原発が止まると悪影響が出る客観的根拠を聞いたことがない/政・官・財・メディアという癒着構造のド真ん中

2012-02-01 | 政治

原発が止まると悪影響が出る客観的根拠を聞いたことがない
NEWSポストセブン2012.01.31 16:00
「原発が止まると電力が不足し、電気代は高騰する」――そんな理屈が原発推進派は語るが、果たしてこれは正論か? ノンフィクション作家の佐野眞一氏が斬る。
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 政・官・財、そして何も伝えないメディアという癒着構造のド真ん中に、いかにして日本の原発がビルトインされたか。
 その経緯と構図を、私は被災地を歩きながら自分の目と足で確かめ、近著『津波と原発』(講談社刊)の中で検証した。癒着のド真ん中ということは、この社会のド真ん中に原発がビルトインされたということと同義である。それは言い換えれば、経済活動から国民生活に至るまで、日本の戦後が「原発ありき」でなければ成立しなかったという意味である。
 かつて私は「野球の父」にして「テレビの父」、そして「原子力の父」でもあった正力松太郎やその影武者・柴田秀利が原発導入に果たした役割を『巨怪伝』(文藝春秋刊・1994年)に書いた。
 しかしながら原爆を落とされた国の復興を原子力に託した彼らの切望を、いかにそれが利権含みとはいえ、今もって一方的に非難する気にはなれない。その恩恵に与ったのは年がら年中明るい街をありがたがる我々国民であり、誰もが直接的・間接的に原発ありきの社会を容認してきた当事者だからである。
 だが、そこにこそ罠がある。例えば「原発なくして現在の生活は成り立たない」という“脅し文句”を彼らが用いる時、一度でも数字的裏付けが示されたことがあるだろうか。
 あるいは最近よく聞く「原発の長期にわたる停止は、雇用に悪影響を及ぼす」という理屈でもいいが、少なくとも彼ら財界であったり経産省であったり東京電力であったりの口から、原発を止めるとどう雇用に影響して、日本経済はどの程度落ち込むのか、客観的な根拠を伴った説明を聞いた例しがない。
 それでいてソフトバンクの孫正義のように自然エネルギーに活路を見いだそうとする人々に対しては「そんなものでまかなえるはずがない」と、ひどく断定的に切って捨てるのは、どう見てもフェアな態度とは言えない。
 全ては“原発神話”や都市伝説の類に便乗した脅しに過ぎないかもしれず、彼らが煽る口裂け女的恐怖を退けるには、まず伝説の成立経緯を検証し、脅しに対抗できる傍証を得ることが必要になる。その点、我々が従来持ち得たのは「原子力の発電コストは1kWhあたり5.9円で安い」という事業者サイドから出た数字だけだった。
 昨年末には政府のエネルギー・環境会議が新たに事故対策費用や交付金も加味した「最低でも8.9円」という試算を出してはいるが、「電気料金の値上げは事業者の権利である」などと恥ずかしげもなく言い抜けて20%もの値上げを打ち出す電力会社に対し、我々国民は、感情的にしか反論できずにいる。
 こうした“思考停止”こそ、我々が「3・11」以降に課せられた最大の問題である。日本の高度経済成長は、原発なしでは達成できなかった。こうした検証抜きの言説に対し、胸に手を当てて、静かに考えてみる必要がある。そうでなければ、大津波で2万人近い尊い命が奪われ、何十万人もの人が故郷を喪失するかもしれない未曾有の震災体験が無になってしまうからである。今こそ、原発の呪縛から解放されなければならない。
 例えば私が子供の頃は黒いダイヤと呼ばれた石炭をめぐって、埋蔵量がどれくらいで、あと何年もつかなど、数値が介在した議論が広く行なわれていた。ところがこと原発に限ってはそうした手順が踏まれた形跡がない。いわば、なし崩し的に導入された原発が、今はまたなし崩し的に再稼働へと動き出そうとしているのである。(文中敬称略)
 ※SAPIO2012年2月1・8日号
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電力会社の利権を奪えば脱原発できる! ニッポンの自家発電はすでに原発60基分2011-06-13 | 地震/原発

    

緊急レポート 電力会社の利権を奪えば「脱原発できる!」「ニッポンの自家発電」はすでに原発60基分!
現代ビジネス2011年06月12日(日)
フライデー経済の死角
 JR東日本、キリンビール、六本木ヒルズ、大阪ガス・・・全国ですでに6000万kWの電気が作られている---が、さらに企業に広まらない裏には、カラクリがあった。
「かき集めても、やっとこのぐらいという感じだ」。5月23日、中部電力(中電)本店で行われた会見で、水野明久社長(57)は厳しい表情でこう漏らした。浜岡原発停止後、7月と8月の電力供給力がピーク時の需要を5%ほど上回るものの、安定供給には到達しないと発表したのだ。恒例の電力会社による「電力が足りなくなる」というアピールである。そこで、中電が打ち出しているのが、自家発電設備を持つ管内の民間企業から余剰電力を買い取るという方針だ。
 とはいえ、中電が買い取れるのは余剰電力に過ぎない。管内最大となる60万kWの発電能力を備えた名古屋製鉄所(愛知県東海市)を持つ新日本製鐵の広報センターは次のように説明する。
「製鉄の過程で出る熱やガスを利用するもので、発電量は生産量に左右されます。発電した電気は自社工場内でも使用しますので、そのすべてを余剰電力として売電できるわけではない。そして、これまでも余剰電力を中部電力に売ってきました。ですので、それ以上の〝埋蔵電力〟があると思われると困るのですが」
 あまり知られていないが、発電施設を所有しているのは電力会社だけではない。 '95年の電気事業法の改正によって電力会社による独占が一部緩和され、電力供給を行う新たな企業(事業者)が生まれた。新日鐵のように余剰電力を電力会社に売る企業もある。その一方で、非常用や自社工場での消費を目的とした自家発電もある。環境エネルギー政策研究所主席研究員の松原弘直氏が解説する。
「工場の自家発電施設で最も導入されているのは、重油など化石燃料を使う発電機ですが、油の価格の上昇で、発電するよりも電力会社から買ったほうが安く、ほとんど稼動していなかったはずです」
 右のグラフは、全国の自家発電を発電の種類ごとに分けて、認可出力(注)の合計を示したものである。自家発電施設は3249ヵ所あり、うち2569ヵ所が火力発電だ。
 一目瞭然だが、火力の自家発電だけで日本の原発全54基の総認可出力を上回っている。水力などを加えれば原発60基分に相当する。そしてその多くが稼動せず、〝眠っている〟可能性が高いのだ。
 総務省統計局や電気事業連合会が公表した '08 年のデータによれば、日本の火力発電所の最大発電量は約1兆2266億kW/h。
 しかし、その稼働率は50%程度に過ぎず、原発で発電していた約2581億kW/hを補って余りある。それに加えて、この〝埋蔵〟自家発電がある。「厳しい夏になる」(水野社長)などと、電力会社は原発なしには夏を乗り切れないかのような〝脅し〟を繰り返すが、本誌が何度も指摘してきたとおり、電気が足りないわけではない。
 しかし、この自家発電力を有効に生かすのを阻む壁が存在する。電力会社の利権である。この利権は企業の自家発電がさらに広まるのを阻む壁にもなっている。
「そもそも一つの電力会社が、ある地域の発電も送電も小売も独占するというのは、戦後の復興期だから必要だったシステムです。工業生産が伸び、その電気需要に応えるために必要だったわけです。しかし今の時代に、地域独占が必要でしょうか?」(自家発電設備を持つある事業者)
 日本の電気事業は、10電力会社による地域独占体制が続いているが、前述した電気事業法の改正で発電と小売の一部が自由化され、独自に発電や電力供給を行う事業者が誕生した。業態によって、「卸供給事業者(IPP)」、「特定電気事業者」、「特定規模電気事業者(PPS)」などに大別される。
 IPPは、電力会社に10年以上にわたって1000kW以上を供給する契約などを交わしている事業者のことで、大阪ガスの子会社である「泉北天然ガス発電所」などがそれに当たる。
 また、特定電気事業者は限定された区域に対し、自らの発電設備と送配電設備を用いて電力供給を行う。六本木ヒルズに電気を供給する森ビルの子会社「六本木エネルギーサービス」や、首都圏の鉄道に電気を供給するJR東日本が代表的だ。一方、PPSは、工場や病院など一般家庭以外と50kW以上の契約をして電気を供給する。オリックスや昭和シェルなどが参入している。
「このPPSが電気をどんどん作り、市場が活発になれば電気代も安くなるはずですが、電力会社がそれを阻んでいます。PPSは自前の送電設備を持たないため、電力会社の送電網を利用するのですが、その際に『託送料』がかかり、この負担が大きいのです。電力量によって変わりますが、客が支払う電気代の約2割を、託送料として電力会社に支払わなければなりません」(前出の事業者)
 さらにこんな障壁もある。
「電力会社は自然エネルギーで作られる電気を送電網に接続することを独自に制限しているんです。『自然エネルギーは安定しない』というのがその理由です。
 例えば、東北地方では風力発電の事業者は抽選に当たらないと送電網に繋げません。広範囲で送電網を整備すれば、青森県では風が吹かなくても、秋田県で吹けば穴埋めできるのに」(別のPPS事業者)
 政府は6月中には、「エネルギー環境会議」(議長・玄葉光一郎国家戦略担当相)を設置することを決めている。その会議で最も大きな議題となるのが、電力会社の「発送電分離」だ。
 前述したような障壁をなくすために電力会社から送電部門を切り離そうという議論だ。が、実現したとしても、すぐに自由化が進むわけではなさそうだ。九州大学大学院電気システム工学部門の合田忠弘教授はこう指摘する。
「発電と送電を分離した場合、あちこちに点在する電源を有効に利用しようとすれば、多くの電気を流せるように送電網を強化する必要があります。しかし、海外の事例を見ると、送電会社はなるべく今の設備を利用して設備投資を控える傾向がある。この投資を誰がどのように行うのかが問題となるでしょう」
 また、電気メーターを設置し、各家庭に電気を配電できるのも電力会社に限られているから、欧米のように少々料金が高くても、あえて太陽光発電で作られた電気を買うような選択はできない。自家発電で作られた電気も原発で作られた電気も一緒くたにされ、その内訳もブラックボックスにされた〝言い値〟の電気料金を私たちは支払わされているのだ。
 ●送電分離による託送料の廃止
 ●電気メーター(配電)の自由化
 ●電気料金の内訳の可視化
 これらを実現できれば、電力不足などありえない。脱原発への道も大きく開けることとなる。あるPPS事業者が言う。「発送電分離と配電の自由化によって、『原発の電気は安くても買わない』という選択が可能になる。発送電を分離して初めて、国民が意思表示をできるのです」 
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中電・上越火力発電所2011-10-08 | 地震/原発

 

まず1基を11月に試運転 中電・上越火力を公開
中日新聞2011年10月8日朝刊
設置が完了し、試運転の準備が進む1号系列1号機の蒸気タービン=新潟県上越市で
 中部電力は7日、新潟県上越市で建設中の上越火力発電所を報道関係者に公開した。発電設備4基のうち1基は、来年7月の運転開始に向けて来月から試運転に入り、早ければ年内にも発電をしながら正常に稼働するかを確認する作業に移る。中電は「試運転段階で発電量を確実に見込むのは難しい」として、今冬の供給力には含めていないが、多少の上積み効果は期待できそうだ。
 1号系列と2号系列で2基ずつ建設する計画。出力は各59・5万キロワットで4基の合計は238万キロワット。来年7月以降、1基ずつ運転を始め、2014年5月に全基を稼働させる予定。
 最初に運転開始する1号系列1号機は、発電機やタービンなど主要設備の組み立てがほぼ完了した。同系列2号機や2号系列1号機も組み立てが進み、全体で1500人が作業に当たっている。
 一方、燃料の液化天然ガス(LNG)を貯蔵するタンクは3基中1基が完成した。8日にはLNGを積んだタンカーが初めて来航する予定で、1号系列1号機の運転に向けた準備が本格化する。
 中電にとって上越火力発電所は、電力供給区域外の日本海側に設置する初の火力発電所で、長野県など内陸部への電力供給の安定性を高める狙いがある。また、既存の火力より発電効率が高いため、燃料消費や二酸化炭素(CO2)排出量を減らすことにもつながる。
 現在は発電出力が高い火力や原発はすべて太平洋側にあるため、送電が長距離にわたる内陸部では電力ロスが大きくなる。上越火力4基の出力は中電の発電設備全体の7%に相当。完成すれば、日本海側からも送電できるため、効率的に供給できる。
 年間発電電力量は、長野県内の消費電力の8割に相当する約145億キロワット時を見込み、約60キロ離れた新北信変電所(長野市)に送電する。
 発電方式は、LNGを燃料にガスタービンと蒸気タービンを組み合わせて発電機を回す最新鋭の「コンバインドサイクル方式」を採用。発電効率の低い旧式火力の運転を減らすことで、年間でLNG消費量を60万トン、CO2排出量を160万トンそれぞれ削減できると試算する。
 一方、浜岡原発(静岡県御前崎市)と比較すると、4基の出力は浜岡の3、4号機の合計に匹敵する。中電は「エネルギー資源に乏しい日本にとって、原子力は欠かすことのできない電源」とすみ分けを強調するが、原発への社会不安が解消されなければ、最新鋭火力の新設が浜岡原発の再開論議にも影響を与えそうだ。 (大森準)
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原発保有国は潜在的核武装国/保有31カ国の下心/日本の原発による発電量は世界第3位2011-05-14 | 政治〈領土/防衛/安全保障〉
 東西対立の遺物、原発よさらば福島の事故が証明した、効果絶大なるテロの標的
JB PRESS 2011.05.14(Sat)川嶋 諭
 たとえ思いつきであろうと、地に落ちた人気をわずかでも回復させたいという政治パフォーマンスであろうと、菅直人首相が中部電力浜岡原子力発電所の運転停止を要請し、政府のエネルギー計画の撤回に踏み切ったことは、全くもって喜ばしい。
 原子力発電所は安全だと言い張ってきた政府と電力会社の嘘がばれたいま、福島第一原発の二の舞いは起こり得る。
いったん事故を起こせばこれだけの被害(まだ拡大する)を引き起こす原発を彼らの手に委ねるのは国民の選択肢としてあり得ないからだ。
 もし、福島第一原発の後に続く原発事故が日本のどこかで起きれば、もはや完全に取り返しのつかないことになってしまう。
その意味で、瓢箪から駒とはいえ、菅首相の決断は歓迎されるべきものだろう。
 実際、5月11日には今回の震災で茨城県にある日本原子力発電の東海第二原発で、あわや大惨事を引き起こしかねない状況だったことが明らかになった。
 朝日新聞の報道によると、震災後の停電とその後の高さ5.4メートルの津波の影響で非常用発電機1台と非常用炉心冷却装置1系統が使用不能になって炉心温度が上がり、炉心内で発生した水蒸気を圧力容器に逃がす作業で、何とか急場をしのいだという。
 停電と5メートルの津波でも、危機が目の前に来ていたわけである。想定される東海沖地震の震源地付近に建ち、かねて危険が指摘されている浜岡原発の一時停止は、日本国の未来を懸けたリスクマネジメント上、当然の判断と言える。
 この菅首相の行動に対し、密室での決定で意思決定のプロセスが明確でない、浜岡を特別視する判断基準が分からないとの批判が相次いでいて、それはその通りだと思う(「密室で決まった浜岡原発の停止要請をどうして賞賛できるのか」)。手続きとしては明らかに間違っている。
 しかし、仮に中部地区で夏場に電力が足りない状況になったり電気料金が上がったりしても、万が一の原発事故の大きさに比べたら比較対象とはならない。
 5月11日には、神奈川県の南足柄市で栽培されていたお茶畑から政府の基準を上回る放射能(セシウム)が検出されている。また、ある食品メーカーが独自に調査した結果では、福島第一原発から50キロ以上離れた水田の土から、政府が発表している数値よりケタ違いに高い放射線が検出されたという。
*原発から50キロ以上離れた田んぼの土から高濃度のプルトニウム
 この食品メーカーによると、現時点でその結果を公表するのは影響が大きすぎるため発表は控えているとのことだが、その田んぼの土からは高い濃度のプルトニウムも検出されたそうだ。
 一方、5月12日になって、東京電力は福島第一原発の1号機の原子炉に穴が開いている可能性があると発表した。
 それが事実だとすれば、燃料棒を冷やすための水を常に供給し続けなければならず、それが高濃度の放射能に汚染された排水となって海に流れ出続ける危険性がある。
 福島第一原発の放射能汚染は、水蒸気爆発以降収まっているように見えるが、実際には汚染を続けている。新たな水蒸気爆発の危険性も高い確率で残っている。
 プルサーマル運転をしていた福島第一原発3号機では、燃料に高い比率でプルトニウムを混ぜていたため、チェルノブイリやスリーマイル島の事故とは別に半減期が2万4000年と目が飛び出るほど長いプルトニウムによる汚染が広がる危険性がある。
*半減期が2万4000年の怖い汚染の静かなる広がり
 新聞やテレビの解説者によれば、プルトニウムは万が一人体に取り込まれても異物として排除されやすいので心配はいらないという。
 しかし、プルトニウムが大気や土壌、そして海水へと撒き散らされ続ければ、再び人体に濃縮された形で取り込まれる危険性は十分にある。何しろ半減期が2万4000年なのである。紙や木が燃えるようにはなくなってくれないのだ。
 プルトニウムはα線(陽子2つと中性子2つのヘリウムの原子核)を放出する。α線は紙1枚でも防げるので人体の奥深い組織には悪影響はないとされるが、一方で肺に吸い込むと肺胞の表皮組織を集中的に傷つけて肺ガンを引き起こすとも言われている。
 原発は、いったん事故を引き起こせば、地元の住民に、そして日本人全体に甚大な被害をもたらし、また地球を非常に長い期間汚染し続けるリスクを背負っている。
 福島第一原発の事故で、目の前に終わりなき大きなリスクをまざまざと見せられたいま、最も不安を感じ始めているのは原発を持たない沖縄電力を除く電力会社の経営陣ではないだろうか。東京電力のようにはなりたくないと考えるのが自然だろう。
*13日の金曜日、浜岡原発が停止
 中部電力の水野明久社長が菅総理の要請を受け入れて、5月13日の金曜日に浜岡原発の運転を中止したのには、そんな計算も働いているはずだ。
 首相の要請を受け入れるかを議論した取締役会では激論が交わされたと報道されているが、法的根拠のない首相の要請を結局受け入れることにしたのは、明日発生するかもしれない巨大地震への恐怖ではなかったか。
 この決断は、水野社長にとって敗軍の将になる危険性がなくなるばかりか、ヒーローになれる絶好の機会と言えるのだ。
 産経新聞は中部電力の事実上の創業者で戦後の9電力体制を築いた松永安左エ門を引き合いに出して、菅首相の要請は突っぱねるべきだったと言う(産経抄)。
 しかし、死ぬまで勲章の受け取りを拒否し自立と日本のためを行動原理とした松永安左エ門だったら、日本のため世界のために浜岡原発を自ら停止したのではないか。そもそも動機不純の原発は建設しなかったかもしれない。
*菅首相の要請は渡りに船?
 中部電力の清水社長にすれば、菅総理からの要請を内心、待ってました、渡りに船だと喜んだとしても全くおかしくないと私は思う。
 ほかの電力会社のトップも内心ではそう考えている可能性もある。何しろ、原発は今の日本の環境では電力会社に富をもたらしてくれる宝の山ではなくなってきたからだ。
 日本が現在の中国のように高度経済成長の最中にあって電力供給が決定的に足りない状況だった時代は、国策もあって確かに原発への投資は利益を生んだ。しかし、日本の電力需要がピークアウトした今は、設備負担の重い原発は旨みが少なくなっているのだ。
 地域独占で料金が認可制の電力会社にとって、巨大な設備投資が必要な原発を建設すれば、その償却分や核燃料の所有額を電気代に加算できたうえに償却後は大きな利益を享受できた。しかし、それは電力消費が右肩上がりであることが前提だ。
 現在のように電力需要が下がり始めれば収益モデルは過去のものとなり巨大な設備負担がのしかかる。さらには、稼働から年月が経った原発では、地震以外にも原子炉容器や配管の応力腐食割れなど様々な事故のリスクに怯えなければならない。
*デフレ経済が好きな民主党政権では原発は儲からない
 どうしたことかデフレ政策を掲げて実践している今の民主党政権が続けば、経済はますます冷えて電力需要は下がる一方だ。
 さらに増税で企業の海外移転も進めばさらに電力消費は減る。日本の経済政策上から見ても原発は電力会社にとって経営リスクなのである。
 また、原子力発電のコストは決して安くない。それどころか、福島第一原発の事故で巨額の賠償金が必要になる以前の段階で、最も発電コストの高い方法になっているのだ(「高すぎる原発の発電コスト、LNG火力で代替せよ」)。
 この記事によれば、電力会社の業界団体である電気事業連合会などが発表している“粉飾”されたデータではなく、実態に近い発電コストは、1KWh当たり火力発電が9.9円。原子力の場合には12.23円もかかるという。
 一方、原子力が環境に優しいという触れ込みにしても、確かに二酸化炭素は出さないものの、大量の熱エネルギーを海水に放出している。何しろ、原発は蒸気機関で発電するので熱効率が悪い。タービンの性能が上がった現在でも30%台そこそこ。
*原発は蒸気機関車時代の技術
 原子炉で発生する熱の3分の2は海水に放出されている。二酸化炭素は放出しなくても地球を温めているわけで、決して環境に優しいわけではない。さらに、発電所の立地が消費地から遠いため、高圧線を通るうちに電力の半分近くが熱となって大気中に放出されてしまう。
 つまり、核分裂で得たエネルギーで最終消費者が電力消費として回収できているのはわずか6分の1。残りの6分の5は熱エネルギーとして放出している勘定になる。やはりシュッシュポッポ時代の技術でしかない。
 一方、火力発電所の方は、ガスタービンを使ったコンバインドサイクルという発電方法によって、日増しに熱効率が上がっている。最高効率のものは60%を超える。また、立地も消費地に近いため、送電ロスは小さい。
 ガスタービンというのは、言ってみればジェットエンジンである。燃料に圧力をかけて噴射させて燃やし、燃焼ガスが一気に膨張したその勢いでタービンを回す(ジェット機の場合は推力となる)。燃焼の際の温度を高めれば高めるほど、燃やしたガスの膨張度が高まるので効率が高くなる。
 すでに1500度を超える高い温度で使用できるガスタービンが実用化されている。高い温度のガスタービンは廃熱の温度も高くなるので、その廃熱を使って水を沸騰させて蒸気にして蒸気タービンを回せば、さらに効率が高くなる。これがコンバインドサイクルである。
*蒸気機関車VSジェットエンジン
 ジェットエンジンのハイブリッドシステムと考えていい。電力を発生させる仕組みそのものでは、シュッシュポッポの蒸気機関車時代の技術である原発に比べ、超音速時代の高効率な技術であり、はるかにハイテクだ。
 以前、このコンバインドサイクルを作っている三菱重工業の高砂製作所に取材に行ったことがある。
 タービンブレードの耐熱性、軽量化のための材料開発、燃焼ガスの流れを効率的にブレードに伝える空力設計など、日本の技術の粋を集めたものだった。
 技術の進歩も目覚ましく、最近では1600度以上のガスタービンも開発されていて、その場合には燃料に水素を使うという。燃焼で二酸化炭素を生まず、熱効率も60%以上となり、極めて環境に優しい発電方式となる。
 今の日本が置かれた環境にどういった発電方式が電力会社の経営にふさわしいのかという観点から、株主総会を控えているいま、電力会社の株主の皆さんは経営をチェックした方がいいのではないか。
*原発はテロリスト最大のターゲットに
 さて、日本が原発を導入するに当たってはコストや環境以外の動機もあったはずである。国防だ。しかし、日本の再軍備と核武装をこっそり視野に入れていたこの不純な動機も今となっては全くの的外れとなった。
 福島第一原発の事故が国防の観点からはっきりと示したのは、テロあるいは仮想敵国から原発に何らかの攻撃がされたら、とんでもない被害をほぼ永遠にもたらすということだろう。
 日本を滅ぼすのに原爆は不要。日本中に散らばっている54基の原発をロケットで攻撃すれば、日本全土はたちまち永遠に生物が住めない世界に変わる。カルタゴがローマ帝国に滅ぼされた時、作物が二度と生えないように塩をまかれたどころの騒ぎではない。
 中曽根康弘元総理と初代の科学技術庁長官だった正力松太郎・読売新聞社主が1955年に二人三脚でスタートさせた日本の原子力産業育成は、米国のアイゼンハワー大統領による「平和のための核利用:Atoms for peace」という見せかけの看板につられたものだった。
 実はソ連に対抗するために核による軍拡のお先棒を担がされたことが明らかだった。
それについては有馬哲夫・早稲田大学教授の『原発・正力・CIA』(新潮新書、2008年)に詳しい。若く血気盛んな中曽根元総理と野望ある正力氏は、米国の術中にはまっていく。
*読売新聞が牽引した日本の原発建設
 もちろん、米国が正力氏を見込んだのにはわけがある。日本国内だけで1000万部という世界最大部数にまで育てた新聞事業と日本初の民放、日本テレビの影響力だ。結局、それらをフル活用されて日本は原発大国へと大きく歩を進めていく。
 米国に招待されて核施設を見に行った中曽根元総理は、自著『自省録』(新潮社、2004年)の中で、次のように書いている。「日本もこの流れに乗らないとたちまち取り残されると、多いに焦燥感に駆られます」
 帰国した中曽根元総理は居ても立ってもいられず、当時予算委員会の筆頭理事だった立場を最大限に利用して原子力の調査費を予算計上する。その額は2億3500万円だったという。この数字に具体的な意味はなく、熱中性子を受けて核分裂するウラン235の235をただ取っただけだった。
 このようにして日本が米国から原子力技術の供与を受けられるようになる前、米国はすでにアジアでもイラン、イラク、インド、パキスタンなどに原子力技術を供与していた。米国に滅ぼされたイラクを除けば、これらの国は今や原爆保有国である。
 原発を持った一国の権力者が原爆を持ちたくなるのは道理。隣国などと紛争を抱えていればなおさらだ。現在、原発を持っている国を調べると、その下心が透けてくる。それをデータで示してくれたのがこの記事(「知らないのは日本人だけ? 世界の原発保有国の語られざる本音」)だ。
*原発を保有している31カ国の下心
 現在、31カ国が原発を所有している。原発による発電量が最も多い国は米国であり、その発電量は石油換算(TOE)で年に2億1800万トンにもなる(2008年)」
 「それにフランスの1億1500万トン、日本の6730万トン、ロシアの4280万トン、韓国の3930万トン、ドイツの3870万トン、カナダの2450万トンが続く。日本は世界第3位だが、韓国も第5位につけており、ドイツを上回っている
 「その他を見ると、意外にも旧共産圏に多い。チェルノブイリを抱えるウクライナは今でも原発保有国だ。石油換算で2340万トンもの発電を行っている。その他でも、チェコが694万トン、スロバキアが440万トン、ブルガリアが413万トン、ハンガリーが388万トン、ルーマニアが293万トン、リトアニアが262万トン、スロベニアが164万トン、アルメニアが64万トンとなっている」
 「旧共産圏以外では、中国が1780万トン、台湾が1060万トン、インドが383万トン、ブラジルが364万トン、南アフリカが339万トン、メキシコが256万トン、アルゼンチンが191万トン、パキスタンが42万トンである」
 「その他では、環境問題に関心が深いとされるスウェーデンが意外にも1670万トンと原発大国になっている。また、スペインが1540万トン、イギリスが1370万トン、ベルギーが1190万トン、スイスが725万トン、フィンランドが598万トン、オランダが109万トンとなっている」
*原爆を作りたいがための原発は最大の弱点に
 「ある国が原発を所有する理由を明確に知ることは難しい。その国の人に聞いても、明確な答えは返ってこないと思う。しかし、原発を持っている国名を列記すると、その理由がおぼろげながら見えてくる。原発は国家の安全保障政策に関係している」
 「原子力による発電は原子力の平和利用であるが、ウランを燃焼させることにより生じるプルトニウムは原子爆弾の原料になる。また、原発を製造しそれを維持する技術は、原爆を製造する技術につながる。原発を持っている国は、何かの際に短時間で原爆を作ることができるのである」
 日本と同じ愚かな轍を踏んでしまった国が何と多いことだろう。これらの国のいくつに原爆を作れるという下心があるかは分からない。しかし、そのために原発を建設してしまったとすれば、攻めばかり考えて守りを全く考えていないことになる。
 日本の現状を見ればそれは明らかだ。日本の原発はテロに対して全くと言っていいほど無防備である。その点はこの記事「北朝鮮が狙う日本海側の原発、守備は万全?」が警鐘を鳴らしている。
 「日本の原発の多くは日本海沿岸に集中しています。潜水艦で攻撃されたらひとたまりもないでしょう。今ごろ北朝鮮と仲良くしようとか話し合おうとか言う人には、そろそろ北の正体を思い知れと言いたいです
*東西対決が終わってみれば、原発はただの遺物に
 世界に原発が広がったのは、米国とソ連という東西対立の賜物だった。東西対立が終わったいま、この副産物は国家を守るという意味でも大変危険な存在になっている。地域紛争やテロによる明確なターゲットになるからだ。
 建設・運営コストも高く、環境にも優しくなく、国防上からも危険極まる原発は、本来、東西対決の終わりとともに棄てていくのが正しい姿ではないか。できれば一気にすべての原子炉を廃炉にしてほしいところだが、電力供給の事情もあるから簡単にはいかないだろう。
 世界の原子力関連市場で、日本の技術や製品はその中核を占めるまでになっているという。地震国の少ない国で原子力の安全利用を進めたい国があるとすれば、そうした国に安全でできるだけコストの安い部品や機器を供給し、原発の安全度を高めるのは、福島第一原発の事故で地球を汚染してしまった国の責任でもある。
 また、万が一の場合には、徹底支援するためにも原子力技術から逃れることは許されない。
 しかし、世界最大の地震大国である日本では、浜岡原発を皮切りに危険度の高いところから廃止して、コンバインドサイクルや風力、太陽光、燃料電池、地熱発電などに切り替えていくことは、東西対決が終わったいま、明らかな時代の要請である。 *強調(着色・太字)は、来栖
〈筆者プロフィール〉
川嶋 諭 Satoshi Kawashima
・早稲田大学理工学部卒、同大学院修了。日経マグロウヒル社(現日経BP社)入社。1988年に「日経ビジネス」に異動後20年間在籍した。副編集長、米シリコンバレー支局長、編集部長、日経ビジネスオンライン編集長、発行人を務めた後、2008年に日本ビジネスプレス設立。
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国防の観点から脱原発の必要性を論じる/原発の存在自体が日本の国防を脅かす最大の要因になっている2012-01-26 | 政治〈領土/防衛/安全保障〉
 テロに無力の日本はそもそも原発扱う資格ない国と西尾幹二氏
NEWSポストセブン2012.01.26 16:01
福島第一原発の事故直後から、保守の立場にあって強く脱原発を主張してきたのが評論家の西尾幹二氏である。左派の主張にはない国防の観点から脱原発の必要性を論じる。
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原発の存在自体が日本の国防を脅かす最大の要因になっている。
日本の原発は大量の冷却水を確保する必要から全て海に面しているが、海上から高速船で近づくテロ攻撃に対して全く無力である。韓国の原発は海に向けて機関銃座を据えつけているが、日本ではなんと法律上自衛隊による警備すら認められておらず、普段は民間警備会社に任されている。
しかも、今回の原発事故でテロリストに決定的な弱点を晒してしまった。原子炉そのものを直接破壊しなくても、電源設備を稼働不能に陥らせればよいのである。
日本の原発は空からの攻撃に対しても無防備である。外国から見れば、日本全土に核地雷が埋められているようなものだ。1998年8月31日、北朝鮮は弾道ミサイル・テポドン1号を発射し、青森県上空を通過させて太平洋に落下させたが、これは六ヶ所村にミサイルを落とせることを示威したものと解釈できる。
こうしたテロ攻撃、軍事攻撃を受けずとも、今回のような大事故が起これば、核攻撃を受けたに等しい、あるいはそれに準じた被害が発生する。まさに今回の福島第一原発の事故現場は核戦争の最前線に近かったのである。
関係者にその自覚すらなかったことが最大の問題である。その証拠に、例えば、日本の技術は軍事用に作られていない。日本は世界に冠たるロボット先進国であるはずだが、事故現場で役立ったのはアメリカの軍事用歩行ロボットであり、無人偵察機であり、フランスとアメリカのセシウム除去装置だった。
常に最悪の事態を想定し、準備を整えておくのが軍事的知能というものである。戦後の日本にはこれがない。だから、非常事態に国の中枢が機能しなかった。日本はそもそも原発を扱う資格を欠いた国だったのかもしれない。
私は原発事故以来、こうした問題を何度もメディアで取り上げ、昨年末には『平和主義ではない「脱原発」 現代リスク文明論』(文藝春秋刊)にまとめ、とりわけ保守論壇に対して原発の是非を強く問い掛けてきた。だが、問題のポイントを誤解せずに正面から受け止めて答える声はほとんど皆無である。
「平和利用」という美名に飾られた日本の原発は戦後の「一国平和主義」の象徴であり、その矛盾が最悪の形で露呈したのが今回の事故である。もはやアメリカの「核の傘」は幻想にすぎないことは明らかであり、今後アメリカの軍事予算の削減とともにアメリカの核による抑止力は弱まっていく。
ならば日本は独自に核を持つ必要があるが、45トンものプルトニウム、つまり5000発もの原爆は必要ない。(※注:日本のプルトニウム保有量は60トンを超えないよう歯止めを掛けられているのだが、抽出されたプルトニウムは増え続け、溜まりに溜まって現在45トンを超えている。プルトニウムが8キログラムあれば長崎型原爆が1個作れるので、5000発以上の原爆の材料を保有していることになる)
ほんの数十の核ミサイルとそれを搭載する原子力潜水艦があれば、核武装した膨張国家・中国に対する抑止力になる。そして、その抑止力を持つ自由を獲得するためには脱原発が必要なのである。
※SAPIO2012年2月1・8日号
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