ドストエフスキー「五大長編」完訳 ロシア文学者・亀山郁夫さん 2023.04.29

2023-04-29 | 本/演劇…など

ドストエフスキー「五大長編」完訳 ロシア文学者・亀山郁夫さん
 中日新聞 夕刊 2023年4月29日 Sat.  Culture 

 ロシア文学者で名古屋外国語大学長の亀山郁夫さん(74)が、ロシアを代表する作家ヒョードル・ドストエフスキー(1821~81年)の長編小説『未成年』の完結編となる新訳第3巻(光文社古典新訳文庫)を刊行した。人間の苦悩を描き出した文豪の「五大長編」のうちの1作。これで、17年前から取り組んできた新訳が、5作すべて完結した。(宮崎正嗣)
 『未成年』は、ドストエフスキーが円熟期を迎えた一八七五年に発表された作品。複雑な家庭に育った二十歳の青年の葛藤を通して、ロシア社会の矛盾と希望を描く。
二重のゆがみを描く
 物語は、主人公アルカージーの一人称による告白という形式をとる。「客観的ではなく、間違ったことも語り得るのが一人称ですよね。ドストエフスキーはゆがんだ社会を描くためゆがんだ視点で語るという、二重のゆがみを取り込んだ」と亀山さん。当時、ロシアでは農奴解放が失敗して貧富の差が拡大。社会全体が混乱し、矛盾が噴き出していた。
 『未成年』にも没落する貴族階級、崩壊した家族の姿とともに、若い世代に漂っていた閉塞感が克明に浮かび上がる。一方で亀山さんは「ドストエフスキーが初めてポジティブに、ロシアの将来を担っていく登場人物を描こうとした小説でもある」と評する。ロシアの精神的復活が、強靱な精神性をもったアルカージーに託されている。「自身の内的自画像といってもいい」
 亀山さんが初めてドストエフスキーの代表作『罪と罰』を手に取ったのは中学三年生のとき。文体は決してやさしくなかったが、気づけば殺人を犯した大学生の主人公ラスコーリニコフを、自分に重ねて熱中していた。東京外国語大の卒業論文で取り上げたのは『悪霊』。「当時の自分には、作品から読み取った“そそのかす”というテーマをうまく言語化できなかった」。その後は一九二〇年代に花開いたソ連の前衛芸術や、スターリン時代の研究に進んだ。
 五大長編の翻訳に乗り出すべく、再びドストエフスキーに向き合ったのは二〇〇〇年代に入ってから。改めて読み直すと、自身が研究していたスターリン時代の芸術家たちの生き方が、ドストエフスキーの作品世界と重なって見えてきたという。

読み解いた“二枚舌”
 「芸術家たちはスターリンの恐怖政治の下、“二枚舌”を駆使して自己を表現しようとした。その構造が、一方では権力を礼賛しつつも、権力を徹底的に批判する文学を目指したドストエフスキーの“二枚舌”そのものだったことに気づいたんです」。三十年にわたる「回り道」が、長大な物語に編み込まれた複雑な人間関係や会話を読み解くのに役立った。
 昨年二月のロシアによるウクライナ侵攻以降、ロシア文学を忌避する動きも国内外で見られる。だが亀山さんは今こそ、ドストエフスキーの思想の根底にあった「生命への執着」に着目すべきだと訴える。
 若き日、ドストエフスキーは死刑を直前に免れて流刑となった経験があり、てんかんにも悩んでいた。「(死に直面した)自身の経験を踏まえながら、生命の可能性を奪うことがいかに罪悪かを問い続けてきた作家。現代の社会に、ドストエフスキーの描いた人間の悪の極限の姿、人間の高貴さの極限の輝きに触れる意味は大きいと思います」

ヒョードル・ドストエフスキー
 モスクワで貧しい貴族出身の医者の家に生まれる。文学の道へ進むも、1849年に社会主義運動に参加したため逮捕。死刑が執行される直前に減刑されてシベリアに流された。出獄後は作家活動に復帰。『罪と罰』に始まり『白痴』『悪霊』『未成年』『カラマーゾフの兄弟』に至る「五大長編」を残した。

 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です  画像略(=来栖)


* 《神がいなければ》 プーチン大統領の心酔した作家はドストエフスキー 2022.5.28 
* 年々にわが悲しみは深くして いよよ華やぐ命なりけり 
『カラマーゾフの兄弟』 Fyodor Mihaylovich Dostoevskiy


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