伊藤詩織さん勝訴、なぜ民事と刑事で判断が分かれたのか。性犯罪事件に示した2つの道筋 2019/12/20

2020-08-20 | 社会

  
政治経済   LOGO  2019/12/20 20:00 
伊藤詩織さん勝訴、なぜ民事と刑事で判断が分かれたのか。性犯罪事件に示した2つの道筋
 ジャーナリストの伊藤詩織さんが、望まない性行為で精神的苦痛を受けたとして、元TBS記者の山口敬之さんに対し、損害賠償を求めた民事裁判で、東京地裁は12月18日、山口さんに330万円の損害賠償の支払いを命じる判決を下した。
 刑事告訴と検察審査会への審査申し立てを経ても立件に至らず、ようやく被害の訴えが司法に認められた伊藤さんは、支援者らへの報告会で、「刑事事件が不起訴になり、ブラックボックスの中に入ってしまった証言や資料が出てきて、皆さんとシェアできたこのプロセスこそがとても意味のあることだと思います」と語り、安堵の表情を見せた。
 だが一方で、今回の判決は、改めて、刑事事件で性被害が事実認定されるハードルの高さを浮き彫りしたと言えるだろう。民事と刑事でなぜこれほどまでに、結果が分かれるのか。

■「構成要件」というハードル
 刑事事件で、有罪無罪を決める上で最も重要なのが、犯罪の構成要件。簡単に言えば、犯罪が成立するための条件のことだが、いくつかある条件全てに当てはまらなければ、罪は認められない。
 例えば、伊藤さんが訴えた準強制性交(当時は準強かん)罪の場合、「心神喪失か抗拒不能となった人に」「性交などをした」と認められる場合のみ、罪が成立する。
 「心神喪失」は、刑事事件では「精神的な障害によって正常な判断力を失った状態」を指し、「抗拒不能」は「心理的または物理的に抵抗ができない状態」を指す。これらに当てはまらなければ、被告や容疑者は無罪となる。

■性犯罪捜査に求められる「心理の推察」
 だが性犯罪事件では、被害者が酒を飲んで酩酊状態にあるなど、事案発生時の記憶がないことも多い。伊藤さんの場合も、山口さんと飲食を共にした寿司店のトイレに入ってから、ホテルで目を覚ますまでの記憶がなくなっていた。つまり刑事事件では、酩酊状態にあっても、相手との同意がなく、自分がいかに抵抗不可能だったかを証明することが求められてしまう。
 確かに、構成要件の規定は、法の拡大解釈などを防ぐという意味で重要だ。だが、性犯罪事件の捜査においては、構成要件を踏まえた上で、被害者の心理を鑑みる考え方も必要なのではないだろうか。
 「同意があったかどうか」が争点となっていた今回の民事裁判の判決では、伊藤さんの記憶がなくとも、「山口氏の供述が不合理に変遷していることから、信用性に重大な疑念に残る」とされた。
 さらに、伊藤さんが寿司店ですでに酩酊状態にあったこと、意識が戻った午前5時50分という早朝に山口さんのホテルから立ち去っていること、事件の後、警察に相談をして、医療機関でアフターピルを処方してもらっていることなどの状況を積み重ね、判断材料にし、性交に同意がなかったことを認定している。

■「性犯罪被害者の心理」を踏まえた判決
 たとえ途切れ途切れの情報でも、それらを総合的に判断した上で、いわば「同意はなかったはずだ」という常識に照らし合わせ、さらに伊藤さんの心理を推察し、山口さんの行為の違法性を認定した。こうした「状況判断」の差が、民事と刑事での異なる結果につながったのではないだろうか。
 伊藤さんの弁護団の一人、村田智子弁護士は「裁判所の認定は、性犯罪被害者の心理をよく踏まえている」と評価した。
 ここからは筆者の論考だが、判決では「現在までに時折フラッシュバックやパニックが生じる状態が継続していることが認められる」とされた。支援者への報告会で伊藤さんは、4年たった今もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされており、2019年7月には、伊藤氏と山口氏の本人尋問が行われる10日前に、自殺未遂をしたことを明かした。
 伊藤さんは、涙ながらに「計画していたことではなく、ふと足元を取られるような感覚だった。自分でも自分が理解できませんでした。あの時はもうダメかもしれないと、思ってしまいました」と振り返った。今は症状を和らげるため、薬を服用したり、ヨガをしたり、裁判中には小さなお守りのようなアイテムを握ったりしており、「自分の傷との向き合い方を知ることができた」と語った。
 また、被害者が女性であることが多い性犯罪事件でも、肝心の捜査当局が圧倒的な男社会組織であるという事実も、「普通の感覚」や「常識」の欠如につながっているだろう。伊藤さんをはじめとした被害者の証言によって、警察の取り調べにおいて男性署員が見守る中で人形を使って被害状況を再現しなければならない、などセカンドレイプともいえる実態も明らかになってきた。
 警察庁のデータでは、2019年現在で女性警視の割合はわずか2.7%。この状況が、捜査に影響を与えないとは考えにくい。

■告発によって日本で広がった #WeToo
 刑事事件における性被害認定のハードルは確かに高いが、今回の民事訴訟には、そうした現状に改善をもたらすであろう、2つの重要な示唆があった。
 1つは、すでに述べたような、常識的に照らし合わせ、原告の心情を推察して判断材料にしたということ。もう1つは、伊藤さんが行った会見や著書出版を、公益にかなう行為と認めたことだ。
 山口さんは、伊藤さんの週刊誌での発言や会見、著書などが名誉毀損にあたるとして反訴していたが、裁判所は、伊藤さんの告発を「自らの体験などを明らかにし、広く社会で議論をすることが、法的または社会的状況の改善につながるとして公表行為に及んだ」と判断し、山口さんの主張を退けた。
 海外から火がついた #MeToo 運動が、日本でも展開されるきっかけとなり、SNS上での #WeToo や #WithYou という連帯を示すムーブメントや、性暴力を許さないと街頭で声をあげる「フラワーデモ」へと繋がっている。
 被害者がセカンドレイプなどを恐れ、告発に踏み切れないことも多い日本の社会状況も、こうした考え方が定着することで変化していくだろう。伊藤さんも、カミングアウト後には「オンラインでの攻撃をされて悩んでいた」「女性から『同性として恥ずかしい。日本人としてこういう(性被害に関する)話はするべきじゃない』と言われたこともあった」というが、判決を受け、「社会が少しでも温かくなれば、声を上げやすくなると思う」と前向きに語った。
 2020年には、性犯罪刑法の見直しの検討が予定されている。伊藤さんが空けた風穴が、今後どのように広がるのか注目したい。
 文=鷲見洋之 写真=督あかり

 ◎上記事は[Forbes JAPAN]からの転載・引用です


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