社説:河井夫妻初公判 政治不信を一層強める
2020年8月26日 9時39分 掲載
国政選挙が舞台となった大規模買収事件は一体、どこまで真相が解明されるのか。昨夏の参院選広島選挙区を巡り、公選法違反の罪で起訴された現職国会議員夫妻の公判が東京地裁で始まった。
夫妻は衆院議員の河井克行前法相と案里参院議員=いずれも自民離党。法務行政の元トップが買収などの罪に問われるという異例ずくめの公判だ。
起訴内容は、新人候補の案里被告への票の取りまとめを依頼、地元議員ら100人に現金計2900万円余りを配布したなどとされる。最大の争点は現金の趣旨だ。初公判で夫妻は配布をおおむね認めたが、買収の趣旨は否定、無罪を主張した。
公判では今後、買収の相手とされる地元議員ら最大で約120人を証人尋問する。買収との認識があったのかどうかなどをただすためだ。一部の人については東京地裁と広島地裁をモニターでつないで行う。
初公判で弁護側は公判を打ち切る公訴棄却を求めた。検察が捜査で有利な供述を得るため、現金を受け取った側の刑事処分を見送る違法な「裏取引」をしたというのが理由だ。
司法取引は贈収賄や経済犯罪などに限定され、公選法違反は対象外。主張通りだとすれば、検察は刑事手続き上の適正さを欠いていたことになる。
買収事件では受け取った側も罪に問うのが一般的だ。10万円で起訴された例もある。だが検察は100人全員の刑事処分を見送った。1人で200万円を受け取った元県議会議長もおり、起訴、不起訴の決定をしなかったこと自体、処分の公平性に疑問を抱かせる。
指摘しなければならないのは、捜査が適正であることを立証する重大な責任が検察にはあるということだ。検察は捜査に基づく事実を明示し、取引はなかったと証明する必要がある。
克行被告から現金を押し付けられたり、後に返却したりした人もいるとされる。検察は個々の事情を見極め、改めて起訴、不起訴を決定、処分の公平性を示すべきだろう。処分見送りには地方の検事正や元判事をはじめ、地元広島からも疑問の声が浮上。こうした声を検察は重く受け止めなければならない。
初公判で夫妻は「皆さまにご迷惑をお掛けし深くおわびする」などと述べた。克行被告は菅義偉官房長官を慕う議員グループの中心的人物だが、菅氏は会見で「個別の事件なのでコメントは差し控えたい」と述べただけだった。
自民党本部は参院選公示前、夫妻側に資金1億5千万円を提供。その8割に当たる1億2千万円が政党交付金だった疑いがある。それが大規模買収事件の引き金にならなかったのかどうか。異例の事件の初公判にもかかわらず、夫妻と菅氏の言葉は疑念の払拭(ふっしょく)からは程遠い。こうした政治家の姿勢は国民の政治不信を一層強めるだけだ。
◎上記事は[秋田魁新報]からの転載・引用です
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河井夫妻初公判 公正な選挙を問う機に
中日新聞社説 2020年8月26日 05時00分 (8月26日 05時00分更新)
政治活動か選挙活動か−。昨年夏の参院選広島選挙区での選挙違反事件の裁判は前法相の河井克行・案里夫妻と検察側が全面対決の形で裁判が始まった。公正な選挙とは何かを考える機会にしたい。
「(現金の供与は)統一地方選に立候補していた本人への陣中見舞いや当選祝いだった」「自民党の党勢拡大のための政治活動や選挙運動の準備行為を行っていただけ」−河井夫妻はそのような趣旨を述べて、起訴内容を否認。無罪を主張した。
昨年三月から八月にかけ、参院選に出馬・当選した案里被告への票の取りまとめなどを依頼し、地元の県議や市議ら百人に計二千九百万円余りを配った。それが克行被告に対する起訴内容だ。案里被告はそのうち五人に計百七十万円を配ったとされる。
だが、選挙から三カ月も時期が離れていると、これまで捜査当局は必ずしも積極的に選挙違反として立件してこなかったようだ。政治家が行う地盤を培養する政治活動と区別がつきにくいためだ。おのずと金銭の授受があっても立証は困難になる。
実際に河井被告側は現金供与の事実を認めつつも、「投票や票のとりまとめの依頼、報酬ではない」「実務上、広く慣習として行われ、許容される政治活動に伴う現金供与だ」と述べた。
もっとも検察側は冒頭陳述で、広島選挙区では自民党本部が候補者二人の擁立を決めたが、広島県連は反発し、案里被告の選挙情勢が厳しかったと述べた。そのため陣中見舞いなどの名目で現金を配布し、選挙運動を依頼した−などと事件構図を描いた。
政治活動なのか、選挙活動なのか、それが最大の争点といえる。検察側は「選挙の買収」だったとの立証のため、今後、百人もの地元議員らの証人尋問を行う異例の裁判となる。捜査段階での供述調書に弁護側が同意しないためだ。現金の趣旨などを法廷で直接問いただす光景となるはずだ。
問題なのは、現金の受領側を検察側が起訴しなかったことだ。有利な自白を得る「裏取引」で、「違法捜査による起訴だ」とも弁護側から指弾された。自民党からの一億五千万円の使途も不明のままだ。買収の原資ならば検察側は公判で明らかにすべきだ。
何より日本の選挙風景が政治活動と混然とする実態があり、慣習で金がばらまかれているなら問題だ。公正な選挙の在り方を根源的に問い直す裁判でもありたい。
◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です
* 前法相.河井克行容疑者、一部現金配布認める 検察、スマホGPS活用し日時特定 2020/6/22
* 河井克行・案里夫妻逮捕 一億五千万円 巨額の資金を総理がいともたやすく動かせる仕組み、これこそが問題 2020.6.19
* <検察捜査の内幕 河井克行・案里夫妻逮捕> 「捜査の手を緩めるな」 断念した会期中の逮捕 リハーサルして「自白」動画
* 首相重用、河井夫妻も「お友達」? 溝手顕正氏への刺客として案里議員と克行前法相に計1億5千万円を提供