東電女性殺害事件/弁護団、「鑑定結果は無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」再審開始を求める

2011-07-27 | 社会

鑑定結果は「新証拠」
2011年7月27日 中日新聞 朝刊
 一九九七年三月に起きた東京電力女性社員殺害事件の再審請求審で、ネパール国籍のゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者(44)=無期懲役が確定=の弁護団は二十六日、受刑者以外の第三者が殺害現場にいた可能性を示すDNA型鑑定結果を「無罪を言い渡すべき明らかな新証拠」として再審開始を求める書面を東京高裁に提出した。また東京高検に対し、刑の執行停止と即時釈放を申し入れた。
 弁護団によると今回鑑定されたのは、精液や体毛、取っ手が引きちぎられた被害者のショルダーバッグなど四十二点。鑑定の結果、遺体の下や同じ室内に残されていた計三本の体毛から被害者の女性=当時(39)=の体内に残されていた精液と同じDNA型が検出され、マイナリ受刑者のものとは異なっていた。
 弁護団は書面で「被害者が事件当夜、マイナリ受刑者以外の男性と現場アパートで性交したと考えるのが自然だ」と主張。「新証拠は、第三者が被害者と現場の部屋に入ったとは考えがたい、と判断した確定判決を覆すものだ」としている。
 一方、捜査段階で取っ手の付着物からマイナリ受刑者と同じB型の血液反応が出たバッグや、犯人が東京都豊島区内に捨てたとみられる被害者の定期入れからは、今回の鑑定でDNAは検出されなかった。
 バッグの取っ手の付着物について、捜査段階の鑑定書には、分析した試料は残っていると記載があり、弁護団は再審請求審でDNA型鑑定を求めたが、検察側は「試料はない」と回答。このため、今回はバッグそのものを鑑定した。
.......................
毎日新聞2011年7月22日6時0分
クローズアップ2011:東電社員殺害、別人DNA 14年後の鑑定、なぜ
 東京電力の女性社員殺害事件で無期懲役が確定したネパール国籍のゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者(44)の再審請求審は、被害女性の体内に残された精液のDNA型が別人のものと判明したことで、大きく動き出した。事件から14年が経過してから得られた鑑定結果。なぜ捜査段階ではDNA型鑑定は実施されなかったのか。鑑定結果は再審の「扉」を開く鍵となるのか。
 ◇「試料微量、当時は困難」
 「残っていた精液が非常に微量で、当時の科学技術では鑑定ができなかったと聞いている。できたのなら当然やっている」。マイナリ受刑者とは別人のものとされた精液のDNA型鑑定を捜査段階でしていなかったことについて、ある検察幹部は21日、こう説明した。
 一方の弁護側も1、2審を通じ、DNA型鑑定を強く求めることはなかった。関係者は「マイナリさんは鑑定をするまでもなく、冤罪(えんざい)の確信があったし、実際に1審は無罪だった。2審でまさかの有罪になり、最高裁も証拠調べを受け付けなかった」と唇をかむ。
 05年3月の再審請求以降、弁護団、検察、東京高裁は繰り返し協議を行い、審理の在り方を探った。攻防の焦点は被害女性の体内にあった精液などを使った新たなDNA型鑑定の実施。弁護側はそれだけでなく、女性のショルダーバッグや現場から離れた場所で見つかった定期券入れなど「思いつく、ありとあらゆる対象」(弁護団関係者)を鑑定するよう強く求めた。
 今年に入り、裁判長は検察側に切り出したという。「試料(精液)が残っているのでしたら、鑑定をやってはいかがでしょうか」。これを受け入れた検察側は関西の大学関係者に最新の鑑定を依頼、7月下旬になって「別人のもの」という結果が届いたという。
 捜査段階でDNA型鑑定が行われなかったことについて、弁護側の依頼を受けてマイナリ受刑者の精液に関する鑑定を上告審に提出した押田茂実・日大医学部教授は「血液型鑑定は行われたのに不自然だ。隠していると思われても仕方ない」と批判する。
 これに対し、ある警察幹部は「事件当時、DNA型鑑定の条件は現在に比べて悪かった」と強調する。
 警察庁が犯罪捜査に関するDNA型鑑定を始めたのは89年。だが、鑑定の精度が飛躍的に向上したのは、染色体の九つの部位を同時に検査する判定法が導入された03年からだ。先端の自動分析装置や検査試薬も取り入れ、鑑定の確度が高くなっただけでなく、微量の試料の鑑定も可能になった。今回、東京高裁がDNA型鑑定を促した背景には、鑑定技術の向上がある。
 赤根敦・関西医科大教授(法医学)は「当時、試料の少なさから正確な鑑定結果を出すのは難しいと判断した可能性はある」との見方を示しつつ、「技術的に無理だったとは言い切れない。体内から採取される精液のDNA型鑑定も珍しくはなかった。結果が出なかったというならともかく、検査自体をしなかったことには疑問を感じる」と指摘している。【鈴木一生、鮎川耕史】
 ◇「第三者」特定厳しく
 再審開始の可能性はどの程度あるのか。今回のDNA型鑑定の結果に、弁護側は「本来なら、これまでの証拠だけでも十分無罪になるべき事件。再審開始の道が大きく開けた」と喜びの声を上げる。弁護側の鑑定に協力した押田教授も「現場に残された受刑者の精液の状態のみでも、有罪判決には大いに疑いがあった。今回の鑑定結果が無罪への決定打になる」と評価した。
 検察内部にも有罪が揺らぐとみる人はいる。ある中堅検事は「被害女性と現場で性交渉していた可能性が高い『第三者』は、受刑者と同じ立場。第三者のアリバイが立証できないと、確定判決を維持するのは難しいのでは」と漏らす。
 逆の見方もある。検察幹部の一人は「鑑定結果が再審開始に直接結びつくとは到底考えられない」と強気の姿勢を崩さない。警察が管理するデータベースには該当するDNA型はなく、第三者の特定はかなり厳しい状況にある。被害女性は多くの男性と接点があり、第三者の素性や事件当日の具体的な行動が分からない以上、今回の鑑定結果だけをもって受刑者の無罪が明らかになったとまでは言えないという理屈だ。
 また、あるベテラン刑事裁判官は「足利事件のように、今回の鑑定結果だけで即座に再審開始の可能性が高まったとは言えない。白鳥決定に基づけば、新証拠と旧証拠を総合してどう判断できるかだ」と慎重だ。
 確定した高裁判決は、間接証拠を積み上げて有罪認定している。精液や毛髪だけでなく、受刑者の供述の不自然さや目撃証言、受刑者が現場の部屋の鍵を持っていたとの状況などだ。今回の鑑定結果も直接証拠とはなりえず、新たな間接証拠の一つに過ぎない。
 ベテラン裁判官は「再審開始とするなら、高裁が有罪判決の根拠とした証拠の評価を一つ一つ変えないといけない。結論が出るまでに、まだまだ時間がかかるのではないか」と観測した。【和田武士、山本将克】
................
東電女性殺害事件/身体上のことや私生活をここまで暴かれる苦痛/無罪推定原則2011-07-22 | 社会
  東電女性殺害 新事実に目を凝らせ
社説:東電女性社員殺害 再審で審理やり直せ
 驚くべき事実だ。97年に起きた東京電力の女性社員殺害事件で、被害者の体から採取された精液のDNA鑑定をした結果、無期懲役が確定したネパール人受刑者とは別人で、現場に残された身元不明の体毛と型が一致したことが分かったのだ。
 元飲食店従業員のゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者の再審請求審で、東京高裁の求めに応じ、東京高検が専門家に鑑定を依頼していた。
 直接的な証拠がない事件だと言われた。だが、現場である東京都渋谷区のアパートの部屋のトイレに残されていた精液と、落ちていた体毛1本のDNA型がマイナリ受刑者と一致したことなどから、マイナリ受刑者は逮捕・起訴された。
 しかし、マイナリ受刑者は捜査段階から一貫して否認した。1審・東京地裁は2000年4月、トイレにあったマイナリ受刑者の精液を「犯行のあった日より以前に残された可能性が高い」と認定。さらに、遺体近くに別の第三者の体毛が残っていたことを指摘し「状況証拠はいずれも反対解釈の余地があり不十分」などとして、無罪を言い渡した。
 しかし、東京高裁は同12月、マイナリ受刑者以外が現場の部屋にいた可能性を否定し、無期懲役を言い渡し、03年11月に最高裁で確定した。
 再審は、無罪を言い渡すべき明らかな新証拠が見つかった場合に始まる。最高裁は75年の「白鳥決定」で「新証拠と他の全証拠を総合的に評価し、事実認定に合理的な疑いを生じさせれば足りる」と、比較的緩やかな判断基準を示した。
 新たな鑑定結果は、現場にマイナリ受刑者以外の第三者がいた可能性を示すもので、確定判決の事実認定に大きな疑問を投げかけたのは間違いない。裁判所は再審開始を決定し、改めて審理をやり直すべきだ。
 それにしても、被害者の体から精液が採取されていたならば、容疑者の特定に直結する直接的な証拠ではないか。トイレに残っていたコンドームの精液をDNA鑑定する一方で、体に残った精液のDNA鑑定をしなかったとすればなぜか。整合性が取れないとの疑問が残る。
 警察・検察当局は、鑑定技術の問題なのかを含め、再審請求審までDNA鑑定がずれ込んだ経緯を十分に説明してもらいたい。また、なぜ公判段階で証拠調べができなかったのか弁護団も検証すべきだ。検察側の証拠開示に問題があったのか、弁護側に落ち度があったのか責任の所在を明らかにすることが、今後の刑事弁護に生かす道につながる。
 DNA鑑定は、容疑者の特定に直結する。再鑑定ができるよう複数の試料を残すことなど保管についてのルール作りも改めて求めたい。毎日新聞2011年7月22日2時32分
...
<来栖の独白2011/07/22Thu.>
 「こういう事件、裁判があったのか」という感懐。私は、つい昨日まで、この事件のことは知らずにきた。あらためていくつかの記事に目を通し、「疑わしきは被告人の利益に」の条文が頭に浮かんだ。
 犯人でない者を罪に定め(1審判決は無罪だったという)懲役刑を科すなどはあってはならないことだが、この種の事件に出会っていつも考えてしまう。被害者(女性)としては身体上のことや私生活等をここまで暴かれ世間の口の端に上ることの苦痛は決して小さくないだろう、と。記事・社説には、究極のプライバシーといえるワードがあまた躍る。同じ女性として、非常に辛い。果たしてこれ以上の捜査を被害者は望んでいるだろうか、などと意気地のない私は考えてしまう。

*「疑わしきは被告人の利益に」
 無罪推定の原則は犯罪の明確な証明があったときにのみ有罪となり、それ以外の時は無罪となることを意味すると同時に、犯罪の立証責任を検察官に負担させ、立証できないときは被告人を無罪とする原則でもある。
 無罪推定原則の法的根拠は憲法31条の適正手続き保障の規定の解釈や刑事訴訟法336条後段によるとされる。
憲法31条「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」
 重要なのは「法律の定める手続きによらなければ」という文言である。憲法31条は”原則被告人は無罪である。しかし、例外的に法律(=刑事訴訟法)の定める手続きによれば有罪とできる”と解釈されているのである。
刑事訴訟法336条「被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪を言い渡さなければならない。」
 これは犯罪の証明がないときは無罪という直接的な規定である。無罪推定原則が刑事裁判で鉄則とされるのは、刑事訴訟法の条文があることも理由だが、それ以上に無罪推定原則が憲法上の保障を受けているためである。言うまでもないことだが、憲法上の保障は法律上の保障よりも強い保障である。


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。