イラク帰還隊員 25人自殺
東京新聞2012年9月27日 朝刊
二〇〇三年に米国主導で始まったイラク戦争に関連して、中東へ部隊派遣された自衛官のうち、先月までに二十五人が帰国後に自殺していたことが防衛省への取材で分かった。陸上自衛隊は十九人、航空自衛隊は六人に上る。防衛省は「イラク派遣との因果関係は不明」としている。
陸自は〇四~〇六年、イラク南部のサマワに合計五千五百人を派遣し、空自は〇四~〇八年、合計三千六百人をクウェートに派遣した。海上自衛隊は現地駐留せず、自殺者もいなかった。
自衛隊全体の一一年度の自殺者は七十八人で、自殺率を示す十万人あたり換算で三四・二人。イラク特措法で派遣され、帰国後に自殺した隊員を十万人あたりに置き換えると陸自は三四五・五人で自衛隊全体の十倍、空自は一六六・七人で五倍になる。
一般公務員の一・五倍とただでさえ自殺者が多い自衛隊にあっても極めて高率だ。防衛省の担当者は「帰国後、何年も経過した派遣隊員と一年ごとに調べる隊員の自殺者数を比べても意味がない」と反論。派遣隊員が自殺した時期は明らかになっていないが、陸自のイラク派遣期間中の三年間は毎年九十人以上が自殺しており、自衛隊全体の自殺者数を押し上げている。
イラク派遣された陸自は宿営地で十三回、計二十二発のロケット弾攻撃を受け、うち四発が宿営地に落下した。車両で移動中、仕掛け爆弾による攻撃も受けた。
空自は武装した米兵をバグダッドへ空輸する際、たびたび携帯ミサイルに狙われたことを示す警報が鳴り、着弾を避けるため、急旋回などの飛行を余儀なくされた。
過酷な環境下で任務遂行したことになるが、前出の担当者は「心的外傷後ストレス障害(PTSD)で自殺した例は確認できていない」としている。(編集委員・半田滋)
=======================================
イラク特措法派遣でけが、国提訴 元自衛隊員
中日新聞 2012年9月26日 13時52分
イラク戦争で2006年、航空自衛隊小牧基地(愛知県小牧市)からクウェートに派遣された元自衛隊員の池田頼将さん(40)=新潟市=が、現地の基地で車にはねられ重傷を負ったのに十分な治療を受けられず、早期帰国も認められなかったとして、慰謝料など計約1億2300万円の賠償を国に求める訴訟を26日、名古屋地裁に起こした。
代理人の弁護士によると、イラク特措法に基づき派遣された自衛隊員が国を訴えるのは初めて。バグダッドへ武装した米兵らの輸送を航空自衛隊が始めた時期で、対米支援を円滑に進めるため、事故を隠した可能性を指摘している。(共同)
-------------------------------------------
◆ イラク派遣の空自隊員「事故隠し=米軍とのトラブルを避けるため、事故はないことにされた」と国提訴へ 2012-08-27 | 政治〈領土/防衛/安全保障〉
イラク派遣の空自隊員 「事故隠し」と国提訴へ
東京新聞2012年8月27日 07時05分
米国主導のイラク戦争で空輸を担うため、二〇〇六年に中東のクウェートへ派遣された航空自衛隊の三等空曹の男性が現地で米軍のバスにはねられ、後遺症の残る大けがをしていたことが分かった。男性は来月、空自が「事故隠し」に走り、まともな治療を受けられなかったとして国に損害賠償を求める訴訟を名古屋地裁に起こす。イラク特措法で派遣された自衛官が国を訴えるのは初めて。
男性は一一年に依願退職した新潟市中央区関屋、無職池田頼将さん(40)。顔や腕に障害が残り、身体障害者四級に認定された。
池田さんは〇六年四月、通信士として愛知県の小牧基地からクウェートのアリ・アルサレム空軍基地に派遣された。事故は七月四日に米軍主催の長距離走大会で発生。先頭を走っていた池田さんは軍事関連企業の米国人女性が運転する米軍の大型バスに後ろからはねられ、左半身を強打して意識を失った。
池田さんによると、空自衛生隊には治療設備がなく、首にコルセットをはめただけ。事故四日後から三回連れて行かれたクウェート市内の民間診療所では意思疎通ができず、まともな診察を受けられなかった。上官は防衛庁長官(当時)の現地視察の際などはコルセットを外すよう命令。事故から帰国までの二カ月弱、早期帰国の措置も取られなかった。公務災害補償の手続きも池田さんが指摘するまで行わないなど、事故を隠すような態度に終始したという。
帰国後、小牧市の病院で外傷性顎(がく)関節症と診断され、医師から「なぜ放置したのか」と聞かれたという。事故は陸上自衛隊のイラク撤収に伴い、空輸の対象が陸自から米軍に切り替わる直前に起きた。池田さんは「米軍とのトラブルを避けるため、事故はないことにされた」と話している。
--------------------------------