『創』創刊50周年の意義 2021.11.21

2021-11-24 | 文化 思索

 中日新聞 2021年11月24日 水曜日 
 夕刊 五面

        
 『創』創刊50周年の意義

 月刊誌『創』が創刊五十周年を迎え、十一月号は記念企画号となっている。
 病気療養中の鈴木邦男がいないのは残念だが、左右を問わず世の悪(あ)しき常識に逆らう、新旧おなじみの論者が賑(にぎ)やかに並ぶ。金平茂紀、望月衣塑子、森達也、雨宮処凛、香山リカ、佐藤優、武田砂鉄、高野孟、佐高信、田原総一朗…。
 本号でも書き手として幾度も登場し、また誌面の背後にいて論者を言論の最前線へと促す、編集長兼発行人・篠田博之の活動も健在。愛読者の一人として、創刊五十周年を共に喜びたい。
 ただし、巻頭の座談会の冒頭から金平はひどく悲観的だ。メディアのほとんどが政治、社会、文化の現状追認に傾く中、現状批判的な試みを続けてきたTBS番組『報道特集』等と同様、『創』はもはや絶滅危惧種ではないか、と。
 悲観的なベテラン金平に対し、中堅の望月、雨宮は、どん底ゆえにこそ意義のある反撃を継続しようとする。いっそうの孤立をも恐れず前進するこの姿勢は、若手の武田にさらに際立つ。「この雑誌はいつまでも言っている『一部の雑誌』であってほしい」という武田の言葉は、新旧の書き手と読者の願いを代弁する。「批判」が嘲笑される今こそ、『創』は必要不可欠の「一部の雑誌」なのだ。 (異端)
 2021.11.21

 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用 書き写し(来栖)です


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