郷原信郎氏×魚住昭氏「主任検事逮捕! 証拠改竄! 特捜神話の崩壊」③2010年10月19日(火) 永田町ディープスロート からの続き
郷原 どうしますかねえ。不起訴にしても・・・、そりゃあちょっと不起訴ではもたないんじゃないですかねえ。検察審査会が・・・。
魚住 それこそ検察審査会が出てくる。
郷原 そういう事件こそ、本来の検察審査会のマターなんですよ、身内の問題ですから。しかも個人を真っ黒にすればするほど、これはもう検察審査会は起訴相当の議決になりますよ。
魚住 そうかそうか。そういう連鎖が起きるんですね。
郷原 ええ。
魚住 じゃ、ジレンマがあるじゃないですか、最高検にも。
郷原 そうなんですよ。
魚住 ということは、前田さんはそんなに悪気はなかったんだけど、ちょっと魔が差してやってしまったんだよ、みたいな話に纏めるのがいちばんいいんですかね、最高検にとってみれば。
郷原 無理です。そういうストーリーにはならないです、どう考えても(笑)。
編集部 絵を描くのが得意な特捜でも・・・。
郷原 無理でしょう、さすがに。だって、今の経過から考えておかしいですよ。故意である以上は、やっぱりなんらかの形でストーリーの矛盾をなんとかしようということじゃないとおかしいし、そこがはっきり分からないまま、なんか出来心でっていうことじゃ捜査したことにならないですよ。誰も納得しないですよ。
魚住 そうですね。この際検察の膿が出ることを期待してるんですけども、いちばん大事なことはこの問題をきっかけに取り調べの全面可視化っていうのを実現させる。最大のチャンスだと思うんですよ。
郷原 そうですね。
魚住 取り調べの全面可視化がもし実現出来なかったから、この事件は単なる不祥事で終わってしまうんですよね。
郷原 まあ、取り調べの全面可視化がどうのこうのということ以前に、こういう問題を起こして、尚かつ特捜部を維持するっていうことになりますかねえ。事実上、もうやれないと思いますよ、これで。
魚住 うん。
郷原 さっき言ったように、東京地検の事件に飛び火していきますからね、今後。今、大阪・名古屋の特捜部を廃止して、東京だけ残すような話が出ているけど、それじゃすまないと思うんですよ。
大阪地検でしか捜査してなかった検事がやったことならともかく、東京地検の特捜部だってずっと重宝に使って、しかも必ず重要な人物、事件を組み立てる上で核心となる人物の調べを全部やっているわけですよ、彼が。それで今後、東京地検特捜部が今のままで捜査ができますか?
魚住 やるんじゃないですか。
郷原 やりますかねえ(笑)。
魚住 マスコミは、ネタをぶら下げられるとパクつく癖があるから、また新たな事件を東京地検特捜部がやり出しましたって言ったら、あ、そうですかって言って、全然まったくこの前田さんの事件のこと忘れて報道しますよ、きっと。
郷原 いやあ、金沢検事事件の時はそれですんだかも知れないですよ。
魚住 そうそうそう。
郷原 さすがに今度は、それじゃすまないと思いますが。
編集部 読者からご意見が来ています。今ご指摘になったマスコミと検察のもたれ合い、癒着の問題で、その原因が検察からネタが貰えるということであれば、例えば通信社と新聞社の役割を分け、霞が関に張り付くのが通信社、新聞社は調査報道と分けることで、メディア本来のチェック機能を取り戻すのではないかというご意見です。如何でしょうか。
魚住 それは無理ですね。質はともかく、いちばん重要な情報をたくさん持っているのは官庁ですから、新聞社に対して、その官庁の取材をするな、中でも検察庁の取材をするなというのは、人間に飯を食うなと言うのと一緒です。そんなおいしい獲物を新聞社やテレビ局が手放すわけがないんですね。
郷原 でも、その「飯」っていうのがリーク情報だとすると、もう下痢するような「飯」なんですよ。
魚住 ハハハハ。
郷原 本当そんなもので、食ってはいけないはずなんです。その発想を変えないといけないと思うんですよ。通信社から提供される客観的な情報に基づいて、後は独自に調べてやる・・・。
魚住 いや、それは無理ですよ。通信社から提供される客観的な情報なんて、それは全部リーク情報でしょ。
郷原 いや、それは公式の情報提供をやるようにするんですよ、もっと。今までは公式にはほとんど何も言わないでおいて、事実上いろんなところで情報を・・・、まあ、これをリークって言われたわけですね。
魚住 ええ。
郷原 それを公式にもうちょっとちゃんと情報提供する。こいう情報開示の時代ですから。で、それは通信社のルートを使ってやって、それ以外は独自に調べるっていうのが本当は理想ですよ。
魚住 うーん、でも僕は実現不可能だと思いますけどね。
編集部 新聞やテレビは、絶対に手放さないと思いますね。
郷原 いや、やっぱり特捜部を今のまま置いといちゃダメなんですよ。あんな東京地検に40人近くもの検事が、年がら年中ムダ飯食ってる状態で、「ネタがないか、ネタがないか」。で、始めてみたらまたダメ、これもダメ。
「焼き畑農業」とか「203高地」って言われているような、2000年代の前半くらい2003年2004年はずっとそうだったらしいんですけども、そんな状態の特捜部でいい事件ができるわけがないじゃないですか。
魚住 うん。
郷原 いい事件ができないだけじゃなくて、結局、事件日照りの中から暴発、暴走が出てくる、当然の結果ですよ。だからそんな特捜部はこの際全国にバラけるんですよ。全国にバラけて、各地検で日頃から地道に仕事をやって、その中から何か自分で独自ネタを掴んだら一気にみんながそこに集結する、チームを作る、というやり方でいいんじゃないですかね。
魚住 僕はもっと根本的に言えば、検察の独自捜査権を取っちゃえばいいと思うんですよ。
郷原 ただ、私は自分の経験から言うと、本当にきちんと独自捜査をやるっていうのは、ものすごく検事にとって能力を高めるんですよ。一から十まで自分で証拠を見て、こういう事件だっていうことをそれなりにストーリーを描いて、そして調べをしながら見直してという本当に適正な捜査です。
今の特捜の捜査ではないですよ。私は長崎でそういう捜査をやっていたんですけど、そういうことをやっていったら本当に検事の能力は高まるし、証拠の見方も違ってくるんですよ。それは私は残すべきだと思うんですよ。そのかわり、今の特捜部のようなやり方はいけないんですよ。
魚住 でもね、警察のやった捜査を検察がチェックしてそれを起訴して公判を維持する、というのが本来の検察の役割ですね。公訴官ですね、公訴する機構・・・。公訴官っていうことはつまり審判っていうことですね。今の特捜検察のやり方は、サッカーでいえば審判がプレイヤーを兼ねているようなものですね、自分で逮捕して自分で起訴するんだから。そこがすごく問題ですね。
郷原 そこが問題です。ですから、今のような検察独自捜査に、もう一つ特捜部の看板っていうのがあって、そして検察全体で意志決定をしたら絶対後には戻らない、というようなやり方が加わるから、取り調べもどんな無理をしてでも調書さえ取ってしまえばいいという話になっちゃうんですよ。
別に大きな事件をやらなくてもいいんですよ、もっと小っちゃなところから積み上げていって、直告事件、告発を受けた事件、告訴を受けた事件、これを独自に調べてちゃんと事件として組み立てる。
必要なときには自分で逮捕状取って令状を取れるような資料を整える。捜索をする場合に、どういう捜索場所を設定したらいいのかとか、押収すべきものを考えるとか、そういったことをやっていくことが本当に検事の能力を高めることになるんです。
でもおそらく今までの特捜検事って、若いときにあまりそういうことやらないんですよ、実は。多分、前田検事もそうですよ。3年目以降にやってきた特捜での仕事って、ほとんど手足なんですよ。
私が言っているボート型フォーメーションの漕ぎ手ですよ。自分でちゃんと方向性を考えるとか、証拠を評価するっていうことじゃなくて、ストーリーに沿って調書を取る仕事ばっかりをやらされてきたんです。初めてかどうか分からないけども、今度は初めてに近いくらいの経験の主任検事の経験だったんじゃないかと思います。
魚住 うん。
郷原 だからさっき言ったような、本当に基本的なストーリーの組み立て方と客観的な証拠の関係が分かっていないんですよ。特捜検事の、検察独自捜査をやる検事の、教育の仕方自体が間違っているです。
魚住 うん・・・。他に質問はありますか?
編集部 今後、特捜部捜査をどうしたらいいのかということを、改めて・・・。
魚住 僕は原則的には、さっきも言ったように検察は本来の公訴官の役割に専従すべきなのに、警察の役割である捜査にまで出しゃばってきているのが問題の根源だと捉えていますから、検察の独自捜査権を剥奪して、警視庁の捜査二課とか大阪府警の捜査二課とか、そういうところに優秀なチームを作ればいいんですよ。
それで検察がそれをチェックするという形にすれば、少なくとも検察の段階でチェックして裁判所の段階でもチェック、二段階でチェックしますね。
特捜検察の場合は、裁判所の段階でのチェックしかない、それも非常にあまいチェックしかないというのが、特捜検察をこれだけ増長させ、これだけ劣化させた非常に大きな原因ですから、そういうところを根本的に直すべきだと思います。
それからもう一つの点は、これだけは絶対実現してほしいんだけども、取り調べの可視化を実現すれば今までのような特捜部の捜査はほとんどできなくなりますよ。参考人も含めて全面的に可視化すれば、供述調書を作れなくなる。
だから取り調べの可視化を実現出来れば、特捜部の実体というのが、今までみたいに肥大化していたのがかなり小さな存在になって、地味な事件しかできなくなるだろうなと思います。
郷原 私はさっきも言ったように、検察独自捜査自体は残すべきだと思うんですね。それは検事の能力をいい方向に涵養する上でも必要なんです。でも、魚住さんが言われたように、取り調べを可視化すればいいんですよ。
魚住 うん。
郷原 検察独自捜査における取り調を全面可視化する。だからフェアにやっていく。フェアにやって、尚かつ独自ができるんだったらいいじゃないですか。
魚住 やってみなさいよっていう話ですね。
郷原 私は少なくとも長崎での捜査は、どこから見られても恥ずかしくないような調べをみんなやりましたよ。それでもできるんですよ。
魚住 そう言いながら、机を叩いてるんじゃないですか(笑)。
郷原 いやいや。そんなことをできるような検事じゃないですもの。2、3年目のまだまだ経験浅い検事ばっかりですよ。それできるんですよ。
編集部 最後に一つお伺いします。今回の村木さんの判決は、今後の裁判に影響を及ぼすでしょうか。
魚住 特捜神話とか検察神話みたいなものに、絡め取られてしまっていた裁判官はたくさんいます。その人たちにとって今回の件はすごくショックだったんじゃないでしょうか。裁判官に非常にいい警告の材料になったという意味では、裁判にジワジワといろんな影響が出てくるんではないかなと思いますね。
郷原 今回の裁判所の判断はものすごく大きな意味を持つと思います。供述調書の特信性の判断にしても、今までは読み聞かせてその上で署名を取っているんだから、ほとんどそれで「特信性有り」ですよ、検事は悪いことをすることないと思っているし。採用してもらった調書は「具体的且つ迫真性がある」、これでお終いですよ。
要するに検察官調書はそのまま全面的に信じちゃうっていうのが今までの裁判所の態度だったけども、今回の大阪地裁の横田コートは、それを完全に変えましたよね。
取り調べの経過を、恰も可視化を求めるかのように、被疑者ノートとかいろんなものを使って、あるいは公判に出てきた検事の証言と被告人の供述書の証言とどちらが信用できるかっていうことを、丹念に積み上げて判断した。しかも判決でも信用性を実質的に比較してますよね。
魚住 そうですね。
郷原 こういうやり方をされたら、従来の特捜の調べはもうできないです。当然、可視化せざるを得なくなりますよ。
編集部 今日はどうも有り難うございました。
〔了〕
◎上記事は[現代ビジネス]からの転載・引用です
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