光市母子殺害事件弁護団が、タレントの橋下弁護士を提訴へ~テレビ番組での“懲戒請求呼び掛け”発言で

2007-08-31 | 光市母子殺害事件

http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-528.html#more

 山口県光市・母子殺害事件で、被告の元少年(26)の弁護士が8月27日、テレビ番組の発言で業務を妨害されたとして、タレントとしても活動する橋下徹弁護士に損害賠償を求める訴えを広島地裁に起こす方針を明らかにしました。(8月31日追記:いくらか文章を補充し、追記もしました)

1.橋下弁護士に対して訴える方針であるとの報道記事は、次のようなものです。 

(1) RCCニュース(中国放送)(8/27 18:01)
 「光市母子殺害事件弁護団が提訴~橋下弁護士のテレビ発言で損害賠償請求へ
 タレント活動でも知られる弁護士がテレビ番組での発言をめぐってほかの弁護士から訴えられることになりました。山口県光市の母子殺害事件で、被告の元少年の弁護団が弁護団の活動を批判している橋下徹弁護士にテレビ番組で業務を妨害する発言をされたとして、損害賠償を求めて広島地裁に提訴する方針を固めました。
 提訴するのは99年に起きた光市母子殺害事件の差し戻し控訴審で、被告の元少年の弁護団に加わっている広島弁護士会の足立修一弁護士や今枝仁弁護士などで最終的に原告の弁護士は4人から6人となる見通しです。
 足立弁護士らは橋下徹弁護士が今年5月、大阪のテレビ番組に出演した際、正当な理由がないにもかかわらず弁護団の懲戒処分を弁護士会に請求するよう視聴者に呼びかけて業務を妨害したとして、原告の弁護士1人あたりおよそ100万円の損害賠償を橋下弁護士に求める方針です。
 この訴訟のために足立弁護士らには6人から7人の弁護団が組織され、9月3日頃、広島地裁に訴状を提出することになっています。
 足立弁護士らの提訴の方針について橋下弁護士は「訴状が出されれば、その上できちんと対応したい」と話しています。 (8/27 18:01)」 ・・・・・・・

・・・・・

 このまま多くの市民が私刑(リンチ)に参加するのか否か、私刑(リンチ)がはびこることで、十分な刑事弁護を受けることができず、冤罪事件が蔓延し、自らの首を絞めることをずっと続けるのか否か。 市民の側が刑事弁護の意義を十分に理解できていない状態で、裁判員制度が実施されれば、市民が自ら関与した裁判で冤罪事件が生じることは確実です。なかには、死刑判決を下すこともあるでしょうから、もし冤罪だと分かったら、一生涯、「無実者を殺した、人殺し」の烙印を背負って生きることになります。 自らの首を絞めることをずっと続けるのか否か、一生涯、「無実者を殺した、人殺し」の烙印を背負って生きる可能性を増加させるのか……。それでも良いのかどうかが問われているのです。

------------------------------------- 

<来栖のつぶやき>

 いつものことながら、春霞さんの識見の高さ、正しさ、そして温かい視点に、心打たれる。御専門とはいえ、お仕事の他にこれだけのものを形にされるのは容易ではない。いろんなサイトに目を通され、丁寧にリンクも貼っておられる。HPへupする作業の中で、いつも私は学ぶ。鈍い私にも、分かりかけてくるものがある。

 光市事件は、日本の社会で炎上した。一般市民も、マスメディアも、ネット社会も、そして橋下氏の如き似非法曹人までもが、酷薄な醜態を晒した。一般市民の炎上は、法律に関する無知に発している。弁護人がまともに誠実義務を果たしているのに、そのことを知ろうとも理解しようともせず、「殺せ」「殺せ」と叫んだ。この風潮を恐れて、光市事件弁護団に加われないという弁護士も多いと聞いた。 

 インパクト出版会の「光市裁判」を読んで欲しい。真実が明かされている。真実を知らないから、炎上する。私は或る人から弁護団の主張を聞かされ、以来「光市裁判」に掲載されている弁論要旨・補充書・「最高裁判決と弁護人バッシング報道」などを転写し、HPにupしてきた。多くの方が、これによって、光市事件の真実に出会ってくださった。9月18~20日、広島高裁で公判が開かれる。真実と正義に近づいて欲しい。

 聖書の言う正義とは、「弱い人に代わって弁護(弁論)すること」だそうである。平和とは、「痛む所のない状態」である。春霞さんのエントリーから、そのことを思い出した。 

“弱い人の為に正当な裁きを行い この地の貧しい人を公平に弁護する”(イザヤ11,5)

 「正義とか裁きという言葉を耳にするとき、ふつう、わたしたちは冷たい仕打ち、冷徹さをイメージするものですが(略)虐げられている人、苦しんでいる人の痛みに共感し、憐れみと慈しみ、愛と平和の実現を願う心から、弱い人、貧しい人の側に立って、その人々から奪われた権利を取り戻すことなのです。 苦しみと痛みの共感なしには、正義も裁きも行いえないものなのです。」(本田哲郎著「小さくされた者の側に立つ神」


2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (rice_shower)
2007-09-01 10:11:17
お久しぶりです。
春霞さんの所でもコメントしたのですが、私のここでのコメント(仮釈放についての)が、貴女に厄介事をもたらしてしまったのではないか、とずっと気になっています。
私はノイズ耐性(ネットでもリアルでも)の高い方なので、不快と感じられたら、ストレートに言って頂いて全然問題ないですから。

この事件については、メディアも視聴者も「被害者感情に便乗して、怒りを楽しむのは止めろ」の一言です。
返信する
ちょっとご無沙汰でした。 (ゆうこ)
2007-09-01 10:39:50
rice_showerさま。

>私のここでのコメント
 関係ないですよ。
>春霞さんの所
 コメント、拝見しましたが、あちらを伝言板にしては申し訳ない(ブログ本来の趣旨に反する)と思い、黙って♪ました。

>この事件については
 ほんと、テレビは法廷ではないし、キャスターも市民も裁判官ではないですよね。
 
 長い8月も、やっと終わりましたね。長かった(暑かった)~~。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。