国民に知らされないTPPという悲劇/前原氏が暴露した事前交渉の一端/守秘義務をかけた交渉

2013-03-16 | 政治

国民に知らされないTPPという悲劇
Diamond online 山田厚史の「世界かわら版」2013年3月14日 山田厚史[ジャーナリスト 元朝日新聞編集委員]
 安倍首相は15日にもTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加を表明する。
 TPPとはいったい何なのか。安倍首相も含め、全体が分かっている人が日本に何人いるのだろうか。日本だけではない。交渉当事国でさえ、自分の国が何を交渉しているのか、国民は知ることができない。
前原氏が暴露した事前交渉の一端
 一端を伺わせるシーンが11日の国会論議であった。民主党の前原誠司氏が、日米事前協議を暴露した。TPPの最大の問題点は、「農業」でも「聖域なき関税」でもない。交渉内容が国民に知らされないまま、決まってしまうことだ。
 日本がTPP交渉に参加するには、すでに協議を始めている加盟国の承認がいる。前原は国会で次のように述べた。
 「我々が最後まで交渉参加を表明できなかったのは、なぜかというと、米国の要求、事前協議の中身があまりにも不公平だった。トラック、乗用車については関税をすぐにはゼロにしない猶予期間を設けるべきだ、ということだった。日本の安全基準については米韓FTAと同じように枠を設けるべきだ、ということだった。保険については、はじめはがん保険だけと思っていたら、学資保険の中身を変えることについても色々と言い出した。つまり中身について、事前交渉でこれをとにかく武装解除しなければ米国議会に通告しない、と。しかしこういう中身について我々は不公平であると、本来であれば、自動車の関税猶予なんてことは本交渉でやる話であって、我々は農産物を相殺して妥協しなかった」
 事前交渉とは、何のためにあるのか。TPP交渉に参加する資格を審査する、というならまだ分かる。実態はTPP交渉に入る前の「武装解除」だったと前原は指摘する。
 実質的な通商交渉が始まっていたのである。その要求は親米派とされる前原氏にすら「不公平だ」と映った。自由貿易を掲げながら自国の自動車関税は下げない。それでいて米国から輸出する自動車には、安全基準の審査で特別なはからいをしろ、という。「OKしなければTPPに入れないぞ」である。こういう要求は日本の国内法なら「優越的地位の乱用」とされ違法行為だ。
保険分野では学資保険も標的
 保健分野ではガン保険だけでなく、学資保険まで文句をつけてきた。米国保険会社と競合する保険商品を問題にする。かんぽ生命の株主が政府であるのは非関税障壁だと主張し、「売らせるな」と圧力をかける。かんぽ生命はがん保険を扱わない、と決めたのは、こうした裏交渉を受けての決定だった。それが学資保険までダメ出しされ、「そこまでは」と日本の腰が引けた、というのが真相のようだ。
 異なる文化を持ち、制度も慣行も違う国が経済取引のルールを作ることは必要なことであり、世界はその方向に進んでいる。問題はその決め方だ。フェアで、対等で、情報が公開されることが大原則だ。
 TPPの危うさは、ここにある。フェアであるか怪しい。対等ではない。情報はまったく公開されない。
 中身を知らない国会議員が、どうして交渉参加の是非を議論できるのか。
 安倍首相は「自民党にはさまざまな意見がありますが、いったん決まれば全員がひとつなって取り組みます」と、常々言っている。
 今回も、反対論、慎重論が噴出しているが、党の部会で審議にかけ、首相一任を取り付ける段取りだ。そこには議論はない。言いっぱなし、聞きっぱなしの「ガス抜き」があるだけで、問題の所在を語り合い、ことの是非を真摯に考える自由で民主的な作業は見えない。党内の議論は、手順を踏む儀式である。
主要紙は前原発言を無視
 もともとTPP交渉参加は、民主党政権で菅直人首相が、突然言い出したことだ。
 対米関係でしくじった鳩山政権の轍を踏まず、米国への「武装解除」を示すのがTPP参加だった。不安定な政権を維持するには、米国との軋轢を避けるしかなかった。その足下を見透かすように「参加したかったら、これを飲め」と要求を突きつけられた。外交とはそういうものだ。
 前原氏は民主党で政策調査会長を務め、昨年10月からは国家戦略担当としてTPPの事前交渉を知る立場にあった。米国の理不尽な要求を跳ねつけることも、飲み込むこともできず、交渉参加を決断できなかった。環太平洋の自由貿易をうたい、モノ作り日本に新たな活路を見出すTPPというコンセプトなのに、自動車輸出に障害を残す、というのでは国民に説明がつかなかった。
 国会でこうも語っている。
 「我々は交渉参加表明をしたいと模索したが、この条件ではあまりにも日本は不公平だということで、我々は非対称的だということで交渉参加表明をしなかった」。そして「これ、妥協してまさか交渉参加するなんてことはないですよね」と迫った。
 安部首相は正面から答えず、「前原さんも民主党も政府として交渉に当たってきた。米国との交渉においては、中身においては、皆さんに守秘義務が課せられているはずです。交渉中のことをいちいち外に出せば交渉にならない」とした。
 前原氏が守秘義務」を破っても訴えようとした「不公平な交渉」は、翌日の全国紙はほとんど載らなかった。東京新聞が扱った程度で、朝日も日経も無視した。
■バスはもう出てしまった
 TPPの悲劇は、交渉に守秘義務が課され、事実が外に伝われらないことだ。
 前原氏が問題視した事案は、民主党政権のごく一部と官僚だけが知っていたことだ。
 自動車が米国市場で不利に扱われるのを認めるか、見返りに農産物の例外を認めさせることがいいことなのか。かんぽ生命への干渉を許すのか。どれも日本にとって重要なことだ。政府のごく一部だけが知り、決めてしまう。こんなことが秘密裏に行われていいのか。国会も国民も蚊帳の外におかれてきた。
 守秘義務をかけた交渉で、得をするのは誰なのか。
 日本が交渉参加を表明すると、米国議会が参加を認めるかどうか審査する。あちらもねじれ国会、財政削減をめぐり大統領とギクシャクする議会にとって、重要度がさして高くもない日本のTPP交渉参加が、どれほどの優先度で審議されるか定かではない。7月までに結論が出るといわれるが、そうなったとしても日本が交渉のテーブルに就けるのは夏休み明けの9月から。交渉終了の1ヵ月前である。
 入れ、入れ、とせっ突かれ、無理を受け入れて交渉に参加しても、ルール作りにはほとんど加われない。
 7日の東京新聞は「日本が交渉入りしても加盟国が合意した項目は、再協議することはない、と参加9ヵ国で決められている」と特報した。バスはもう出てしまった。
 シンガポールで開かれた3月の交渉で、米国の交渉担当者は、「日本が交渉参加を表明しても、事前に交渉のテキストを見ることはできないし、確定した項目に修正や文言の変更は認められず、新たな提案もできない」と述べた、という。
 決められたルールは受け入れるしかない。見せてもらえない、というテキストは900ページに及ぶといわれる。交渉参加はサインするだけになりそうだ。
■企業が国家を支配する
 では、交渉参加国は喜んでいるのか。そうともいえないのである。なぜなら、国民は何が話され、どう決まったのか、知らされていない。交渉の主導権を握る米国でも、TPPへの疑念は広がっている。
 「TPPで企業が国家を支配する」という刺激的なタイトルをつけたキャンペーンフィルムが米国のNGOによって作られた。
 焦点となっているのがISDS条項と呼ばれる「投資についての紛争解決システム」だ。ある国に投資した企業が、政策の変更で損害を受けたとき、その国の政府を訴えることができる。訴訟を扱うのはワシントンに本部のある世界銀行だ。
 米国のNGOは、NAFTA(北米自由協定)に盛り込まれたISDS条項を使って、メキシコやカナダで、米国の廃棄物業者が政府を訴え、巨額の賠償金を勝ち取ったことを実例に上げ問題にしている。環境規制を強化したり、国内業者を保護したりする政府を、外資が訴えるという仕組みだ。
 国境を越えた投資は、各地で摩擦を起こすことは少なくない。それぞれの国で裁判になるのが普通だが、国家を飛び越え世銀に設けられた仲裁機関が決定する。言語は英語である。決定に当事国の裁判所は関与できない。訴訟社会の米国らしい解決方法だが、多国籍企業が訴訟という武器を装備することになる。世銀は代々米国が総裁を送り出している。IMFと並び米国主導の国際金融体制を支えてきた拠点である。
 TPPは協定が結ばれると、国内法制を協定と整合性ある形に変えることが迫られる。分野は貿易にとどまらない。薬品の認可や価格、食の安全表示の仕方、金融や輸送、知的財産、紛争処理超国家の経済秩序が各国の制度を規定する力となる。
 秘密交渉のTPPの交渉内容は、各国のNGOが監視し、政権内部のシンパから情報が伝わる、という展開になっている。
 TPPは、文化と伝統を背景に出来ている経済の慣行や制度を根本から問い直すものだ。改革のきっかけになるかもしれないが劇薬である。力の強いものに有利に働くだろう。
 そうであるなら、国民的論議が必要だ。少なくとも国会に情報を提供して、議論されてしかるべきだろう。
 「不公平な武装解除」を問題にした前原氏も結局は抱え込んだまま、国民に問いかけることをしなかった。自民党は、農協の反対を抑えるのに、米国にも「自動車という聖域」がある、と示しただけで、それでTPPで日本がどうなるのか、明らかにしていない。
 安倍政権は、菅政権同様、日米関係という力学で参加を決めたように見える。あとは手順を踏むだけ。形ばかりの審議で決めてよいのか。TPPは日本の民主主義の成熟度を試しているように思う。
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TPP 米、車・保険で譲歩要求
東京新聞2013年3月12日 朝刊
  民主党の前原誠司衆院議員は十一日の衆院予算委員会で、環太平洋連携協定(TPP)の事前協議で、米側が自動車の安全審査の除外やかんぽ生命の学資保険の内容変更などを交渉参加入りの条件として民主党政権当時の日本政府に要求していたと明らかにした。安倍晋三首相は近く交渉参加表明する意向だが、米側は安倍政権にも同様の要求をしている可能性が高い。
  前原氏は、米政府が野田政権当時の日本政府に、TPPの事前協議で(1)米国が輸入乗用車に2・5%、トラックに25%を課している関税撤廃に猶予期間を設ける(2)米国の安全基準を満たした車は日本の安全審査なしとする輸入枠を米韓自由貿易協定(FTA)と同様に設ける(3)かんぽ生命の学資保険の内容変更-を要求したと説明した。
  前原氏は、これらの要求について「米政府が、これらを武装解除しなければ(日本がTPP交渉に参加するために必要な)米議会への通告をしない、と言っていた」と指摘。「われわれは、あまりに日本に不公平だったので妥協しなかった。安倍政権は妥協して交渉参加表明することはないですね」と譲歩しないよう迫った。
  首相は「交渉していることをいちいち外に出していたら交渉にならない」と明確には答えず、「守るべき国益は守っていきたい」と述べるにとどめた。
  首相は、事前交渉の内容について「(当時の政府関係者として)守秘義務がかかっているはずだ」と前原氏をけん制したが、前原氏は「本当に国益にかなうか、(首相が)見切り発車をしないために言った」と反論した。
  前原氏は野田政権で民主党政調会長を務め、昨年十月から衆院解散までの三カ月間は、TPP交渉問題を担当する国家戦略担当相だった。
  衆院予算委では民主党の玉木雄一郎氏が、首相がオバマ米大統領との日米首脳会談で確認した日米共同声明で自動車や保険部門が懸念事項として明示されたことを追及。「譲歩を具体的に行わなければ交渉参加できないのではないかと言われているが、門前払いを約束したものになっていないか」と指摘した。
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【経済Q&A】
TPP交渉へ米国の事情 農産品も強硬姿勢か
東京新聞2013年3月15日
 安倍晋三首相が十五日に交渉参加を表明する環太平洋連携協定(TPP)をめぐり、米国は韓国との間で二〇一二年三月に発効した「米韓自由貿易協定(FTA)」以上の成果を日本から引き出そうとしている。
Q そもそも米韓FTAは何が焦点だったの。
A 日米のTPP事前協議と同じく、自動車分野が焦点の一つだった。合意は、米国側に圧倒的に有利な内容になっている。
 米国は輸入乗用車に2・5%の関税をかけ、さらにトラックは25%と高い関税で国内メーカーを守っている。米国内で韓国車が一段とシェアを伸ばすことを懸念したため、FTAの合意では関税の撤廃は一気に進めず、乗用車が発効五年目、トラックは十年目と先に延ばした。これが日米の事前協議でも一つの基準になった。
 一方、韓国はFTAの発効と同時に、韓国へ輸入する乗用車の関税を8%から4%に引き下げ、さらに五年目には撤廃する。トラック関税の10%は即時撤廃した。米国からは自動車税などの税制改正も要求され、米国メーカーが進出しやすいよう配慮した。
Q その結果、米国車は韓国市場で躍進しているのかな?
A 大型で燃費の悪い米国車は韓国市場で苦戦する。むしろ、トヨタが米国工場で生産し、韓国に輸出する「カムリ」が、韓国版カー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど販売数を増やしている。
Q 自動車で大幅に譲歩した韓国は、農産品の関税は守ったのだろうか。
A 韓国経済に詳しい日本総研の向山英彦・上席主任研究員は、「韓国は自動車で譲歩した代わりに、農産品では譲らずに韓国の要求を米国にのませた」と説明。韓国は重要品目のコメを関税撤廃の対象から除外させた。では、日本も農産品を守れるのかというと、政府交渉筋は「米国は韓国に農産品を譲って関連業界から強い突き上げを受けるという経験をしたので、日本には強硬姿勢を臨んでくるだろう」と警戒する。
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◆ 『TPP亡国論』/怖いラチェット規定やISD条項/コメの自由化は今後こじ開けられる 
 米国丸儲けの米韓FTAからなぜ日本は学ばないのか 「TPP亡国論」著者が最後の警告! 
 Diamond online 2011年10月24日 中野剛志[京都大学大学院工学研究科准教授]
 TPP交渉に参加するのか否か、11月上旬に開催されるAPECまでに結論が出される。国民には協定に関する充分な情報ももたらされないまま、政府は交渉のテーブルにつこうとしている模様だ。しかし、先に合意した米韓FTAをよく分析すべきである。TPPと米韓FTAは前提や条件が似通っており、韓国が飲んだ不利益をみればTPPで被るであろう日本のデメリットは明らかだ。
 TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加についての結論が、11月上旬までに出される。大詰めの状況にありながら、TPPに関する情報は不足している。政府はこの点を認めつつも、本音では議論も説明もするつもりなどなさそうだ。
 しかし、TPPの正体を知る上で格好の分析対象がある。TPP推進論者が羨望する米韓FTA(自由貿易協定)である。
■米韓FTAが参考になるのはTPPが実質的には日米FTAだから
 なぜ比較対象にふさわしいのか?
 まずTPPは、日本が参加した場合、交渉参加国の経済規模のシェアが日米で9割を占めるから、多国間協定とは名ばかりで、実質的には“日米FTA”とみなすことができる。また、米韓FTAもTPPと同じように、関税の完全撤廃という急進的な貿易自由化を目指していたし、取り扱われる分野の範囲が物品だけでなく、金融、投資、政府調達、労働、環境など、広くカバーしている点も同じだ。
 そして何より、TPP推進論者は「ライバルの韓国が米韓FTAに合意したのだから、日本も乗り遅れるな」と煽ってきた。その米韓FTAを見れば、TPPへの参加が日本に何をもたらすかが、分かるはずだ。
 だが政府もTPP推進論者も、米韓FTAの具体的な内容について、一向に触れようとはしない。その理由は簡単で、米韓FTAは、韓国にとって極めて不利な結果に終わったからである。
 では、米韓FTAの無残な結末を、日本の置かれた状況と対比しながら見てみよう。
■韓国は無意味な関税撤廃の代償に環境基準など米国製品への適用緩和を飲まされた
 まず、韓国は、何を得たか。もちろん、米国での関税の撤廃である。
 しかし、韓国が輸出できそうな工業製品についての米国の関税は、既に充分低い。例えば、自動車はわずか2.5%、テレビは5%程度しかないのだ。しかも、この米国の2.5%の自動車関税の撤廃は、もし米国製自動車の販売や流通に深刻な影響を及ぼすと米国の企業が判断した場合は、無効になるという条件が付いている。
 そもそも韓国は、自動車も電気電子製品も既に、米国における現地生産を進めているから、関税の存在は企業競争力とは殆ど関係がない。これは、言うまでもなく日本も同じである。グローバル化によって海外生産が進んだ現在、製造業の競争力は、関税ではなく通貨の価値で決まるのだ。すなわち、韓国企業の競争力は、昨今のウォン安のおかげであり、日本の輸出企業の不振は円高のせいだ。もはや関税は、問題ではない。
 さて、韓国は、この無意味な関税撤廃の代償として、自国の自動車市場に米国企業が参入しやすいように、制度を変更することを迫られた。米国の自動車業界が、米韓FTAによる関税撤廃を飲む見返りを米国政府に要求したからだ。
 その結果、韓国は、排出量基準設定について米国の方式を導入するとともに、韓国に輸入される米国産自動車に対して課せられる排出ガス診断装置の装着義務や安全基準認証などについて、一定の義務を免除することになった。つまり、自動車の環境や安全を韓国の基準で守ることができなくなったのだ。また、米国の自動車メーカーが競争力をもつ大型車の税負担をより軽減することにもなった。
 米国通商代表部は、日本にも、自動車市場の参入障壁の撤廃を求めている。エコカー減税など、米国産自動車が苦手な環境対策のことだ。
■コメの自由化は一時的に逃れても今後こじ開けられる可能性大
 農産品についてはどうか。
 韓国は、コメの自由化は逃れたが、それ以外は実質的に全て自由化することになった。海外生産を進めている製造業にとって関税は無意味だが、農業を保護するためには依然として重要だ。従って、製造業を守りたい米国と、農業を守りたい韓国が、お互いに関税を撤廃したら、結果は韓国に不利になるだけに終わる。これは、日本も同じである。
 しかも、唯一自由化を逃れたコメについては、米国最大のコメの産地であるアーカンソー州選出のクロフォード議員が不満を表明している。カーク通商代表も、今後、韓国のコメ市場をこじ開ける努力をし、また今後の通商交渉では例外品目は設けないと応えている。つまり、TPP交渉では、コメも例外にはならないということだ。
 このほか、韓国は法務・会計・税務サービスについて、米国人が韓国で事務所を開設しやすいような制度に変えさせられた。知的財産権制度は、米国の要求をすべて飲んだ。その結果、例えば米国企業が、韓国のウェブサイトを閉鎖することができるようになった。医薬品については、米国の医薬品メーカーが、自社の医薬品の薬価が低く決定された場合、これを不服として韓国政府に見直しを求めることが可能になる制度が設けられた。
 農業協同組合や水産業協同組合、郵便局、信用金庫の提供する保険サービスは、米国の要求通り、協定の発効後、3年以内に一般の民間保険と同じ扱いになることが決まった。そもそも、共済というものは、職業や居住地などある共通点を持った人々が資金を出し合うことで、何かあったときにその資金の中から保障を行う相互扶助事業である。それが解体させられ、助け合いのための資金が米国の保険会社に吸収される道を開いてしまったのだ。
 米国は、日本の簡易保険と共済に対しても、同じ要求を既に突きつけて来ている。日本の保険市場は米国の次に大きいのだから、米国は韓国以上に日本の保険市場を欲しがっているのだ。
■米韓FTAに忍ばされたラチェット規定やISD条項の怖さ
 さらに米韓FTAには、いくつか恐ろしい仕掛けがある。
 その一つが、「ラチェット規定」だ。
 ラチェットとは、一方にしか動かない爪歯車を指す。ラチェット規定はすなわち、現状の自由化よりも後退を許さないという規定である。
 締約国が、後で何らかの事情により、市場開放をし過ぎたと思っても、規制を強化することが許されない規定なのだ。このラチェット規定が入っている分野をみると、例えば銀行、保険、法務、特許、会計、電力・ガス、宅配、電気通信、建設サービス、流通、高等教育、医療機器、航空輸送など多岐にわたる。どれも米国企業に有利な分野ばかりである。
 加えて、今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が米国に対する条件よりも有利な場合は、米国にも同じ条件を適用しなければならないという規定まで入れられた。
 もう一つ特筆すべきは、韓国が、ISD(「国家と投資家の間の紛争解決手続き」)条項を飲まされていることである。
 このISDとは、ある国家が自国の公共も利益のために制定した政策によって、海外の投資家が不利益を被った場合には、世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」という第三者機関に訴えることができる制度である。
 しかし、このISD条項には次のような問題点が指摘されている。
 ISD条項に基づいて投資家が政府を訴えた場合、数名の仲裁人がこれを審査する。しかし審理の関心は、あくまで「政府の政策が投資家にどれくらいの被害を与えたか」という点だけに向けられ、「その政策が公共の利益のために必要なものかどうか」は考慮されない。その上、この審査は非公開で行われるため不透明であり、判例の拘束を受けないので結果が予測不可能である。
 また、この審査の結果に不服があっても上訴できない。仮に審査結果に法解釈の誤りがあったとしても、国の司法機関は、これを是正することができないのである。しかも信じがたいことに、米韓FTAの場合には、このISD条項は韓国にだけ適用されるのである。
 このISD条項は、米国とカナダとメキシコの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)において導入された。その結果、国家主権が犯される事態がつぎつぎと引き起こされている。
 たとえばカナダでは、ある神経性物質の燃料への使用を禁止していた。同様の規制は、ヨーロッパや米国のほとんどの州にある。ところが、米国のある燃料企業が、この規制で不利益を被ったとして、ISD条項に基づいてカナダ政府を訴えた。そして審査の結果、カナダ政府は敗訴し、巨額の賠償金を支払った上、この規制を撤廃せざるを得なくなった。
 また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。
 メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。
 要するに、ISD条項とは、各国が自国民の安全、健康、福祉、環境を、自分たちの国の基準で決められなくする「治外法権」規定なのである。気の毒に、韓国はこの条項を受け入れさせられたのだ。
 このISD条項に基づく紛争の件数は、1990年代以降激増し、その累積件数は200を越えている。このため、ヨーク大学のスティーブン・ギルやロンドン大学のガス・ヴァン・ハーテンなど多くの識者が、このISD条項は、グローバル企業が各国の主権そして民主主義を侵害することを認めるものだ、と問題視している。
■ISD条項は毒まんじゅうと知らず進んで入れようとする日本政府の愚
 米国はTPP交渉に参加した際に、新たに投資の作業部会を設けさせた。米国の狙いは、このISD条項をねじ込み、自国企業がその投資と訴訟のテクニックを駆使して儲けることなのだ。日本はISD条項を断固として拒否しなければならない。
 ところが信じがたいことに、政府は「我が国が確保したい主なルール」の中にこのISD条項を入れているのである(民主党経済連携プロジェクトチームの資料)。
 その理由は、日本企業がTPP参加国に進出した場合に、進出先の国の政策によって不利益を被った際の問題解決として使えるからだという。しかし、グローバル企業の利益のために、他国の主権(民主国家なら国民主権)を侵害するなどということは、許されるべきではない。
 それ以上に、愚かしいのは、日本政府の方がグローバル企業、特にアメリカ企業に訴えられて、国民主権を侵害されるリスクを軽視していることだ。
 政府やTPP推進論者は、「交渉に参加して、ルールを有利にすればよい」「不利になる事項については、譲らなければよい」などと言い募り、「まずは交渉のテーブルに着くべきだ」などと言ってきた。しかし、TPPの交渉で日本が得られるものなど、たかが知れているのに対し、守らなければならないものは数多くある。そのような防戦一方の交渉がどんな結末になるかは、TPP推進論者が羨望する米韓FTAの結果をみれば明らかだ。
 それどころか、政府は、日本の国益を著しく損なうISD条項の導入をむしろ望んでいるのである。こうなると、もはや、情報を入手するとか交渉を有利にするといったレベルの問題ではない。日本政府は、自国の国益とは何かを判断する能力すら欠いているのだ。
■野田首相は韓国大統領さながらに米国から歓迎されれば満足なのか
 米韓FTAについて、オバマ大統領は一般教書演説で「米国の雇用は7万人増える」と凱歌をあげた。米国の雇用が7万人増えたということは、要するに、韓国の雇用を7万人奪ったということだ。
 他方、前大統領政策企画秘書官のチョン・テイン氏は「主要な争点において、われわれが得たものは何もない。米国が要求することは、ほとんど一つ残らず全て譲歩してやった」と嘆いている。このように無残に終わった米韓FTAであるが、韓国国民は、殆ど情報を知らされていなかったと言われている。この状況も、現在の日本とそっくりである。
 オバマ大統領は、李明博韓国大統領を国賓として招き、盛大に歓迎してみせた。TPP推進論者はこれを羨ましがり、日本もTPPに参加して日米関係を改善すべきだと煽っている。
 しかし、これだけ自国の国益を米国に差し出したのだから、韓国大統領が米国に歓迎されるのも当然である。日本もTPPに参加したら、野田首相もアメリカから国賓扱いでもてなされることだろう。そして政府やマス・メディアは、「日米関係が改善した」と喜ぶのだ。だが、この度し難い愚かさの代償は、とてつもなく大きい。
 それなのに、現状はどうか。政府も大手マス・メディアも、すでに1年前からTPP交渉参加という結論ありきで進んでいる。11月のAPECを目前に、方針転換するどころか、議論をする気もないし、国民に説明する気すらない。国というものは、こうやって衰退していくのだ。 *強調(太字・着色)は来栖
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『TPP亡国論』 TPPで輸出は増えない!デフレが進むだけ!アメリカの仕掛けた罠に日本はまた、はまるのか!?(集英社新書)
 TPP(環太平洋経済連携協定)参加の方針を突如打ち出し、「平成の開国を!」と喧伝した民主党政権。そして賛成一色に染まったマス・メディア。しかし、TPPの実態は日本の市場を米国に差し出すだけのもの。自由貿易で輸出が増えるどころか、デフレの深刻化を招き、雇用の悪化など日本経済の根幹を揺るがしかねない危険性のほうが大きいのだ。
 いち早くTPP反対論を展開してきた経済思想家がロジカルに国益を考え、真に戦略的な経済外交を提唱する。
 [はじめに]
 この本を世に出すにあたっては、私は、何とも言えない漠然とした不安を感じています。といっても、私個人の身に何か危害が及ぶとか、そういった類の不安感とは違います。
 この本は、国家的機密情報をリークするとか、外国の陰謀をあばくとかいったものではありません。ここに書かれていることは、すべて、公開情報をもとにしています。そして、誰にでも手に入れられる情報をもとにし、誰にでも納得できるような論理を用いて、日本のTPP(環太平洋経済連携協定)への参加について反対し、その根拠を明らかにします。それだけのことです。
 では、何が私を不安にしているのでしょうか。それは、我が国における議論や物事の進み方の異様さです。
 まず一番怖いのは、農業関係者を除く政治家、財界人、有識者あるいはマス・メディアが、ほぼすべてTPPへの参加に賛成しているにもかかわらず、その根拠があまりに弱く、その論理があまりに乱れているという点です。この全体主義的な事態は、ただごとではありません。
 私は、TPPへの参加に賛成する議論を追っているうちに、ある共通する特徴に気づきました。それは、どの議論も、戦略的に考えようとするのを自分から抑止しているように見えるという点です。たとえるならば、戦略的に考えようとする思考回路に、サーキット・ブレーカーが付いていて、あるコードが出ると、それに反応してブレーカーが自動的に落ちて、思考回路を遮断してしまうような感じです。
 TPPをめぐる議論には、そういうブレーカーを働かせるコードが特に多いのです。いくつか例を挙げてみましょう。
「開国/鎖国」「自由貿易」「農業保護」「日本は遅れている/乗り遅れるな」「内向き」「アメリカ」「アジアの成長」「環太平洋」
 TPP賛成論には、こういったお決まりのセリフがよく出てきます。そして、こういったセリフが出てきた瞬間、論理が飛んで、TPPに参加すべきだという結論へと着地するのです。どれほど論理が矛盾していようが、どれほど現実に起きていることと反していようが、「TPPに参加するしかない」となり、他の結論を許さないようになっているのです。
 私は、TPPをめぐる議論を検証しながら、日本人の思考回路がたくさんのブレーカーでがんじがらめになっていることに気づきました。この本は、TPPに関する是非そのものを議論するというだけでなく、それを通じて、日本人の思考回路を束縛し、戦略的に考えられないようにしているブレーカーの存在を明らかにするものと思います。
 戦略的に考えられないということは、今の世の中、致命的な問題です。
 二〇〇八年のリーマン・ショック以降、世界は激変しつつあります。かつての世界恐慌がそうでしたが、世界的な大不況では、各国とも生き残りのために必死になります。そのためには手段を選ばず、武力衝突も辞さないでしょう。
 こうした中、さまざまな国が、日本に対して、うまい話やきれい事を並べながら、えげつない計略をいろいろと仕掛けてくるでしょう。私は、TPPもそのひとつだと思っています。いや、TPPなど序の口なのかもしれないのです。
 このように言うと、「排外主義的だ」「感情論だ」「内向きだ」と批判されるかもしれません。しかし、二〇一〇年の環太平洋地域に限っても、すでにいろいろとキナ臭い事件が起きました。特に目立った動きだけでも、例えば、中国漁船による尖閣沖の領海侵犯事件とそれをめぐる中国の対応、ロシア大統領による北方領土訪問、北朝鮮による核開発や韓国への砲撃などが挙げられます。予測不能の事態がいつ起きてもおかしくはない世の中になっているのです。
 これほど厳しい世界になっているのに、ちょっと戦略的に考えようとするや否や、すぐにブレーカーが落ちて思考回路を遮断してしまう。そのような頭の構造をしているようでは、あまりにも危な過ぎます。私たちは、そんなブレーカーを一刻も早く取り外して、まずは戦略的な思考の回路を取り戻さなくてはなりません。
 この本は、TPPという具体的な問題の検証を通じて、日本人の戦略的思考回路を回復させようという試みです。ですから、これからTPP以外の問題が日本に降りかかったときにも、この本に書かれた戦略的思考回路が役に立つことを狙って、私は書いています。
 実際、TPPというアジェンダが浮上した背景、そしてそれに対する政府、財界、知識人、マス・メディアの反応を解明しようとすると、農業や貿易はもちろん、世界経済の構造変化、アメリカの戦略、金融、財政、グローバリゼーション、政治、資源、環境、安全保障、歴史、思想、心理、精神と多岐にわたる論点に考察を及ぼさなければなりません。しかも、これらすべての論点が、TPPを中心にして、相互につながり、絡み合っているのです。
 言い換えれば、TPPという穴をのぞくことで、リーマン・ショック後の世界の構造変化、そして日本が直面している問題の根本が見えてくるのです。ですから、それらを頭に入れておけば、今後、TPP以外の政治経済的な問題に対処するにあたっても、きっと役に立つことと思います。
 TPPとは、それだけ根の深い問題なのです。
*中野 剛志(なかの たけし)
  一九七一年、神奈川県生まれ。京都大学大学院工学研究科助教。東京大学教養学部(国際関係論)卒業。エディンバラ大学より博士号取得(社会科学)。経済産業省産業構造課課長補佐を経て現職。専門は経済ナショナリズム。イギリス民族学会Nations and Nationalism Prize受賞。主な著書に『国力論―経済ナショナリズムの系譜』(以文社)、『自由貿易の罠―覚醒する保護主義』(青土社)など。
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◆ TPP 中野剛志「メディアが報じないアメリカの本音」/ライオンズ・シェア/小沢一郎氏 政府の交渉力に危惧  
 TPP反対派の急先鋒・中野剛志「メディアが報じないアメリカの本音。やはり日本は狙われている」
 週プレニュース[2011年11月10日]
 ついにTPPに参加することがほぼ決定的となった日本。報道の裏側、アメリカの真意などを反対派の中野氏が明かす
 TPPについては、むちゃくちゃな話がメディアでそのまま流れています。先日(10月27日)、私が生出演したフジテレビの『とくダネ!』なんてヒドいもんでしたよ。
 進行役のアナウンサーが、スタジオのモニターで内閣府が試算したTPP参加の経済効果を示したんですが、そこに映し出されたのは「GDP2.7兆円増加」という数字だけ。それを見たコメンテーターが「日本の年間GDPは約530兆円ですから、0・54%くらいの効果です」と解説しちゃったんです。
 オマエら、ちょっと待て、と。2.7兆円という数字は10年間の累積だろ! 単年度で見ればTPPの経済効果なんてたったの2700億円。私は生放送で、なんで正確な数字を出さないんだ!とブチ切れましたよ。
 ところが、その前に放送された『新報道2001』でもフジテレビは同じ“誤報”を飛ばしました。しかも、こちらは番組スタッフが収録前の段階で10年間の累積である事実を把握していたから、私には故意に隠したとしか思えないんです。視聴者を“TPP賛成”へと誘導したい大手マスコミの狙いが透けて見えますよ。
 政府は政府で、TPPに参加することで「国を開く」などとトンチンカンなことを言う。日本の平均関税率は諸外国と比べても低いほうであり、その意味で国はすでに開かれているんです。なぜ、こんな自虐的な発言をしたのか意味不明。本当にこんな状態でTPPを進めてよいのでしょうか?
■「輸出2倍戦略」のためにアメリカはTPPを使う
 今、世界はどうなっているのかというと、08年のリーマン・ショック以降、その構造は激変しました。かつての世界恐慌がそうでしたが、今のような世界的な大不況下では、各国とも生き残りのために手段を選ばず必死になります。各国は、日本にオイシイ話やキレイ事を並べながら、えげつない計略を次々と仕掛けてくる。特に住宅バブルの崩壊で国内経済がズタボロのオバマ政権は、経済回復と支持率稼ぎのためになりふり構わなくなっています。
 そのアメリカが今、最大のターゲットにしているのが日本です。アメリカは「2014年までに輸出を2倍にする」ことを国是に掲げています。そのために利用しようとしているのがTPPです。アメリカはまず日本をTPPに誘い込み、思惑どおりに関税や非関税障壁を撤廃させる。もちろん関税撤廃には応じますが、同時にドル安(円高)に誘導して日本企業の輸出競争力を奪います。その上で、金融や農業などで日本の市場の収奪にかかる。これがアメリカの狙いです。
■日本が自ら進む“人食いワニ”の池
 このまま日本がTPPに参加すると、国内のルールや仕組みをアメリカ企業に有利になるように改定させられる恐れがあります。そこで、昨年12月に合意に至った米韓FTA(自由貿易協定)が、韓国側から見て、いかに無惨な内容だったかをお話ししましょう。
 韓国は、アメリカが韓国の自動車市場に参入しやすくなるよう、排ガス診断装置の装着や安全基準認証などの義務に関して、米国から輸入される自動車は免除するという“例外”をのまされました。
 さらに韓国では、日本と同じく国内ニーズが高い小型車に優遇税制を設けていたが、これもアメリカの要求で大型車に有利な税制に変えさせられました。そしてFTAによる関税撤廃で急伸した韓国産自動車の輸出がアメリカの自動車産業を脅かすようなら“関税を復活する”という規定も加えられたのです。
 手段を選ばないアメリカのこうした攻勢が、TPP交渉参加後は日本に及ぶことになります。自動車業界では、まず日本のエコカーが標的となるでしょう。米国車の多くは、現時点では日本政府が定めた低公害車の基準を満たしておらず、エコカー減税の対象外。これをアメリカに「参入障壁だ」と指摘されれば、韓国のように泣く泣く優遇税制を撤廃せざるを得なくなるでしょう。
 また、TPPで最も懸念されるのは、投資家保護を目的とした「ISDS条項」。これは、例えば日本への参入を図ったアメリカの投資企業が、国家政策によってなんらかの被害を受けた場合に日本を訴えることができるというもの。訴える先は日本の裁判所ではなく、世界銀行傘下のICSID(国際投資紛争解決センター)という仲裁所です。ここでの審理は原則非公開で行なわれ、下された判定に不服があっても日本政府は控訴できません。
 さらに怖いのが、審理の基準が投資家の損害だけに絞られる点。日本の政策が、国民の安全や健康、環境のためであったとしても、一切審理の材料にならないんです。もともとNAFTA(北米自由貿易協定)で入った条項ですが、これを使い、あちこちの国で訴訟を起こすアメリカを問題視する声は少なくないのです。そんな“人食いワニ”が潜んでいる池に日本政府は自ら飛び込もうとしているわけです。
 残念ながら、野田首相のハラは固まっているようです。世論で反対が多くなろうが、国会議員の過半数が異論を唱えようが、もはや民主的にそれを食い止める術はありません。交渉参加の表明は政府の専権事項、野田首相が「参加する」と宣言すれば終わりなんです。
 そして、いったん参加表明すれば、国際関係上、もう後戻りはできない。すべての国民が怒りをぶつけ地響きが鳴るような反対運動でも起きない限り、政府の“暴走”は止まりません。
 (取材・文/興山英雄)
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中日春秋
2011年11月8日
 ライオンとロバが、共同で狩りをした話がイソップにある。終わって、獲物を三つに分けた後、ライオンが独特の分配法を表明する▼「一つ目は百獣の王たるわしがもらう。二つ目は平等なパートナーとして、わしが取る。さて三つ目だが、もしお前が逃げていかないなら、ひどい目に遭うぞ!」。つまり、獲物は全部ライオンのもの…▼恐らくは、「不当に大きな取り分」を指す英語の成句、<ライオンズ・シェア>の由来でもある。民主党内にも強硬な反対論がある中、野田首相が近々、環太平洋連携協定(TPP)への参加表明の意向だと聞いて、ふと思い出した次第▼協定の中身は無論だが、大いに不安があるのは、わが政府の「交渉力」だ。原則、関税撤廃の協定であっても「例外を設けることは可能」などと政府は言うが、これまで大抵の要求をのまされてきた米国相手に、本当にその“取り分”をへつるような、したたかな交渉ができるのか▼実際、例えば米軍普天間飛行場移設問題では、時の首相があれほど「国外・県外」を主張し、世論も望んだのに、官僚はそっぽを向き、政府は肝心の米国と交渉らしい交渉さえできなかったではないか▼自分より強い者と共同でことを行うのは考えもの、というのがイソップのご高説。確かに、協定が成ってみたら米国の<ライオンズ・シェア>だった…ではたまらぬ。
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TPP交渉参加 安倍首相記者会見・抄録 / TPP参加の防衛・安全保障の側面 
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