「日本維新の会」分党 橋下徹 共同代表記者会見 / 「きれいな別れ」未練にじむ橋下・石原氏

2014-05-29 | 政治

【維新分党・会見詳報(上)】「けんか別れでない」と橋下氏…だが、途中で表情一変
 産経ニュース west 2014.5.29 18:40
 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は29日の定例記者会見で、石原慎太郎共同代表と分党することで合意した経緯について語った。橋下氏は分党について「けんか別れではない。日本のためにやらなきゃいけないという思いは一緒」と強調。「多くのことを学ばせてもらった」と石原氏への感謝の言葉を繰り返し、時折、寂しそうな表情を浮かべた。
「きれいに分かれよう」
 「分党するということになりました。きれいに分かれようということで合意した。それぞれの道を歩もうと」
 午後2時から大阪市役所で開かれた定例記者会見。ノーネクタイの白シャツ姿で表れた橋下氏は、市政に関する質問を受けた後、28日に名古屋市内で行われた石原氏との会談内容について、吹っ切れたような表情で語り始めた。
 橋下氏によると、分党は石原氏から提案され、再考を求めたものの、少し言葉を交わしただけで決まったという。
 「石原さんの決意は固かった。長くお付き合いしているので、決めたことに対して石原さんがどう振る舞われるかは、十分すぎるほど分かっている」
 会談は約25分で終わり、最後は「お互いに頑張りましょう」と励まし合って和やかに別れたという。
 分党の原因は、維新と「結いの党」との合流の前提になる共通政策に、石原氏が「自主憲法制定」の文言を明記することにこだわり、結い側がそれを反発したことだった。
 石原氏が「自主憲法制定」にこだわったことについて、橋下氏は「石原さんは自分の全人生をかけて、自主憲法の制定を実現するために政治家をやっている。その思いがあるから、80歳をこえても国政に復帰をされた」と一定の理解を示しながらも、「ぼくはぼくで、今の国の中央集権体制を変えなきゃいけないという思い、自民党に対抗する大きな勢力がないと自民党をチェックすることができなくなり、それは国民のためにはならないという思いがある」と野党再編にかける自身の考えを説明。
*石原氏に感謝も、表情が一変…
 「ぼくは石原さんが好きですしね。2人で話をさせてもらえれば、時間なんて忘れるぐらい、いろいろ学ばさせてもらった。将来の読みとか知識の深さとか、人間の洞察力とか、やっぱり作家さんだなと。あれだけ学ぶことが多い人はいないんじゃないでしょうかね」
 石原氏への感謝の言葉を繰り返した橋下氏。ただ、同じ時間、東京で行われている石原氏の会見の内容が、記者から知らされたとき、その表情が一気に曇った。
 「日本のためにやらなきゃいけないという思いは(2人とも)一緒。ただ、ちょっとたどり方が違ってしまった」と寂しそうな表情を浮かべた。

【維新分党・会見詳報(下)】橋下氏、石原氏「亀裂は最初から」発言にがく然
 産経ニュース 2014.5.29 20:28
 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長が29日に行った定例記者会見。石原慎太郎共同代表が「(合流時から)小さな亀裂があった」と話していることを、記者を通じて伝えられた橋下氏は「ぼくの認識が甘かった」と表情を曇らせた。
*「言い返さないといけなかった…」
 同日、東京都内で開かれた会見で、石原氏は分党にいたった経緯について「小さな亀裂」という言葉で説明した。合流前に行われた石原氏や平沼赳夫氏らとの会談の場で、橋下氏が「私たちが必要としているのは石原さん1人で、平沼さんたちはいらない」と話したことをあげ、「その時の心理的な亀裂が尾を引いていろんな形になったことは否めない」と述べたという。
 大阪市役所での会見中に記者からその内容を聞かされた橋下氏は「(当時)石原氏の周辺のベテラン勢の方が、僕に対していろんなことを言っていると聞いたので、僕だって言い返さないといけなかった」と述べた。
 さらに「言い過ぎといわれるほど、他にもいろいろ言った。ただそのとき平沼さんらは、何も言わず飲み込んでくれた。男と男でああいうことやった以上は、全てきれいさっぱり水に流れたもんだと思っていたんですけどね。それが尾を引いていたということであれば、これは仕方のないことです」と話した。
*新党同士の連携も…
 石原氏らとの今後の関係については「自衛権の問題など重なる部分は多い。重なるところは一緒になって、できる限りやっていきたい」とし、分党後の新党同士で連携していく認識を示した。
 また、野党再編に関しては「日本のためにやらなければいけない」と、改めて意気込みを表明。結いの党との合流協議は、分党後に発足する新執行部が方針を決めることになるとの認識を示した。
 「ぼくは石原さんのことやっぱり好きですしね」。会見の最後、橋下氏は改めて石原氏への思いを口にした上で、「なかなか政治というのは個人の人間関係だけでは、うまくいかないなと思う」と漏らした。
 そして、「お互い日本のために一生懸命がんばっていこうと誓い合いましたので、できるかぎりのことをやっていきたいと思います」と語り、会見を締めくくった。
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【維新分党】「きれいな別れ」未練にじむ橋下&石原会見
 産経ニュース West  2014.5.29 22:05
 「きれいに別れよう」と決めたトップ2人は未練もにじませた。日本維新の会共同代表の橋下徹氏(大阪市長)と石原慎太郎氏は29日午後、大阪と東京でほぼ同時刻に記者会見を開き、分党の経緯を説明した。橋下氏は感謝の思いを強調し、石原氏は81歳を迎えた人生において橋下氏との出会いを「快事」と表現した。路線の違いを信頼関係で包み込んできた2人は「野党再編」「自主憲法制定」の信念のもと、別々の道へと踏み出した。*橋下氏「僕のマネジメント力のなさが要因」
 「トップの僕のマネジメント力のなさが最大の要因。個性豊かな議員をまとめるのが役割だが、力量がなかった」。大阪市役所で開いた記者会見で、橋下氏は分党をこう総括した。
 石原氏とともに歩んだ1年半を遠くを見るような目で振り返りながら「あれだけ学ぶことが多い人はいない」と感謝の言葉を述べ、「日本を良くしようというゴールは一緒だった。たどり方がちょっと違ってしまった」と漏らした。
 28日午後、名古屋市内のホテル。橋下氏は当初、石原氏が結いの党との共通政策への明記にこだわる「自主憲法制定」について別の言葉で言い換えられないか探るため、会談に臨んだ。しかし対面した石原氏からは「きれいに別れよう」と切り出された。
 「なぜでしょう」。橋下氏は再考を促したが、石原氏の決意は固かった。「君が間に入って、こんなに苦しんでいる。これ以上、苦しませたくない」。石原氏の覚悟の言葉に橋下氏も分党を決断した。
*軋轢は合併前から
 大阪系と旧太陽の党との間の軋轢(あつれき)は合併前の平成24年11月上旬、すでに始まっていた。双方の幹部が京都市内で会談した際、橋下氏は「石原さんとはやりたいが石原さん以外とはやりたくない」と言い放ち、平沼赳夫氏ら旧太陽の幹部は押し黙った。
 橋下氏の耳には旧太陽側の幹部が橋下氏を批判していたとの情報が入っており、売られたケンカに応じたつもりだった。後日、酒の席で石原氏はこうたしなめたとされる。「橋下君、あれは言い過ぎだな。平沼君は本当に良く耐えた」
 二枚看板として維新をリードしてきた2人は原発政策や歴史認識などをめぐり見解の違いを表面化させてきたが、そのつど信頼関係で妥協点を見いだした。
 しかし結いとの合流協議では溝を埋められなかった。自民党に対抗できる野党勢力の結集は橋下氏にとって大阪都構想と並ぶ最優先課題。一方、石原氏は自主憲法制定に「戦時中に生まれた実体験から自身の全人生をかけていた」(橋下氏)。
*石原氏、結いには毅然も橋下氏には未練
 「日本文としても間違いだらけの憲法を何としても直したい」「憲法を変えて、この国を立て直したい」
 東京都内で記者会見を開いた石原氏は熱をこめて語り、結いについては「(見解に)大きな食い違いが感じられ、こういう人たちと合体するゆえんはないという確信を抱くに至った」などと指摘した。
 橋下氏との別れには未練をにじませた。「日本の社会で希有(けう)な存在。あんなに演説のうまい政治家は見たことがない」と褒めちぎり、「彼との出会いは人生の快事。たもとを分かつのは非常につらいけど、仕方ない。国のためにそういう選択をした」と苦渋の表情も浮かべた。
 石原氏は2人の“分岐点”として、1年半前の京都会談を挙げた。「そのときの心理的な亀裂が尾を引いて色々な形になったことは否めない」
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「日本維新の会」分党 石原慎太郎共同代表会見全文 結党時の「心理的な亀裂が尾を引いた」 2014.5.29 Thu. 2014-05-29 | 石原慎太郎 
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