディ・アレン、マライア・キャリー、ロバート・デニーロ、ラルフ・ローレン、ヘンリー・キッシンジャー-。陪審員を務めた著名人のリストは延々と続く。「ここではみな平等に務めを果たしてもらってます」と、ニューヨーク郡地裁のビンセント・ホメニク陪審部長は誇らしげだ。

 米国は言わずと知れた陪審制の国。裁判への参加は納税と同等の義務として定着している。州により違いはあるが、ニューヨーク州は原則的に免除を認めていない。ジュリアーニ前ニューヨーク市長は現職中、シャワーで下半身をやけどした住人が家主を訴えた民事裁判で、陪審員を五日間務めた。裁判官や警察官でも殺人事件の陪審員になる例がある。

 家族の世話、特殊業務、試験などの事情は日本では免除理由となりうるが、ここではせいぜい義務が延期されるだけ。

 日当は原則四十ドル(約四千四百円)と、日本の上限一万円よりかなり低い。裁判所の通知を無視し続けると千ドルの科料の上に起訴されることもある。

 それでも裁判所の呼び出しに応じない市民は約一割。辞退申し出の文書には、罵詈(ばり)雑言を書き連ねたり、「私は死んだ」と記したりと、さまざまな抵抗の跡が見られる。

 日本の裁判員制度導入に、ホメニク部長は「陪審制と違い、市民が裁判官に意見することも想定しているが、日本の国民性からは難しいかも」と話した。(ニューヨーク・阿部伸哉、写真も)

韓国 国民参与裁判 試行半年 出席率は3割
一般市民から選ばれた陪審員(左側)が参加した国民参与裁判=大邱地裁で

 九人が座る陪審員席の正面の壁に白いスクリーンが掛かる。韓国で最初の「国民参与裁判」が二月に行われた大邱地裁。一緒に飲酒していた知人が無視したことに腹を立て顔などを刃物で切り付けた男(51)が七月末、法廷のスクリーンの横でうつむいていた。

 検察官が大法院判例などを映し出す。「被害者のことを考えてほしい」と陪審員に訴え、殺人未遂罪で懲役五年を求刑した。陪審員は一時間半の評議の結果、殺人未遂は無罪として暴力行為で懲役二年の実刑を決め、裁判長が宣告した。

 国民参与裁判は昨年四月、弁護士だった前大統領の意向を反映して導入された。今年から二年間試行する。殺人など重大犯罪を対象とし、陪審員が無作為に選ばれる点は日本と同じ。しかし、被告が国民参与か裁判官だけかを選択できる点や、裁判官が陪審員の評決に拘束されずに判決を出せる点が異なる。

 試行半年後に大法院が調べた結果、全国二十三件の約九割で陪審員と裁判官の判断が一致。心配された陪審員候補者の出席率も29・7%で、法曹関係者は「予想より高め」と評した。一方、国民参与を望んだ被告の半数近くが申請を撤回した実態も判明。国民参与の裁判は準備に日数がかかる事情などが原因だった。大邱地裁で陪審員を務めた会社員の金輝東(キムヒドン)さん(51)は「この制度が定着するといい」と満足そうに話し、日当十万ウォン(約一万千円)を手にしていた。(韓国慶尚北道大邱市で、築山英司、写真も)

ドイツ 参審制 法廷進出うかがう極右も
独刑事裁判の様子。法服姿の職業裁判官の両側が一般市民の名誉職裁判官。この法廷では、長期の裁判となることから、引き継ぎで二人の名誉職裁判官が同席している。右端は書記官、手前右は被告弁護人=ベルリン地裁で

  フランス革命の影響で、一八四〇年代に市民の司法参加に道を開いたドイツ。現在の刑事裁判では裁判官と市民が合議で裁判を進める「参審制」が実施されている。構成は職業裁判官三人と一般市民から選ばれる「名誉職裁判官」の二人。この五人が合議で罪の有無や量刑を判断する。罪の有無で意見が割れると、三分の二の多数で決定する。職業裁判官だけでは判決が下せない仕組みだ。

 市民の候補者リストは、地元自治体が本人の意思を確認した上で作成。その中から裁判所が選出する。任期は四年だが、来年からは五年となる。年十日の出廷が求められ、一時間五ユーロ(約八百五十円)の手当と交通費が支給される。

 ベルリンの税務署に勤務するアンゲリカ・ドゥーラさん(51)は、名誉職裁判官になって三年半。最初は個人的な興味から登録して選出されたが、銀行強盗や暴力事件などの裁判にかかわる中で制度の重要性を認識した。「複雑な司法を平凡な市民にもよく見えるようにする仕組みです。民主主義への影響も大きいでしょう」と話す。

 同制度は、どんな市民を選ぶかがカギ。職業裁判官歴二十五年のトーマス・ザイフェルトさん(50)は「名誉職裁判官に積極的に登録し、ドイツの司法を操ろうと呼びかける極右勢力もあります。注意しないと、ネオナチが暴力事件を起こしても裁判が成り立たない事態も起きるかもしれません」と話している。(ベルリン・三浦耕喜、写真も)

フィリピン 市民参加未導入 専門の裁判官さえ不足
フィリピン最高裁の法廷。裁判官不足による訴訟の遅れが各地で問題になっている=マニラ市で

  市民参加の論議以前に、フィリピンの裁判所では、山積みになった訴訟案件の処理が遅々として進まないことが大きな問題となっている。理由の一つは、裁判官不足だ。報酬が低く、司法資格を持っていても裁判官になろうという人は少ない。

 今年五月現在、裁判官のいない裁判所は全体の21%にも上る。提訴から判決までに平均六年もかかっており、市民には不評だ。

 「最大の課題は財源不足です。裁判官に十分な給料を支払えれば、もっと人材が集まるのですが」。最高裁判所の報道担当官マイダス・マルケスさんはため息をつく。最高裁から全国の地方裁判所まで計三万人の職員がいるが「今年われわれに与えられたのは国家予算のわずか0・88%。インターネットすらない裁判所もあります。どうやって回覧や判例を送れと言うんですか…」と嘆く。

 そんな中、アジア開発銀行などの資金を得て始めた取り組みは、バスを改造した移動裁判所だ。判事を乗せて各地へ出掛けていき、調停事案を中心に、滞っている案件を消化していく。現在、三台が全国で活躍中だ。

 だが、それも根本的な解決には遠い。マルケスさんは「せめて国家予算の2-3%の財源がほしい」と話し、「陪審制度を導入しようという声もありますが、資金が必要なので無理です」と苦笑いした。(マニラ・吉枝道生、写真も)


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