G20 金融緩和政策「波及効果を最小化することにコミット」/『TPP亡国論』怖いラチェット規定やISD条項

2013-02-17 | 政治
G20は通貨安競争回避で一致、金融緩和の影響「最小化へコミット」
 2013年 02月 17日 08:05 JST [モスクワ 16日 ロイター]
 20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は16日、「通貨の競争的な切り下げを回避する」ことなどを含む共同宣言を採択して閉幕した。
 日本など主要国が導入している金融緩和政策が、通貨安などを通じて他国経済に影響を与えかねない点にも言及し「波及効果を最小化することにコミットする」とした。
<為替レート、競争力強化の政策目的とせず>
 声明では為替について「資金フローの過度の変動や為替レートの無秩序な動きは、経済及び金融の安定に対して悪影響を与えることを再確認する」とする従来見解を踏襲した上で「競争力のために為替レートを目的とはしない」と新たに明記。焦点だった金融緩和策の波及効果については「各々のマンデートに従って、国内の物価安定に向けられるとともに、経済の回復を引き続き支援するべきである」と容認する姿勢を示した。
 G20声明は15日の草案の段階では「財政・金融政策が為替レートを目標にしない」とした日米欧7カ国(G7)声明の文言を含んでいなかったが、その後の議論を経て通貨安戦争回避に対するコミットメントを盛り込み、金融政策は物価安定や成長を目的にすべきとした。カナダのフレアティ財務相は記者団に「15日夜の議論を受けて文言は強められた」と説明。「文言は強められているものの、昨夜は議論に臨んだ誰もが為替に関する論争を避けたいと願っていたことが明白だった」ことを明らかにした。
 専門家の間では、G20で日本が直接批判されなかったことを受け、円安がさらに続く可能性があるとの声が出ている。BONYメロン(ロンドン)の為替ストラテジスト、ニール・メラー氏は「G20声明は、これまでの円売りにお墨付きを与えた、と市場は受け止めるだろう」と述べた。
<麻生財務相、日本は「理解得られた」>
 麻生太郎財務相は会議で、日本の金融・財政政策など安倍政権が進める一連の経済政策を説明。終了後の記者会見で「総じてこの種のことには一定の理解を得られた」との認識を示した。 会合前には、日本の金融緩和策が通貨の下落などを通じて他国経済に影響を与えかねないとの批判も出ていたが「デフレ不況への対策が成功し、日本経済が再び活力を取り戻すことができれば、間違いなく世界経済にいい影響が与えられる。われわれがそう確信してやっているという点が、一番理解を得られたのではないかと思う」という。
 会見に同席した日銀の白川方明総裁も「各国が自国経済の安定に取り組むことが、結果的に世界経済全体の安定につながるとの認識が共有された」と指摘。日銀の金融緩和策についても「物価安定を通じて経済の健全な発展に資するという、国内経済の安定を目的に実行している」として、為替レートを目的にしないとの表現は「従来から行っている金融政策運営の考え方と全く同じもの」と強調した。
<財政目標は設定せず>
 共同声明はまた、信頼に足る中期的な財政政策へのコミットメントも盛り込んでいるが、特定の目標を設定するには至らなかった。G20は2010年のカナダ・トロントでの首脳会議で2013年までに少なくとも赤字を半減させることを確約したが、今年9月にサンクトペテルブルクで開かれる首脳会議が目標達成期限の先延ばしで合意しなければ、合意は今年で期限が切れる。この点について今回の共同声明は「先進国は信頼に足る中期財政戦略をサンクトペテルブルク首脳会議までに策定する」としている。 米国の強い要望により、「中期的な財政健全化策においては、目先の経済情勢や財政余地を考慮に入れるべき」との文言も盛り込まれた。
 声明では、国内金融政策を景気回復のために活用することを支持。これは量的緩和(QE)を通じて景気を刺激するという米連邦準備理事会(FRB)のコミットメントを反映しているが、国内の目的のために実施された政策が他国に及ぼす「負の波及効果」を最小化する方針も示し、バランスをとった。
(ロイターニュース 梶本哲史、基太村真司;編集 田中志保)
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情報BOX:G20での要人発言一覧
2013年02月17日08:50 JST[モスクワ 16日 ロイター]

 15─16日にモスクワで開催されていた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、共同声明を採択して閉幕した。要人発言の要旨は以下の通り。
◎白川方明日銀総裁
「G20では現状を通貨安戦争との言葉で表現するのは適当ではなく、そうした表現は誇張されている、オーバーブローン(overblown)という言葉がよく使われていた」
「先般のG7もそうだし、今回のG20もそうだが、各国が自国経済の安定に向けてしっかり取り組むことが、結果的に世界経済全体の安定につながっていくとの認識が改めて共有された」
(声明の金融緩和への影響)「従来も今後も同様に、あくまで日銀の金融政策は、物価の安定を通じて国民経済の健全な発展に資するという、G7声明にうたわれた国内経済の安定を目的として実行されている」
「最近の為替相場の動きは、欧州債務問題への対応の進ちょく、米国の財政の崖の回避、中国経済の安定化の兆しなど、世界経済をめぐる悪化シナリオの実現可能性が低下したことを背景に、投資家のリスク回避姿勢がかなり後退している下で生じていると説明した」
「悪化シナリオの後退は、日本を含め各国が自国経済の安定を目的として講じた政策対応によってもたらされている。加えて東日本大震災の発生以降、貿易赤字が続いていること、日本企業の海外投資が増加していることが、円安方向に作用していると説明した」
◎麻生太郎財務相
「安倍政権の下で、『三本の矢』を同時に行うことで、デフレ不況からの脱却に全力を挙げていることを説明した」
「総じてこの種のことには一定の理解を得られた」
「デフレ不況への対策が成功し、日本経済が再び活力を取り戻すことができれば、間違いなく世界経済にいい影響が与えられる。われわれがそう確信してやっているという点が、一番理解を得られたのではないかと思う」
「為替に関しては、市場で決定される為替レートや為替の柔軟性の重要性が確認されるとともに、通貨の競争的な切り下げを回避する、競争力のために為替レートを(政策の)目的としないという考え方が確認されている。日本としては引き続きこうした原則にコミットしている」
◎カナダのフレアティ財務相
「会議序盤には、保護主義的な措置を回避することがぜひとも必要、とのムードだった。G20は最終的に、保護主義や為替操作に反対する姿勢を示した。つまり、ムードが全体に迅速に浸透したということだ」
ある一国の金融政策が為替レートをターゲットとしているのかどうか、どのように見極めるのかとの質問に対して「それは非常に難しい」
◎モスコビシ仏経済・財務相
「欧州全体の景気悪化は、われわれがリセッション下で緊縮措置を講じるのを避けるべきという意味だ。われわれは中期的姿勢を維持しなければならない。コミットメントを維持し、それと同時に中期財政目標を守れなくするリセッションと緊縮措置のスパイラルを避けるべきだ」
「G20の(金融政策と為替に関する)メッセージは、G7と完全に一致しており、政府の見解に対応している」
「(この点を)提起したわれわれは正しかった。G7(の声明)後、G20はこの問題に完璧にクリアな形で対応した」
◎ラガルド国際通貨基金(IMF)専務理事
「G20が強調した通り、世界の成長は依然弱く、多くの国で失業率は容認できないほど高い水準が続いている。世界経済の弱さは、政策の不確実性、民間部門でみられるデレバレッジ、財政面の足かせ、そして世界需要の不均衡是正の進ちょくが不十分なことから派生している」
「より回復力のある金融システムを構築するために、金融改革アジェンダを実行することが、引き続き優先事項だ。信頼に足る中期的な財政計画は、成長回復が本格化する間に柔軟性を与えるために必要だ」
「G20が、協調行動を通じて世界不均衡の持続的是正を達成し、為替レートの不整合を避ける決意であること、競争的切り下げを慎み、あらゆる形の保護主義を拒否し、市場が開放された状態を維持するとのコミットメントを示したことを歓迎する。G20が、より市場原理が働く為替レートシステム、基調的ファンダメンタルズを反映する為替レートの柔軟性に一段と速く移行するとのコミットメントを再確認したことは、心強い」
「通貨戦争説は大げさだと考えている。確かに自国通貨をめぐる懸念の声は出た。良いニュースは、G20がきょう、対立でなく協調をもって対応したことだ」
◎カナダ中銀のカーニー総裁
緩和的な金融政策の結果、英国などの諸国では、インフレ期待が上昇するリスクがあるか、との質問に対して「世界のリスクは需要不足だ」
カナダドルは過大評価されているとのIMFの見方に同意するか、との質問に対して「為替レートの水準にはコメントしない。カナダドルが高止まりしていることは、認識している。カナダの金融政策を策定するうえで、考慮に入れている。政策が今のように緩和的な理由の一つだ」
◎ショイブレ独財務相
「G20では、トロント(会合で打ち出した)ゴールを達成するというコミットメントを堅持することに向けた幅広いコンセンサスがある」
「G20前には、われわれが(債務問題をめぐって)孤立しているのではないかとの見方もあったが、そうした観測はまったくの間違いだ」
「われわれは、米国に対するバッシングには関心がない。サンクトペテルブルク(で開催するG20首脳会議)で目標が設定されるだろう」
◎ロシアのシルアノフ財務相
「われわれは鉱工業生産の増加や刺激策など、経済の効率向上に努めるべきだ。これが政府がすべきことであり、外為市場の操作ではない」
「(為替)レートの間で競争をするべきではないということで、われわれは見解の一致をみた。問題は通貨自体ではなく、その制度にある。政府や中央銀行が干渉すれば、その結果、不均衡が生じることになる」
「ある一国において為替政策が変われば、そのパートナーの諸国の状況にも影響が及ぶ。そうなれば、通貨競争が起こる可能性が出てくる」

<以下は15日の発言>
◎麻生太郎財務相
「円安は政策の結果として起こっている。ターゲットではない」
「日本の政策の説明に対して賛成や反対など特に意見はなかった」
「新興国側から、先進国の政策波及効果に留意すべきとの意見が寄せられた」
◎プーチン・ロシア大統領
「経済危機の影響が限定的だった時代は終わった。米国やユーロ圏で発生する問題は相互の経済に影響し合っている」と指摘。世界的な経済成長を後押しするには経済不均衡の是正が先決とし、投資家の信頼感を得るために財政赤字と債務の透明な管理体制が必要との考えを示した。また、これまでにG20がコミットメントを示してきた国際通貨基金(IMF)の投票権の再配分について「強化する必要がある」と述べた。
◎ドラギ欧州中央銀行(ECB)総裁
「為替をめぐって無規律に発言することは不適切であり、実りがなく、かつ自滅的だ」
「為替レートは政策目標ではないが、成長や物価安定にとっては重要だ」
「需要創出のための財政赤字拡大が継続し得るとは思わない」
◎白川方明日銀総裁
日本の金融政策はデフレ脱却や物価安定の下での持続的成長など国内経済の安定に照準を当てている。
円安の背景にある最大の要因は投資家のリスク回避姿勢の後退だ。
◎ブレイナード米財務次官
「G20諸国はともに成長し、下方スパイラルや近隣窮乏化政策(beggar-thy-neighbor policies)を回避できるよう、為替レートの枠組みを調和させる必要がある」
「日米欧7カ国(G7)のすべての諸国がコミットメントを順守するとともに、為替に関する無規律な発言を慎むことが重要だ」
「G7諸国は財政・金融政策がそれぞれの国内目的を達成することに向けられ、為替レートではなく国内の手段を用いるべきであると表明した」
「財政再建のペースを調整することが非常に重要だ。ユーロ圏に需要が見られることが重要で、その一部は内部の不均衡是正を通じて実現しなければならない」
◎ロシアのストルチャク財務次官
「(G20共同声明には)日本に関する具体的言及はないだろう。われわれは皆、同じ立場にある」
「課題がたくさんある。声明策定は常に難しい」
◎オーストラリアのスワン副首相兼財務相
「経済成長拡大を実現するために、財政・金融政策を使うのであれば、それは皆の利益になることだ」
「G20は平素から市場に基づく為替相場を強く支持してきた。中国はその方向に進んでおり、国内消費拡大へ経済の方向転換を行ってもきている」
◎欧州委員会のレーン委員(経済・通貨問題担当)
「G20は、短期的な財政・金融刺激策よりも構造改革に注力すべきだ」
◎南アフリカ準備銀行(中央銀行)のミネル副総裁
「問題は行き過ぎでやや誇張されている可能性がある。外に出て互いに宣戦布告をして、他国に損害を与えるこうした意図的な行動を取るとはどの国も言っていない」
「結局のところ、世界的な文脈で非常に重要な役割を果たすこれらの国が、自国経済の成長可能性を高めるよう行動し、回復に一定の支援を行うか、経済を再び膨張させるだろうとみなす必要がある。そうした(政策)が、自国経済全体の成長見通し改善につながれば、われわれは皆、利益を受けることになる」
◎インドネシア中央銀行のサルウォノ副総裁
「日本が内需を拡大すれば、インドネシアには特に輸出面で追い風となる」
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G20:麻生財務相、ファッションでも存在感
 毎日新聞 2013年02月16日 21時34分(最終更新 02月16日 22時56分)
 今回のG20財務相・中央銀行総裁会議では、急速な円安とともに初参加となる麻生太郎財務相にも注目が集まった。
 世界の金融市場を動かしている「アベノミクス」への関心を反映し、各国閣僚らから麻生氏への個別会談の申し込みが相次いだ。円安への懸念を示していたドイツのショイブレ財務相との会談で麻生氏は「アベノミクスはデフレからの早期脱却が目的」と説明。ショイブレ氏からは為替の話題は出ず、日本政府関係者は「金融緩和で円安を狙っているわけではないと理解された」との見方を示した。
 そのほか、短時間ずつながら米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事、韓国、カナダの財務相、ブレイナード米財務次官ら約10人と直接、言葉を交わした。
 麻生氏はファッションでも存在感を発揮した。米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は黒のソフト帽とロングコート、水色のマフラーをかけ、モスクワ便に乗るため成田空港を歩く麻生氏の写真を「ギャング・スタイル」の見出し付きで掲載。「(マフィアの)5大ファミリーのボス会議に行くの?」と紹介した。
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『TPP亡国論』/怖いラチェット規定やISD条項/コメの自由化は今後こじ開けられる  2011-10-24 | 政治(経済/社会保障/TPP) 
 米国丸儲けの米韓FTAからなぜ日本は学ばないのか 「TPP亡国論」著者が最後の警告! 
 Diamond online 2011年10月24日 中野剛志[京都大学大学院工学研究科准教授]
 TPP交渉に参加するのか否か、11月上旬に開催されるAPECまでに結論が出される。国民には協定に関する充分な情報ももたらされないまま、政府は交渉のテーブルにつこうとしている模様だ。しかし、先に合意した米韓FTAをよく分析すべきである。TPPと米韓FTAは前提や条件が似通っており、韓国が飲んだ不利益をみればTPPで被るであろう日本のデメリットは明らかだ。
 TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加についての結論が、11月上旬までに出される。大詰めの状況にありながら、TPPに関する情報は不足している。政府はこの点を認めつつも、本音では議論も説明もするつもりなどなさそうだ。
 しかし、TPPの正体を知る上で格好の分析対象がある。TPP推進論者が羨望する米韓FTA(自由貿易協定)である。
■米韓FTAが参考になるのはTPPが実質的には日米FTAだから
 なぜ比較対象にふさわしいのか?
 まずTPPは、日本が参加した場合、交渉参加国の経済規模のシェアが日米で9割を占めるから、多国間協定とは名ばかりで、実質的には“日米FTA”とみなすことができる。また、米韓FTAもTPPと同じように、関税の完全撤廃という急進的な貿易自由化を目指していたし、取り扱われる分野の範囲が物品だけでなく、金融、投資、政府調達、労働、環境など、広くカバーしている点も同じだ。
 そして何より、TPP推進論者は「ライバルの韓国が米韓FTAに合意したのだから、日本も乗り遅れるな」と煽ってきた。その米韓FTAを見れば、TPPへの参加が日本に何をもたらすかが、分かるはずだ。
 だが政府もTPP推進論者も、米韓FTAの具体的な内容について、一向に触れようとはしない。その理由は簡単で、米韓FTAは、韓国にとって極めて不利な結果に終わったからである。
 では、米韓FTAの無残な結末を、日本の置かれた状況と対比しながら見てみよう。
■韓国は無意味な関税撤廃の代償に環境基準など米国製品への適用緩和を飲まされた
 まず、韓国は、何を得たか。もちろん、米国での関税の撤廃である。
 しかし、韓国が輸出できそうな工業製品についての米国の関税は、既に充分低い。例えば、自動車はわずか2.5%、テレビは5%程度しかないのだ。しかも、この米国の2.5%の自動車関税の撤廃は、もし米国製自動車の販売や流通に深刻な影響を及ぼすと米国の企業が判断した場合は、無効になるという条件が付いている。
 そもそも韓国は、自動車も電気電子製品も既に、米国における現地生産を進めているから、関税の存在は企業競争力とは殆ど関係がない。これは、言うまでもなく日本も同じである。グローバル化によって海外生産が進んだ現在、製造業の競争力は、関税ではなく通貨の価値で決まるのだ。すなわち、韓国企業の競争力は、昨今のウォン安のおかげであり、日本の輸出企業の不振は円高のせいだ。もはや関税は、問題ではない。
 さて、韓国は、この無意味な関税撤廃の代償として、自国の自動車市場に米国企業が参入しやすいように、制度を変更することを迫られた。米国の自動車業界が、米韓FTAによる関税撤廃を飲む見返りを米国政府に要求したからだ。
 その結果、韓国は、排出量基準設定について米国の方式を導入するとともに、韓国に輸入される米国産自動車に対して課せられる排出ガス診断装置の装着義務や安全基準認証などについて、一定の義務を免除することになった。つまり、自動車の環境や安全を韓国の基準で守ることができなくなったのだ。また、米国の自動車メーカーが競争力をもつ大型車の税負担をより軽減することにもなった。
 米国通商代表部は、日本にも、自動車市場の参入障壁の撤廃を求めている。エコカー減税など、米国産自動車が苦手な環境対策のことだ。
■コメの自由化は一時的に逃れても今後こじ開けられる可能性大
 農産品についてはどうか。
 韓国は、コメの自由化は逃れたが、それ以外は実質的に全て自由化することになった。海外生産を進めている製造業にとって関税は無意味だが、農業を保護するためには依然として重要だ。従って、製造業を守りたい米国と、農業を守りたい韓国が、お互いに関税を撤廃したら、結果は韓国に不利になるだけに終わる。これは、日本も同じである。
 しかも、唯一自由化を逃れたコメについては、米国最大のコメの産地であるアーカンソー州選出のクロフォード議員が不満を表明している。カーク通商代表も、今後、韓国のコメ市場をこじ開ける努力をし、また今後の通商交渉では例外品目は設けないと応えている。つまり、TPP交渉では、コメも例外にはならないということだ。
 このほか、韓国は法務・会計・税務サービスについて、米国人が韓国で事務所を開設しやすいような制度に変えさせられた。知的財産権制度は、米国の要求をすべて飲んだ。その結果、例えば米国企業が、韓国のウェブサイトを閉鎖することができるようになった。医薬品については、米国の医薬品メーカーが、自社の医薬品の薬価が低く決定された場合、これを不服として韓国政府に見直しを求めることが可能になる制度が設けられた。
 農業協同組合や水産業協同組合、郵便局、信用金庫の提供する保険サービスは、米国の要求通り、協定の発効後、3年以内に一般の民間保険と同じ扱いになることが決まった。そもそも、共済というものは、職業や居住地などある共通点を持った人々が資金を出し合うことで、何かあったときにその資金の中から保障を行う相互扶助事業である。それが解体させられ、助け合いのための資金が米国の保険会社に吸収される道を開いてしまったのだ。
 米国は、日本の簡易保険と共済に対しても、同じ要求を既に突きつけて来ている。日本の保険市場は米国の次に大きいのだから、米国は韓国以上に日本の保険市場を欲しがっているのだ。
■米韓FTAに忍ばされたラチェット規定やISD条項の怖さ
 さらに米韓FTAには、いくつか恐ろしい仕掛けがある。
 その一つが、「ラチェット規定」だ。
 ラチェットとは、一方にしか動かない爪歯車を指す。ラチェット規定はすなわち、現状の自由化よりも後退を許さないという規定である。
 締約国が、後で何らかの事情により、市場開放をし過ぎたと思っても、規制を強化することが許されない規定なのだ。このラチェット規定が入っている分野をみると、例えば銀行、保険、法務、特許、会計、電力・ガス、宅配、電気通信、建設サービス、流通、高等教育、医療機器、航空輸送など多岐にわたる。どれも米国企業に有利な分野ばかりである。
 加えて、今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が米国に対する条件よりも有利な場合は、米国にも同じ条件を適用しなければならないという規定まで入れられた。
 もう一つ特筆すべきは、韓国が、ISD(「国家と投資家の間の紛争解決手続き」)条項を飲まされていることである。
 このISDとは、ある国家が自国の公共も利益のために制定した政策によって、海外の投資家が不利益を被った場合には、世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」という第三者機関に訴えることができる制度である。
 しかし、このISD条項には次のような問題点が指摘されている。
 ISD条項に基づいて投資家が政府を訴えた場合、数名の仲裁人がこれを審査する。しかし審理の関心は、あくまで「政府の政策が投資家にどれくらいの被害を与えたか」という点だけに向けられ、「その政策が公共の利益のために必要なものかどうか」は考慮されない。その上、この審査は非公開で行われるため不透明であり、判例の拘束を受けないので結果が予測不可能である。
 また、この審査の結果に不服があっても上訴できない。仮に審査結果に法解釈の誤りがあったとしても、国の司法機関は、これを是正することができないのである。しかも信じがたいことに、米韓FTAの場合には、このISD条項は韓国にだけ適用されるのである。
 このISD条項は、米国とカナダとメキシコの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)において導入された。その結果、国家主権が犯される事態がつぎつぎと引き起こされている。
 たとえばカナダでは、ある神経性物質の燃料への使用を禁止していた。同様の規制は、ヨーロッパや米国のほとんどの州にある。ところが、米国のある燃料企業が、この規制で不利益を被ったとして、ISD条項に基づいてカナダ政府を訴えた。そして審査の結果、カナダ政府は敗訴し、巨額の賠償金を支払った上、この規制を撤廃せざるを得なくなった。
 また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。
 メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。
 要するに、ISD条項とは、各国が自国民の安全、健康、福祉、環境を、自分たちの国の基準で決められなくする「治外法権」規定なのである。気の毒に、韓国はこの条項を受け入れさせられたのだ。
 このISD条項に基づく紛争の件数は、1990年代以降激増し、その累積件数は200を越えている。このため、ヨーク大学のスティーブン・ギルやロンドン大学のガス・ヴァン・ハーテンなど多くの識者が、このISD条項は、グローバル企業が各国の主権そして民主主義を侵害することを認めるものだ、と問題視している。
■ISD条項は毒まんじゅうと知らず進んで入れようとする日本政府の愚
 米国はTPP交渉に参加した際に、新たに投資の作業部会を設けさせた。米国の狙いは、このISD条項をねじ込み、自国企業がその投資と訴訟のテクニックを駆使して儲けることなのだ。日本はISD条項を断固として拒否しなければならない。
 ところが信じがたいことに、政府は「我が国が確保したい主なルール」の中にこのISD条項を入れているのである(民主党経済連携プロジェクトチームの資料)。
 その理由は、日本企業がTPP参加国に進出した場合に、進出先の国の政策によって不利益を被った際の問題解決として使えるからだという。しかし、グローバル企業の利益のために、他国の主権(民主国家なら国民主権)を侵害するなどということは、許されるべきではない。
 それ以上に、愚かしいのは、日本政府の方がグローバル企業、特にアメリカ企業に訴えられて、国民主権を侵害されるリスクを軽視していることだ。
 政府やTPP推進論者は、「交渉に参加して、ルールを有利にすればよい」「不利になる事項については、譲らなければよい」などと言い募り、「まずは交渉のテーブルに着くべきだ」などと言ってきた。しかし、TPPの交渉で日本が得られるものなど、たかが知れているのに対し、守らなければならないものは数多くある。そのような防戦一方の交渉がどんな結末になるかは、TPP推進論者が羨望する米韓FTAの結果をみれば明らかだ。
 それどころか、政府は、日本の国益を著しく損なうISD条項の導入をむしろ望んでいるのである。こうなると、もはや、情報を入手するとか交渉を有利にするといったレベルの問題ではない。日本政府は、自国の国益とは何かを判断する能力すら欠いているのだ。
■野田首相は韓国大統領さながらに米国から歓迎されれば満足なのか
 米韓FTAについて、オバマ大統領は一般教書演説で「米国の雇用は7万人増える」と凱歌をあげた。米国の雇用が7万人増えたということは、要するに、韓国の雇用を7万人奪ったということだ。
 他方、前大統領政策企画秘書官のチョン・テイン氏は「主要な争点において、われわれが得たものは何もない。米国が要求することは、ほとんど一つ残らず全て譲歩してやった」と嘆いている。このように無残に終わった米韓FTAであるが、韓国国民は、殆ど情報を知らされていなかったと言われている。この状況も、現在の日本とそっくりである。
 オバマ大統領は、李明博韓国大統領を国賓として招き、盛大に歓迎してみせた。TPP推進論者はこれを羨ましがり、日本もTPPに参加して日米関係を改善すべきだと煽っている。
 しかし、これだけ自国の国益を米国に差し出したのだから、韓国大統領が米国に歓迎されるのも当然である。日本もTPPに参加したら、野田首相もアメリカから国賓扱いでもてなされることだろう。そして政府やマス・メディアは、「日米関係が改善した」と喜ぶのだ。だが、この度し難い愚かさの代償は、とてつもなく大きい。
 それなのに、現状はどうか。政府も大手マス・メディアも、すでに1年前からTPP交渉参加という結論ありきで進んでいる。11月のAPECを目前に、方針転換するどころか、議論をする気もないし、国民に説明する気すらない。国というものは、こうやって衰退していくのだ。 *強調(太字・着色)は来栖
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『TPP亡国論』 TPPで輸出は増えない!デフレが進むだけ!アメリカの仕掛けた罠に日本はまた、はまるのか!?(集英社新書)
 TPP(環太平洋経済連携協定)参加の方針を突如打ち出し、「平成の開国を!」と喧伝した民主党政権。そして賛成一色に染まったマス・メディア。しかし、TPPの実態は日本の市場を米国に差し出すだけのもの。自由貿易で輸出が増えるどころか、デフレの深刻化を招き、雇用の悪化など日本経済の根幹を揺るがしかねない危険性のほうが大きいのだ。
 いち早くTPP反対論を展開してきた経済思想家がロジカルに国益を考え、真に戦略的な経済外交を提唱する。
 [はじめに]
 この本を世に出すにあたっては、私は、何とも言えない漠然とした不安を感じています。といっても、私個人の身に何か危害が及ぶとか、そういった類の不安感とは違います。
 この本は、国家的機密情報をリークするとか、外国の陰謀をあばくとかいったものではありません。ここに書かれていることは、すべて、公開情報をもとにしています。そして、誰にでも手に入れられる情報をもとにし、誰にでも納得できるような論理を用いて、日本のTPP(環太平洋経済連携協定)への参加について反対し、その根拠を明らかにします。それだけのことです。
 では、何が私を不安にしているのでしょうか。それは、我が国における議論や物事の進み方の異様さです。
 まず一番怖いのは、農業関係者を除く政治家、財界人、有識者あるいはマス・メディアが、ほぼすべてTPPへの参加に賛成しているにもかかわらず、その根拠があまりに弱く、その論理があまりに乱れているという点です。この全体主義的な事態は、ただごとではありません。
 私は、TPPへの参加に賛成する議論を追っているうちに、ある共通する特徴に気づきました。それは、どの議論も、戦略的に考えようとするのを自分から抑止しているように見えるという点です。たとえるならば、戦略的に考えようとする思考回路に、サーキット・ブレーカーが付いていて、あるコードが出ると、それに反応してブレーカーが自動的に落ちて、思考回路を遮断してしまうような感じです。
 TPPをめぐる議論には、そういうブレーカーを働かせるコードが特に多いのです。いくつか例を挙げてみましょう。
「開国/鎖国」「自由貿易」「農業保護」「日本は遅れている/乗り遅れるな」「内向き」「アメリカ」「アジアの成長」「環太平洋」
 TPP賛成論には、こういったお決まりのセリフがよく出てきます。そして、こういったセリフが出てきた瞬間、論理が飛んで、TPPに参加すべきだという結論へと着地するのです。どれほど論理が矛盾していようが、どれほど現実に起きていることと反していようが、「TPPに参加するしかない」となり、他の結論を許さないようになっているのです。
 私は、TPPをめぐる議論を検証しながら、日本人の思考回路がたくさんのブレーカーでがんじがらめになっていることに気づきました。この本は、TPPに関する是非そのものを議論するというだけでなく、それを通じて、日本人の思考回路を束縛し、戦略的に考えられないようにしているブレーカーの存在を明らかにするものと思います。
 戦略的に考えられないということは、今の世の中、致命的な問題です。
 二〇〇八年のリーマン・ショック以降、世界は激変しつつあります。かつての世界恐慌がそうでしたが、世界的な大不況では、各国とも生き残りのために必死になります。そのためには手段を選ばず、武力衝突も辞さないでしょう。
 こうした中、さまざまな国が、日本に対して、うまい話やきれい事を並べながら、えげつない計略をいろいろと仕掛けてくるでしょう。私は、TPPもそのひとつだと思っています。いや、TPPなど序の口なのかもしれないのです。
 このように言うと、「排外主義的だ」「感情論だ」「内向きだ」と批判されるかもしれません。しかし、二〇一〇年の環太平洋地域に限っても、すでにいろいろとキナ臭い事件が起きました。特に目立った動きだけでも、例えば、中国漁船による尖閣沖の領海侵犯事件とそれをめぐる中国の対応、ロシア大統領による北方領土訪問、北朝鮮による核開発や韓国への砲撃などが挙げられます。予測不能の事態がいつ起きてもおかしくはない世の中になっているのです。
 これほど厳しい世界になっているのに、ちょっと戦略的に考えようとするや否や、すぐにブレーカーが落ちて思考回路を遮断してしまう。そのような頭の構造をしているようでは、あまりにも危な過ぎます。私たちは、そんなブレーカーを一刻も早く取り外して、まずは戦略的な思考の回路を取り戻さなくてはなりません。
 この本は、TPPという具体的な問題の検証を通じて、日本人の戦略的思考回路を回復させようという試みです。ですから、これからTPP以外の問題が日本に降りかかったときにも、この本に書かれた戦略的思考回路が役に立つことを狙って、私は書いています。
 実際、TPPというアジェンダが浮上した背景、そしてそれに対する政府、財界、知識人、マス・メディアの反応を解明しようとすると、農業や貿易はもちろん、世界経済の構造変化、アメリカの戦略、金融、財政、グローバリゼーション、政治、資源、環境、安全保障、歴史、思想、心理、精神と多岐にわたる論点に考察を及ぼさなければなりません。しかも、これらすべての論点が、TPPを中心にして、相互につながり、絡み合っているのです。
 言い換えれば、TPPという穴をのぞくことで、リーマン・ショック後の世界の構造変化、そして日本が直面している問題の根本が見えてくるのです。ですから、それらを頭に入れておけば、今後、TPP以外の政治経済的な問題に対処するにあたっても、きっと役に立つことと思います。
 TPPとは、それだけ根の深い問題なのです。
*中野 剛志(なかの たけし)
  一九七一年、神奈川県生まれ。京都大学大学院工学研究科助教。東京大学教養学部(国際関係論)卒業。エディンバラ大学より博士号取得(社会科学)。経済産業省産業構造課課長補佐を経て現職。専門は経済ナショナリズム。イギリス民族学会Nations and Nationalism Prize受賞。主な著書に『国力論―経済ナショナリズムの系譜』(以文社)、『自由貿易の罠―覚醒する保護主義』(青土社)など。
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