「息ができない(I can't breathe )」白人警官に首を踏みにじられた黒人男性が死の直前に発したひと言

2020-06-29 | 国際

風来語(かぜきたりてかたる)
「息ができない」 主筆 小出宣昭
 中日新聞 朝刊 2020.6.27 Sat

 米ミネソタ州で始まった「息ができない(I can't breathe )」をスローガンに掲げた黒人差別反対の運動は、全米から世界中にうねりを広げている。白人の警官に首を踏みにじられた黒人男性が死の直前に発したひと言に、怒りの炎が燃え上がった。
 この問題の根っこは、米国よりも英国にある。17世紀から19世紀まで一千百万人もの黒人をアフリカでさらい、植民地のカリブ海諸島やアメリカ大陸に売り飛ばした奴隷貿易である。
 この暗黒の取引は他の欧州諸国も行っていたが、圧倒的な力を振るったのは英国だった。白人商人たちが鉄砲、ラム酒、布製品など文明の利品で黒人の部族長を手なずけ、抗争相手の黒人狩りを行わせる。襲われた村から男も女も子どもも、手かせ、首かせをはめられ数珠つなぎで連行された。
 炎熱の連行の後、西海岸のギニアで彼らは400人ずつ奴隷船にすし詰めにされる。一人あたりの空間は棺おけ1つ分といわれ、1か月に及ぶ英国までの過酷な航海で百人から百五十人が死んだ。
 英国の港に着くと、彼らは奴隷市場にかけられ、買い主の財産として植民地に送られた。この人間性を無視した貿易で繁栄する「大英帝国」の実態に、英国内では早くから批判と反対が渦巻いた。
 英議会では正義感に燃えた議員がこう弾劾した。「私たちと同じ人間を、かくも悲惨な人生に追い込む奴隷制は、キリスト者として断じて許すことはできない」。奴隷制擁護派の反論はこうだった。「キリスト者として人間をかように扱うことはできない。だから、彼らは人間ではないのだ」
 長い論争の末、英国の裁判所は1772年「奴隷制は違法」との判決を下す。喜びにわく人々の中で、詩人のW・クーパーは「奴隷の人たちは、もはや英国では息ができない(can't breathe )。この国の空気を吸ったとたん、すべての人は自由であるからだ」と詠んだ。
 250年の時を隔てた2つの「息ができない」。いまだに差別や偏見が消えない「息苦しさ」への抵抗の象徴なのかもしれない。

 ◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)


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