後継首相選びと『秘花』

2010-06-05 | 本/演劇…など

余録:後継首相選び
 最高権力者選びもさまざまで、人には決められないと神様に頼ったこともある。室町幕府六代将軍、足利義教は石清水八幡宮の神前のくじ引きで選ばれた。五代早世後も室町殿として君臨した四代将軍、足利義持が後継を指名しなかったためだ▲くじ引きは義持がまだ危篤の時に行われ、死後に結果を開封した。権力の空白を少しでも避けるためだったと今谷明さんの「籤(くじ)引き将軍 足利義教」(講談社)は述べている。当選したのが義持の弟で天台座主だった義円で、「神意」のおかげで将軍、義教となった▲こんなトップ選びもあるくらいだから、鳩山由紀夫首相の後継選出の素早い運びも驚くに当たらないのかもしれない。きょう午前の民主党代表選で新代表を決定、衆参両院の首相指名選挙と組閣もきょう中に終えるという▲だがこれではトップの資質が問われる今、まともな討論一つなしに一国の指導者を選んでいいのかといぶかる声も出よう。参院選を目前に政治空白を避けるための即決日程だが、背景にはポスト鳩山での主導権確保を図る小沢一郎前幹事長の思惑があったといわれる▲野党時代と違い、事実上日本の首相を国民になり代わって選ぶ代表選である。民主党内のグループの事情がどうあれ、国民としては代表選に1票をもつ議員の人物鑑定眼に頼るしかない。政界の政治力学から生まれる「神意」によるリーダー選びの結末はひどすぎた▲くじ引きで将軍になった義教は神がかりの独裁で多くの人命を奪い、果ては謀殺された。今も昔もやはり政治指導者はきちんと人間が人間を見て選ぶことだ。「神意」の人選はもうこりごりだ。(毎日新聞2010年6月4日)

〈来栖の独白〉
 国民から離れたところで、選挙を睨んで拙速に行われた首相選び。
 ところで、将軍「義教」との名前に、先ごろ読んだ瀬戸内寂聴さんの『秘花』を思い出した。食物を口の中で粉々になるほどに咀嚼するように、一歩進んで2歩下がるの態で、長時間かけて読んだ。いつも傍らに置いていた。文庫本はそういう私の読み方に、実に都合が好い。
 世阿弥は、将軍義教の理不尽な命により佐渡に流謫となる。義教は、心の病だったのではないか。尋常ではない。
 世阿弥の生涯を才溢れる作家が描ききっており、心が震えた。瀬戸内寂聴という作家、学者であり、高齢、宗教者である。作家として立ってきたということは、「人」の内奥を、心の襞まで見通してきたということだ。高齢であるということも、多くの人生を深く観てきたということだろう。その目は、文学者の目であり、芸術家の目であり、そして宗教者の目だ。『秘花』は、その瀬戸内さんの目と表現力、豊かな学識なしには、生まれなかった。源氏物語・徒然草・平家物語・・・仏教関連の書・・・大海のような広く豊かな学識に裏打ち、縫い取りされている。
 これほどの作品を読み、味わうには、読み手のほうにも、それ相応の素養が試されよう。「読んだ」つもりでいても、どこまで理解できているか。味わえ、愉しめているか。人生においてこれほどの作品に出会えたことは、至福といえるが。『秘花』に接し、強く感じさせられた作者の力量、そして読者との距離である。


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